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第51話 先輩、宿題を出す

「この度は本当に申し訳ない。ミザリーは僕の母でした」


 母さんの強襲より数日後。

 僕はうさ族に詫びの品を持って謝罪した。


『いや、言わんでもわかる。ミザリーに会ったのだろう? それでそこまで疲れ切った顔をしている。違うか?』

「全くもってその通りです。母さんがあんな薄情者だったとはつゆ知らず、僕はサルバさんにどんな顔を合わせるべきか悩んだほどですよ。あ、これもらった素材で作った化粧品です。よければどうぞ」

『ほう。もう解析したか。さすが稀代の錬金術師。うちの契約者どのにも頑張ってもらいところだな』

「ローディック師のことです?」

『ああ、そうだ。我らの技術を未だ扱いきれぬようでな』

「うーん」


 サルバさんの目標はだいぶ高い。

 熟練度で言えば350くらい。

 僕は370なのでギリギリ基準値に届いてるぐらいだ。

 いまの彼は250くらいか。

 それでも人類最高峰の魔道具技師。

 それでも嘆かわしいとサルバさんはぼやく。

 もっと手本を見せてやればいいのに、と思わなくもない。


「僕から見れば、彼は頑張っているように思いますが」

『そうなのか?』

「ただし自分たちの持っている基準が高すぎてついてくるのもやっとなのでしょう」

『ふむ』

「ちなみに僕だって最初からこの水準にいたわけではないよ?」

『そうなのか? しかしミザリーの関係者なのだろう?』

「そこ含めて審議中という感じです。うちの母は何かと嘘つきですから」

『あぁ、同性愛者のにゃん族が人間の、それも男とくっつく未来は見えぬからな』


 お? 話変わってきたぞ。


「そうだったんです?」

『ああ、お前のような美しい娘が生まれた時点で、お前はにゃん族から生まれた可能性も高い』

「僕は男だが?」

『はっはっは、え?』


 サルバさんは軽快に笑ったあと、僕をまじまじと見て、そして疑問符を浮かべた。

 いまの僕はどこからどう見ても女の子。

 肉体を保存できる魔道具で、今は後輩好みの女性ボディを着ている。

 要は魂に肉体を纏うという二重構造だ。

 その上で魂は男であると主張した。

 だがサルバさんは。


『肉体がメスならメスだろう?』


 それはそう。

 僕たちは見た目で性別を判断してるから。

 なので僕は本体を持ってくる。

 正真正銘、男の体だ。

 しかし骨格がどう考えても女なので、向こうに理解してもらえなかった。

 解せぬ。


「ま、まぁ僕は生まれが男なので、男として扱って欲しいんだ」

『真栗どのもお前と同じく男と名乗っていたが、肉体構造はメス寄りだったしな。遺伝子は似通っているのやもな』


 つまり、僕には確実に父の遺伝子は継承されてるらしい。

 って、待てよ?


「実は僕って母さんの血が入ってないのでは?」

『その猫耳が由来ではないのか?』


 そういえば前回は猫耳薬を飲んで登場してたな。

 NYAO含めて母さんの仕掛けだったわけだけど。


「これ、薬で耳をくっつけてるだけで、生まれた時にはついてなかったんだよね」

『それはおかしいな。ミザリーが何の根拠もなしに研究員を拐かすわけもないし』

「いや、あの人は何の根拠もなく他人を惑わすよ」

『それもそうか』


 納得しちゃうんだ。まぁ母さんだもんな。


「そもそも、母さんとはどんな馴れ初めだったんです?」

『ミザリーか。あいつとは元々恋人同士でな』


 ほう?

 にゃん族が同性愛者だとはさっき判別したが、もしかしてうさ族も?


『何だその目は』

「いえ、もしかしてうさ族も同性愛者なのかなと」

『ふむ、我々の種族特性について説明してなかったか。如何にも、我々ダンジョン種族に性別は一つしか存在しておらん。と、いうのも絶対的強者の瘴気により、その特性を変質させられてしまったんじゃ。その絶対的強者というのが──』

「りゅう族?」

『聞いておったか』


 おや? ここで母さんの話と合致した?


「眉唾でしたが」

『あやつは嘘つきだが、その中に真実を混ぜ込む。だから初見のものは騙されるのだ。未だにあやつが何を考えて動いているかわからぬものだ』

「お付き合いされてる頃からそうだったんです?」

『ああ、最初は彼女の高い技術力に惚れ込んだものよ。最初は恋人というよりはライバルから始まったんだ』


 おかしいな、母さんが技術者?

 漫画家で嘘つき。あとはしれっと戦士と付け足していたと思ってたが。


『その顔は、ミザリーの実力を疑っている顔だな。こちらに来い。あいつの過去作を見せてやろう』


 まるで自分の成果を見せびらかすように、サルバさんは母さんの過去作とやらを見せてくれた。

 そこにあったのは、間違いなく高い熟練度で作られた珠玉の数々。

 サルバさんはそこに至るまで足掻いて、今もなお足掻き続けているのだ。


「これを、母さんが?」

『見えぬだろう、あやつの凄さは本人を通してもまるで見えてこない。だからこそ、この技を捨てたあいつが憎い。私は置いて行かれた気分になったよ』


 これはあれか。嫉妬の感情。

 自分より早く高い位置について、その成果物に興味がなくなればあっさりと捨てる。まさに僕と同じ所業を働き、ついてきた物に嫉妬しら覚えすら抱かせる。

 つまりこれは……


 間違いなく今までの僕だ。

 あぁ、気づきたくなかったな。

 確実に僕には母さんの遺伝子が刻まれてるやつじゃん。

 猫耳は遺伝しなかったけど。


「びっくりしました」

『そうだろう?』

「僕、母さんと同じことしてる」

『そっちか?』


 逆にどれを思い浮かべたか気になるけど。


「実は僕、本当に無自覚でローディックさんにこういうのを手渡してるんですよね」


 これなら見せても大丈夫かな、サルバさんへ記憶保管アイテムを渡す。

 まじまじと見ながら、すっかり偽装した部分に騙されてくれた。

 その姿を見ながら、僕はニヤニヤする。


『お前、ミザリーそっくりだな。確実に血の繋がりあるだろう?』

「えー心外だなぁ」

『これは一体なんだ? ただの時計、にしてはわざわざ私に見せる意図が見えてこない』

「もちろん全く別のものですよ。例えば、数年前に突飛な発想を思いついてそれをメモに書き留めずにすっかり忘れてしまう。けど後になってそれがどうしても思い出せない。そんな時ってありません?」

『時計にそんなものを納めるものではないが、ままある話だな』

「そこで僕は時計ではなく鏡の方にその時の記憶を刻む技術を発明しまして」

『詳しく聞かせろ』


 そこから研究談義に花を咲かせる。

 サルバさんは百面相を見せながら、あーでもないこーでもないと持論を展開し、それを聞きながら僕は持論を展開する。

 そのやりとりにお互いの技術の高まりを感じる。

 全く見たことのないアプローチに目を丸くさせ、うさ族ならではの着眼点、培ってきた素養によるものの見方で僕は新たな見解を得ることができた。


 話が載ったので、その懐中時計はサルバさんにあげることにした。

 僕の分はまだストックあるからね。


『いいのか、私がもらっても』

「いいですよ。僕はまだ予備がありますし、むしろサルバさんがこれをどう改良するかも見てみたいです。もしそれの改良ができたなら、また会合開きましょう。その時はもちろんローディック師も一緒で」

『そういえば契約者どのにも手渡していたか。これは負けられんの』


 奇しくも師弟対決の場となってしまったが、サルバさんは楽しそうだった。

 ちなみにこれ、今作れば安定して作れるけど、発想自体はもっと熟練度が低い時に出てきたものである。

 なので、発想を取り置きしておきたい僕にとってはなくてはならないものだったんだよね。


 研究者仲間が増えるのは喜ばしいことだ。

 僕はルンルン気分で自宅へ帰還した。


 そんな話を後輩に促し、そこで母さんの話と合致したりゅう族のことを伝えた。


「それはおかしな話ですね」

「サルバさん曰く、母さんは嘘つきだけど、話にひとつまみの真実を混ぜると言ってたね」


 だから初見は騙されると聞いた。


「その上で、りゅう族が君臨してる限り、ダンジョン種族は一種類の性別しか持てないとか言われたんだよね」

「つまり、パラダイスってことですね!」


 後輩、君ってやつは。

 自分の願望に正直すぎる。


 だがそれはダンジョン内での話。

 しかしそのりゅう族は地上に上がろうとしている。

 ドラゴンが暴れている記憶は新しいが、あれが本隊という線は薄い。

 だからまだ本隊は上がってきていないと考えて良いだろう。

 しかし大塚君を保護してる限り、それは時間の問題でもあった。


 つまり人類がその瘴気に侵される未来もそう遠くない。

 全人類女体化の危機なのだ!

 そう話を切り出せば、後輩はキョトン顔で「それの何が問題なんですか?」と言いたげだ。


 そうだよね、君はそういう奴だった。

 僕は男の尊厳を守るべく、大塚君に接触するべく手を打った。

 なんとかしてりゅう族の地上進出を阻止する為に、大塚君には頑張ってもらわないと!


 その前に、彼にはやる気を出してもらわないといけない。


「ねぇ後輩」

「何です?」

「もし僕が大塚君に手を貸したいって言ったらどうする?」

「あんまり勧めはしたくないですね。言っては何ですけど、あの人。今までの悪事を全て無かったことにして被害者ぶると思うんですよ。先輩は大したことないみたいに言いますけど、普通に殺されてもおかしくはないことしてますよ。これで許すのは少し甘いかなと」

「そうか。ではお気の毒だけど」

「はい」

「本来僕のやる役目を彼の息子さんに手渡そう」

「はい?」


 どこか神妙な顔つきをする後輩に、まぁ聞けよと話を促す。

 僕の提案はこうだ。


 僕としてはりゅう族の長には地上に上がってきてほしくない。

 母さんやサルバさんの言い分だけ聞くだけでも人類は女体化まっしぐら。

 後輩はそれでも構わないと言うが、本当にそれだけで収まるのか?

 ただ女体化するだけなら、母さんがわざわざ僕に会いに来ることはない。

 一族としての弱体化。そしてサルバさんは美の損失を謳った。

 各種族にデメリットが襲ったように、それは終わりでなく始まり。

 僕は人類もまた女体化した先にこうむるデメリットがあるんじゃないかと話す。


「やばいじゃないですか」

「やばいよ。君の趣味だからで済ませていい話じゃない。それに女体化は人類滅亡の第一段階に過ぎないだろう」

「じゃあ、どうするんです?」

「しかし君は僕が動くのを良しとしないだろう?」

「まぁ、大塚さんに手助けする必要はないとは思いますけど」

「だから僕は彼の息子さんを魔法少女にする!」

「その話、詳しく!」


 後輩は鼻息荒く食いついた。

 君、男の子が女性化するジャンル本当に好きだよね。

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