目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第70話 先輩、薮を突く

 バトル中のデータを受け取った解析班の僕は、大塚君から入手した素材研究を一旦放棄し、そちらの解析に着手していた。

 その情報をある程度解明したのち、お昼休憩(添い寝)中の僕へとその話が回ってくる。

 解説役の僕にも回ってるし、後輩にも伝わってるかな?

 そんなことを思いながら話を振る。


「うーむ」

「どうしました、先輩」

「いやね、バトル解析班からさっきの薬品の情報を洗ってたの」

「さっきの?」


 後輩は意味がわからないとばかりに僕の顔をまじまじと見る。

 どうも後輩はさっき起きた出来事を正確に把握してないようだ。

 アレェ?

 報告、連絡、相談は社会人の常識では?

 僕の脳内では分裂した僕同士があれこれ所感を述べているというのに。

 嘆かわしいことだ。


「君、解説してる君と思考は繋がってないの?」

「あっちは完全に独立してますね」

「僕もそうだよ。けど意思の疎通はできるよね? こう、テレパシーみたいな」

「ある程度情報をまとめてからやりとりはしてます。今は先輩成分をゆっくり抽出したいので、シャットダウンしてます」

「こわっ」


 できるんじゃん。でも今はする必要がないからしてないって言われて背筋に悪寒が走ったよね。

 僕はこれこれこうで、あーなったと詳しく説明。

 後輩もなんとなく理解しながら、それを同時に解析できる僕はおかしいと告げた。


「やっぱり先輩ってちょっとおかしいですよね」

「えー? 熟練度400超えるならこれぐらいはするよね?」

「そうじゃなくて、こうやって休んでる間も仕事のことばかり考えてる。ワーカーホリックの特徴です」

「こればっかりは性分だからな」

「女の子になりつつある自分を認めたくないっていう逃げですか?」

「それもちょっとある。僕は男だけどね?」

「認知してください!」

「僕は男ですー」


 これを認めてしまったら僕はいよいよおかしくなってしまうから絶対に死守するぞ。

 女の子ボディに入っていながら主張することじゃない?

 本体が男なんだから主張するに決まってるんだよなぁ。

 だっていつでも男に戻れるんだから。


「と、いうわけで後輩」

「なんですか? ここから仕事の話ですか?」


 絶対嫌だって顔をされる。


「これの販路の洗い出しをしてほしい」

「じゃあそっちは解説役に任せます」

「今の君はのんびり休む係か」

「です」

「じゃあ僕も解説役に仕事を振るかな」


 そういうことになった。

 それからいっぱい添い寝をする。

 たまにはこういうのもいいな。

 一緒の布団に入るだけで何もしやしないんだけどね。

 こうやって顔を突き合わせてお話ししてるくらいだ。


 そして仕事を丸投げされた解説席は。


「むーん」

「どうしました先輩?」

「君の性格に悩まされてる」

「えっ」


 後輩は何も知らないとばかりに戯けた。

 その上で話題を振ってくる。


「えー、先ほどのアイテムはどうやら日本国内のみで出回ってるもののようです」

「そうなの?」

「最近日本も治安が悪化してますからね。政府がてんで使えないから民衆が武力蜂起したみたいです。ちなみにうちは一切関与してませんので、製品に関してのクレームは受け付けてません。扱ってないものの説明なんてできませんからね」

「そりゃそうだ」


 なんだい、すでに解析は済んでるんじゃないか。

 僕の悩みなんてお見通しってばかりの後輩の態度に呆れかえる。


<コメント>

:え、そうなん?

:またしても何も知らない先輩

:スペアボディ配布のクレームも一切取り扱わなかったもんな

:開発者ってだけで配布には一切関わってないって話だろ

:だから先輩作の製品スペックと実際に配布された製品スペックに偏りがあるんだよな

:そうなの?

:先輩のスペアは50回くらいの復活が可能、けど他は?

:誰も怖くて検証できない件

:検証したところで誰も予備を保証してくれないからな

:それはそう

:そっか、NNPは関与してないんか、あれ

:なんか疎遠になった親戚から渡されたんだけど、危険物なんか

:NNPは犯罪者にはアイテム使わせないから

:犯罪歴のあるやつが関与してる?


「成分を解析したところ、変身後の安全保障は一切されておらず、完全にスペアボディありきの薬品のようです。これの厄介なところは、一度変身したら少しづつ理性が消えていくことでしょうか」

「モンスターなりきりグッズとかそういうの?」

「それにしては随分と悪質のもののように思えます」

「たとえば?」

「使用して半日後、完全に人間だった頃の意識が消えてモンスターになります」

「こわっ」

「こんなのが出回る現実に怖くて震えますよ」

「そだね」


<コメント>

:先輩が完全に他人事な件

:そりゃ他人事だろ

:今の先輩の所属国はハワイだしな

:日本生まれなだけで日本に協力してくれてるんだぞ

:助けて♡


「助けるのはやぶさかじゃないけど、見返りは?」

「もうスペアボディの配布が実現したので、それに頼るかどうかは自己責任ですよね」

「そうだね。子供じゃあるまいし、使ったらやばいものを服用する判断ができないとは思えないし」

「あ、先ほどの勝負は決着がついたようですね」


 一応どんな作戦を立てたか手に取るようにわかる。

 まぁ僕だからね。

 要はクーちゃんことローディック師がその場で対戦相手の特徴を掴んで逃げ場がないくらいの威力の爆弾を作る。

 オープンカードはその衝撃に備えるものだ。

 対してリコこと僕はカウンター特化。

 相手の攻撃に対してクーちゃんを守る。

 そして準備が整い次第、全ての伏せカードを銃身に見立てて斉射。

 照準は僕任せなのでなんだかんだ責任重大だったりする。

 まぁ当たらなくたって部屋全体を壊す威力だからそこから先はいかに生き残るかに割り振られるんだけど。

 野生化して理性を失ったモンスターなんて鴨同然だってこと。

 やはり芸術は爆発だよ。

 相手チームは肉体ごと消滅してノックアウト!

 僕(リコ)達は勝利して駒を一つ進めた。


「強すぎる! 中学生チーム!」

「これはにゃん族チームにも健闘しそう」

「向こうも全然手を抜いてますけどね」


 母さん達はね。

 でも逃げ場なしの爆弾ならいいとこまで行くんじゃない?

 その前に出禁にされる可能性が高い?

 それはそう。


「僕はリコちゃん推しなのでそれでも応援するが?」

「じゃあ私はミミ先生推しなのでそっち応援しますね」


<コメント>

:解説が私情を持ち込むな

:でも、モンスター化した状態に勝つって、相当だよ?

:クーちゃんもクールで凛々しかったな

:リコちゃんの活躍は久々だった

:そうなの?

:一時期引退してたからな

:そう言えばそうじゃん


「そう言えばなんで復帰したんだろ?」

「今回の立候補はとある目的のためとお話しされてますね」

「とある目的?」

「失踪した両親の行方を捜索するため、緊急脱出用のスペアの予備が欲しかったみたいです」


 いつの間にそんな裏設定が?

 まぁそういえば秋生達にそんなこと言ったような気がするけど。

 なら妥当か。

 さすが後輩だ。

 なお、両親は望月家の存在しない妹夫婦。

 探すも何もなかったりする。

 もとよりリコなんて存在はいないしな。


「しかしそうか、もしそれが目的なら、定期的にこの大会は開いた方がいいのかな?」

「喜ぶ参加者は多そうですね」

「でも添い寝権は今回までとします」

「えーーー!」


 すぐ隣から不服の声。

 なんだよ。その権利は君だけで十分だろ?

 普通浮気は許せないものだと思うんだが。

 僕が間違ってるというのか?


<コメント>

:男の添い寝を報酬にするのもここくらいだけどな

:しかも大半がそれ狙いっていう

:さっきの卵ってどこで入手できるんだ?

:待て、あんなドーピングに頼るとかどうかしてるぞ

:それでも一般人がにゃん族に勝つにはそれくらいのチートが必要やで

:それで勝って嬉しいかはともかくな


 うーん。さっきのアイテム効果でズルしてでも勝ちた層に火がついてしまった。

 これはまずい流れだよな?


「後輩、あれの入手場所って割れてるの?」

「どうも冒険者向け闇バイトでの報酬っぽいです。私もまだ詳細はつかめてませんが、真っ当に生きてる限りお目にかかれない代物なのは確かですね。入手できるのは過去の犯罪履歴の有無です」

「相手側もそれを知る手段がある?」

「その可能性は高そうですね。どうもこの卵は憎悪に反応する仕組みです。真っ当に生きてる人はそもそも強化されないらしくて」

「じゃあウチのリスナーは気をつけなきゃ。適性者は多そうだ」


<コメント>

:おい! 誰が犯罪者予備軍や!

:微妙に心当たるのはなんでやろな

:先輩の煽りで今日もキレそう

:錬金術師の憎悪適性が高いのは確証されたな

:問題はその卵の入手先が限られてるってことだよ


「論点ズレてて草。いやいや、人間やめて勝負に勝っても熟練度は上がらないからね? あれあれ、もしかして人間やめた程度で僕に勝てると思ってた? リコちゃんが証明したよね? 人類の叡智の前にモンスターは太刀打ちできないって。寝言は夢の中でどうぞwww」


 そもそも、僕はスペアが10人いることを忘れてるリスナーが多すぎる。

 一匹倒したところで痛くも痒くもないんだよね。

 減ったら増やせばいいし。

 人間やめてまで挑むもんじゃないでしょうに。


<コメント>

:上等だよ、乗ってやろうじゃねーか!

:煽り耐性低過ぎやろ

:そもそもこれ、スペアなしで食べるとどうなの?

:検証よろ

:ここに悪魔がいるぞ!


「えー過去にこれを食べた犯罪者は身も心もモンスターになって仲間から討伐されたようです。スペアが配布される前の情報ですので、今やればどうなるかは分かりませんが、先ほどの選手の肉体が人間で復活したのを確認してますので、大丈夫なようです」


<コメント>

:は?

:そんなの使って平気なのかよ

:そんな昔から出回ってたの?

:知らんぞそんなの

:もしかして、手違いで討伐してた可能性もあったり?


「特徴としては、人間がモンスター化すると解体の際に奇妙な点があることですね」

「はい、魔石を持ってないことと、ダンジョン内であるにも関わらず肉体が消滅しないとか」

「不思議だねー」


<コメント>

:は?

:たまに外れモンスに出くわす可能性があったのって

:おいおいおいおい、もしかして地上ってすでにダンジョン側から侵食されてる?

:過去の行方不明者ってもしかして?


「あくまで可能性の話だよ。みんなはそんな怪しい物を口にしないって信じてるよ」

「ただのガセで人生棒に触れる勇者がリスナーにいないのは確証済みです」


 みんなネット弁慶でしかないという特大の煽りをかまして次の試合へ。

 コメント欄は加速するが、案の定無視。


「それでは五回戦言ってみよー」


<コメント>

:待って、ここで話を切らないで

:不安を煽るだけ煽るな

:ちょっと調べてくる

:あんまり闇の中に手を突っ込んで死ぬなよ?


 情報拡散による注意喚起はこれぐらいでいいか。

 リスナーはなんだかんだ僕の軽口に付き合ってくれるし、多分政府は知ってて握り潰していたんだろう。

 もしくは過去に犯罪者を魔物化させて討伐させてたりな。

 確信はないが、疑い始めたらキリがない。

 すでに政府の中枢ではモンスター種族が入り込んでる可能性もある。

 ローディック師の件もあるし、案外ないとも言い切れないか。


「後輩」

「なんです?」

「今回の件、ただのデマってことで流せないかな?」

「まぁただの噂ですからね、いけると思います」


 ヨシッ!

 僕は悪い考えを振り払い、次の試合の解説に挑んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?