みんなが見守る中、呪いの侵攻を遅延させたガスが充満したケースの中で、父は目を覚ました。
『?……?……?……ああ、なるほどね』
最初こそは意識が戻って頭が理解を拒んでいたのだろう。
何度も周囲を見回しては疑問符を浮かべ、やがてそこに見知った顔がいくつかあったので概ね理解したと言う形だった。
「真栗さん」
「真栗!」
「真栗殿!」
『3人とも、僕は元に戻れたのか。あれからどうなった?』
結論を急ぐ父。
すんごい既視感を覚えるのは僕だけだろうか?
何かの使命感に急かされる姿は見ていて親近感を覚える。
僕とはまた別の使命に追われていたんだろうね。
しかし、3人に一切緊迫した姿が見られないことを理解した父は、数分考えた先になんとか落ち着きを取り戻した。
『いや、この3人が顔を突き合わせている時点で、ある程度の誤解は解けたのだろう』
にゃん族とうさ族を裏切った悪女、ミザリー。
にゃん族の長、イルマーニ。
うさ族の長、サルバ。
視線が順に浴びせかけられ、その次に注目を浴びたのは僕だった。
『君は?』
「初めまして、と言っていいのかな。僕はあなたの子供だ」
『ごめん、なんて?』
めちゃくちゃ理解不能って顔をされた。
僕も激しく同意する。
「先輩の困ってる時の姿にそっくりですね」
「僕、あんな姿してるの?」
「鏡ならそこにありますよ?」
まるで僕に自覚しろといわんばかりの姿見である。
確かに今見かけた父さんと同じ表情で固まっている僕がいた。
まさに生き写しか。
答え合わせは母さんから。
「ヒー君が真栗さんの子供なのは間違いないわ。あたしが預かった卵、覚えてる?」
『うん、
「その中から生まれたのがあなただったの、あなたそっくりの姿で生まれて、私の手を散々焼いてくれた」
おい、僕は世話のかからない子供だってきくぞ?
いや、ニャン族として地上で暮らすのに手を焼いたって話か。
まるで僕が迷惑をかけたように言うのはやめてほしいんだが。
『ははぁ、そうか。ドラゴンの卵しか産めないと思っていた僕にそんな機能がねぇ?』
「あたしだって驚いたわよ。でも、実際にこの子があたしたちの絶望的な未来をひっくり返してくれたことだけは事実よ」
『じゃあ、僕をこの状態にしてくれたのって?』
父は3人の顔を伺ったあと、僕に視線を注いだ。
全員はお手上げだって顔をしていたので、消去法で僕に向かった形だ。
「僕だね」
『おお、娘よ』
「息子、ね。そこは間違えないで」
『え?』
「え?」
何度このやり取りをすれば気が済むのか。
今の僕は
え、女装してるから気づかなかった?
しょうがないじゃん、衣装がそれしかないんだから。
「この格好は後輩の趣味なんだよね」
「先輩が性別を間違えて生まれてくるのがいけないんです」
「性格に目をつぶればいい子なんだけどね」
「聞きました、義母さん? 先輩がようやくデレて」
「あともう一推しよ、頑張って!」
「はい!」
だなんてなんの身にもならない応援を掛け合っている。
しかし昔の思い出に似たようなものを感じ取った父は、眉間の皺を揉み込みながら僕に労いの言葉をかけてくれた。
『なんていうか、心中お察しする』
「唯一の男親は父さんだけなんだから、マジで助け舟だから」
『今の僕はメスなんだよなぁ』
「そこは代えのボディを用意するから!」
『ほう』
と、言うことでスペアボディをご用意!
まぁ僕のなんだけどね。
父さんの生態データがどこにもないから(ドラゴン娘バージョンを除く)用意できるのが僕のしかなかった。
サルバさんが僕と似てると言ったのを鵜呑みにしたわけではないけど、まぁ親と子なら似てなくもないだろうということである。
「わぁ、先輩が二人です」
「僕はすでに12人いるだろう?」
「でも一人も自由にさせてくれないじゃないですか!」
「僕個人を増やすことで画一的な商品を生み出すために分裂したんだから、誰か一人でも欠けちゃダメなんだよ」
「その割に別行動とってますよね?」
「あれも計画のうちだから!」
「仲良しさんだねぇ。それに精神分裂をすでに12回も? 頭がイカれてるのかな?」
父さんは一回挑戦したけど、それで結晶板から戻れなくなったのを皮切りに最後のチャレンジになってしまったという。
それを恐れずに果敢に挑戦できる僕は頭がイカれてるらしい。
「何事も挑戦だよ、父さん」
「息子よ。ものには限度というものがあるぞ」
「真栗さん、この子は確実にあなたの子よ。無茶をするところとかそっくり!」
「寝食を伴わずに5日は研究に没頭できる人は他を探し回っても先輩しか見たことないですね。何がこの人をここまでさせるんだろうと心配になるくらいです」
「真栗さんも同じよね?」
母さんが父さんを覗き込んで言った。
やはり親子だから似てる部分もあるのかな?
「僕は長くても三日だよ。しかぁし! そこに煮卵と日本酒があればあと二日は捻出できる」
「お、父さんもその組み合わせが?」
「至高だろ。疑う余地もない。息子よ、確実に僕の生き写しだな、君は」
「照れる」
僕たちは硬い握手を結んだ。
理解者の邂逅である。
「それはさておき、父さん」
「なんだね、息子よ」
「実際のところ、りゅう族ってどんな生態系?」
「ふむ、難しい質問だな」
詳しい話は母さんから聞いたが、とんでもない嘘つきなのであまり信用はしてない。
話に混ぜ込む嘘が9割の時点で信用できるわけもないのだが。
「ちなみに、呪いの感染源は匂い。それが他種族の体内に入り込んで血液と混ざり、肉体を変化させるところまでは掴んでいる」
「ほう」
「ただ、そこから先が手詰まりでね。感染源をどうにもできない限り、呪いの侵攻を遅らせることしかできないんだ」
「もう十分に答えは出ていると思うが?」
「じゃあ、僕の考えてる通り細菌なの?」
僕の質問に、父さんはううむと顎に手を添える。
「僕は宇宙人の類と考えているよ。仕組みが地球上のどれとも一致しない。蠍や深海生物の一部がそうであるように、どう考えても地球外生命体であるのは明らかだ」
極論である。
が、実際のところは何もわかっていないのと同義。
思考放棄と同類だ。
「なるほど、わからん」
「まぁ突飛な仮説ではあるがね。そもそもダンジョンの由来から事を発するので、ダンジョン種族は全部ファンタジー、他世界からの侵略者って考えてた方が精神衛生上楽ではある。誰も納得できないとは思うが」
「そんなうわ言を国が許すかどうかじゃない?」
「だから新しい資源の採掘場所、と提示して自殺志願者を募った」
それが探索者誕生の秘話である。
決してホワイトとは言い切れない労働環境。
安すぎる命を積み上げて、人類はダンジョンを理解しているつもりでいた。
しかし、どんな理由でダンジョンが生まれたか、どうすれば地球上から取り除けたかにまで考えが行き渡らない。
一度ダンジョンで美味い思いをしたものが、それを除去する勢力を握りつぶしてるようにも見えると父さんは見解を述べた。
結局何もわからずじまいだが、だからこそわかったこともある。
「国の中枢に、何人かダンジョン種族が入り込んでる?」
でなければここまでの情報統制は取れないだろう。
「確実にそうだろう。実際、オーストラリアの中枢はうさ族が支配してるだろ?」
「うむ」
父さんの指摘に、サルバさんが頷く。
ローディック師を介しての実績だけで秘匿されてると思っていたが、実はさまざまな人物に掛け合って知識の提供をしていたらしい。
その対象が育って官職に着けば、ある程度の誘導もお手のものとか。
「実は母さんも日本の中枢部に入ってたりとか?」
「いやぁ、ミザリーには無理だと思うよ」
「ミズには無理だな」
「こいつにそんな芸当ができるわけがないだろ。常識的に考えて」
「どうせあたしはしがない漫画家きよ!」
身内からの正論の暴力が母さんを襲った。
ざまあ。
今まで面識の広さでマウントをとってきた母さんだったが、実情はこんなものである。
「でも、今はヒー君が世界各国に働きかけてくれてるじゃない? 実質あたしが育てた秘密兵器がようやく実ったってわけよ!」
「お前の場合は勝ち馬に乗っただけじゃないか?」
「ちょっと、サーちゃん正論はやめて! あたしもいい加減泣くよ!?」
他人の褌で相撲をとった愚か者への集中砲火が止まない。
それはさておき。
「まぁ、母さんの話はともかく。りゅう族を今後どうケアしていくかだけど」
「ケア、ですか?」
後輩の回答に頷きながら、僕はホワイトボードをひきづってきて、そこに今後の計画表を貼り付ける。
「父さんの話と統合して、いくつかわかったことがあってね」
今まで聞いた母さんやサルバさん、イルマーニさんとの話に、大塚君の実体験を混ぜて、そこにうろこ族の襲撃を含める。
今回は父さん復活にだけ集中していたので、大元のりゅう族にはあまり触れてこなかった。
しかしそこへ父さんの仮説が入ってきて、僕は一つの結論を出していた。
「うん、ケア。多分だけどりゅう族って敵対者以外には結構無関心なところない? 多少お嫁さんは募集するけどさ」
「うーん? 嫁に関しては結構頻繁に募集してるような気がするけど」
サルバさんが首を傾げる。
イルマーニさんも同様だ。
けど、人類に関してはそうでもない。
そのギャップはどこから生まれるのか?
それは寿命の長さによるものだ。
人類は長く生きても90歳。
ダンジョンが栄えるまではもっと長く生きられたけど、一度崩壊したインフラ環境下ではそれが最大年数。
しかしにゃん族などのダンジョン種族は最大300年は生きるという。
なので30〜40年前のことも最近という認識だ。
だから会話に齟齬が生まれるんだよね。
「それはりゅう族の生活に適応できずに精神が壊れてしまうことからくる弊害じゃない?」
僕の仮説はこうだ。
ダンジョン種族は、生まれながら人類より頑強ではある。
けどりゅう族だけ突出して頑強で。
本来なら生まれない格差が、顕になってきてしまった。
そこで他者を自分たちに合わせられるような進化をした。
その結果が匂いによる肉体変化。
要は理想のお嫁さんを自ら作り上げるシステムだ。
これならお嫁さんはどんな種族でもいい。
けど、肉体の変化に魂がついていけず、ほとんどが長く持たない。
ここに長命種ゆえの齟齬が合わさって、自分の種族以外の脆さに辟易しているりゅう族の葛藤を感じ取ることができた。
「それって種族格差による構造問題みたいなものです?」
「その通り。僕は何度か肉体を変質させた元人間のデータをとってきたわけだけど、やっぱり体の変化に魂が適応できずに先に磨耗しちゃうんだ」
「なのでケアをすると?」
「そう、肉体に負荷をかけず、産卵を促すための強化ボディを彼らに提供しようと思ってね。そうすれば魂の負担は少なくて済む。お互いにWin-Winじゃないか」
僕の提案に、皆が考え込む。
「それは敵に塩を送るということにならぬか?」
「そうよ、ヒー君。敵を調子付かせるってことは、他種族を窮地に追いやるってことよ?」
皆が、りゅう族を強化させるのには反対って様子。
けどその中で、僕の考えを理解した父さんが肯定し始めることで流れは変わる。
「いや、これは面白い試みだよみんな。なるほど、その着眼点は新しい。考えてみるまでもなく、りゅう族って他種族には無関心なんだ。で、呪い以外で彼らはびっくりしちゃうくらいでピュアでね。放って置けないっていうか、こっちが世話を焼きすぎちゃうくらいには甘えん坊なんだ。そうか、ケアか。その発想はなかったな」
こうして僕らはりゅう族との交渉の場を設けることになった。
「だからってさ、僕がこんな格好をする必要ってある?」
話はまとまったはいいが、まとまったからこその弊害が僕を襲う。
今、僕はにゃん族の伝統的に衣装を身に纏い、顔を赤らめている。
一応女の子ボディになってはいるが、その羞恥心を掻き立てる露出度がね、うん。
「姫、これが我らの伝統的な長の格好ですが故」
「ヒー君、似合ってるわ。お母さんちょっと産気づいて来ちゃった」
「先輩、えっちです」
「息子よ、気持ちはわかるが今は堪えてくれ」
まさか公平な交渉の場に立つのに、こんな格好をさせられるなんて思ってもいなかったよ。
けど、これでりゅう族がお嫁さん問題を解決してくれるんなら、地上への侵攻も先送りできる。
さぁ、腹を括れ、僕!
ここからが正念場だ。