「ヨシ、いい感じ。クーちゃんランキングは僕らが一位だ」
「あれだけズルをしてるからね、それでも2位との差は?」
「僅差だよ。みんな納品のポイントの旨みに気がつき始めてる」
「ならば、ここいらでスパートを?」
「無論。みんなには悪いけど僕の穏やかな生活のための礎にになってもらおうと思っている」
解説席の僕や、研究室の僕はどこか諦めムードを漂わせてるだろうけど。
正直今回の勝負は僕の勝ちだ。
番狂せなどさせるものかと意気込んでいた。
そこで研究室から僕のポケットへ直接転送を確認。
スペア通信によれば、それは呪いの伝達を遅らせる効果が見込めるというもの。
一つ口に放り込み、もう一つをクーちゃんに渡す。
「クーちゃん、研究所から支給品」
「キャンディですか」
「うろこ族の汚染を遅延させる効果があるみたいだ。みんなにも転送陣で配られてる」
「なるほど。ちょうど喉が渇いていました」
「効果があるのは舐めてる間だけ、決して噛み砕かないように」
「それは少し遅かったですな」
クーちゃんはガリガリ噛んで味を確かめていた。
「なんで噛んじゃうのさ」
「癖のようなものです。昔から相性が悪くて」
「そればかりは仕方ないか。次は気をつけて」
2個目の飴を手渡し、現地から転送反応。
「人使いが荒いね」
「我々はこの終わりのない闘争に立ち向かうと決めました。泣き言など言ってられませんよ」
「そりゃそうだ」
僕は飴をガリガリ噛みながら、腰のカードホルダーからカードをセットする。
「私のことを言えないじゃないか」
「僕も一緒なんだ。飴ってすぐ噛んじゃう」
んべと、舌を出して戯けながら、現れたうろこ族に銃を突きつけた。
「こんにちは、しね!」
開口一番、マズルフラッシュ。
ここから先は作業だ。
時間停止効果のあるカードを使い、文字通りその場に固定。
ここからは楽しい楽しい解体作業。
相手の意識はその場に固定、魂を別空間に飛ばし、我々はその肉体にナイフを差し込む。
一眼見て、もう手遅れな侵攻状態だった。
身体中にびっしりと鱗が覆い、頭蓋の形が変形してトカゲのよう。
肉食獣の如く鋭利な歯が並び、歯並びの悪さも突っ込みたくなるほど出鱈目だ。
そんな彼を救う手段はもうない。
だからさっさと諦めて解体する。
鱗を剥がし、人類の礎にする。
それがまだ呪いを受けていないものを助けるための手段だった。
非合法だの、倫理だのなんて知ったことじゃない。
放っておいて救える手段なんかどこにもない。
より数を増やすのが目に見えているからこその討伐。
助けられる術があるなら教えて欲しいところである。
「一体討伐、納品数20」
「お疲れー、動きを止めてる間、僕も何もできなくなるのが難点だよね、これ」
ストップの魔法効果があるカードなんだけど、その実態はカチコチスライムくんを霧状に噴射して、その上から塩で固形化、魔法効果はその場で空間に固定してる間、自分も動けなくなるんみたいなやつ。
なので、複数にこられるとこの先方は使えなかったりする。
「しかし、これほど効率の良い手段もないでしょう」
「クーちゃんも解体早くなったよね」
「慣れたくありませんが、早く研究結果が出ればと思って心を鬼にしておりますよ」
「あとは研究チームに任せて僕たちはお昼に行こうか」
「そんな簡単に会場から抜けても?」
クーちゃんが、この場から離れても平気なのか? みたいな顔で見てくる。
そりゃポイント的には僅差ではあるけど、休まなきゃジリ貧だ。
お肌の調子も悪くなるってもんさ、と促したら「すっかり女子の生活に染まってる」みたいに言われた。
いやいや、男だって肌の調子整えるでしょ?
僕は何かおかしなこと言ったかな?
休憩タイムに入ると申請してから大会の食堂に流れ込む。
そこでは先に休憩を入れていたメンバーとかち合った。
「あ、せんぱい……リコちゃん」
「おっす!」
アメリアさんが一応こっちに気遣って名称を切り替えてくれた。
けどッ僕は慣れ親しんだ感じで声をかける。
もうみんなにはバレてるので、改める必要もないだろ。
僕に対して先輩って言いかけた時点でな。
「メアリー、リコちゃんだよ」
「さっき先輩って」
「気にしちゃだめ」
「どうも、先輩こと聖夜リコだ。一応こっちでは女の子ってことになってる」
「ほー」
「こっちはクーちゃん。中身は知らない方がいいよ」
「ほ?」
中身、と聞いて興味津々にうさ耳を凝視した。
「兎谷クーだ。どう呼んでくれても構わないよ」
「じゃあ、クーちゃんで」
満更でもない様子でもふもふされるクーちゃん。
もっと嫌がると思ったのに、意外と懐深いよね、ローディック師。
「そういや、進捗は?」
「討伐はいけるんだけど、納品がなー」
「倒すのは慣れでいけるんだけど、納品のノウハウを持ってるのを連れてこなかったのが敗因ぽいですねー」
「納品なんて探索者やってりゃ嫌でも覚えるもんじゃないの?」
僕はツルハシを振う動作をする。
アーカイブにも残してるが、探索者の稼ぎのほとんどが納品による。
討伐での収入なんて水物で安定しない。
駆け出しが成長するには納品で色をつけてもらうのが一番だって秋生には口を酸っぱくして教えたものだ。
しかしプロのこの体たらくときたら嘆かわしい限りである。
「そういうのは専門のサポーターがいるんだぞ」
「僕は兼任してたが?」
「先輩が特殊すぎるんだよー」
アメリアさんがテーブルの上に突っ伏した。
可愛い。
メリアさんもその姿ににこやかにしてる。
体格的には親娘だけど(もちろんアメリアさんが娘)。
実年齢はメアリさんの方が年下らしい。
まぁ僕もこの中じゃ一番小さいが年長だもんな。
ローディック師?
ノーカウントで。
「そういえば解体中にこんなものを入手するようになっていたな。何かのアイディアに繋がればいいんじゃが」
「ほうほう、それを納品に出さなかったのはなんで?」
「単純に維持が難しいからだな」
ローディック師が取り出したのは小瓶だった。
中には血液が満たされており、その色は紫色だった。
空気に触れると急速的に結晶化し、水やお湯に浸すと液化する。
ただ、アルコールの中ではゼリー状になる不思議なケースで。
瓶の中はアルコールで満たされていた。
「これの面白いところは、アルコールに浸した状態でいると、ほれ」
配膳用の皿の上、ローディック師が小瓶からアルコールに浸した血液を垂らす。
するとせれらは石がある生命体のように動き出した。
何か職種のようなものを周囲に突き出しては、根っこのように張り巡らせる。
うーん、これ。寄生虫じゃない?
血に擬態してるのか。
「そういえばうろこ族の呪いって血液感染だっけ?」
「傷口に血を浴びた、噛み付かれた後に、など怪我をする前提の行為が多いな」
「送られてくる一般人も傷跡が多く見られた」
「それだけではないぞ、その傷跡の上に結晶化した瘡蓋が覆うように出来ておって、まるで鎧のようじゃった」
ふむ。
これだけでも大きな手がかりだ。
「先輩、考え込んでどうした?」
「いや、研究チームに情報伝達。クーちゃん、この瓶はもらっても?」
「世界の命運をかけた戦いの礎になるのなら、いくらでも持っていってくれて構わんよ」
「なら転送しちゃうね」
そう言って、僕はポッケの中へナイナイした。
ポケットから質量が消え失せる。
「ヨシ、研究班に無事送り届けられたよ。血も色々研究してたんだけど、一度空気に触れちゃうと結晶化してダメっぽいね。生きてる状態でアルコール液に浸すのは盲点だったなぁ。情報提供サンキューね」
「なんのなんの」
「ねぇ、それで何かわかるの?」
アメリアさんが、気色悪いものを見るように皿の上でうねうねする血液を遠巻きに見ている。
「とりあえず、こいつの抗体を作る。感染してどれくらいの時間体内に潜伏するかの検証も兼ねていくよ。もしそれができたら、人類は呪いに打ち勝つための第一歩を歩めると思う」
「討伐だけじゃ見えてこない課題かー」
「相手は増えるからね、倒すだけに特化したら仲間がいなくなっちゃう。だから感染させないための研究が必要不可欠なんだ。そこで、僕たちは非検体を求めてる。体の作りと精神が頑強な探索者みたいな人が適任だと思うんだけど、どう?」
「お給料次第ね」
メアリさんがニコッと微笑んだ。
「人類への奉仕ってことじゃだめ?」
「んー、それも魅力的だけど。あたしはNYAOの大人向けメイクセットでもいいかなーって」
「あれはメーカー待ちなんだよね」
「戦果が広がって、メーカーが生産を停止してしまう場合もあるのよね?」
それは確かにあるかもなって思う。
「しかし、自分の命がかかっているかもって時までメイクなの?」
今の僕のスペアボディは女の子ではあるけど、生きるか死ぬかの時までメイクに固執できるメアリさんはどうかと思った。
「リコちゃんはまだ若いからわからないわよね。歳をとると、ティーンのころの肌は戻ってこないの。だからこそメイクなんだけど、問題はそこじゃなくて」
「僕は32だが?」
「あら、年上。スペアボディの状態がいいのねー。私もスペア着てるけどお肌の荒れが気になっちゃうの」
常に戦場にいる弊害だとかなんとか。
アメリアさんも割と戦場にいると思うけど、ツルツルの玉の肌なんだよなぁ。
この違いはなんなのか。
「まぁ、そんなので手を打ってくれるんならこっちは全然いいよ」
「そんなのって言い切れるくらい持ってる人は違うわね」
「メアリ、あんまり先輩に迷惑かけちゃダメだぞ?」
「別に取ったりしないわよ。でも、体を張るんだからこれぐらいのお願い許されるわよね?」
「まぁ、添い寝をするのはアタシだけどな」
させないけどね?
俄然やる気を出した二人と別れ、僕はそこで昼食の煮卵をたらふく頬張った。
おいちいね。
ここで日本酒をキュッと行きたいところだが、今の僕は未成年で登録している。
「お酒、飲みたいな」
「流石にそれは本体で飲んだらどうか?」
「うー」
口の中いっぱいの煮卵をもしゃもしゃしながら、僕は口寂しく飲み込むのだった。
あとのことは司会席の僕に任せるかぁ。