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第77話 先輩、未来を託す

 二大戦力を獲得したカシムチームは増援を相手することなく、共謀か市民を優先的に取り押さえることに成功。


 インドの首都国家はたった数日のうちに人類の手に再び戻ることになった。


 しかし、失った人々があまりにも多すぎる。

 滅んだインフラ。

 人口の多さが仇になった呪いの侵攻。

 次また別の種族が同じような侵略をしてきた場合、インドはなすすべもなく侵略されてしまうかもしれない。


 だが、人類側に僕と言う守護者がいる限り、なんら心配はないと世界は答えを出していた。


 僕としては「もう二度とやらんぞ、こんな金にもならない上に忙しすぎる仕事」と思っている。


 だが、今回の襲撃のおかげで、父さん復活の目処が立ったのもまた事実である。

 徹頭徹尾僕のやることは変わらない。


 なんでまた僕はこの世に生まれてきたのか、そして父さんは僕を産んだ時何を思って母さんに託したのか。

 そこらへんだよね。


 うろこ族の呪いとりゅう族の呪いが同種である可能性は限りなく低いが、今は大塚君からのりゅう族の血液を持っている。

 首尾よくやってくれよ、大塚君!



ーーー



一方その頃、大塚晃&秋生チームは。


「そっち行ったぞ、秋生」

「わかった!」


 晃のサポートにより、前回よりもダンジョン攻略に大きな進捗を見せていた。

 その中でも特に呪いの進行を遅らせるキャンディの配布がありがたかった。

 これのおかげで頭痛による遅延も、意識根絶による足止めも受けないままにダンジョンを十分歩くことができた。

 以前と比べても恐ろしい効率の良さである。


「秋生、無理するな。ポーションだ」

「タイミング早くない? 数ないんでしょう?」

「さっきの戦闘で腕痛めたろ? 傷の治りが早いとはいえ、それが原因でさっきもちょっと危なかったじゃないか」

「それは、そうだけど」

「死んでもまたやり直せる。でも、お前が傷つく姿はあまり何度も見たくない」

「父さん……わかったよ。でも、父さんもさっきブレスの直撃受けたでしょ? そのうろこなら直撃しても大丈夫っていうけどさ」


 秋生は一口だけ含ませたポーションの残りを、手のひらに満たしてから晃のお腹に塗り込んだ。

 怪我の度合いで比べれば、秋生の方が致命傷だが、晃もまた軽度の怪我を繰り返していた。


 お互いに我慢の試合をしているのだ。


「お、俺は全然痛くないぞ?」

「痩せ我慢はダメって言ったばかりじゃない」

「そうだけど……待て、この先の通路、見覚えがある」


 晃の発言に、縄張りが近いことを予期する秋生。

 そういえばドラゴンタイプのモンスターの出現率が高くなってきた。

 出会ってすぐに戦闘になるのは、秋生を見るなり襲いかかってくるからだ。

 だからここ最近は先手必勝で、見つけ次第攻撃し返しているのである。


 それを差し引いてもあまりにも襲われすぎだなと辟易していたところに、縄張り宣言だった。

 ゴールは近い。


 だがそれはまだ交渉の場に赴く前のスタートに過ぎないのである。


 晃が槍込聖から受けたミッションはりゅう族日常に興味を持たないように何か違うアプローチで接することだ。

 それは今までみたいにドラゴンから目の敵にされてるようではかなわぬ望みで、下手をすれば呪いの進行を加速させる諸刃の剣でもあった。


「秋生、もしもの場合は」


 俺を置いて逃げろ。そんなことを言い出すことを予測した秋生は、晃の肩に手を掛けて声をかける。


「僕だけ逃げてどうするのさ、一蓮托生だって言ったよね?」

「そうか、なるべく交渉してみるよ」

「頑張って。ここから先は父さんの口車にかかってるんだから」


 嫌な信頼だな、と思いつつ。

 晃は縄張りに足を踏み入れた。


『帰ったか、アキラ!』


 それを即座に察知して、一番に会いにきたのは縄張りボスのコアで。

 相棒のドラゴを引き連れている。


「ただいま。その、帰るのが遅くなってごめんな」

『無事に帰ってくれたんなら良い。行方不明だって聞いた時は驚いたぞ。まさかオレが嫌になったんじゃないかって焦ってたんだ』


 それはちょっとあったことを濁しつつ、晃は無事に帰って来れたことを喜んだ。

 秋生は父の意外な一面を見つつ、意外と人懐っこいりゅう族の長に警戒を緩めきれずにいる。


『そういえば、そこのは?』

「俺の娘だ。顔立ちが似てるだろ? 生まれた時はドラゴンだったんだがな、縄張りを離れてたからか、似たような姿になってしまった。原因は不明だ。そのことについても聞きたくて戻ってきた』

『そうだったか、パパだぞー、ウリウリ」

「わっぷ、くすぐったいよパパ」


 秋生も流れに乗ってパパと呼んでみる。

 するとコアは嬉しそうに微笑んだ。

 本当に肩透かしなほどに朗らかな存在で、これが地上を征服している張本人なのかと疑わしくなるほどだ。


『その爪や牙から多くの命を奪ってきたのを感じるぞ。強気子はいくらでも欲しい。もう少し成長したら嫁にもらってやる。それまでに死ぬなよ?』


 手玉に取りながら、コアは秋生にスベスベの肌を擦り付けていた。

 男子中学生でしかない秋生は、りゅう族の長から女子中学生のような甘ったるい匂いを感じ取り、ちょっとへんな気持ちになっていた。


「そういえば、ここに来る間に襲われたんだけど」

『うん? 襲われた? 何故だ。アキラはオレのツガイだぞ? 子らがそこまで物分かりが悪いなど聞いたことが……ちょっと待て』


 コアは意味がわからないとばかりに晃の匂いを嗅ぐ。

 そこでコアの匂いが薄れていることに気がついた。


『原因がわかったぞ』

「本当か?」

『お前からオレの匂いが薄まっていたのが原因だ。お前はメスとしては最高だが、強きオスが守ってやらなければすぐに死んでしまう弱さだ。お前の娘も同様にな。産卵室で数日過ごすといい。それと、帰ってきて早々で悪いが、またタマゴを産んで欲しいのだ』


 弱いと言われてムッとしてしまう晃だったが、実力差は道中でこれでもかと理解させられていた。

 確かに弱いのは事実だが、はっきり言われるのもまた癪だった。


「全く、仕方のない旦那様だ。わかった、産卵の件は受け入れよう。その代わり、娘も守ってくれよ?」

『当然だ。オレとお前の子はみんな可愛いからな』


 コアは体をこれでもかと擦り付けてきて、しばらく匂いをつけた後に奥の巣穴に引っ込んだ。


「こんなので本当に襲われなくなるの?」

「今は信じるしかないだろう。俺だって、全てを受け入れてはいない。それと、槍込に送るアイテムもまだ回収しきれてないんだ。今は懐に潜り込めた結果をよろこぼう」

「うん」

「ここから先は大体覚えてる、俺について来い」

「急に頼り甲斐を出してくるじゃん」

「お母さんだからな」

「父親じゃなくて?」

「こっちじゃ母親で通そう。コアに会話を聞かれたら、いろいろ面倒だ」

「ごめん」


 秋生は少し浮かれたように晃に話しかけたが、まさか父親がそこまで警戒をしているとは思わずすぐに言葉尻を窄める。


「いいさ。お互いにこんな体だ。お前は元に戻れるだろうが、俺はミッションを終えるまでずっとこれだ。慣れるしかないんだ。慣れるしか」

「少し無神経すぎたね」

「本当にな。ついたぞ、この奥が産卵室だ。基本卵を産むだけの部屋だから、へんな匂いしかないけど、気にしないように」


 編まれた藁を上から被せただけの横穴に、二人で入り込む。

 そこはムワッと据えた匂いがたちのぼる空間で。

 確かにあんまり腰を落ち着けるような場所ではないように思った。


「卵のかけらがいっぱいだ」

「この中の一つからお前が生まれたんだぞ?」

「僕、じゃなくてこの子がだよね?」


 魂ではなくて肉体の方でしょ? と秋生が答える。


「どっちもアキオなんだから細かいこと言うなよ」

「僕はこれからどうすればいいかな?」

「槍込が欲しがってるアイテムを送る係になるだろうな」

「僕、リコさんが何を求めるか知らないんだけど?」


 そういえば、晃もまた詳しくは聞いていなかった。

 直前に手渡されたのは血清。

 だから間違いなく血そのものだろうが。

 それがコアのものか、ドラゴンのものかで難易度が大きく変わる。


「グゥ!」

「大丈夫、父さん?」

「ここでは母さんだ。ここの匂いを回出たら、急に産気づいてきた。お前は向こう向いてろ。ちょっと産むから」

「そんな急に産気づくもんなんだ?」

「俺はそう言う体質にさせられたんだよ。お前も適齢期になれば、晴れて産卵係だな」

「その前に任務を終わらせたいよ」

「違いない」


 秋生のぼやきに晃は同意して。

 そこから数時間かけて一つの卵を生み出した。

 ほんのりと黄金色に輝く卵だった。

 産みたてほかほかでほんのり生暖かい。


「お父さん、おっきい卵だよ」

「なんっじゃ、こりゃ」

「お父さんが産んだんじゃない。って、普段からこんなサイズのを産んでたわけじゃないの?」

「お前が生まれた時はこれぐらいだったぞ」


 晃は両手でサイズを模った。

 それでも自分の腹から生まれてくるにはだいぶでかい。

 だが、今回のはあまりにも企画が違う。

 何せ自分の胴回りくらいありそうなサイズなのだ。

 通りでやたらと疲れるわけである。


「こう言う時、この飴が助かるな」

「もっとお水飲んだ方が良くない?」

「ポーションは貴重だからな」

「こんなでっかいの産んで、どこかきれてない出血してない?」

「産む時はすんごい苦しいが、産んだ後は、なんかだるくなる程度で、そんなに痛みはないんだよ」


 不思議なことにな、と晃は笑う。

 もうすでにその時点でいろいろおかしいだろうと突っ込みたい秋生であるが、ここのコミュニティではそれが普通と言われて己の常識を疑うばかりである。


『アキラー、早速産んでくれたのか?』

「なんか、お腹の中ゴロゴロして気持ち悪いから踏ん張ったら出た」


 出産してしばらくして、コアが喜び勇んで駆け寄ってくる。

 秋生から見たらラブラブな夫婦のようだった。

 何故こんなに愛されてるのに、逃げ出したのか。

 産卵の辛さを直接見てるからと言うのもあるが、徐々に人間だった頃の感覚が薄れていくここの空間の異様さに嫌気がさしたと言う気持ちもわかった。


 そんなことを考えていたら、秋生の腹部にもごろごろした感覚が湧いてくる始末で。


「パパ、僕もお腹の中ゴロゴロする」

『む? 娘はまだ小さいのに俺のための卵を産んでくれるのか?』

「わかんないけど、スッキリしたい。どうすればいいの?」

『アキラ、サポートしてやってくれ』

「わかった。恥ずかしいからパパは向こうで待っててくれな? 産んだら呼ぶから」

『そ、そうだな。わかった。オレは向こうで待ってる』


 体よく追い出すことに成功した二人だったが、秋生にとっては突然の気持ち悪さに不安でいっぱいになっていた。


「秋生、無理するな」

「お父さんはずっとこんな状態で?」


 産卵してたのか? そう聞きたいのに、意識は朦朧としたままで、下腹部がやけに暑くて何も考えられなくなる。


「何も考えなくていいから。体から力を抜け」

「うん、うん……」


 自分の体なのに、自分の体では無くなっていく感覚の果て。

 秋生は自分の体の中から生み出したとは思えないサイズの卵の存在を目の当たりにする。


 おかしい。

 こんなのおかしい。

 ここにくるまで、コアに匂いを擦り付けられるまで。

 自分にこんなことができるなんて全く思ってなかった。


 自分は正気だ。

 なのにどうして、産卵をするのがこんなにも嬉しいのだろう。

 コアに対して少し誇らしい感情を抱いているのだろう。

 晃は、やっぱりこうなったかとかこの自分を見ている目で、秋生の口に呪い遅延のキャンディを投下した。

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