「さて、そろそろ時間であるな」
ローディック師、もとい兎谷クーが僕とお揃いの白衣をはためかせてモニター越しの試合会場を眺めた。
「どんな相手か次第では、怪我することなく勝てると思うよ」
「大した自信だ」
「自信がなきゃ体を張らないんだよね」
「それもそうか」
と、そのタイミングで本体から連絡が入ってくる。
何さ、今更。
え、添い寝の件はどうでも良くなった?
うーん、この無計画っぷり。
精神分裂の弊害かな?
さて、それはさておき。
今の僕がすることはこの大会をむちゃくちゃにすることである。
本体の連絡? 知るか。
僕がここにいる意味はそれ以上でもそれ以下でもない。
せっかく面白いアイテムを教えてくれたんだ。
僕ならこう使うというレスポンスも出しておきたいな。
「ところでクーちゃん」
「何かな?」
一応通し名でローディック師に尋ねる。
「その堅苦しい口調やめない?」
「ううむ、しかしな」
「いや、気持ちはわかるよ? いくら変装しても本来の口調がうっかり出てしまうのは。でもそれを通すとせっかく変装した意味がない」
「だからと言ってリコちゃん男を捨てろと?」
クーちゃんがじっと僕を見てくる。
「え、僕が男を捨ててる?」
彼は一体何を言ってるんだろうか?
「今のリコちゃんはどう見ても女の子だが?」
「いやいや、確かに女装はしてるけど、この素体は男だよ」
「えっ」
いまいち理解し難い。そんな視線を感じた。
まぁ僕は男のつもりでも、おじさん売りしてるなんて言われる始末だけどな。
なんなら女装してなくても女の子扱いされてるし。
もうそう言うもんだと思って諦めたよ。
「いいさ。何はともあれ僕は自然体で女の子になってるようだ。昔からなんだよね、何をやっても女子枠に括られる。髪を短くしても、露出を多くしても男と認められない。そんな周囲の声が煩わしくて、思えば錬金術に夢中になってた気がするよ」
「センパイに悲しき過去ありか」
そんな言うほどのもんかな?
まぁ悲しいかと言われたら悲しいかもね。
錬金術に打ち込んでる時はどうでも良かったが。
そんなこんなで第四試合。
対戦相手は一般枠。というか、Sランク以外の女子枠多くない?
「第4回戦はこれまた飛び入りの中学生! 聖夜リコと兎谷クー選手だぁ!」
「僕の推しきた!」
解説役の僕からの反応で、クーちゃんが僕のことをじっと見る。
「いやはや、知ってはいたが実際に目の当たりにすると当惑するものだな」
「あぁ、解説? 適当に喋ってればいいだけだから楽だよね」
「そうではなく、同時に操作していると思考がこんがらがらないか?」
「え、精神分裂剤って別に一つのスーパーコンピューターで同時に動かすものじゃないよ? あれは僕であって僕じゃない。一度別れた思考は、もう二度と合流しない。あそこにいるのは僕だけど、一っか月以上前の僕なので今ここで試合を体験していない、平行世界の僕なんだ」
「本当に分裂させたまま共同生活を?」
「うん。じゃなきゃ同時運営とかできないでしょ。精神構造が一緒だから命令もしやすいしね」
クーちゃんと内緒話をしていると、後輩のテンションアゲアゲな声が響いた。
「そしてぇ、対するは先輩のガチファン勢! Cランクパーティの『天照』所属、未来選手、メイ選手。レイ選手です!」
「3人? タッグマッチなんてクソ喰らえみたいな構成で草」
「えー、これに関しては一人はサポートで戦闘には参加しない応援枠ということで参加していただいてます」
「それ、適応しちゃダメなやつでしょ」
「一応日本が誇る最高位ランカーの『天照』のメンバーですからね」
「あー、政府からのねじ込み枠か。めんどくせ」
観客からはブーイングが飛んでくる。
それが許されるなら、Sランクも三人でやらせろ! みたいなヤジが飛ぶ。
こちらの許容してないところで、トトカルチョでもしていたのだろう。
そんなの知らないもんね、と解説席の僕は適当に話を切っていた。
この適当っぷりよ。
その後後輩の解説で、どうやら二人だけでは大会の基準値に満たなかったと明かす。
「サポートの私は本来人数に数えられなかった?」
「クーちゃん、相手の思惑に飲み込まれないで」
実際のところどうなんだろうね?
戦力的に美作君も基準値に達していたかと聞かれたら怪しいところだ。
身内枠だから登場できた。
僕もクーちゃんも然り。
「ようやく私達の晴れ舞台が来たわ」
「ここで優勝してお姉さまに愛でてもらうのよ」
「ええ、ここはきっちりと勝ってアピールしたいところだわ」
完全に舐められてるね。
「やけに交戦的なプレイヤーと当たってしまったな」
「クーちゃん、本来ここはそう言う場所だからね?」
普段研究ばかりしてると、そう言うメンツと顔を合わせないものね。
わかるよ。
「それじゃ、はじめー」
「さて、早速三人目の選手が明らかに邪魔をするような格好で中学生チームの背後に回り込んだー!」
「ねぇ、これ本当に政府公認チームの戦いで合ってるの? 早速反則ギリギリなプレーしてるけど」
「面白そうなので許可しました!」
サポートってそういう?
ねぇ、そこから羽交締めにしてくることとかしてこないよね?
やたらと縄を振り回してるんだけど。
戦闘に参加しないって言っておきながらそれはないか。
「どうする、リコちゃん」
「どうも。作戦通りやるよ」
「わかった」
「カードセット」
「カードオープン」
僕は前方に45枚のカードを並べ、クーちゃんが自分を中心にトラップを同様に45枚開示した。
「ちょ、明らかなトラッパーよ!」
「これじゃ迂闊に近づけないわ」
「まさかのカード使いだったなんて! でもおかしいわ。カードって普通は10枚まででしょ?」
当然、改造した。
持ってて良かった鍛治と魔道具技師。熟練度は共に200を超えている。
「ほらほら、そんなところで突っ立ってると撃ち抜くよ?」
「小癪な!」
相手の一人が投擲の構え。
僕と言うより、狙いはクーちゃんだ。
僕はカードを一枚消費して銃弾を込める。
今の僕は2丁拳銃使い。
本命の左と援護の右。
右の銃で風を纏い、投擲した槍を撃ち抜いた。
「チィ!」
「クーちゃんを放っておけば厄介と察したのはお見事。でも僕が無事な限り彼女にはダメージひとつ入らないと思っていいよ」
「ちょこざいな!」
「へへーん、鬼さんこちら!」
44枚の伏せカードの全てが回避に特化している。
開示カードは弾丸だ。
正攻法としては僕に44回攻撃させればいい。
けどその前に、クーちゃんの大量破壊兵器が完成する。
相手が三人と聞いた時はどうなることかと思ったが、このギミックに果たして気がつけるかな?
「く、すばしっこい!」
「中学生チーム! 現役プロに一歩も劣らず交戦だぁ!」
「リコちゃんは相変わらず面白い戦い方をするなぁ。もぐもぐ」
あ、あいつ一人だけ煮卵食ってら。
ずるいんだ。
あとで僕も貰おっと。後輩ならきっと僕の分も用意してくれてるはず。
「未来、あれをやるよ」
「メイ、こんなところで切り札を?」
「勝てなきゃ意味がないんだ。Sランク相手まで取っておきたかったんだけどね」
「そうね、レイ。寵愛が何よりも優先よ。勝つわ。勝ってお姉さまに勝利と報酬を献上するのよ」
何やら覚悟を決めた後、ポーチから卵状の何かを取り出し、食べた。
お、煮卵か?
ちょっとお腹空いてきたな。
「フォームチェンジ!」
違った。何か変身用アイテムみたいだ。卵形なのが紛らわしいよね。
「おーっと、ここで変身だ」
「何か人間捨ててない?」
「どこかドラゴンのようなフォームですね。少し邪悪な力を感じます」
「りゅう族?」
「それと比べちゃうのはちょっと」
後輩は苦笑しながら三人組の隠し球を鼻で笑った。
あの子もなんだかんだ煽るよね。
明らかに三人組の感情が激しくなるのを肌で感じたもん
「面白いね、あの卵を食べると二人の人間が一つのモンスターになるんだ」
「えー、どうやらあれは日本のとある企業が開発したモンスターボールというアイテムで」
「それ、権利的に大丈夫なやつ?」
「捕獲アイテムじゃないので平気じゃないでしょうか?」
後輩の話では、モンスターの卵を摂取することで一時的にモンスターの能力を扱うことができる合法ギリギリのアイテムとのことだ。
スペアボディ前提の商品らしく、一度使えば人に戻ることは不可能。
本当に切り札らしい。
じゃあ相手の狙いは僕との添い寝ではなく、純粋に交換商品のスペアボディ保管庫(+1)か。
とはいえ、こんなギリギリの戦いをする時点で優勝は望み薄。
アメリアさんやイルマーニさんが露払いする前にご退場願おうか。
「はい、相手が三人で応募してきた理由がこれのようです」
「二人が一つのモンスターになるから、サポート役が強制的に戦闘に参加ってこと?」
「そうなりますねー」
いいの、それ許可して?
無法地帯にならない?
後輩のことだから政府のねじ込み枠以外にも何か思惑がありそうだけど。
「ほうほう。準備してたのはちと過剰な殲滅兵器かと思ったが」
「うん、どうやらそれに耐えうるボディを得たみたい」
「ならばもう少し時間を稼いでもらえるか?」
「オッケー」
クーちゃんは引き続き兵器の開発に着手。
僕は見上げるほどの真っ黒な巨体に成り果てたドラゴンもどきのモンスターハントに挑むことになった。
「「ぎゃぉおおおおおおおおん!」」
「どう、どう落ち着きなさい二人とも」
未来と呼ばれた選手がモンスター化した二人を手懐ける。
そしてモンスターに縄をくくりつけて騎乗した。
最初からそのつもりだったな?
「もう理性が飛んでいる。早く決着をつけなきゃ。勝つためだからって怪しい薬を服用しすぎなのよ、この子達ったら。私が一体どれほど迷惑してるか!」
口では文句を言いながら、一蓮托生とばかりに制御する。
腐れ縁なんだろうね。
無茶をやっても見捨てることはできない、そういう関係。
でもそんな無茶をしなきゃ僕たちに勝てない相手が、この先に進んで勝ち上がれるとは思わない。
僕が引導を渡してやる方が彼女たちのためだろう。
それとこんな薬が出回るほどに、日本の治安は悪くなっているらしい。
NNPの本社がありながら、それに頼らない。
いや、頼れない犯罪者向けのアイテムか。
後輩がその存在に気が付きつつも泳がせてる可能性は高いか。
添い寝では日かからなかったが、僕の追加報酬でまんまと食いついた。
それでアイテムを使わせて解析を試みると。
全く僕に無断でそんな面白いことをしてるなんて許せないよね?
あとでいっぱい問い詰めないと。
「クーちゃん、後どれくらいかかりそう?」
「5分ほど」
「別にあれを倒してしまっても構わないんでしょ?」
「それは死亡フラグっていうんだよリコちゃん」
言われちゃった。
なんだかんだで僕の中にも厨二病が燻っていた。
さぁ、ショータイムだ。
なんてね。