『父さん、これ不味くない?』
『分かってる。くそ、どうして急に俺たちへのヘイトが増大して……』
僕がオーストラリアに向かっていた同時刻。
大塚くんたちはピンチに陥っていた。
あとでログを見て知ったのだが、どう見ても周囲のモンスターが彼らを外敵と見做して攻撃を仕掛けてくる。
それをリスナーたちがコメントで騒いでいたので気がついた。
「後輩、大塚君たちどうしたの?」
「どうやら相当ピンチみたいですね」
めっちゃ他人事じゃん。
まぁ君はあの人嫌いだしね。
今回のことは僕が彼の更生も含めて推した企画なわけだけど。
そこまで嫌わなくたっていいじゃんか。
「そういえば、先輩」
「なに?」
「先ほどの急用は解決したんですか?」
「あー、それ」
僕は急いでデータを書き込んで後輩に渡した。
そこには聖夜リコと兎谷クーの参戦が提示されている。
どちらも駆け出し探索者だが、スペックは基準を上回っていた。
「これ、リコちゃんを急遽参戦させるってことは?」
「僕はね、後輩。見ず知らずの人と添い寝するのなんてごめんなんだ。添い寝する相手は僕が決める。そう言うことだよ」
「つまり先輩に勝てば晴れてお嫁さんとして立候補できるわけですね?」
「ねぇ、話聞いてた?」
後輩はいつも自分の都合のいい情報しか抜き取らない。
今回も同様だ。
「僕、槍込聖としてはランキング戦を出入り禁止にされているけど、リコとしてはされていないんだよね」
「今回で出禁にされる可能性もあるかもですよ?」
「大会運営に回ったことでどこまでセーフか織り込み済みだ。次はうまくやるさ」
「先輩はどうしてそこまで添い寝されるのが嫌なんですか?」
「いや、誰だって嫌でしょ」
「今まで散々私が添い寝してたのを気にしなかったのにですか?」
「えっ」
なにそれ知らない。
僕って寝ちゃうと深い睡眠に入るからなぁ。
その間のお世話は後輩が全部してくれるから助かってたけど、よもや裏でそんなことをされてるとは……
「まぁ、後輩にはいつもお世話になってるし。どうせ寝落ちした僕をベッドに運んだついでに寝ちゃったとかじゃないの?」
「いえ。はっきりとした意思を持って添い寝したりハグしたりしてますね」
「うーん」
有罪。
無断での添い寝はともかくハグはダメでしょ。
だからか。
やたらと僕に女の子になれって言ってきてるのは。
ハグした時に触っちゃったんだろうな。
それに嫌悪感を示したと。
拗れてるなぁ。
それ以外が有能すぎるので、性癖くらいは仕方ないと思って見ないようにしてきたが、それを野放しにした結果が今であることを考えると彼女はこのままにしちゃいけないような気がする。
「後輩は僕のパートナーなんだから許すけど、それ以外はダメ」
「えっ」
「もう長い付き合いだし、僕からも行動を起こさないとダメだと思ったからね。後輩は僕とどうなりたいの?」
「男女の関係は考えてないですけど、先輩の子供は欲しいですね」
この矛盾よ。
男嫌いな彼女が、僕に求めてること。
それはにゃん族の持つ同性愛かつ出産できる産卵要素。
僕がそうだったように、子供は卵から産まれてもいいとさえ思ってそうだ。
「なら僕がにゃん族として君を娶ると言うのはどうかな? まぁ僕は遺伝子的ににゃん族と何ら繋がりはないけど」
繋がりはない。
けれど解析はできている。
母さんやイルマーニさん、ほかのにゃん族の素体を入手できた。
産卵する母体のクローン研究は最終段階まで進んでいた。
クローン技術は倫理的な理由で法律では禁止されてるが、スペアボディが反映されている間は問題視はされまい。
文句言ってきたらスペアボディの生産と配布を取りやめると言ってやれば相手は黙るだろう。
それくらい今の生活をする上でスペアボディは欠かせないものになっていた。
とはいえ、模倣できたとしてそれはスペアボディとしての扱い方になる。
通常運用はしない。
彼女が僕との子供を欲した時に入り込むだけの素体としてだけの運用だ。
そんなにポコポコ産まれたって困るし。
「それってもしかしてプロポーズってことですか?」
「うん、ずいぶん遅くなってしまったけどね」
「きゃーーー」
後輩は絶叫を上げながら鼻血を出して昏倒した。
とても幸せそうな顔で寝ている。
「いや、君が倒れてどうするのさ。司会は?」
「いや、あれは先輩が悪いですよ」
しれっと、鼻血を出して倒れた後輩の代わりが現れた。
倒れたもう一人を愛おしそうに介抱している。
二人まで同時に運用していると言う話は聞いてるけど、実際に見るのは初めてだった。
「僕がそこまで気を使えると思う? 想像以上の破壊力で、僕自身驚いてるんだけど」
「先輩の無自覚っぷりはリスナーの煽りで散々見慣れてますけど。でもまぁ、だからこその感謝の言葉が効くんですよ。ツン100%から繰り出される0.00001%のデレ。私たちオタクはこれを求めてコンテンツを追い求めてるところまでありますからね」
オタクって認めるんだ。
「まぁいいや。でも添い寝は誰にでもするもんじゃないでしょ? 君になら許すけど」
誰でもいいってわけじゃないからね、と釘をさせば。
「私は今の先輩ならハーレムは全然許しますけど? むしろ先輩のファンで百合希望の子は多いです」
「僕は男なんだが?」
「え、女装してまで大会に参加しておいて?」
「えっ」
後輩がなにを言ってるのか理解が出来ずに呆ける。
「もしかして、別人で出場するのに女装する必要はないってことに気がついてませんでした?」
「あー……」
僕は長い長い深呼吸をする。
その可能性もあったじゃん。
なんで僕は女装してまで大会に参加してるんだ?
あぁ、ローディック師がなんで女装するんだって顔をしてたのはそういう……
今になって急に恥ずかしくなってきたぞ?
「うー……」
「先輩のそういうおっちょこちょいなところ含めて好きだから私はこれ以上言いませんけど、結構そんなポカでみなさん勘違いしちゃってますよ。口では男と言っておきながら、内心は女の子の暮らしから一切抜け出す気がないって」
「違うよ?」
「えー、でもその服を今すぐに脱いで男性用のカッターシャツに袖を通せます? 女性用と違って敏感肌な先輩に気は使ってくれませんし、既製品だとゴワゴワしてて着心地悪いですし」
「別にカッターシャツじゃなくたって」
「変わりませんよ。男性用の既製品は女子のと比べて圧倒的に体質を無視してきます。嫌なら着るなをゴリ押ししてきます。サイズだって融通が効きません」
「そんなことないよ?」
昔はそんなこと一切思わなかった。
だから後輩の思い込みに違いない。
「じゃあこれに着替えてきてください」
手渡されたのはインナーとカッターシャツだ。
大学や勤続生活で一番世話になっていた衣類だが。
手に触れた瞬間パチっと静電気が走った。
え、これに袖を通すの?
僕の柔肌がズタズタになりそうな予感が走る。
「やだ」
「それが既製品の中で一番気を使ってる高級品だとしてもですか?」
「えっ」
「これが真実なんです、先輩。私の作るお洋服はもっと繊維に気を使って静電気を一掃してます」
「あれすごいよね。僕の敏感肌でも気にせず眠れるもん」
「以前までの先輩は、薬漬けで身体機能がボロボロでしたので気にならなかったんです」
「つまり?」
「先輩が今の状態を維持したい限り、男に戻るのは体質的に難しいんじゃないかと」
「あー」
腑に落ちた。
僕が本能では男と言い張りながらも、頑なに男性服に執着しなくなった理由。
それは着心地の良さに限る。
「諦めてください先輩。今の先輩はすっかり女性服の着心地の良さにハマって、男の体を使っても女装一択になるくらいに思考が女に染まってます」
「違うもん」
「違いません。だから無駄な抵抗はやめて多重婚を認めてくださいねー? 女性同士だからこそできる健全なお付き合いですよ。添い寝するだけで子供ができるなんてこれほど効率的なこともありませんから」
「添い寝ってそういう?」
「逆に他にどんな意味が?」
無垢な瞳で聞いてこないでよ。
ただ一緒に寝たり、ハグしてきたりぐらいしか想像してないよ!
「じゃあ僕がとった行動って?」
「むしろにゃん族からしたらご褒美では? 武を見せつけることで添い寝ができて、その上で手合わせできる。守るべき姫が強ければ強いほど彼女たちはやる気がみなぎるみたいですし」
完全に行動が裏目に出たと指摘された。
その上で報酬に新たな意味を見出すと。
完全に僕の行動は彼女たちにやる気を引き出す自演でしかなく、そのことに気づかずに大会出場に巻き込んだローディック師に同情しかなかった。
同時刻、大塚晃は初めての肉体欠損を経てスペアボディに戻ってきていた。
敵の数があまりに多く、敗走虚しく全滅。
肉体再生中、晃は自問自答を繰り返した。
あの時こうしていれば、もっと積極的に動いていれば。
どこかで楽観的な思考でいた晃は、息子が目の前で傷だらけになっている姿を見続けて、最後に暴走した。
碌に戦えない体で矢面に立ち、息子諸共ブレスを浴びた。
息子の心情的には言うことを聞かない父親に辟易していた感じだが、晃としての真意は全く異なる。
積み上げてこなかった信用の差が、二人の中に大きな軋轢を生んでいた。
「ぐ、ここは……槍込と取引していた研究室か」
自問自答の果て、目を覚ましたのは最後に槍込聖と取引を交わした場所だった。
見事目的を達成した後、男の姿での暮らしを取り付ける。
随分と昔の約束のように思うが、出立してまだ一週間も経っていない。
つい最近のことだと思い返して苦笑した。
「ここは、錬金術の施設なのか?」
素材置き場には見慣れた素材。
息子が解体して抜き出したコアや素材が転がっていた。
「どうしてここに。ん、これは?」
テーブルの上には研究レポート。そこにはかつて自分がハイポーション部署の責任者だった時のレシピが置かれていた。その他に、かつて扱ってきた素材や槍込聖を丸め込んで奪ってきたレシピもあった。
本当に晃の求めていた過去がその部屋に集約されている。
「肉体蘇生時間まで後二日か。それまでに俺がやれることは」
戦うことではない。体を鍛えることではない。
クリアになる意識は、過去に培った技術を活かせる空間。
やることはたった一つ。
過去に出世以外の全てをおざなりにしてきた男が取るべき道は。
「待ってろよ、秋生。父ちゃんがお前の助けになるアイテムを作って持っていくからな」
戦いでは足手纏い。
だが錬金術では?
中学生の息子には負けない自負があった。
だが、長く離れていたブランクが成功率を大きく狭める。
失敗の連続だった。
昔であれば簡単なレシピも、いや、昔から真面目に取り組んでこなかった結果が今につながっていたのだ。
そこで、先ほどペラペラとめくった研究資料をじっくりと読み込むことから始める。
「槍込、お前……」
そこにあったのはアドバイスだった。
本人にとっては何気ない書き込み。
それは研究者としての着想。
どのように薬品にこめるかの手段。
それらが今の晃の糧となった。
失敗の連続だったポーションはついに成功する。
「できる! できた! だが薬効は」
低い。これじゃあ息子を助けられない。
昔は薬効などどうでも良かった。
会社の基準さえクリアしてれば、それを買った探索者がどうなろうと知ったこっちゃいなかった。
けど今は違う。
ポーションを作る意味がある。
どのように扱うかのアイディアだけがある。
足りないのはそれに足る効果を持つ薬品だけだった。
「もっと強い薬効は……おい冗談だろ? 熟練度をこんなに要求するのか?」
昔はただ、作ったポーションが肩書きになった。
俺はこんなポーションを作れる。それだけが周囲に自慢できる要素だった。
昔だったら「面倒臭い」「意味がない」「やるだけ無駄」と諦めていただろう。
だが今は『それをやらなかったら息子が死ぬ』と言う強い感情だけが晃の中を占めている。
「くそ、背に腹は変えられないか」
昔の驕りが今になって重くのしかかる。
熟練度の高さを自慢した結果、ある程度のポーションは作れるがそれ以上を求めるにはあまりにも時間が足りない。
晃は必要なポーションを確保しながら熟練度を上げる道を選んだ。
「やっぱりあいつはすごかったんだな」
かつての同僚が手の届かない領域にいたことを、レシピから嫌という程思い知る晃だった。