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五章 先輩、楽園に導く

第85話 先輩、国を興す

 結局りゅう族の地上侵攻は、僕たちの思い過ごしだった。

 コア曰く、花嫁を自慢する宴の時期に大塚君が脱走したものだから話が余計にややこしくなってしまったのだ。


 嫁がいないと宴が始められない。

 しかしコアがナワバリを離れると眷属たちが心配してしまう。

 そこで一番信の厚いうろこ族が花嫁捜索の任を受けた。


 うろこ族からしたら、偶然出口から近いインド首都を拠点の一つにしただけで、本当に偶然だった。

 地上を信仰するつもりだなんてなかった。

 花嫁が見つかれば返すつもりだったと返答。


 言語が伝わらないのってこういう時不便だよなぁだなんて思うなどした。


『そういうわけで、今度から僕が良いって許可出すまでナワバリの外に出るの禁止ね?』

『この牙にかけて』


 僕は花嫁バトルに勝ったのもあり、コアの次に偉い立場を得ていた。

 うろこ族に命令とかもできちゃう。


 その代わり、僕の身柄はナワバリの外から出られなくなっちゃったんだけどね。

 あって良かったスペアボディ。

 このボディは父さんのものだけど。


『一時期はどうなることかと思ったが、これで俺もお役御免か?』


 大塚君なんてすっかり大仕事を終えた気でいるんだぜ?


『何言ってんのさ。減った分は産まないと』

『どこかの誰かさんが産んだ数をちょろまかしてなければ、俺も少しは楽ができるんだが?』


 あーあー、聞こえなーい。

 そんなわけで大塚君ファミリーや母さん、イルマーニさんは引き続きこの巣穴で卵を産む作業に戻った。


 宴は終わったのでもう僕たちはそこまで首を突っ込む気は無いのである。

 適度に相手して、適度に卵を産む。

 それでまるっと事件解決。

 やったぜ!


 そんなわけで全て終わった気になって、地上に帰ればニュースではうろこ族被災者が何やら揉め事を起こしていた。


「今戻ったよ。どうしたの、あの人達」


 テレビの向こうではデモ更新中。

 中にはかろうじてトカゲ人間なならなくて済んだ人が混ざってインド政府の前で何やら抗議をしている。


「どうにも、今回の被災の責任を追及しているようです」

「え、事故でしょあんなの」


 うろこ族に悪気はないとはいえ、被害に遭った人たちからすれば事故とは思いたくない。

 怒りの矛先のぶつけ場所を失った人々は、政府がSランク探索者をもっと確保していればこんなことにはならなかったと、非難の声をあげていたのである。


「当人たちは家族も、仕事先まで失いました。事故で片付けるにはあまりにも被害が大き過ぎましたね」

「これ、りゅう族たちがただの探し物してただけって言ったら炎上するかな?」

「絶対言わない方がいいと思います」

「だよねぇ」


 りゅう族が地上のことを知ったこっちゃないように、地上の人もまた、りゅう族の営みを知らないのだ。

 ここで僕が間を取り持ったところで、こちらには何一ついいことがない。


 なので見て見ぬふりをする。

 できるからと、何でも首を突っ込んでいては命がいくつあっても足りないからね。


 そんなわけで僕は地上での生活を謳歌していたのだけど……ずっと見て見ないふりしてきた別の問題が、浮上してきたのである。 


 ゴロゴロ。


 ジーーー(REC)


 ゴロゴロ。


 ジーーー(REC)


 「だーーーー!」


 見て見ぬ振りしていた問題。

 それは僕の立場にあった。


 にゃん族。

 それも族長。

 今や数百名いるニャン族を取りまとめるリーダーだ。

 だが僕を悩ませるのはニャン族の特性というか、趣味趣向というか。

 主に恋愛観が同性に向けられることというか。

 僕のスペアは後輩の強い希望で女の子のものになっているので、絶賛にゃん族から生暖かい目で見られているのだ。


 よく芸能人とかが、テレビの外であれこれ言われてるのと似ているのかもしれない。

 僕は男だけどね?


 カメラの設置してあるお昼寝スポットから抜け出し、居間に逃げ込む。

 ここにも隠しカメラはあるかもしれないが、一人で過ごすより誰かと話せる可能性はグッと上がる。

 案の定、父さんが新聞を広げて世界情勢を仕入れていた。

 全時代的だよなぁ、と思いつつ。

 椅子を引いて父さんの前に座った。


「お、起きたか息子よ」

「父さん、起きてて平気なの?」


 今はスペアボディとはいえ病み上がり。

 肉体よりも精神が安定するかどうかの問題があった。


「ああ、流石に本体に戻る気力はないが」

「あの状態じゃ仕方ないよ」


 さっきまで僕が入ってたボディだ。

 完全に肉体がりゅう族仕様。

 そしてコアの匂いを嗅ぐと産卵したくて仕方がなくなる。

 卵を産んだ後はぐっすり眠れるわけでもなく、粗末な料理と次の産卵に備えるという悪循環が待っていた。

 現代人がそんな境遇に置かれたら精神が磨耗したって仕方がないと思う。


「無理しないで」

「おかげさまで、五体満足のボディを堪能してるよ。たまに研究もしてみたいが」

「母さんはなんて?」

「没頭しそうだからダメって」

「あはは」


 僕もよく後輩に言われる。


「なんだか僕たちは似たもの同士だな」

「そりゃ親子だもの」


 厳密には僕を産んでくれた母親が目の前の父さんである。

 え、矛盾してるって?

 りゅう族が悪いよ、りゅう族が。


 その被害を受けたにゃん族が、女同士での恋愛を始めた。

 オスも無理やり女体化させられたら、そう進化するしかないわけで。

 まぁ、男か女かは心のありようだよねって。

 僕と父さんは生まれた時の性別を今でも心の在りどころとしてるってだけだよ。

 ボディが女の子かどうかは、周囲が決めることだよね。


 と、そんな家族団欒の場所へ。


「先輩、突然ですが、この書類にサインをしてもらえますか?」

「いつもいつも突然だよね、後輩は」

「ようやく締結できそうなので」

「僕に内緒で何をやってるかは知らないけど……」


 種類にざっと目を通す。

 するとそこには『にゃんにゃん王国設立委任状』と書かれており、僕は盛大に吹き出した。


「何これ」

「どうしたの?」


 父さんが書類を後ろから覗き込む。

 するとそこには僕たちにゃん族に新たな国が献上されることが正式に決まるかもしれない取り決めが記されていた。


「なんでまたこんなことに?」

「えー、だって。先輩は配信で正式ににゃん族であると宣言しましたよね?」

「そりゃ、まぁ」


 それが表に出て大変なことになったという。

 主に日本が。

 ただでさえ日本生まれ日本育ちの僕。

 日本国出身という地盤が危うくなり、なら僕の身柄はどこに帰属するのか? という話が議題に上がったらしい。

 今まで安くこき使ってきたのに、急に宙ぶらりんになったのだとか。


 そこで挙手をしてくれたのがアメリアさんを代表するアメリカ。そしてローディックさんを要するオーストラリア。


 他にも僕が世話したSランク探索者から、もういっそどこの国に帰属しても面倒だから独立国家にした方がいいと満場一致で決まったそうだ。

 毎回責任を取らされてきた合衆国大統領からも二つ返事で了承。

 あとは僕のハンコ次第と、そういうことらしい。


「しっかし、よくここまで漕ぎ着けたねぇ」

「先輩の発明によって、実質地球は滅亡を免れましたから。あとは例の国家からの催促がいい加減うざったくなってきましたし。ここいらで国を名乗っておく方がいいかと」


 インド政府のことかな。

 被災者だからと、言っていいことと悪いことがある。

 いつまでも個人でいたら圧力で無理難題を押し付けられかねない。

 ある意味で、潮時だったのかもね。


「わかった。サインでいいの?」

「捺印はご用意してますので」

「相変わらず手際がいいね」

「それが私の仕事ですから」


 サラサラと書類にサインを書き込む。

 あとはお任せください! と後輩は元気よく今を去った。

 あれでロリコンじゃなければ引く手数多だろうに。


「いい子よねー、あたし達にゃん族のことも考えて動いてくれて」


 いつの間にかやってきた母さんがフォローを入れる。

 後輩といい、僕の周りの女性はいつも神出鬼没だ。


「まぁね。後の問題は僕たちだ。実際どうする? 国とか作っても。運営できそう?」

「それはヒー君に任せるわ」

「じゃあ僕は後輩に任せようかな」


 こうやって弱みを握られていくんだろうなー。

 所詮僕は研究だけの人間だ。

 いや、にゃん族か。


「先輩! 書類の提出終わりました!」

「早くない?」

「先輩の発明のおかげですね!」


 提出も転送陣のおかげで一瞬か。

 そりゃそうだ。


「で、うざったい請求は止まりそう?」

「今もメールで鬼のようにきてますよ」


 催促というか督促というか。

 個人に対してのお願いの要求を超えているんだよなぁ。


「主な要望は?」

「スペアボディの配布と、居住区の手配とかですねー」

「それ、政府の仕事じゃない? 直接うちによこしてくるのってあまりにも無法じゃないの?」

「何回言っても聞かないんですよ。なぜ個人にそこまで要求できるのか」

「いっそ配信で懲らしめてやるしかないのかな? ご要望通りに」

「ご要望通りと言いますと?」


 インド政府への責任転嫁とともに、被災地で盛り上がっているのはもう一つ。新たな宗教の発起だ。


「一部、人間に戻り損ねたうろこ族のままの人がいるじゃない?」

「あー、ダンジョン回帰教団ですか?」

「そう、それ」


 そいつらの目的は、ダンジョンの支配こそが正当。

 人類は地上を開け渡すべき!

 みたいな要求だ。

 というか、人類が負けそうになっているので勝ち馬に乗りたいだけで、あわよくば権力を振り翳したい、困ったちゃんであった。


 そんな彼らを排除するうってつけの場所が僕にはある。


 え、向こうの権限をそのまま飲むのかって?

 そんなわけないじゃん。

 ってことで配信開始!


「どもーにゃん族の先輩と〜?」

「にゃん族公認アドバイザーの後輩のお届けする、錬金ちゃんねる始まりまーす」


 公認アドバイザー?

 まぁ、色々サポートしてくれてるから間違っちゃいないけど。


<コメント>

:待ってた

:きたーーーー

:きtらああああああ

:きちゃーーーー

:そういや、そうでしたね

:ここにきてわざとらしいくらいにアピールしてきたな


「実際これに関しては国からもいろいろ要求がきていてね。僕もいよいよ重い腰を上げたってわけさ」

「はーい。ということで先輩ことにゃん族の国ができます」

「イエイ」


 パチパチパチパチ。

 僕は後輩と一緒に拍手した。


<コメント>

:は?

:は?

:は?

:ごめん、なんて?


「僕の国ができます。僕がね、王様になるみたいなんだよ」

「あ、ちなみに配信は今後も続けまーす。錬金術師であることと、出身は関係がありませんから」

「ここは僕の息抜きとして有用だからね」

「ですねー」


<コメント>

:これはおめでとうでいいのか?

:諸外国は許可したのか?


「日本とインド以外は概ね許可もらいました」


<コメント>

:日本ェ……

:インドはなぁ

:ダンジョン被災地だし

:だからって個人にお願いするのは違うんよ

:で、今度は国を通してのやりとりか

:上は頭を抱えただろうな

:だから許可したくないんだろ

:草

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