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第2話 沢田くんと相合傘


「もうすぐ席替えだね。【森島くんの隣になれるチャンスがやっと来るわー】」


 昼休み。

 女子のみんなでご飯を食べてガールズトークしている時も、その会話は私の頭の中に何も入ってこなかった。響いたのは、麻由香ちゃんが「席替え」と言った時だけ。


 席替え。

 沢田くんと離れ離れになる。

 あの声がもう聞こえなくなる。

 私に必死で話しかけようとして葛藤する声も、些細なことでピヨっている声も、時々びっくりするくらい男らしいことを呟く声も。

 もう、そばで聞けなくなるんだ。


「ねえ、景子ちゃん。景子ちゃん? おーい、聞いてる?」

「あっ……ごめん。なんの話だった?」


 みんなが不思議そうにこっちを見ていることに、私は時間差で気づいた。


「珍しいね。景子ちゃんがボーッとするなんて【いつも誰よりもみんなの空気読んでるのに】」

 杏里ちゃんが私の心の中にそっと踏み込む。


「……あ、うん。そういえばもうすぐ席替えなんだなーって……杏里ちゃんや麻由香ちゃんと離れるの、寂しいなーって……」


 ああ、ダメだ。目が潤む。うつむいてごまかす。


「やだあ、大げさ! 別のクラスになるわけでもないのに、たかが席替えぐらいで寂しがらないでよ〜【どうしたのこの子】」


 麻由香ちゃんたちの笑い声に合わせて、私も無理やり笑ってみせた。


 そうだよね。別に、クラスが別になるわけじゃない。

 同じ教室の中にいれば、偶然沢田くんの声が聞こえてくることだってあるかもしれない。

 でも……。





「景子ちゃん、ちょっといい?」


 食事が終わってみんなが手を洗いに行ったりトイレに行ったりし始めた時のことだった。ボーッとしていた私に、杏里ちゃんが声をかけてきた。


「何? 杏里ちゃん」

「こっちきて」


 杏里ちゃんに呼び出されて、私たちはベランダに出た。

 風に長い髪をなびかせ、杏里ちゃんは観察するような眼差しで私を見つめる。

 なんだろ。心の声があまり聞こえなくてドキドキする。


「どうしたの? 杏里ちゃん」

「単刀直入に言うね。景子ちゃんが離れたくない人って、沢田くんのことでしょ」


 私の口から「えっ⁉︎」と思わず声が出た。


「沢田くんと付き合ってるの?」

「ま、まさか! 沢田くんとはまだそういう関係じゃないって言うか……」


 一度めちゃくちゃ健全なデートをしただけの仲だ。

 中途半端な関係なのは分かっているけど、そばにいられるだけで今までは満足だった。

 でも、席替えしたらもうそばにいられなくなっちゃう。

 そうしたら私たちの関係って……?




「告白しなよ」




 杏里ちゃんのまさかの一言に、私の心臓がドキュン! と鳴った。


「沢田くんははっきり言って景子ちゃんのことが好きだと思う。この際、誰かに取られる前にスパッと告白したら?【席替えごときで寂しがってるくらいならさっさと付き合っちゃえよバカップル。イライラするわー】」



 うわーっ! ほんとにはっきり言うねえ!!




 告白かあ……。

 やっぱり、ちゃんとした方がいいよね。

 私の気持ちを沢田くんに伝えて、沢田くんがそれを受け入れてくれれば、いつでも近くにいられる。一緒にいるのが必然でいられる。

 寂しい思いもしなくて済むんだ。


 私は決心してうなずいた。


「ありがとう、杏里ちゃん。私、沢田くんに告白してみる……!」

「うん。頑張りなよ」


 杏里ちゃんはクールに微笑むとベランダを去っていった。私はその背中に感謝する。


 タイムリミットは今日を含めてあと3日だ。

 それまでになんとかチャンスをうかがって、告白できるかな……。

 タイムリミットが決まると一気に緊張してきた。

 そんな私の頭に、ポツッと冷たい雫が降ってきた。


「雨……?」


 さっきまで気がつかなかった湿った風の匂いがする。黒い雲が重く迫ってきて、流れるように真横に移動しているのが分かった。

 これは大雨になりそう。

 慌ててベランダから教室に戻ると、すぐに私がいた場所の色が変わって雨音がし始めた。

 予報では午後から雨だということになっていたらしい。

 席に戻ってスマホの天気アプリで雨雲の動きを見てみると、雨は夜まで続くらしいことも分かった。


 傘なんて持ってきてないのに、どうしよう。


【佐藤さん、どうしたんだろう。さっきからため息ついてる】


 沢田くんの声にドキッとして振り向くと、こっちを見ていた沢田くんと目が合った。


【はわわわわわ(〃ω〃)め、目が合った! 俺の心の声が聞こえちゃったのか⁉︎ いや、まさか。それより、なんか言った方がいいのかな? どうしたの? とか……\(//∇//)\ひゃあああ〜〜! そんなんサラッと言ってみたいけど無理ーーっ!】


 沢田くんは目が合っただけでテンパっている。

 普通に話しかけてくれていいのに。


「雨だね、沢田くん」

「あ、うん【あっ、またあうんって言っちゃった】」

「私、傘持ってくるの忘れちゃったよ。沢田くんは?」


 すると、沢田くんの目が一瞬キュピーンと光った。



【持ってるよ、佐藤さん。(๑• ̀д•́ )✧ドヤッ 。俺と一緒に相合い傘で帰りますか?】



 えええっ⁉︎ 本当に⁉︎




【って、誘いたいけど緊張して声が出ない……。゚(゚´ω`゚)゚。助けてー!】



 助けて欲しいのはこっちだよ、沢田くんっ!





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