父さんの血液を介してから、研究はするすると面白いほどに読み解けていく。
やっぱりこれが正解か!
「うん、うん。こういうことね」
今ビーカーの中には父さんの血を垂らして反応を見ていた。
それはすぐに肉の中に潜り込み、血液を掌握すると、肉を自分の肉体にふさわしい形に置き換えるのだ。
それは熱に強く、ブレスも受け付けない、鱗に覆われた皮をもつ。
「ふんふんふん」
研究は続く。
途中で息抜きに変化した豚肉から全ての血液を吸収し切ったらどうなるかも試してみる。
「ほう、そうきたか」
血を吸い切っても、一度竜の血に染まった肉体は元に戻ることはなかった。
だが弱体化はできる。
実際、父さんの肉体はほとんど血が抜かれている状態だった。
それでも生きているのだ。
血はわずかに残っていたが、それは後から作られたものだろうか?
謎は深まるばかりだった。
なまじ頑強な作りと生命力をしてるのもあり、死にそうで死なない状態に陥っている。
こんな死に体じゃ他のドラゴンの餌だ。
「いや、そういうことなのか?」
ドラゴンは同族食いによる食物連鎖からなる種族だ。
動くことができなくなった動くことができなくなったドラゴンは、その血肉を兄弟に分け与えてその血を強固にする。
血は、濃くなればなるほどに暴走を促すのか。
けど、血を抜けば腑抜けになる。
わかりやすい、とてもシンプルな構造。
僕は一度研究の手を止めて、注射器の製作に取り掛かった。
次にドラゴン化した人類を保管するサンプルケースの発注をする。
「よし、これでいいか」
「それは何を作っているんです?」
後輩も気になるようだ。
「もしかしたらドラゴン化した人類を治せるかもしれない準備」
「本当にそんなことができるんです?」
「それを今から探すのさ」
血を抜けば凶暴性は緩和できる。
だが、動けなくなればそれこそお仲間が食いにくる。
彼らは愛しい家族であると同時に餌なのだ。
「まだ確実ではないけど、原因は血がとわかった」
「その血を全部抜いちゃうんです?」
注射器の発注書を見ながら後輩が訪ねてくる。
「抜けた後、どうなるかも含めて見てみたい。もちろん、直せる前提での操作だよ」
「呪いの主は明らかに証拠隠滅を計りにくると?」
「暴かれて困るタイプならそうするかなって」
「ならばあんまり表には伝えない感じの方がいいでしょうか?」
「伝えるけど、全てを明らかにする必要はないかなって」
「あ、もしかして人類側にもうスパイが?」
その可能性は低いが、ないとも言い切れないのは確かだ。
「僕しかり、ローディック師然り。相手側から人類の協力者と言われて騙されている可能性もあるからね」
うちの母さんは嘘つきだし、サルバさんは何を考えているかまだわからない。
本当に協力相手いいかもね。
でも相手は思い切りのいいことをしてきたな。
協力者は本当に裏切られたか、はたまた人類に対して黒い感情を持っていたか。
僕らはそれを知ったところで取り合わないが。
「どちらにせよ、無関係のままではいられないよね。せめて舞いかかる火の粉は払わせてもらうさ」
「まずは相手の狙いですかね」
うん。地上征服だなんてものではないように思う。
なんせ土地を欲しがってるようには思えない。
にゃん族は住む場所がないと言っていたが、それはりゅう族からの支配から逃れるための方便だった。
だが、うろこ族は違うのだ。
確実に人類を敵視して現れた。
その狙いとは?
「十中八九、相手の狙いは大塚君だろうね」
「もうこちらにいませんよ?」
「向こうはそれを知る術がないんだろうね」
話をしながら配信の支度をする。
研究はひと段落ついたし、今の僕たちは世界に知らせる義務がある。
「と、いうわけで配信準備おねがーい」
「添い寝杯の方は?」
「あっちは、あっちの僕に任せるさ。そういう時のスペアボディだよ」
「まぁ私も二人操れるって言ったので問題ありませんが」
「そういうこと」
配信内容の企画書をぱっぱと仕上げ、僕たちはいつものノリで配信を始めた。
「はいはーい! 地上が大変なことになって寝るまもない先輩とー?」
「スペアでちゃっかり睡眠している後輩がお送りする錬金チャンネル! 始まりますよー」
<コメント>
:唐突で草
:あれ、添い寝杯は?
「あっちはスペアの私がやってますね。こっちは本体です」
「本来のスペアの使い方だよね」
<コメント>
:まじで異次元の使い方なんよ
:二つ同時!? ふぁー
:二つ同時どころか先輩は11人操作だから
:研究に解説、そこに配信なのか
:全部同時進行はえぐいて
ちなみに大会に参加までしてるって言ったら驚いてくれるだろうか?
「それでですねー、今回はうろこ族、要はトカゲ人間の生態系と、その呪いの正体をバッチリ解説していっちゃおうってわけです」
「普通、1日やそこらで解明しないですよ、こういうの」
「そこは僕が12人もいたおかげだよね。もっと褒めてもいいんだよ?」
<コメント>
:実際すごい
:相当な無茶振りなんよ
:今回レシピの公開はなし?
「もちろんあるよ。今回のは特に救援物資としても非常に価値が高いやつだから、作れる人は作って日本の地位を高めちゃおう!」
「その前にうろこ族の生態系についての紹介を挟みまーす」
ここ最近、辛気臭い話題ばかりなので、ここらで僕の癒し画像をご覧いただこう。
どこで撮ったの? 盗撮? みたいなのが出てきた時は冷や汗ものだったが、ここは人肌脱ごうと言い出したのは僕である。
どうせ添い寝シーンも流出するんだろ?
これくらい何さ。
<コメント>
:これが成人男性の入浴シーンか(ゴクリ)
:先輩、シャンプーハット使ってるの?
:お風呂入る時も猫耳つけてるのか、猫しっぽも可愛いですねぇ(ニチャア)
:ブルーレイ購入ならこの湯気が消えるって本当ですか!
:この映像のおかげで解説が一切頭に入ってこないんですけどー!
「君たち、世界の反対側で大変なことが起こってるっていうのに、ずいぶんと余裕だよね。次は日本が被災するかもしれないのにさ」
「軽蔑します!」
<コメント>
:ひどいとばっちりを受けた
:お蔵出ししてきたのはそっちなんだよなぁ
:最近暗いニュースばかりだったので非常にほっこりしました
:これは添い寝映像も期待ですね
「添い寝映像は優勝者特典だから」
「えっ」
後輩から意味深な反応。
ちょっと待って、あれって映像を優勝者に渡すってだけで公開する予定があったの?
「後輩、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「優勝者は添い寝の特典を受ける。でも必要なければ僕の提案したスペアボディ保管庫を受け取れる。そこまではあってるよね?」
「あー、はい」
一瞬の間が気になる。
「ちなみに、一位が棄権した場合、その権利は当然白紙になるってことでいいんだよね」
「実はですねー、一位が報酬を蹴った場合は2位がその権利を獲得するってここに」
ちっちゃく書いてあった!
迂闊! それは契約書の確認ミス!
「くそ、やられた!」
「リコちゃんが急遽参戦した時は驚きましたけど、まさか」
「僕が手を回したんだ。あの子はほら、僕のファンだし」
「つまりは買収したと」
買収以前に僕だからね。
<コメント>
:汚い大人のやりとりを見てる気分
:が、実際は
:ねぇどんな気持ち? 当てが外れてどんな気持ち?
:その話を聞いた大会参加者が俄然ポイント稼ぎ出しててうける
:先輩、添い寝包囲網待ったなし!
:リコちゃんとクーちゃんは猛追してくる参加者を果たして振り切れるか?
:急に勢いが増すのが人間の欲深さを体現してるよね
:人は欲深い生き物である
:これ、人類救済じゃなくて、一個人との添い寝に対しての執着です
:インドの人はキレてもいい
「はい、そこ。責任転嫁しないの。こっちはインド政府の尻拭いを善意で請け負ってるだけだからね。僕は蹴ったっていいんだよ? こんな一円にもならない仕事。けどそれをして、もし日本が窮地に陥った時、あの時見捨てられたってインドや諸外国が恨み節全開でこられたら困るじゃん?」
<コメント>
:それはそう
:実際、タダ働きなのか、これ
:恩は売れるけどね
:その恩は助けられなかった時は恨みに変わるんやで
:難儀だなぁ
:人は手を差し伸べない人よりも、差し伸べた手の充足感で恨みを抱く生き物だから
:なまじ国家の規模がデカすぎるとな
:結果よければ全てよしって言い切るハードルが高すぎるっピ
「そんなわけでですねー、みなさんにはこれから錬金術で自衛をしていただこうかなって。要は自分のスペアを作ってトカゲの呪いの血清を作ってもらいまーす! イエイ!」
「主なレシピの公開をしますねー」
「まさかこのチャンネルにやってきて、作れない錬金術師はいないと思いますが……」
<コメント>
:ほとんどが美容関連と、他国の間者だろ
:それでも俺たちは先輩に育ててもらった
:恩を返すにはもってこいのタイミングだな!
:自衛とはいうが、実際にはこれが対抗策になるって言ってるんでしょ?
:血清ってことは血か
:あんまり多用はできないけど
「いいね、そういう反応を待ってた。ではレシピの発表をしまーす」
「だららららら」
口でのドラムロール、懐かしいね。
ただ、その間に僕の隠し撮り写真が上から流れていく演出はいらないと思う。
僕は全世界に向けて時間稼ぎの策を公開する。
血を使った呪いの対抗策。
要はワクチンだ。
呪いにかかったらほぼ100%人じゃなくなる。
けど、これが完成したならば、人の意識は残る。
さぁ、道は開いた。
あとは探索者の領分だ。
諸君の健闘を祈る!