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第68話 先輩、めちゃくちゃ添い寝する

「え、大塚君が死に戻った?」

「みたいですね。スペア保管庫にボディが収納されてます。それとこれはちょっと面白いんですけど」


 後輩が含んだような笑みを浮かべて僕にこんな話を振った。

 それが彼が今になってポーション制作に真面目に打ち込んでいるというものだった。

 彼女からしたらそれが信じられなかったようだ。

 確かに勤続時代の彼からしたら、らしくない振る舞いに見えるかも知れない。


 けど僕はそれぐらいはしてくれなきゃ困ると思っていた。


「いや、後輩には悪いけど僕はそこまで彼を過小評価してないよ」

「その心は?」

「彼は僕にこう言って聞かせたんだ。子を持つ親になってないお前に俺の気持ちはわからないと。彼には僕にはわからない矜持があるようだ」

「そんな矜持を持ってるんなら、どうして家族を捨てて失踪したりするんです? 言ってること矛盾してますよ」


 それはそう。

 後輩が大塚君を心底信じきれないところはそこにある。

 僕だって心の底から彼を信じているかといえば嘘になる。

 だからこそ、こう付け加える。


「だからこそ、ここで挽回するべく彼は僕の持ちかけた話に乗った。もうこれ以上ないくらい親子関係にヒビが入っているのにもかかわらず彼はここから回復を狙ってるんだ。昔の彼だったら嫌になって投げ出してもおかしくないほど修復不可能な状態でもね」

「確かにそれはあの人らしくないですね。でもすぐには信用できませんよ」

「だからこそ、様子を見るんだ。今はポーションに打ち込んでくれている。でもそれがどこまで続くかは僕も予測できない。後輩が言うように途中で辞めてしまう可能性もあるからね」


 今は計画の第一段階が無事に進んだことを祝おう。

 とはいえ、彼は僕の予測を悪い意味で超えてくれるかもしれない。

 こちらの思惑通り進んでくれているうちはサポートしていいんじゃいかと後輩を促した。


「やる気を出してくれる分にはいいじゃない」

「だからって、全てをあの人任せにするつもりはないんでしょう?」

「もちろん。大塚君にそこまで期待はしてない。でも、彼をいつまでも地上に置いてくのはそれはそれで面倒でね」

「りゅう族の侵攻の件ですね?」

「うん、敵の勢力は強大だ。母さんやサルバさんをもってしても敵に回したくないと言った。人類が立ち向かえるかの判断もつかない。それを彼一人に背負わせるのも違うじゃん?」

「先輩としてはあの人は捨て石だと?」

「そこまでは言ってないよ。ただ、うまくいけば僕たちにも大きく貢献してくれると思っている」


 僕は企画書の一部を後輩に手渡した。

 大塚君更生計画は小さな積み重ねを複数試みるつもりだった。

 スペアボディは身一つでそれをやる遂げるのがどんなに困難かを示している。

 死ななければそれでもいいけど、あの人はなんだかんだで管理が杜撰だ。

 うっかりでボロを出しかねない迂闊さを持っていた。

 勘の良い野生のドラゴンを騙し切れるとは微塵も思ってない。

 そこで計画の一部を後輩と共有する。


「計画書?」

「うん、彼には今回の旅で人間的に成長をしてほしいと思ってる。ゆくゆくは地上で凄腕錬金術師になれるくらいの……そうだね、NNPの幹部に抜擢されるくらいの人材に育ってほしい」

「机上の空論ですね。そもそも例えあの人が改心したところで雇用するかどうかは私の裁量ですよ?」

「もちろん今のはモノの例えだ。そこまで育てるけど、向こうもそれを望んでいるかといえば怪しいし、まずは成功確率が0.0001%上がったことを喜ぶところだよ?」

「まぁそうですね」


 休憩中、カレー味の煮卵を頬張りながら次の試合までの間を埋める。

 今は三試合終わり、残りの選手をタッグにする都合で時間をとっていた。

 即席でコンビを組まされる人には迷惑千万だけどね。

 まぁ頑張ってほしい。


「結局先輩はあの人の成功を祈ってるんですか? 失敗したところで捨て石にするつもりなんですか?」

「さてね。ただ僕は取れる中での最善を選んでいるよ。それでうまいこと行けば言うことはない。けど、それだけでうまくいくほど僕も楽観的には見てないってだけ。今はまず地上が結束しなければいけない時だからね。スペアボディの配布で足並みは揃いつつある。けど、まだ浮かれている民衆は多い。敵の戦力差をあまりに理解していない民衆が多いのさ」

「政府はその存在を隠し違ってますからね」

「メディアにはダンジョンに探索者を送り込めば解決するって仕組みを壊したくないんだろう。もうそう言う時期では無くなってきてるのにね」

「そもそも政府も先輩に何でもかんでも押し付けすぎなんですよ!」


 いつになくプリプリしているね、後輩。

 君らしくもない。


「僕は嫌なことは嫌って言うぜ?」

「それでもです、みんな先輩にはクレームを入れても大丈夫だって心のどこかで思ってるんですよ。そう言うキャラで売ってきたので、今更ですけど」

「じゃあさ、この大会を終わらせたらしばらく配信休んじゃう?」

「それは……私は助かりますけど」

「僕が大事なのは世界よりもこの環境の方なんだよね。配信なんてしなくたって食べていくだけの稼ぎはある。君が僕にワーカーホリックで倒れられて欲しくないと思っているように、僕も君に負担がかかりすぎるのを好ましく思ってないんだ」

「はい……」

 さて、お色気要素は他のスペアボディに任せて僕たちは大会の解説を頑張るよ。

 さっき鼻血を噴いて倒れた個体と僕のスペアが個室に入って行った。

 添い寝だ。

 それ以外は何もしない。

 向こうがそれを望んでないので、僕はされるがまま添い寝した。

 めちゃくちゃ快眠したよね!

 後輩もスッキリしたし、たまには添い寝もいいな。


 ローディック師? ごめんて。

 僕は控え室で待機している彼と、誘った僕のスペアに頑張ってと他人事のように祈った。




 そして少し遅れて違う場所で、精神を本体に戻した少年がいた。


「あ、そうか……僕は」


 誰一人いない室内。

 本来の肉体に戻ってきた感覚を確かめながら、大塚秋生は携帯を確かめる。

 今の自分は人間だ。

 可愛いりゅう族のメスではない。

 姿見できちんと確認しながらも、先ほどまでの意識にすっかり体が引っ張られていることに危機感を覚える。


「なんか慣れないな。こっちが本体なのにさ」


 人の繊細な指が頼りなく感じた。

 死亡する前、確かに自身の爪はモンスターを切り裂いた。

 その感覚がいまだに残っている。

 この頼りない指ではない感覚。


「これがスペアを着ることの弊害か」


 リコは危険はないと言っていた。

 精神を分裂させるカプセルを飲んだ後のことはうろ覚えだ。

 気がつけば意識は全く別の体の中にあった。

 こっちの本体から別れたと言う感覚はなく、ただ夢を見るように向こうの体で目覚めた感覚だった。

 肉体が引っ張られると言うのはあながち間違いではない。


「まだ肉を引き裂く感覚が残ってる。人を辞めてたんだよね、僕」


 腕をクロスしてモンスターの猛攻とブレスを防いでいた。

 その万能感は今や消え失せて。


「あれ、晶? 優希さんまで」


 偶然、話題になっていたバトルウェーブのイベント大会。

 そこではなぜか極秘のプロジェクトと銘打って渡されたスペアボディが投げか全国民に配布されていることが前提の大会が開かれていて。


「魔法少女、あの子達らしくはないな。僕がダンジョンに篭ってる間に何があったんだ?」


 ちょうど試合が終了して、敗退している動画が上がっていた。

 対戦相手は猫耳とうさ耳の達。

 同年代の中では実力者と思っていただけにショックだろうなと慰めるべく連絡を取り付ける。


 今秋生は両親の都合でしばらく学校を休んでいるのだ。

「あれ、秋生? お父様の容態は大丈夫?」

「あ、うん。父さんはひどく憔悴してるけど、一応無事だよ。それで今久しぶりに地上に戻ってきてさ」


 ずっと地下の施設に篭っていたとリコから事前説明を受けていた秋生は咄嗟にその設定を元婚約者に語った。

 嘘は言ってない。

 そのための捏造ではあるが、よもや世界を救うための旅とは言えずにいた。

 心配をかけすぎてしまうから。

 まだ中学生の秋生が請け負うにはあまりにも荷が重すぎる。

 引き止められると思って本当のことは打ち明けられずにいた。

 数日休んで、すぐに復帰する予定でいた。

 が、それが現実的ではないことを前回の敗走で思い知る。

 これは相当長引きそうだと理解して、看病は長引きそうだと打ち明けた。


「そう、せっかく見つかったのに重傷寝たきりなんて大変ね」

「うん。晶はどうなの? 何かのイベントに出てたんでしょ?」

「あら、見てたの」


 少し照れくさそうにしながら、でも敗北に関しては引きずっていなさそうだった。

 負けん気の強い彼女らしくもないと思いつつ、同じ負けでもこうありたいと秋生は願う。


「いつもの晶だったらもっと悔しがってたでしょ」

「えー、何? あたしって秋生にそう見られてたの?」


 ほら、すぐに機嫌が悪くなる。

 いつもの知ってる顔に、どこかホッとした。


「ま、今回ばかりは全力でやって負けたから。優希もそこまで悔しがってないの。上には上がいるって、そう実感した。あたしも負けてられないなって、次挑むまでにもっとレベルアップしてやるって、そう思ったわ! あたし達はまだ成長途中だもの。伸び代しかないのよ。そう思ったら立ち止まっていられないって思ったわ!」

「!」


 秋生は、同級生である彼女の言葉を聞いて胸を打たれた。

 敗走の原因は父の出しゃばりにあるとどこかで思い込んでいた節がある。

 自分は間違ってない。

 だから父さえなんとかすれば、もっと先に進めたとさえ思っていた。


「僕も、まだ強くなれるかな?」

「秋生も、何かの壁に当たったのね?」


 まだ何も言ってないのに悩みを当てられてしまった。

「言ったでしょ、あたし達は成長期。足りない分は積み重ねていけばいいのよ。あたし達はそれを選んだ。秋生だって選べるわ」

「うん」

「お父さんの状態が良くなったら、また一緒に探索するんだから! それまでに弱くなってたら許さないからね?」

「ふふ、お手柔らかに頼むよ」

「あら、秋生らしくないわね。普段はもっとこう!」


 相手が普段自分をどう思っているかを顔芸で披露された秋生は、そんなだったかなぁと首を捻る。

 それはそうと、動画で見た変身アイテムが気になった。

 そこには普段見せないオシャレに化粧した姿があった。

 ダンジョン内で秋生が変身しているのと同様のものだ。


 それを指摘され、晶はちょっと自慢げだ。

 普段化粧など馴染みはないがスキンケアだけは頑張っていた。

 試合に負けたことは恥ずかしがるが、着飾った自身は見せつけてやりたいほどに気に入っている。

 これは優希も同様だ。


「晶、僕にもメイクを教えて!」

「え、は?」

「僕はもっと強くなりたいんだ!」


 本気で強くなるために、秋生はリコから託された魔法少女変身セットの理解を高めようと思っていた。

 だが晶は「……こいつまじか?」みたいな目で元婚約者を見ていた。

 スペアボディの復活まで後二日。

 それまでに秋生は何としても技術を物にしてやるつもりで恥を忍んで頼み込んだ。

 その後合流した優希にまで距離を置かれるのも無理はないくらい必死の形相だった。


 後日、相手に多大な誤解を招いていたことを知った秋生は穴があったら入りたくなる気持ちになるが、それはまた別の話である。


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