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第277話 大風呂敷を広げる

物語をどんどん広げていく。

さながら大風呂敷を広げるように。

広げた大風呂敷にたくさんの物語を乗せていく。

たくさんたくさん。

さぁ、広げたぞ。

あとはたたむだけだ。


私はしがない作家だ。

読んでいる人が何人かついてくれている程度の、

書籍化には程遠い、一介の作家だ。

それでも何人かの読者を裏切る真似は出来なくて、

私はコツコツと連載をしている。

私としては長い連載になる。

大きく物語の筋は出来上がっているけれど、

筋から外れない程度のところで、

いろいろな要素を足していって、

連載の物語は大風呂敷を広げたようになっている。

最終的に落ち着くところは決まっている。

決まってはいるのだけど、

広げた大風呂敷に乗せた数々の要素を、

きれいにまとめてたたむにはどうしたらいいか、

落ち着く場所からずらすことなく、

全てがあるべきところにしっかりおさまるようにするにはどうしたらいいか。

大風呂敷を広げると、たたむのに困る。

かなり広げたから相当だぞと思う。

大風呂敷をたたむのは、計算と技術だ。

感情でたためないような気がする。

なんとなくだけど、

感情で、この物語をこんな形にしたいとしてしまうと、

大風呂敷がきれいにたためないような気がする。

長い連載をしているのならばなおさら、

物語をあるべきところに導くように、

大風呂敷に乗せる要素を計算して、

どの要素をどんな形でまとめるかを、

それがしっかり納得する形になるかを、

しっかり計算しないといけない。

文字数というようなものでなく、

大風呂敷をたたむにあたっての、

大風呂敷に包まれる荷物である物語の要素が、

最終的にきれいに包まれる形の計算だ。

バランスが崩れると、大風呂敷に包んだとしても、

包まれたその形はガタガタになる。

物語の大風呂敷をしっかりたたむのは、

作者の役目でもあり、

作者のセンスが問われる。


私はしがない物書きだ。

それでも、物語の大風呂敷を広げたら、

しっかりまとめ上げたいといつも思っている。

私なんて認められないかもしれない。

それでも大風呂敷を広げずにはいられない。

物語の世界を広げずにはいられない。

広げて、しっかりたたみたいと思う。

そこには、たくさんの人物がいて、

それぞれの生き様を生きている。

物語によっては魔法もある。

その世界特有の価値観もある。

たくさんの要素を広げつつ、

最後はしっかりとまとめ上げる。

私はそこまでしたいのだけど、

しがない物書きの私では、

大風呂敷のたたみ方はまだガタガタかもしれない。

どうにも未熟かもしれない。

伏線の使い方もめちゃくちゃかもしれない。

それでも大風呂敷を広げずにはいられない。

書かずにはいられない。

物書きとしての運命のようなものかもしれない。


大風呂敷を広げて、まとめて。

まとめてしまうと、粗が目に付く。

それでも次の大風呂敷を広げずにはいられない。

今度はどうしようとか。

こんなことも書きたいとか、

新しいことがどんどん出てくる。

誰かが書いたような物語かもしれない。

それでも書きたいと思ってしまう。

私は私の大風呂敷を広げたい。

広げて広げて、

私も読者も納得する方法でしっかりたたみたい。

まだそこまでは至っていないかもしれないけれど、

いつか、素晴らしいたたみ方だったと言われたい。

それまでには、いくつも大風呂敷を広げて、

たたむのに失敗することを繰り返すんだろうなと思う。

失敗を繰り返して、

大風呂敷をしっかりたためるようになっていくんだ。


物語を書くということは、

ものすごいほら吹きになること。

大風呂敷広げて、さぁさお立ち合いということ。

ほら吹きの広げた大風呂敷に、

価値があると思わせることができるようになったら、

それはそれでいいと思う。

物書きとして、物語をしっかりまとめられるように。

大風呂敷をきれいにたためるように。

今日も精進だ。

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