目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第8話 いつまで

 あいつ、今度は悠斗をそそのかすつもりか。

 そうはさせない、悠斗に本当のことを……いや、全ては言えない、どうする?

 とにかく、悠斗があいつを信頼しないようにしないと。


 俊介は悠斗に連絡した。


 また会おうと誘ったが、用事があると断られてしまう。

 まさか、その用事って……。


 俊介の脳裏には、嫌な想像しか浮かんでこなかった。




 その日、俊介は悠斗が行きそうな場所を探した。


 案の定、悠斗が俊介の誘いを断った日、会っていたのは空良だった。

 二人で楽しそうに話している姿を目撃した俊介は、打ちひしがれ、その場にひざまずく。


 俺に嘘ついて、あいつに会ってた。俺より、空良を取った。

 別に誰と会っていてもいい。

 でも空良だけは駄目だ、許せない。


 悠斗だけは俺を裏切ったりしない、絶対離れない、そう信じたい……が。


 俊介は荒い呼吸を繰り返し、血走った目で空良を睨み続けた。


 もう俊介は、空良への憎しみが心と体を支配し、神経が過敏になり、人の行動が裏切り行為にしか思えなくなっていた。





 その晩、俊介はまた雅人に電話した。


「おい! あいつ、今度は俺の親友にまで手だしてきやがったぞ」


 声から俊介の怒りが伝わってくる。


「おまえの方は何もないのか」


 そう怒鳴られ、雅人は条件反射で答えてしまう。


「な、ないよ」


 俊介が舌打ちする。


「なんで俺の方ばっかりなんだよ! 火つけたのはおまえじゃねえか」


 その一方的な発言に、さすがの雅人も言い返す。


「あれは、君に脅されたから」

「なんだと? おまえがやったんだ!」


 興奮する俊介だったが、少し冷静さを取り戻してから問いかける。


「そんなことはどうでもいい。……それより、あいつの弱点はわかったか?」


 雅人は俊介に言われてから様々な手段を使って空良を調べあげた。が、なかなかしっぽが掴めない。

 空良はその点に置いても、かなり優秀な人間らしかった。


「頑張って探ってるんだけど、なかなか……」

「何やってんだよ、ほんっと、おまえは役立たずだな!」


 ブツッと電話が切れた。静寂の中、ツーツーツーと、機械音だけが虚しく響いた。


 雅人はだんだん怒りが湧いてきた。ぎゅっと拳を握る。


「なんだよ……おまえのせいだろ! おまえが悪いんだ!」


 叫んだ雅人の声が、暗闇の中で不気味にこだまする。


 そうだ、全部俊介が悪い。

 僕は脅されて仕方なくやったんだ。

 僕は可哀そうなんだ、僕は弱いから誰か守ってくれないと駄目なんだ。


 それでいいのか? 


 ふとそんな声が頭に響いた。が、雅人はその思考を無視する。

 すると、由紀の顔が思い浮かぶ。なぜか、無性に会いたくなった。


 空良に何かされるかもしれないという心配もあったけど、彼女にただ会いたくて、たまらなかった。





 雅人が由紀の病室の扉を開けようとする。

 すると中から声が聞こえ、雅人の動きが止まった。


 まさか、また空良が来ているのでは。


 雅人はそうでないことを祈り、耳をすます。


 ぼそぼそとした声で何をしゃべっているのか詳細はわからない。声で誰か判別することもできなかった。


 雅人はゆっくりと扉を開けた。


 由紀と空良がこちらへ顔を向ける。

 空良の顔を見た途端、雅人は血の気が引いていくのを感じ、軽く眩暈めまいを覚えた。


「雅人、来てくれたの?」


 嬉しそうな由紀の隣で、空良は相変わらずいつもの爽やかな笑顔を向けてくる。

 雅人はひきつった笑顔しか返すことができなかった。


「空良……由紀の診察か?」


 たどたどしく声をかける雅人に、空良は嬉しそうな笑顔を向ける。


「診察ついでに雅人の話もしてた。本当に由紀さんは雅人が大好きなんだね」

「もう、先生……やめてよ」


 空良と由紀は仲良さそうに見つめ合って笑った。


 雅人は焦った。

 空良は俊介のときのように、僕から由紀を奪おうとしているのか。

 それとも、由紀を人質に取り、僕を利用する計画なのか。


 わからない、わからないが、空良が何かを企んでいることは確かだ。

 俊介の身にあれだけのことが起こっているのだから、自分にだけ何もないとは思えなかった。


「空良、悪いけど由紀と二人きりになりたい」


 雅人の雰囲気が暗いので、二人は心配する。


「雅人、どうしたの?」

「大丈夫か?」


 空良が雅人に触れようとする。

 雅人はその手を払い、怯えた目で空良を見つめた。


 空良は少し悲しそうな表情を見せると、何も言わず病室から出て行った。




 二人きりになった室内に静寂が訪れる。


 雅人は下を向き、何かに怯えるようにわずかに震えていた。

 由紀が雅人の手を優しく握る。


「どうしたっていうの、最近変じゃない? 仕事忙しくて疲れてるんじゃないの?」


 心配そうな眼差しを向ける由紀に、雅人は真剣な表情を向けた。


「由紀……お願いだ、空良には近づくな。

 主治医だから診察はしょうがない。でも、それ以外であいつと話すな、仲良くするな。

 いいな、お願いだ、約束してくれ」


 雅人の手は震えていた。

 由紀はそんな雅人を優しく見つめ、そっと抱きしめる。


「雅人……私は、何であなたがそんなに苦しんでいるのかわからない。

 でも、私はあなたが大好き。

 世界中が敵になったとしても私はあなたの味方。それだけは信じて」


 雅人も由紀をきつく抱きしめる。


 恐かった。


 自分の犯した罪と、それが暴かれること、裁かれること。

 そして大切な人を、失うかもしれないこと。


 すべてから目を逸らし逃げたかった。


 今さらどうすればいいのかわからない。

 今さら全てに向き合うことは恐くて、雅人には耐えられない。


 だから、逃げる、逃げ続ける。


 そうすることしか、今の雅人にはできないのだから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?