『アキオ、そろそろ撤退だ』
『うん、そうだね。こういう時の父さんの勘はよく当たるから』
<コメント>
:どっちもかわいいねぇ
:これが元男の犯罪者ってか
:あれ、ドラゴンにされたのってどっち?
リスナーからの質問に、後輩は答えずにパソコンをカタカタ動かしてマーカーをつけた。
大塚君に(元男性会社員)、秋生に(その息子)というダブルミーニングを仕掛ける。
息子というのは人間時代の息子と、ドラゴンになってからの息子という両方の意味で使われた。
<コメント>
:子連れ?
:いや、ほら子供連れてたじゃん
:いたけどさ、喋れたっけ?
:ガルガルとは言ってたな
:このチャンネルの集音器と翻訳機能は優秀だから
:あぁ、翻訳してようやく聞こえたってやつか
後輩がその手もあった!
みたいな顔でパソコンをカタカタした。
その結果、マーカーはなくなり、字幕スーパーの冒頭にどっちが喋ってるかを付け足した。
リアルタイム翻訳でそんな離れ技しないで。
「はーい、彼の活躍を眺めつつ、僕はこれで一品考えるのでみんなは試合に集中しててー」
「そう言うことで、勝負の行方はどうなってしまうのかー?」
今は母さんたちのお色直しタイム。
長いことが予測されたので、みんなはトイレ休憩してたり、それぞれ時間を潰していた。
優希や晶たちはバリアパックの威圧に「一歩も踏み込めない!」とタタラを踏んでいる。
大袈裟だなぁ、と思いつつ。
研究室に残してる10名の僕に素材と指示出しをする。
解体解析に3名。過去のレシピとのすり合わせに3名。素材調達に3名。最終的に実験する1名で研究所を回してる。
その中で余った僕がこうして今、会場で解説役をしているのだ。
いやー、スペアボディって便利だなぁ。
本来はこう言う使われ方をすべきなんだけど、世界中では死亡リスクの軽減どころか死んでも復活するゾンビ兵のような使われ方をされていて非常にヤキモキしていた。
さーて解析解析っと!
「先輩、大塚さんは結構順調に素材の調達をされてるようですね」
「だねー。僕の研究所でも見たことのない素材ばかりだとテンション爆上げで回ってるよ」
<コメント>
:あれ、先輩ここにいるのにすでに研究を?
:そういやスペアボディを同時運用してるって
:そんなことが実際にできるのか?
「本来の使用方法がこれなんだけど。むしろ君たちの扱い方が異端というか」
「はーい、みんながみんな先輩みたいな超人ではないので、煽りはそれいまでにしてくださいねー」
「ちょ、僕は通常運用の説明を」
「普通の人はですねー、精神を一つに分裂させるのでも結構ギリギリです。それを11個とか、自我が保てなくなる可能性だってありますよ? 全部同一人物とか、自分がもう一人いるって感覚に畏れを抱かない方がどうかしてますって。それを便利だから、で済ませないでくださいねー?」
「むぅ」
<コメント>
:それもそう
:普通に頭おかしいことをやってのけてるんだよなぁ
:並列思考どころの話じゃねーぞ
:むしろ肉体欠損時の対処法としての扱われかたの方がまともまである
:それを同時運用って、一体どう言うキャパしてたら可能なんだ
:先輩以外にそれをできる人がいるとでも?
「いや、猫丸ミミ先生がその一人じゃん。今漫画を描きながら、片手間で試合してるし。僕の研究と違ってバトルしながら、全く違う作画を担当するのって、相当おかしなことじゃない?」
<コメント>
:あれ、マジな話なのかよ
:遊ばれてるってレベルの話じゃねーぞ
:漫画は漫画で集中力が要るもんな
:休憩中とかそう言うので精神入れ替えてる感じ?
「違うよー? 今現在私は3人に分裂してて、一人は漫画、もう一人は大会、あとはアシスタントのスペアボディと一緒に遊び倒してるよ〜! アシスタントの子にも息抜きって本当に重要だからさ、実際に体験してみないとなかなか仕上げるのが難しいのを遊びで仕入れて、各担当で仕上げる! これ意外と効率的だからみんなもやるべき。アイディアって息詰まると本当に筆進まなくなるし」
<コメント>
:もっと酷かった!
:なんなら手抜きですらねーよ、それは
:うさ族の人もそうなの?
「私か? 私は5人に分裂して、一人を美容、一人を息抜き、今の私が大会に、もう二人は研究じゃな」
「やっぱり息抜き役は必要だよね。魂の精神的苦痛を和らげてくれる」
「うむ。最初慣れるまでは相当に煮湯を飲んだものだが、慣れて仕舞えばこれほど快適なものはないな」
なぜか会場にいるサルバさんが会話に混ざってくる。
外にいながらこっちの電波も拾うとか、一体どんな探知機能持ってれば可能なんだ?
「お二人とも、それを一般準拠にするには横暴ですって。私だって二人が限界なのに」
「君もなかなかに、自分を過小評価するよね? 今現在人類で二人同時操作ができる人ってそうそういないよ?」
「先輩だってできてるじゃないですか」
「熟練度200未満ではって話だよ。必要だからそれに応じて取得したとかじゃないじゃない?」
「まぁ」
<コメント>
:後輩ちゃんも大概超人よな
:もしかしたら俺らもできるのでは?
:政府が戦闘に扱うことを前提としてるのに?
:バトル班と情報収集班で分かれるんだよ
:あぁ、もう一つを後輩ちゃんがやってた撮影に回すのか
:多角的な視点からのバトルか
:もう一つが何もしないのって、結構無駄遣いしてる感あったしな
:いや、そもそも同じ人格として同時操作できるか?
:後輩ちゃんも行けたんなら俺らもいけるいける
:先輩ほどではないけど、後輩ちゃんだってそれなりに熟練度高いはずだぞ?
:ちなみに今おいくつなんですか?
「え、内緒です」
「草」
「なんで熟練度を見ず知らずの人に公開しなきゃ行けないんですか? プライベートもいいところですよ?」
「まぁ比較対象が僕の時点で出すのも烏滸がましいと思っちゃうか」
「です」
<コメント>
:これは後輩ちゃんが正しいな
:ああ、あまりにもネットリテラシーのない発言だった
:自分がまず最初に晒せって話だよな
:それもそう
:ワイは35や
:35程度で人に聞くなや!
「僕は410だよ」
「じゃあ私は136です」
<コメント>
:天上人で草
:後輩ちゃん、それは全然低くないよ
:なんだったら上から数えた方が早いまでない?
:いや、今の錬金術師の平均が90あるから、136は上澄みだけどそこまで高く感じないな
:そういえばこのチャンネルが後続の熟練度爆上げさせてたわ
「なので、気が気じゃないんですよね。ちなみにNNP筆頭研究員の美作アカリちゃんでも120に到達してます!」
「うちの社員、なんだかんだ100の台突破してる子多いよな」
「先輩のレシピのおかげですね!」
「大体がうちのチャンネルの初期勢なのもあるかもね」
<コメント>
:素材が安価だから真似はできるが
:成功とはほど遠くない?
:成功率1%の壁を乗り越えてきた猛者達じゃったか
:元々錬金術が中心にある会社経営ならでは
:生産数は確保しなきゃ行けない中での修行か
:それは確かに腕は上がるな
:探索者が品質上げろって一時期騒いでたしな
:万人がそれできるわけじゃないのよ
「おーい、そろそろメイク終わるよー! 試合再開よろしくー」
「と、言うわけですので。みなさま会場にご注目ください」
<コメント>
:試合中断を雑談で繋ぐな
:こう言う時こそナイスボートの出番でしょ?
:いや、あの時間をボートの風景で繋ぐの無理だからw
:なんだかんだメイクに10分、なげーよ
:お色直しな?
:お色直しって窮地からの脱却に使う言葉だっけ?
:女はいつだってピンチだからそれで脱却できるって意味ではあってる
:女の化粧は男の装備と一緒だから、それを装備し直すって意味では一緒だよ
:捉え方の違いか!
「ふっふっふ、さっきはよくもやってくれたの」
「今度はこっちがやっちゃうよー?」
「あの、降参します」
「へ?」
「流石にさっきので仕留めきれなかったら私たちにもう手はないっていうか」
「えー」
これから活躍の時だ! みたいな顔だった母さんはあからさまにやる気のない返答をした。
原作者がファンの子をいじめるんじゃないよ。
「えー、小早川選手と清水選手は棄権ということになりますがよろしいですか?」
「はい。こうして原作者と戦えたのは一生の思い出となりますし、こんなに強かったんだという事実が今後の私たちの背中を押してくれますから」
「ありがとうございました、先生! 次の機会がありましたら是非」
「いつでも挑戦を待ってるわよ」
「あの、サインも宜しければ」
「んっふっふーいいわよ」
「じゃあこのコンパクトケースに」
「まかして!」
途中まであんなに殺伐としてたのに、蓋を開けたら終始和やかな雰囲気で三試合目は終了する。
「あれで棄権しちゃうだなんてもったいないね」
「原作ファン的には美味しいシチュエーションだったんじゃないですか?」
「そうなの?」
「ミミ先生は意外とそういうところがある人なので、モブに出会った人々の特徴を書き込んじゃうことがあるんです。この出会いがモブ演出としての機会を得られるんだったらファン冥利に尽きるかと」
「それで優勝諦めちゃうんだ」
「ミミ先生に譲ったんじゃないですかね。先輩との添い寝優先権は」
「!」
そうだった、優勝商品それだった!
僕は試合運びにばかりかまけて、優勝した相手と一添い寝しなきゃいけないことをすっかり忘れてた!
大会が始まるまではどこか他人事のように考えていた。
けど蓋を開けたら出場選手の目的はただの売名行為で、誰一人本気で優勝を目指しちゃいなかった。
その上で、本気で優勝を狙いにきてるのはにゃん族やアメリアさん。
全員僕と添い寝する気満々だ。
僕はざっと選手名簿を読み漁る。
当初目を通した時は「へぇ、いろんな人が出るんだね」くらいにしか思ってなかったが。
いざ自分が商品として扱われるとなれば話は変わる。
その中で上記2名と接戦、もしくは善戦してくれそうなのは皆無!
僕は最終手段に出た。
「ちょっと急用を思い出した。そういえば枠ってまだあるっけ」
「あるにはあるけど、どうしたんです?」
「一人、いや二人ほど参戦させたい人がいるんだよね」
「えっと?」
僕は急遽枠の確保を急がせる。
もうこうなったら誰にも任せておけない。
いっそ僕が優勝して全て台無しにしてやる!
自分の尊厳を確保するためにはもうこれしか手はなかった。
添い寝するだけでも嫌なのに、優勝者にその時撮影したビデオまで贈呈されるだなんてとても嫌だ。
研究に邁進しすぎて疲れて寝た後のことはあまり考えてなかったが、今思えばその隙を相手に利用されたのが今回の失態を招いたのだ。
急遽手の空いてる研究員の僕へ意思を飛ばし、オーストラリアに向かった。
僕に恩義があって、言うこと聞いてくれそうな人たちへ協力を仰ぐのだ。
こう言う時、身内ほど当てにできない。
全員が僕に女の子であることを強要して来るからな。
「ローディック師、いるー?」
「どうした、先輩。大会中に忙しないの」
「実はローディック師にどうしても頼みたいことがあって」
「なんじゃ?」
「僕と一緒に女装して大会に出て欲しいんだ! ほら、この前用意してたスペアボディ使ってさ! なんだったらロディでもいいし!」
「いや、それは」
もぅ、どうして渋るんだよ。
僕がどこかの誰かと添い寝したっていいっていうのかよ!
「後生だから! あ、このお願いを聞いてくれたら特別になんでも一つだけ約束を守るよ?」
「それはありがたいの。じゃあ政府から依頼されたスペアボディの最終調整を先輩に任せてもよろしいか?」
「そんなのでいいの? もっと欲を出していこうよ」
「私にとってはこれ以上ないくらいの願いなのだが」
「じゃあ、それで一緒に出てくれるよね! サポート役でいいから!」
「ふむ、それでいいのでしたら」
こうして僕は、誰にも任せられない役割を、自ら行うことで修正を図った。