「漫画家の魂と分裂した今のボディ、明け渡したところでやりたいことはやれるわけでしょ?」
「それは……でもあの子は許してくれるかしら?」
「呪いの吐口を探してるだけなら条件を飲むでしょ。それで、父さんはそこに捕まってるんだよね? 母さんを差し出す代わりに返してもらえない?」
「あんた、なんてこというの?」
いい加減怒ったか?
そう思ったら満面の笑みで僕の両肩を押さえつけた。
「ナイスアイディアよ! あたしは死なない! その上でにゃん族のメンツも保てる。私が戻れば真栗さんも必要ない。全てがうまくいくわね!」
「ただその前に問題が一つ」
「何?」
「僕、父さんが囚われてる場所知らないんだよね」
「母さんもうろ覚えね」
ダメじゃねーか!
どうやって救出しようっていうんだ。
「そこで一つ芝居を打って欲しいんだけど」
「何かしら?」
僕は囚われの父を救出すべく計画を打ち立てた。
それは今捕まえてるにゃん族に母さんを突き出し、ボスの元に案内してもらうというもの。
先遣隊のにゃん族は棲家を求めて地上にやってきたとはいうが、正直それがどこまでの話かもわからない。
なので先に住処の案内をしてから、協力を取り付けることにした。
もちろん本体を別の空間に保管したのち、人間と対さない筋力しかないボディにすり替えてからの案内だ。
一斉発起されたら敵わないからね。
これくらいの対策くらいは許してほしい。
家を明け渡すんだ。別にその肉体のまま住めるなんて話はしてないし、いいよね?
そんなこんなで話はまとまり。
僕たちは地上に仲間を連れてくる役割の戦士についていくことにした。
この連絡係のニャンコはなんの事情も知らなかったみたいで、掛け合ってみるよう話に応じてくれたのだ。
『そっちのお前、お前からは古い戦士の匂いがするにゃ』
『あら、わかるの』
『けど見たことないにゃ。どこにいたのにゃ?』
『ずっと、地上にいたわ』
『にゃ、どうして連絡くれなかったにゃ。助けに行けたのににゃ』
「お前捕まってたじゃんか。どうやって助けるんだよ」
「そうだぞ」
『そうにゃ! にゃん達も捕まってたにゃ。不覚にゃー」
このニャンコは母さんが言うように戦士として致命的な欠陥を抱えていた。
それは頭の悪さである。
これはどうしようもないだろ。
喋ってて疲れるレベル。
しかし、それでも人類よりは身体能力が高い。
ダンジョンの道なき道もひょいひょい進める。
『こっちにゃー』
「こんな場所があったんだなぁ」
「アタシもこんな場所、知らないぞ」
『なんとなく、覚えてるわ』
母さんは捨てた故郷をどこか懐かしそうに見つめていた。
もし戻っても、もう昔みたいに自由に動き回れないだろう。
だからこそ、この景色を目に焼き付けているみたいだった。
いつでも地上に戻れっるくせにさ。
『ボス、連れてきたにゃ!』
『よくやってくれた。ニャルス。そして貴様らが地上の客人か……おい』
『やっほ』
どこか、ほっとしたような顔つきのにゃん族の長だったが、母さんの顔を見た瞬間に怒りが全身を震わせた。
怒髪天をついているぐらいの激昂が手に取るようにわかる。
『どうしてお前がここにいる、ミザリー!』
『久しぶりね、イル』
『ミザリーーーー!』
正直こうなることはわかっていた。
火に油を注ぐとはこのこと。
案内役のニャンコだけが状況を理解できないでいる。
僕ら?
成り行き任せだよね。
どちらにせよ、正面衝突だけは避けたいけど、状況を見る限り無理そうだ。
母さんがこんなな時点で分かり切ってはいたけど。
『にゃー、どうしたにゃんボス? 落ち着くにゃ』
『離せ! こいつだけは、どうしても許せないんだ! 貴様のせいで、一族は滅亡しかけたんだぞ!』
なるほど。
母さんは最悪のタイミングで故郷を捨てたと。
そりゃ殺されたって文句は言えないな。
けど、母さんなりの理由もあるそうだ。
僕には散々ぼかしてたけど、ここでも茶化したりはしまい。
交渉が決裂したら、僕を誘った意味がないから。
『よく、頑張ったわね。あなたはあたしの誇りよイルマーニ』
『どの口がそんなことを! あの時お前が逃げなければ、仲間は死ななかった。お前は我らの誇りを踏み躙ったのだぞ? 絶対にお前を許すものか!』
『そうね、あたしは一族を裏切った。きっと誰からも許されない。けどね私がりゅう族に嫁いでも、きっとこの災いはにゃん族を襲った』
『なんだと?』
『りゅう族はね、そういう天災なの。あたしたちは彼らにとって換えの聞くおもちゃでしかない』
『嫁いだ先で何を知った? 逃げ出した理由を教えろ。話はそれからだ』
先程までの怒りは、神妙な面持ちで語る母さんの傷と呪いの進行具合を見て察した。
イルマーニは母さんの話を促し、交渉の意地を望んだ。
首の皮一枚繋がったか。
「センパイ」
「一応準備だけしといて」
いつ交渉が決裂するかわからないからね。
僕も一応スペアボディとはいえ、無駄死にするつもりはない。
一族最強の戦士の腕前が、アメリアさんに劣るなんてことはないだろうから。
『覚えてる? 幼い頃にあたしと競い合った頃』
『お前は我が一族の誇りだった。戦士だった。だから花嫁に選ばれた時、私はそんな判断を下した長を呪った。命を取った。お前が次の長になるのに相応しかったのに、私なんかが長に選ばれた』
『あたしはね、イル。あなたこそが次の長になるべきだって。長に申告したの』
『どうしてそんなこと』
『りゅう族が強き魂に惚れ込むのは知ってる?』
『だからお前が選ばれたと?』
母さんは首を横に振った。
『あたしはね、イルマーニ。あなたに生き延びてほしかった。生真面目なあなたなら愚直に一族を率いてくれると思ったから』
『でも私は!』
『あたしに惚れてたんだよね。知らないとでも思った?』
イルマーニさんは何も言えない。
俯き、震える。
というか姉妹同士で恋愛か。
同性愛者とは聞いていたが、貞操観念が人類と逸脱しすぎてんなぁ。
「センパイ」
アメリアさんがモジモジしながら場の空気に飲まれて流し目してくる。
はいはい、今大切なお話中だからあとでね?
ちょっと拗ねた感じで袖を引っ張ってきた。
らしくないね。
『じゃあどうして、私を置いて嫁になど!』
『それが一族を救う最良の選択だった』
そう当時は考えていたそうだ。
けれど、りゅう族のあり方を知って、一人嫁いだところで何も解決しない。
なんだったら従順を示せば示すほどにコケにされると理解して。
『逃げたのか』
『ええ』
『我々は、遅かれ早かれ滅びる運命だったと?』
『りゅう族にとって、あたしたちは壊れたら捨てるだけのおもちゃ。壊れるまで子を産むためだけの道具よ。それが戦いを遠ざけた種族に待ち受ける運命だって』
『そんな……』
そりゃ、うん。
後輩が知ったらブチギレそうだ。
もし僕がお嫁さんになったら。いや、そもそも僕は男だが?
ここ最近は本当に女の子扱いされてキレそうだが、もしそうなったら後輩なら全面戦争を仕掛けそうだ。
それくらいの脅威が、目と鼻の先にまで迫っている。
母さんはそれを知りながら、にゃん族の存続を選択。
地上に潜伏しながら機会を伺っていたのだそうだ。
それが漫画なのはちょっとどうかと思うけどな。
僕の成長を待ってた?
聞こえはいいけど、それってあまりにも他人頼りすぎない?
何はともあれ成果は結実した。
僕としては偶然に偶然が重なっただけのようにしか思えなかったけどさ。
『だからね、イル。あたしの賭けに乗って欲しいの』
『これ以上私をどうしようというのだ』
『うちの子に、にゃん族を託して欲しいの』
『子供、だと?』
さっきの今で姉妹カップルであることが判明。
そのあとに後出し子持ちムーブは脳が焼かれるどころじゃないのだろうな。
周囲に殺気が振りまかれる。
誰が子供だって顔だ。
すごくわかりやすいな。
「ムー君」
おいおい、こんなタイミングで話を振るなや。
僕は突き刺さる殺意を払いながら、なるべく敵意を刺激しないように自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、でいいのかな? 一応人類の代表として参上した槍込聖だ。自称母さんに導かれ、にゃん族、強いては父、槍込真栗の引き取りに参った」
『父? ミズの相手とは真栗だったか?』
『厳密には違うけど、真栗さんの生んだ卵からムー君は生まれたの』
『バカな、竜化の呪いを受けて生んだ卵から人の子供が誕生する?』
『奇跡みたいでしょ? だから私はその存在を隠すために地上に向かった』
『にゃん族を捨てたのではないと?』
母さんの言い分では、人を育てる環境がダンジョン内にはなかった。
持ち前のクローン技術で両親を一人二役でこなし、生活基盤を整えた。
漫画家はその時に確立した仕事で、もう一つはサラリーマンと二足の草鞋だったそうだ。
僕が一人でも寂しくならないために、家に居続ける漫画家を選んだんだって。
そんな経緯があったのなら、最初から素直にそう言ってくれたらいいのに。
そういうところは素直じゃないんだから。
そんなこんなで僕は生まれ育ち、にゃん族再興の地盤は整ったという話ぶり。
もちろんこちらはそんな話を聞いてないので、全部口からデマカセだ。
それでも、にゃん族長からの敵意は消えた。
嘘で塗り固められた真実であるが、この場を凌ぐのに最善の選択だったようだ。
『改めてこの部族の長を務めるイルマーニだ。この度は協力感謝する。本当に勝手な願いだが、もうこの地域はダメだ。りゅうの呪いが蔓延しすぎている。救出の件はありがたくちょうだいするが、見たところそちらの人員はあまりに少数。我らの同胞は少なく見積もっても二百。失礼だがそちらの人員でそのような仕事が任せられるとは……』
まーね。この人員で救出できるかなんて物理的に考えれば無理だなんて一目同然。
「もちろん、このままで解決するだなんて言ってないよ。まずはこれだ」
僕はカプセルを取り出した。
精神ストックの懐中時計は渡さない。
まだ相手がこちらの信用に足ると決まってないからだ。
要は人質ならぬ魂質だ。うけけ。
『これは?』
「魂の乖離を促すものです。きっとりゅう族はあなた方に肉体を強要しようと迫ってきます。ダンジョンにいる限り、ずっと」
『それはそうだが、私たちをこの場で皆殺しにするつもりと言われたら流石に飲めんぞ?』
ちぃ、流石に疑い深い。
とは言え、これを飲んでもらわなければ物理的にその人数を送り込むのは無理だぞ?
実際は転送陣で一瞬だが。
そうしないのは単純に向こうで暴れられたら打つ手がないからだ。
今はおとなしいが、いつまでもそうとは限らないからな。
「そうはなりませんよ。ここにいる僕たちは皆、この薬を飲んできています、本来の肉体を離れ、全く異なるベースの肉体に入り込むことで生活ができる。そう言う技術を確立したんです」
『そうなのか? ミズ』
『ええ、このボディに精神を通わせたのも久しぶりなの。本当だったら精神の定着が安定しなくて死ぬよりも酷い目に遭うところだった。けれどこのカプセルなら……』
『今の肉体を捨て、精神の安定かも促せると……本当にそんなものがあるのだな』
未だ信じられないって顔。
まぁそんな夢のようなものがあるんならさっさと渡せって話だし。
『にゃん族一の科学者である私のお墨付きよ?』
『そういえばうさ族と張り合っていたものなぁ、ツノ付きのミザリーだったか?』
『やめてよ、古い名よ』
ここで来たか、ツノ付き。
まさか母さんのことを指していたとはな。
でもおかしいな、さっきのニャンコは母さんをその対象人物だと認識していなかった。
ではどうして扱い方を知っていたのか?
いや、角?
それってドラゴンの角に対しても言ってるのか?
大塚君の見た目を思い出す。
幼女体型に尻尾、頑丈そうな両腕。
そして特徴的な角だった。
ならその角付きとは……
「父さんが、にゃん族に文明の力を渡していた?」
『そうなの? イル』
『ああ。あの子は産卵の合間に色々とお前の真似事をしていてな。そのうちの一つがこれだ』
そこにあったのは水晶で作った液晶掲示板だった。
今はもう動かないのか、イルマーニさんが大切に保管しているという話らしい。
封印される前は、にゃん族たちと仲良くしていたんだって。
封印中は仮死状態になっていて、話もできないそうだ。
「僕がもらっても?」
『構わん。どうせ私たちには扱えぬ代物だ。だろう、ミズ?』
『ええ、それとヒー君にはにゃん族をこのまま継いでもらおうと思っていて』
『おい、まさか私を戦士として死なせてくれないのか?』
訝しむイルマーニさん。
母さんと違い、戦士へのこだわりが強いようだ。
『違うわよ。さっき宣言した通り、今のヒー君は人類の代表なの。あたしたちにゃん族は人類の傘下に降るの。その代わり戦いの場所は用意してくれるわ。その時までは同胞の世話役を頼むわね』
『そう言うことなら任せておけ。私は戦うことしかできない女だ。もし地上からの使者が話のわからぬやつだったら、一騎討ちを仕掛けていたところだぞ』
おいおい。なんて物騒な発想を持ってるんだこの人。
見た目はめっちゃ可愛いのに、精神があまりにも蛮族すぎる。
そりゃ母さんの行いは許せないよなぁ。
「戦士の扱いとかはわからないけど、来たるべき戦いの最前線には呼ぶつもりでいる。その時はまた頼むね?」
『任された、麗しき姫君よ』
『イル?』
『む、どうしたミズ。戦士ではない長は姫と相場がついているではないか。それとも真栗の子は戦いの場で戦果を出せると? それだったら姫は失礼だが』
『そういうのは無理ね』
誰が貧弱なもやしじゃい!
まぁにゃん族ぐらい戦えるかって言われたら首を捻るけど。
でも姫は違うじゃん!
「あの、イルマーニさん」
『なんだ?』
「協力をする前に、一つ正しておきたいことがあるんだ」
『何か、無礼があったか?』
「僕は男、オスなんだよなぁ?」
『ははは、ご冗談を』
全く取り合ってくれない。
その理由は、りゅう族の呪いに汚染された個体は全てメス化される。
かつてのにゃん族がそうであったように。
生まれた卵も例外なくということらしい。
「じゃあどうして僕は男で生まれたんだよぉ」
「そこは今世紀最大の謎ね」
「センパイは女の子でもアタシは大丈夫だぞ。なんなら女の子の方が……」
あぁ、もう!
僕の味方がどこにもいない!
最初から知ってたけどさぁ!
こうして僕は一時的ににゃん族長の肩書を得て一族の命運を背負わされた。
それはそれとして。
「母さん、父さんのこの状態はどういうこと?」
呪いの侵攻がこれ以上進まないように。
そういう意味で封印されていたはずの父さん。
が、その肉体はどう考えても最終段階で。
封印されている割には科学的反応が何も示されていなかった。
要は野晒しだったのである。
その上で意識はなかった。
「てへぺろ」
つまり封印は嘘。
この状態になっていると知ったら僕が興味を示さない可能性があった。
だから秘匿して、ご対面するまで隠し通した。
もらった石板が本当の意味で最後の手がかりになるなんて。
こっちは、昔話に花を咲かせようと思ってたのにさ。
それを有耶無耶にした母さん。
もうにゃん族を背負う約束までしたあとで、やっぱりなかったことにはできないのまで見越してのネタバレであった。
「とりあえず、数日ご飯抜きかな?」
「ごめんなさい。こうするしかにゃん族を救う手立てはなかったの! せめて一日二食!」
「はいはい、寝言は寝てる時に言ってくださいねー」
「そんなー」
泣きたいのはこっちだよ。
そんなこんなで僕は個人Vが背負うには重すぎる命運をまた背負った。