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第278話 青空に焦がれて

種が谷に落ちた。

それがはじまり。


花の種が谷に落ちた。

谷は深く、日の光は少ししか入らない。

水はある、風もある。

けれど青空は遠く遠く。

深い谷の下で種は芽吹く。

青空の遠い谷で芽吹く。


芽吹いた種は少ない光の中で育つ。

光がさすのは一日のほんの少しだけ。

そのわずかな光に向けて、

種は育っていき、

少ない葉をつけて、

精一杯光に向けてその身をのばし、

小さな花をつける。

それは光に対する祈り。

どんな場所でも光を求める祈り。

どんなに暗闇が多い場所であろうとも、

芽吹いた種は光を求め、

花は精一杯光に向く。

青空に焦がれて。

あの光に焦がれて。


やがて花はしおれ、種を残して枯れる。

この花の祈りは届かなくても、

種は残る。

そして、季節が来れば種は芽吹き、

また、花が青空に焦がれる。

焦がれるけれど届かない。

何度も繰り返される、青空に焦がれる花とかなわない願い。

花はいつでも青空を目指す。

今度こそ届くかもしれない。

この花が届かないとしても、

次の種が届いてくれるかもしれない。

花は生きて、そして種を残して枯れる。

何度も青空に焦がれる。

繰り返される希望と絶望、そして祈り。

深い谷で花が咲き、花が枯れる。


いつしか、深い谷の底は、

花で満たされるようになった。

深い谷の底に、一日の少しだけ光が当たるそこにだけ、

花畑が出来上がった。

幾代も前の花が、種を残していって、

その花がまた種を残し、

谷にはたくさんの花が咲くようになった。

花は青空を求め、

谷の中の、他の光が届く場所にも咲くようになっていく。

この深い谷に終わりがあることを、

花は何代にもわたって探すかのように、

谷底に生きられる場所を探して、

花は種を残していく。

この谷から青空に出られる場所を探して、

花は谷底に適応しつつ、

谷底を花で埋めていく。

青空を目指そうとして、

芽吹くことができなかった種もあった。

光が足りなくて育たなかった花もあった。

たくさんの死を乗り越えて、

花は青空に焦がれる。

たくさんの種を残して、たくさんの花が咲く。

花は生まれながら青空を目指すことを運命づけられている。

青空に焦がれることが組み込まれている。

青空のもとで咲きたい。

あの光に届きたい。


谷が花で満たされて、

花はやがて谷から山に出て行く。

深い谷の終わりは山間で、

たくさんの木々が生い茂っている。

光が増してきているのを花たちは感じている。

そこから何代も花は生と死を繰り返す。

届くかもしれない。

青空に届くかもしれない。

花たちは青空を目指して、

種を作って広げていく。


ついに、ある種が山の中腹の草原に至った。

見渡す限りの青空だ。

青空は限りなく高く、

光に満ちている。

草原で種は芽吹き、花を咲かせる。

ここまで来ましたというように、

誇り高い花の末裔として、

谷間からここまで来たと、

自己紹介をするように、

青空のもとで花は咲く。

光に満ちた草原で、

咲いた花は祝福を受ける。

よくここまで来てくれたと。

希望をよく捨てないでいてくれたと。

青空からの光は、花に惜しみなく注がれる。

谷間に落ちた種は、こうして青空のもとにやってきた。

あれだけ焦がれた青空に祝福を受けた。

今まで芽吹いたすべての花が報われた。

芽吹かなかった種も報われた。

上手く育たなかった花も報われた。

すべてはこの時のためにあった。

命はこの時のためにつながっていた。


青空のもと、花は咲いてそしてしおれて種をつける。

次の世代の種は、青空のもとで花をつけることができる。

その次もその次も。

青空のもと、もっとたくさん花を咲かせよう。

あれほど焦がれた青空の下で、

もっともっと花を咲かせよう。

いずれ、世界を花が覆うだろう。

それは青空に焦がれた花の祝福。

希望を捨てなかった花。

何代かかろうとも青空を目指した花。

その花が世界というものを祝福しようとしている。


大地は祝福に満ちる。

谷底で諦めなかった花は、

今、世界を希望で満たす。

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