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第10話 沢田くんと願いの短冊


「……これは?」


 手のひらサイズの透明な瓶の中には、白っぽい砂が入っている。


「トルコを旅していた時に旅のジプシーからもらった『恋の砂』です。恋人の気持ちが分からなくなった時、これを自分の頭に少量振りかけると、相手の気持ちが分かるようになるっていうおまじないで……。あっすいません、急にベラベラしゃべって気持ち悪かったですよね。恋の砂なんてウサンくせーって思いましたよね。すみません」


「いえ……」

「でも、も、もし良かったら、どうぞ」


 お父さんは私に瓶をくれた。


「案外、こういうものが効くかもしれないと思いまして。困ったときの神頼み的な」

「あ……ありがとうございます!」


 街灯に透かして瓶の中身をよく見ると、砂の中にいくつかハート型の砂が混ざっているようだった。

 何だか可愛いと喜んでいるうちに、沢田くんの家に到着した。


 この中に沢田くんがいる……。

 見覚えのある玄関のドアを見て、ドキンと心臓が跳ね上がった。



「た、た、た、ただいま帰りました」


 沢田くんのお父さんが沢田家のドアを開けると、中から「はーい!」と声がして、息を呑むほど艶やかな女性が現れた。

 落ち着いた柄の藍染の浴衣を着ているのに、大輪の花が咲いたように華やかで、まるで江戸時代の花魁が現代に蘇ったみたいに綺麗な人だ。



 もしかして、この人が沢田くんの……?

 驚いて言葉が出ない私の目の前で、


「お帰りなさい、お父さんっ」

 と、その花魁が変質者そっくりのお父さんに抱きついた。



「もーバカバカバカバカ! ずっと連絡もよこさずに! 待たされるこっちの身にもなってよーっ!」

「す、す、す、すみません……あと、暑いです」

「だったら脱ぎなさいよそんなマスクとコート!」



 スパーン! とおじさんの頭になぜかハリセンが飛んできて、おじさんの丸サングラスがパリーン! と割れた。


「ええええええっ⁉︎」


 ハリセンの威力にも驚いたけど、もっと驚いたのはおじさんの素顔だ。



「す、す、す、す、すみません……」



 そう言って割れたサングラスとマスクを外したおじさんは、沢田くんによく似た超イケメンだったのだ。



「変な女に言い寄られたりしなかった?」

「だ、大丈夫です。ずっと顔を隠していたので……」


 美男美女の沢田くんのご両親は私の存在などまるで気にせずラブラブに抱き合っている。こっちが照れちゃうくらいのイチャイチャぶりだ。



 あー、久々に自分がモブだってことを思い出したわ。



「あ、あのー……感動の再会中にすみません」

 声をかけると、二人はようやく離れて私に気づく。


「あ、あ、あ、あ、どうも。ありがとうございました。お母さん、こ、この子が例の……」

「ああ、お父さんを駅で拾ってくれた子ね? どうぞ中へ。空は今ちょっといないけど、お茶でも飲んで行ってね」


 にっこり笑う沢田くんのお母さんの言葉に、私は驚いた。


「えっ? 沢田くん、いないんですか⁉︎」


「ええ。ほんとにさっきまでいたんだけど、急に家を飛び出して行っちゃって。どうしても行かなくちゃいけないところがあるとかなんとか。せっかく親子で水入らずだと思ったのにねえ。本当に困った子だわ」


 まあ、どうぞどうぞと勧められ、私は沢田家のリビングにお邪魔した。

「うわあ……」


 そこには、七夕なのになぜかでっかいクリスマスツリーが飾られていて、枝には呪いのように赤い短冊がいっぱいぶら下がっていた。


 異様な光景が沢田くんちっていえば沢田くんちらしいけど。



「驚かせてごめんなさいねえ。これ、みんな空が書いたのよ」

 呆れたように沢田くんのお母さんが笑う。



「……見てもいいですか?」

「ええ、どうぞー」


 沢田くんの願い事が気になる。

 私はゆっくりとツリーに近づいて、その中の一つの短冊を手に取った。

 するとそこには──。



『佐藤さんと毎日会えますように』



 沢田くんの字ではっきりと書かれた、私の名前。

 驚いて心臓が止まるかと思った。

 まさかと思って慌てて他の短冊も見ると、



『佐藤さんが浴衣でみんなと楽しんでいますように』

『佐藤さんがリンゴあめを食べて喜んでいますように』

『佐藤さんが綺麗な花火を見られますように』

『佐藤さんがいっぱい笑っておしゃべりをしていますように』



 あっちも、こっちも、私の名前ばっかり。

 自分のことは何ひとつ書かないで。



『明日、佐藤さんと仲直りできますように』

『佐藤さんがまたいつものように笑ってくれますように』

『佐藤さんにもう一度好きって言えますように』



 こんなの、涙が出ちゃうよ、沢田くん。



『佐藤さんが幸せになりますように』



 短冊全部、私のことで。

 喉が苦しい。



「びっくりしたでしょー?」

 明るい声に振り向くと、沢田くんのお母さんがお盆に麦茶を乗せて立っていた。



「あの子、よっぽどこの佐藤さんって子が好きみたい。普段は無口な子なのに……心の中はいつもこんなにおしゃべりだったのね」







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