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第52話 先輩、チャンスを与える

「と、こう言うわけだ」


 僕は30分以上かけて後輩に『大塚君救世主伝説』の内訳を語った。

 話を聞いた後輩は面白そうだと二つ返事で了承。

 そう言うことなら手伝いますよと乗り気になってくれたので、僕は安心して大塚君との面会を彼女に任せた。


 その間に僕の方でも仕込みを済ませていく。

 彼の息子、秋生に今から人生をかけて父親を更生するためのサポートを頼無ことだ。

 あいつは単純だから僕の頼みなら何でも聞くが、後先考えずに安請け合いすることがどんなに危険か身を持って知ってもらおうかな。

 そんなわけで作戦開始!


「秋生!」

「リコさん? 探索者は引退したんじゃ?」

「うん、だから今日はプライベートで会いにきたんだ。忙しかった?」


 作業中だったら悪いからね。

 今の明夫は学業と探索の二足の草鞋を履いている。

 その上で一家の大黒柱が国家反逆罪で牢に繋がれてる最中。

 勉学も探索も手につかないはずだ。


「お父さんのこと、聞いたよ」

「あ、望月さんは親戚でしたね」

「その、あんまり力になれなくてごめんね。家族が大変な時に」

「いいんです、僕は。けど父さんは罪を継ぐわなくちゃいけない。そのためなら僕は何だってやる。リコさん、望月さんから何かを言われてきたんじゃないですか?」

「鋭いね。確かに僕はお姉ちゃんから秋生にアイテムを渡すように言ってきた。でも、嫌だったら断ってもいいからね? お姉ちゃん、秋生のお父さんのことあんまり好きじゃないみたいだから」

「逆にあんなやつ、好きな人の方が珍しいですよ」


 言われてるよ、大塚君。随分と嫌われてるじゃん。


「じゃあ、これ」

「これは?」

「飲むと精神が分裂するお薬。そしてこっちが二つの体を任意で行き来するお薬だって」

「僕、これ飲んだらどうなっちゃうんだろ?」

「僕も詳しくは聞いてないけど、二つの体を任意で使い分けるようになるって」

「でも、命は一つなんですよね?」

「どっちか生き残ってたら大丈夫とも言ってたよ」

「それを飲めば。父を罰することができるのなら」

「決意は固いみたいだね」


 僕は秋生に薬品を手渡す。

 秋生は覚悟を決めてそれを飲み込んだ。

 あーあ。

 あの説明を受けてもなお飲んじゃうか。

 まぁそうなると思っててここにきてるんだけどね。


 さて、仕込みは済んだ。

 僕は後輩のところに戻ろう。

 秋生にはその間ぐっすり眠っててもらわないとね。


「仕込みは終わったよ」

「お疲れ様です今ちょうど大塚さんとの面会が終わったところです」

「ドラゴンのアキオの方は?」

「今お昼寝中みたいですね。やることがなくて暇を持て余してるみたいですね」

「良し、今のうちに施術しちゃうかな」


 施術と言っても、記憶保存カプセルを飲ませるだけなんだけどね。

 それはおやつにでも仕込んでおけばいいか。

 僕は食事を持って大塚君と面会した。


「やぁ、大塚君」

『誰だ、お前』


 お互い見た目が変わってるからね。

 わからなくたって仕方がないか。


「僕だよ、槍込聖だよ。一緒の会社で錬金術の腕を競い合った仲だろ?」

『お前みたいなやつは知らん』

「ひどいや。まぁ知っても知らなくても関係はないんだけどね」

『もしお前が俺の知ってる槍込だとして、今更落ち目の俺に何の様だ?』

「荒んでるねぇ。僕としては君にチャンスの話を持ってきたんだぜ?」

『チャンス?』

「今僕はこの見た目で配信チャンネルを営んでいる。先輩と後輩の配信チャンネル。聞いたことはあるかい?」

『嫌でも耳に入ってくるだろうがよ』

「お、僕の配信聞いててくれたの?」

『その、お前がすごいやつだってのはわかった。で、俺に何しに会いにきた。今更復讐でもするつもりか?』

「そんな訳ないじゃんか。そもそも僕、君に対してそこまで憎い気持ちとか持ってないし」

『は?』


 彼の顔がその場で凍りつく。

 よっぽどプライドが傷ついたんだね。

 それこそ今更じゃんか。


「そもそも僕、君の話に二つ返事で承諾して、その地位にいたよね? もしかして大塚君からしたら僕のレシピを奪って搾取してやった! ざまあ! ぐらいに思ってたのかな?」

『ばばば、そんなわけねーだろ。あんなもん俺でも思いつくわ』

「だよね。僕はあくまで大手製薬内で、発表しても平気そうなレシピしか渡してないもんね」

『は?』


 またもや表情が凍りつく。

 面白いなぁ。彼はこんなに百面相する人だったっけ?

 知らなかったや。


「何さ。あの程度のレシピが僕が一生懸命考えて捻り出したレシピだと思ってたの?」

『違うのか?』

「そんなわけないない。僕の作るレシピは採算度外視、その上でちょっと倫理観がイカれてるレシピばっかりだぜ? 表に出せるレシピの方が少ないさ。その中でも需要がありそうなやつならさらに絞られる。君が手にして着服したのはそう言う類さ」


 だからちっとも悔しくないし、何なら何かの役に立って良かったと思えるぐらいだ。本当、アイディアこそ思いつくが使い道ないレシピばっかりだからね、僕の研究。


「それで、大塚君は僕がその先輩だって知ってて面会に応じてくれたってことでいいんだよね?」

『お前が俺の知ってる槍込だってことは認めるよ。で、俺に一体何のようだ?』

「ちょっと世界を救って欲しいんだよね」

『俺にか? こんな体にされて、人間の言語も理解できない俺に、人間の救世主になれって? 他を当たってくれ! もうこれ以上失うのは怖いんだ。実の息子からあんなに憎悪を向けられて、もう生きる意味すら失った。放っておいてくれ』

「そう慌てないで。僕だって何もタダでやれなんて言ってないよ。君に人間の体をプレゼントしてもいい」

『そんなうまい話があるのか?』

「論より証拠だ。そこにある生肉に薬品を染み込ませてある。今の君、調理したご飯が食べられなくなってるだろ?」

『嫌味な野郎だ』


 そう言いつつも食べる。何ならうまそうに頬張って。

 本当に生肉しか食べれなくなってるじゃない。

 味覚変化どころの話じゃないな。


『ほら、食べてやったぞ』

「お、君の精神は頑強だねぇ。今君の肉体は二つ選べるようになってるから。意識して切り替えてみて。元のドラゴン娘の体と、もう一つ懐かしい感覚がないかな?」

『は? そんなもん……いや、あるな』


 やはり感覚が鋭い。

 口頭の説明で理解できるか悩んだけど、元々彼は地頭が良い方だ。

 すぐに感覚を掴んで、別室の大塚君が起き上がった。

 僕も、前もって作っておいたスペアボディを起動する。


 通勤時代の、少しぷっくり目の僕が、彼に直接会いにいく。


「やぁ」

「槍込……俺は戻ってこれたのか?」

「仮初の肉体だけどね。今の僕も君も、女性らしい姿が本体だ。こっちは、スペアボディといったところかな」

「それだけでも十分だ。この体が報酬か?」

「もちろんそれだけじゃない。君のマイホーム、働き場所。そして家族からの感謝の言葉もセットでつけちゃう」

「そんなにいいのか? 俺は、お前に散々な目に合わせてきた。こんなにもらいすぎたら、何を返していいかわからない」

「むしろ君はこれから人類を救いにいくんだぜ? 大手を振って帰還したらいいじゃない。そんで、もらうもんはもらってまたハイスペックな生活をする。君はそれができる男だって僕は知ってるぜ?」


 ぽんぽんと背中を叩くと、彼は照れくさそうに笑った。


「それで槍込、俺は何をすればいい?」

「君にはりゅう族、つまりは君の肉体を作り替えた存在に接触し、卵を産む以外のメリットを証明して欲しいんだ」

「難しいな。あの王が俺の言うことを聞くとは思えないが」

「それでも、人類が接触するのは難しい。君の本体なら接触が可能だ。番だって話じゃないか」

「不本意だがな」

「僕の本体だって不本意で女の子の格好させられてるんだぜ?」


 まぁなれたもんさといってやる。

 大塚君は最初僕と後輩が仲がいいのを羨んでいたらしいけど、実際付き合ってたなら大変な目に遭ってただろうねといってやる。


「彼女、大の男嫌いなんだ。僕はいつ男のシンボルを奪われるかヒヤヒヤしてるよ」

「なんて言うか、お前も大変なんだな。勝手に成功者として妬んでたけど、彼女の本性を知ってゾッとしてる」

「君も奥さんで苦労したって聞いてるよ?」

「誰にだ?」

「君のご子息」

「秋生に?」


 頭にクエスチョンマークを並べる彼に、僕が遊び半分で探索者デビューした時に彼と出会ったことを伝えた。


「そうか、秋生は探索者に」

「奥さんがノイローゼで倒れて働き手がいなくなったからと彼が働きに出なければいけなくなったとか聞いて、僕も居た堪れなくなっちゃってね」


 それで駆け出しの彼に色々レクチャーをしたことを話した。

 まだまだ義務教育真っ最中だと言うのに、働き盛りな彼を応援したくて配信のノウハウも教えてやった。

 拙いながらも泥臭い戦いに応援の意味も込めて投げ銭ももらえるようになったよと話せば、彼も表情を綻ばせて喜んだ。


「そうか、俺がいない間に家庭のことを支えてくれてたのか。俺はそんなことも知らず、のうのうと生きてたんだな。自分で自分が嫌いになりそうだ」

「まぁ僕もあの子との探索は楽しかったぜ。素直すぎて少し心配なところもあるが、いい息子さんじゃないか」

「まぁな。自慢の息子だ。しかし奈緒のやつ。俺の貯金を握ってたくせしてどうして秋生にそんな危ない仕事をさせてたんだ? 大学卒業できるくらいまでの金額はあったぞ?」

「後輩の調査によると、君が失踪した後もちょくちょくハイブランドのバッグやら服やら買ってたみたいだな。後輩も言ってたが女性にとっての精神安定剤に使われるそうだね。僕にはわからない世界だよ」

「は?」


 さっきまで安定していた大塚君はこめかみに血管を浮き上がらせてキレていた。

 すごい、精神を定着させて10分も立ってないのにここまで肉体制御が上手なんて。やっぱり彼は才能があるなぁ。


「あの女、息子に学業を専念させず、自分の精神安定のためだけに貯金を切り崩したってのか?! はぁあああああ?」

「それだけじゃ足りなくて息子さんの稼ぎにまで手をつけてたって聞いた時は呆れてものが言えなくなったよね」

「……槍込」

「どうしたのさ、真剣な顔しちゃって」

「ちょっと時間もらえるか? 今からあの女をぶん殴ってくる」

「やめておけよ。どこにいるかも知らないだろ? それに今の秋生は自立してるし、君の奥さんとはとっくに縁も切ってる。それに君、国家反逆罪で指名手配されてるってことを忘れないほうがいいぜ?」

「でもよ、俺はあいつを許せそうもない。この苛立ちをどこにぶつけたらいいんだ?」

「ちょうどおあつらえ向きのミッションがあるじゃないか」

「俺にできるかな?」


 急に不安になるなよ、君らしくもない。


「何弱気になってるのさ。君はできるやつだって僕は知ってるぜ? 息子の信用を勝ち取るためにも頑張らないとだろ?」

「そうだな、わかった。詳しい作戦を教えてくれ」


 ヨシ!

 やっぱり元の肉体を報酬にしたほうが物分かりが良くなるな。

 元の肉体だと何かと気が滅入るのもわかるものだ。

 なんだかんだ僕もこの肉体の方が居心地いいんだよね。

 気がついたら抹消されてそう。

 後輩、抜け目ないからなぁ。

 そそくさとかり倉庫に移し、後輩ウケの良い女の子ボディに精神を移し込む。


「大塚さん、どうでした?」

「やる気になってくれたみたいだね」

「どうやって誑かしたんです?」


 言い方。そんなに僕は信用ないかな?


「スペアボディに彼の元の姿を反映させて、成功報酬に贈ると言ったら二つ返事で」

「え、あのボディ寿命短くなかったですっけ?」

「そりゃスペアだからね。長くても5年かな?」

「先輩も抜け目ありませんねぇ」

「もちろん予備が欲しければ売ってやるつもりでいるよ? 値段は君が決めていい」

「さすが先輩です。あの人に温情をかけてあげるだなんて聖人ですね」

「僕別にあの人嫌いじゃないし」

「またまたぁ」


 後輩は全く取り合わないけど、本当にそうだからね。

 そして彼をダンジョンの奥に送り出す日。


「それじゃあ、息子さんともども頑張ってね」

『槍込、何から何まですまないな。アキオ、お前もいっぱい世話になったろ? きちんと挨拶するんだぞ』

『え、うん。またねリコさん』

『ん?』

「どうしたの、大塚君?」


 ドラゴニアンの子供の中身が秋生本人だと気がついて、大塚君は目を丸くする。

 そして激昂しながら画面の向こうの僕に拳を突き出した。

 ハハハ、残念。届かないよ。


『やりやがったな、槍込! そこに直れ、ぶん殴ってやる!』

「あはは、できたらいいね。じゃあ秋生、君のお父さんのサポートは任せるね。それと、定期的に卵の調達もお願い。それが人類救済に役立つアイテムに生まれ変わると思うから」

『分かりました! ほら、父さんいくよ。道中は僕が守ってあげるから。道案内よろしくね?』

『お前、いつの間にそんな逞しくなったんだ?』

『父さんが留守中にリコさんに鍛えてもらったんだ』

『そっか。父さんもお前の信頼に足るように頑張るから』

『期待しないで待ってるよ』


 ここからが大塚君の再スタートだ。

 いい事した後は飯がうまいなぁ!

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