翌日、要が楓を屋上に呼び出した。
楓は昨日のこともあり、要と会うのが
しかし、無視することもできず、仕方なく応じることにした。
屋上へ向かう足取りは重く、なかなか進まない。
やっとのことで階段を上り終え、扉の前で一度深呼吸する。
覚悟を決め、楓は扉を開けた。
太陽が眩しくて、楓は目を細める。
爽やかな風が通り過ぎ、制服を揺らしていった。
「おーい」と声がする。
声の方へ視線をやると、笑顔で手を振る要の姿があった。
なんとも太陽の似合う男だな……太陽を背に絵になっている。
楓は心の中で笑ってしまった。
なんとなく気まずい楓は、視線を逸らしながらゆっくりと要に近づいていく。
「……何?」
楓がそっけなく声をかける。
「ん? ……うん、昨日はさ、悪かった。いきなり押しかけて、勝手なことして」
突然、要が深々と頭を下げる。
「な、なんで謝るの? 別に怒ってないし。
まあ、ちょっと気まずいなとは思ったけど」
確かにいろいろ思うことはあった。
昨日、あの後も亜澄の機嫌は悪く、楓は被害を
でも……嬉しかった。
気にかけてくれて、家まできてくれたこと。
こうやって、考えて、想ってくれること。
恥ずかしくてなかなか言葉や態度にはできないけれど、すごく嬉しかった。
「うん。そっか……よかった」
あまり怒っていないことに
しかし、ふとどこか遠くを見つめ、困ったような表情になった。
「あのさ、こんなこと言うと、また困らせちまうかもしれないけど……」
そう言うと、意志の強い眼差しを楓に向ける。
楓は要の視線に耐えられず、視線を逸らした。
「井上がこの前言ってたような悲しい発言をするようになった理由って、あの家族にあるんじゃないか?」
その言葉を聞いた途端、楓の心臓が激しく脈打ち、
胸が締め付けられ、とても苦しくて、息が浅くなる。
「俺はおまえじゃあないから、何があってどんな思いをしてきたのかはわからない。
そりゃ人生いろいろあるし、どうにもならないこともある。
変えられることと変えられないことがある。
そんなの俺でもわかる。でも、でもさ……」
要は一呼吸置いてから口を開いた。
「自分を変えていくことはできるんじゃないか?」
楓が要を見た、視線がぶつかる。
ゆらゆらと不安定に揺れる瞳を力強い瞳が
「何回間違っても、失敗してもいい。
それでも、諦めずに少しずつでも自分を変えていくことはできる。
俺はそう思ってるし、井上はそれができると思う」
要は楓をそっと抱き寄せた。
あまりの出来事に楓の体は硬直してしまう。
要の体温が温かくて……楓はその温もりにずっと包まれていたいと思ってしまう。
そっと耳を澄ますと、要の心臓の音が大きく聞こえた。
「これからはさ、少しずつでいいから自分を出していけよ。
言いたいことがあったら言えよ、やりたいことがあったらやっていいんだ。
嫌なことがあったら嫌と意志を示せ、苦しかったら助けを求めろ。
自分を守れ、自分を大切にしろ、自分を、愛してやれよっ」
要の言葉を聞いているうちに、楓の瞳からはポロポロと涙が溢れ、要の胸を濡らしていく。
目頭が、心が、痛い……熱い。
楓の胸は要の想いに満たされていく。
「……きっと何かが変わるさ。
大丈夫、人生ってそんなに悪いもんじゃない」
あたたかい……こんなにあたたかいモノをもらったのは、生まれて初めてだ。
楓の心が
要を信じてみたい。
こんな私でも、未来に希望を持つことができると信じていいんだよね?
もう人生終わったと思ってた、死ぬまでこのまま。
希望や光なんて、私には関係ない世界のモノ。
暗闇の中、一人取り残され、絶望し生きていく。
それが私の人生なのだと、諦めていた。
楓は返事の代わりに、要を弱く抱きしめ返す。
制服をギュッと握るその手は、震えていた。
恐い、恐いけど……もう一度だけ頑張ってみよう。
そう思えたのは、あなたがいるから。
しがみ付いてくる楓を見つめ、要は優しく微笑んだ。
楓の頭を
要は空を見上げた。
その瞳には、強い決意が滲んでいた。