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第76話 先輩、信頼を集める

「朗報! センパイがやってくれた。この戦いの終止符、になるかはわからないが、これ以上家族を失うことは無くなった。心して聞け、我々はこの戦いに勝利することができる!」

「「「「おぉおおおおおおお!!!」」」


 インドの英雄カシムは、仲間たちにこの戦いの終止符があることを開示した。

 終わりの来ない戦い。

 昨日の戦友が敵に回る恐怖。

 回復薬などの物資搬入の早さでなんとか持っていた戦線は、精神ダメージで崩壊寸前だった。


「カシム、よくやった。以降はアタシたちも請け負うよ」

「来てくれたか、アメリア」


 到着した応援は、今最も必要な戦力に他ならない。


「来るのが遅れてすまなかった。アタシは私用を優先させたが、センパイはインド奪還を優先させた。その姿勢を見た時、自分が心底恥ずかしく思ったよ」


 完全にプライベートな時間を使っての添い寝杯出場。

 インドの旧知を聞きながらも、一度始まってしまった大会を急遽取りやめることはできなかった。

 しかしセンパイは誰よりも早く手を回した。

 本人は渋々という姿勢を崩さないが、インド政府やカシムチームにとって、この上ない援軍であったことは確かだった。


「いや、助かる。相手も地上戦のノウハウを熟知してるのか、真っ先に水路や空路を潰す周到さだった。転送陣が世に出回ってなかったらと思うとゾッとする」


 いかに人類の最大戦力とはいえ、空間転移の類いができる人間はいない。それは明らかに人智を超えている。


 そして、そんなものをポンポン使える法整備を、当時の代表者が認められるわけがない。

 そんなものを許可すれば、侵略され放題だからだ。


 が、槍込聖はそれを覆した。

 様々な発明品を世に送り出し、その抑制装置と、基本的には荷物の運送のみと制限することで侵略の芽を摘んだ。


 その上で聖からゲスト認定された対象だけ、有事の際に転移可能という特例が設けられた。


 これが今回のような緊急事態においての援軍要請だ。

 それでも、特に今回の洋梨が身近にある上、乗っ取られたら相手に強力な援軍を差し向けるミッションには誰もが参加を渋った。


 カシムは今になってこそ思う。

 その添い寝杯自体が人々の視線を集めるブラフ、情報操作だった可能性を。


 すでに侵略の予測は立っていて、しかし危険が付き纏いすぎる相手の能力を出し抜く時間が欲しかったのではないか?

 そう思えてしまうほど、巻き返すタイミングの手際までバッチリだった。


 実際のところはなんの予測も立ててないし、本当に1日ちょっとで成果を出した。

 天才が12人いたからこそできた快挙である。


 だが凡人はそれを理解できない。

 なんなら全く別の研究の暇つぶしに立てた、なんなら身内の発情期をやり過ごすための大会主催であることなど気づきもしないほどである。


「今でこそ普通になったとはいえ、センパイの助力は千人力ってところだな」

「本当にな」


 そして応援に来たのはもう一人も。


「報酬目当てで誘いに乗ったのに、必要がなくなるとは思わないじゃない。でも、これをもらっちゃったからには、アメリアの誘いも断れないのよねぇ」


「メアリ・ランカスタ。君も参戦してくれるのは嬉しいよ」


 アメリアのチームメンバーで癒しの聖女と呼ばれる探索者だ。

 扱う武器は合金オリハルコンメイス。

 斬撃耐性のあるうろこ族に最も戦闘適正がある存在で、回復もエキスパート。


 呪い以外にも生傷の絶えない戦場であるが故に、救護班は一人でも多く確保したいところだった。


 本来であれば人数を抱えれば抱えるほどに備蓄について考えが及ぶが、転送陣のおかげでその心配は真っ先に払拭されたのである。


「そんじゃあ、チャチャッと戦線を引き上げますか。アメリア、首都の機能はまだ生きてる?」

「じーちゃんが言うには生き残りを探す方が難しいくらいボロボロで、トカゲ頭が我が物顔で歩いてるらしいぞ。まるで人間にとって変わってその地域を支配してるみたいだって言ってた」


 カシムたちにとって取り戻すべき都市ではあるが、逆に相手にこちらの思惑を見透かされているというのはどうにも腹立たしいことだった。


「人であることを失っても、そこに居座り続けるのは?」

「新しい仲間を増やすための策かもしれないってさ」

「気に食わない奴らだ」

「そこにいる限り、仲間を増やすための餌が来るってわかってるんだろうな。じいちゃんもそこを懸念してた」


 頭は悪くない。

 人間の協力者を募ったりしている時点で、力任せよりも戦術をものにしているとみていいだろう。

 だが、頼みの助っ人は敵よりも脳筋だった。


「なら、お望み通り正面突破といきましょうか」


 メアリは笑みを強め、アメリアは口笛を吹く。

 暴力の化身は添い寝杯で見せた暴力を、全力で都市部で発揮するべく計画を打ち立てた。

 心強くはある。

 が、反面心配も募らせるカシムである。



 ーー



「あーあー聞こえるかね、諸君」


 大会は終了した。

 優勝は聖夜リコ&兎谷クーが勝ち逃げしたが、準優勝はあれから追い上げたアメリアチームが獲得。

 にゃん族チームは添い寝を逃し、意気消沈としていた。


 そんな場所へ声をかけるには、いろいろと畏まる必要があるのだ。


「姫君、どうかされましたか?」

「大会中に送られてきたうろこ族についての別件だ。君たちは今大会において、非常に惜しい成績を残した。しかし本来の実力を発すれば、あの程度造作もないと見越して頼みたい仕事がある」

「詳しくお聞きしましょう」


 イルマーニは首を垂れて、次の言葉を待った。

 話をようやくすれば、にゃん族の力を人類にアピールする機会は得られた。

 でもぶっちゃけ消化不良じゃないか?

 そこで別のミッションを与えることにしたってわけである。


 正直なところ、母さん含めてイルマーニさんも人間のルール内では全力の30%も出せないのではと思って、そこを懸念していたのだ。

 そこらへんで爪研ぎしては戦力増強している脳筋だ。

 あんなのでストレス発散ができるわけではないと、そう思って別の任務を与えようかなって。


 要は後出しジャンケンで地上に出現しまくってるうろこ族がそろそろうざいから根城を突き止めて、もろともぶっ潰そうぜ!

 作戦である。


 彼女たちにあまり難しい作戦をお願いしても理解できないだろうから、単純な作戦を教えたのだが、なかなかに渋っていた。

 やっぱ呪いかなー? りゅう族には劣るとはいえ、呪いの身体へ及ぼす影響は大きすぎるからな、断られても仕方ないのは承知でのお願いだった。


「難しいか?」

「表に出てきたのは雑兵、始末するのは造作もないこと。しかし……」

「懸念もあると?」

「はい。ダンジョンの呪いを強く受けることが想定される。範囲外にとどまり、こちらの弱体化を狙う動きをとってくるでしょう」

「相手も存外馬鹿ではないと?」

「そうやって数を増やした臆病者です」

「そうか、難しいか」

「せっかく救ってくれた命、姫君のために使うのも惜しくはないですが」

「なら特別に本体の使用を許可すると言ったらどうだ?」

「それでも呪いの侵食率は恐ろしく早い。すぐに行動不能にされ……」

「りゅう族の呪いはそこまで恐ろしいか」

「もう何人もの仲間を助けられずにきているからな」

「ならば、これを出そう」


 僕はとっても可愛らしい猫ちゃん用リボンを取り出した。

 それは首に装着するベルトの先端につけるもので、女子中学生くらいの体型のにゃん族にとてもよく似合う造形である。


「それは?」

「これは呪いの進行を遅らせるキャンディでね。舐めてるうちは正気を保っていられる。そして今回は特別チャンス! 本体と同様のスペアボディを3体贈呈! 即時回復できる仕組みだが、寿命はだいぶ短い。せいぜい三日ぐらいしか生き残れないが、即座に呪いにかかって同仕打ちを始めるよりはマシだろう」

「そこまでしていただけるのですか?」

「するさ。それに、首尾よく任務を果たせたのなら、僕との添い寝もできちゃう。どう?」


 ここまでされたらイルマーニさんに断るという選択肢はなかったのだろう。

 飴ちゃんやスペアボディでは難色を示してたのに、添い寝チャンスで一気に気持ちが揺らぐあたり、母さんの姉妹だなと思うなどする。


「その任務、謹んでお受け致します。それで姫、添い寝の件ですが」

「一番先に食いつくのがそこなのかよ」

「重要なことですので」

「わかった、聞こう」

「首尾よく任務を終えて、それで、添い寝をしたとします」

「うん、まぁそうだね」

「その後出産をしても、よろしいのでしょうか?」

「あー」


 非常に答えにくい質問が来たなと思った。

 いずれ認知せねばいけない時が来るとは思っているものの、ではどのタイミングでという場面で答えを出しきれずにいた。


 子供を産みたいと申し出ているのはイルマーニさんに限った話じゃない。

 後輩もアメリアさんもまた添い寝希望者だった。

 だが、今のボディのままでは添い寝をしただけで妊娠ができない。

 そうなると、先にイルマーニさんに産ませてしまっていいのかという懸念もあるわけで。


「いくらでも産んでくれていいが、任務に支障が出る場合は」

「大丈夫です、卵で生まれるので。生まれたらすぐに戦える個体として成長できます。ですが問題は、その、一度に生まれてくる数でして」

「何匹生まれるの?」

「だいたいどれくらい気持ちを込めるかですが、私の場合ですと5匹くらいを想定していただければ」

「多くない?」

「にゃん族であれば普通かと」


 そもそもにゃん族を戦闘民族ぐらいにしか認識していなかった。でも命が軽いからこその多産か。

 問題は僕にそれを養う甲斐性があるか問われているのかもしれない。


「わかった。でも添い寝には順番がある。今回首尾良く権利を勝ち取っても、後回しになってしまうこともあるから、そこだけ留意してね?」

「当然、本来なら姫と添い寝をできる栄誉を賜るのも戦士としての誉なのですが」


 随分と安易に誉を配ったとして、僕は頭を抱える羽目になった。

 しかし、俄然やる気を出したにゃん族の働きで、うろこ族の拠点は早々に壊滅。


 地上に進行指揮をとっていたうろこ族はインド周辺を皮切りに消息を絶った。

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