種が谷に落ちた。
それがはじまり。
花の種が谷に落ちた。
谷は深く、日の光は少ししか入らない。
水はある、風もある。
けれど青空は遠く遠く。
深い谷の下で種は芽吹く。
青空の遠い谷で芽吹く。
芽吹いた種は少ない光の中で育つ。
光がさすのは一日のほんの少しだけ。
そのわずかな光に向けて、
種は育っていき、
少ない葉をつけて、
精一杯光に向けてその身をのばし、
小さな花をつける。
それは光に対する祈り。
どんな場所でも光を求める祈り。
どんなに暗闇が多い場所であろうとも、
芽吹いた種は光を求め、
花は精一杯光に向く。
青空に焦がれて。
あの光に焦がれて。
やがて花はしおれ、種を残して枯れる。
この花の祈りは届かなくても、
種は残る。
そして、季節が来れば種は芽吹き、
また、花が青空に焦がれる。
焦がれるけれど届かない。
何度も繰り返される、青空に焦がれる花とかなわない願い。
花はいつでも青空を目指す。
今度こそ届くかもしれない。
この花が届かないとしても、
次の種が届いてくれるかもしれない。
花は生きて、そして種を残して枯れる。
何度も青空に焦がれる。
繰り返される希望と絶望、そして祈り。
深い谷で花が咲き、花が枯れる。
いつしか、深い谷の底は、
花で満たされるようになった。
深い谷の底に、一日の少しだけ光が当たるそこにだけ、
花畑が出来上がった。
幾代も前の花が、種を残していって、
その花がまた種を残し、
谷にはたくさんの花が咲くようになった。
花は青空を求め、
谷の中の、他の光が届く場所にも咲くようになっていく。
この深い谷に終わりがあることを、
花は何代にもわたって探すかのように、
谷底に生きられる場所を探して、
花は種を残していく。
この谷から青空に出られる場所を探して、
花は谷底に適応しつつ、
谷底を花で埋めていく。
青空を目指そうとして、
芽吹くことができなかった種もあった。
光が足りなくて育たなかった花もあった。
たくさんの死を乗り越えて、
花は青空に焦がれる。
たくさんの種を残して、たくさんの花が咲く。
花は生まれながら青空を目指すことを運命づけられている。
青空に焦がれることが組み込まれている。
青空のもとで咲きたい。
あの光に届きたい。
谷が花で満たされて、
花はやがて谷から山に出て行く。
深い谷の終わりは山間で、
たくさんの木々が生い茂っている。
光が増してきているのを花たちは感じている。
そこから何代も花は生と死を繰り返す。
届くかもしれない。
青空に届くかもしれない。
花たちは青空を目指して、
種を作って広げていく。
ついに、ある種が山の中腹の草原に至った。
見渡す限りの青空だ。
青空は限りなく高く、
光に満ちている。
草原で種は芽吹き、花を咲かせる。
ここまで来ましたというように、
誇り高い花の末裔として、
谷間からここまで来たと、
自己紹介をするように、
青空のもとで花は咲く。
光に満ちた草原で、
咲いた花は祝福を受ける。
よくここまで来てくれたと。
希望をよく捨てないでいてくれたと。
青空からの光は、花に惜しみなく注がれる。
谷間に落ちた種は、こうして青空のもとにやってきた。
あれだけ焦がれた青空に祝福を受けた。
今まで芽吹いたすべての花が報われた。
芽吹かなかった種も報われた。
上手く育たなかった花も報われた。
すべてはこの時のためにあった。
命はこの時のためにつながっていた。
青空のもと、花は咲いてそしてしおれて種をつける。
次の世代の種は、青空のもとで花をつけることができる。
その次もその次も。
青空のもと、もっとたくさん花を咲かせよう。
あれほど焦がれた青空の下で、
もっともっと花を咲かせよう。
いずれ、世界を花が覆うだろう。
それは青空に焦がれた花の祝福。
希望を捨てなかった花。
何代かかろうとも青空を目指した花。
その花が世界というものを祝福しようとしている。
大地は祝福に満ちる。
谷底で諦めなかった花は、
今、世界を希望で満たす。