「悪は滅びた」
「身内じゃないのか?」
「身内に悪がいたんだよ。君も覚えあるでしょ?」
「さてな」
大塚君たら、自分が悪だって自覚これっぽっちも持ってないんだから。
ちなみに後輩は演出上死んだことになってるが、今も普通にビデオ撮影をやめる気配はない。
首筋にチリチリとした熱気を感じるんだよね。
「それでなんだけど」
「ああ」
「ダンジョンでの探索中のことを聞かせて欲しいな」
カメラを回してたことは伏せたまま、実際にどんな状況だったのかを彼の口から聴きたいと強請った。
リスナーだって大塚君がどんな苦労をしたか聞きたいと思ってさ。そして後からその体験アドベンチャーを遊ばせることでどんな苦行を科せられたのか、物理的に理解してもらう機会を全国民に与えるサプライズを考えている。
「苦労の連続だった。息子の秋生を連れてのミッション。というか槍込、息子に持たせたあの装備はなんだ。俺はそのことで一言文句を言いたかったんだぞ?」
「あぁ、魔法少女変身グッズのこと?」
「それだ!」
<コメント>
:魔法少女www
:いや、あの格好で変身させるなら魔法少女一択だろ
「俺は息子がこんな目に遭わせられて、染められていくのを間近で見て、心が死にそうだったよ」
「どんまい」
「お前が主犯だろうが!」
「グエー」
<コメント>
:これは先輩が悪い
:多分後輩も絡んでるぞ
:それ
「まぁ実際には秋生の望んだ変身スーツも考案してたんだよ」
「どうしてそれを実装しなかった?」
「君たちの種族は腕がゴツくなったり、尻尾が生えてたりとなかなかに規格外だ。ぶっちゃけ筋力を強化しなくても変身ヒーローと同じことができる」
「まぁ、そうだな」
<コメント>
:ダメだ、丸め込まれるな
:それと女装では話が変わってくるぞ
:そうだよ、ヒーローのままでも魔法は使えただろ
「見栄えの問題でね。あと後輩の趣味」
「最後のがいらないだろ!」
「でも実際ノリノリで戦ってたんじゃない?」
<コメント>
:ダメだ、先輩は自分の仲間を増やすつもりだ
:自分が散々女装を強要させられてたからな
:そういうイケドラだって女性服着てるじゃないですかー
本当だよね。なんで自分はまだ引き返せると思ってるんだろう。君もこっちに来い!
僕と一緒に仲良くしようぜぇ!
「そりゃ確かに、あの力を使いこなせば強いというのもわからなくはない」
「だろぉ?」
「だが羞恥心が拳の軌道を鈍くすることもある」
「そんなことなくない? むしろ怒りの矛先をモンスターに向けることでパワーが上昇するって検証があるくらいだよ?」
「どこで取った検証だ?」
「僕」
<コメント>
:先輩は被害者だもんなぁ
:でもあれ、最近ではノリノリで女装してない?
:最初こそはイヤイヤ
:けど体の方は正直だったっていうアレか
「実は僕も女装は嫌なんだけどね、一回後輩の編んだ服に袖を通したら世界が変わったんだよね」
「何がどう変わったんだよ」
「もう男物着れない」
「何があったんだ、お前!」
ガクガクと肩を揺らされながら、僕は表情を殺して嘆いた。
まぁ聞けよ。
当時の僕はあまりにも体調不良がデフォルトだった。
それに対して今の僕ときたらどうだ。
静電気には弱く、敏感肌で摩擦にも弱い。
こんな軟弱な体じゃ過酷な男性ものに袖を通す勇気も湧かない。そんな感想を述べれば。
<コメント>
:衣装ひとつでそこまで!?
:いや、後輩ちゃんの衣装はなかなか着心地良さそうだもんな
:先輩ガチ勢の後輩ちゃんやぞ?
:国を渡す女は衣装にもこだわると
:きっと材質から限定してそう
:今までどんな服着てたんや
:普通の男物でしょ
「そうだよ」
「こんなひらひらを着て過ごしただけで変わるかぁ?」
「君はまだ後輩の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだよ。ずっとその衣装を着てから男物に袖を通す時を楽しみにするといい!」
<コメント>
:いや、普通はそんな覚悟したとこで
:なぁ?
:あれ、これなんの話だっけ?
:りゅう族のナワバリに向かうまでの苦労話だったはず
:いつの間にか先輩の苦労話になってるやんけ
:草
:どうして女装話から自分の苦労話で盛り上がれるんだ
:ゾンビ取りがゾンビになった話かな?
「いや、実際恐ろしい話だよ。なにせまだ自分は男だという価値観を根底から変えられるんだから。服ひとつとってもそうだ。実は僕は女の子だったんじゃないか? なんて薄々思い始めたところで、僕の母親を名乗る存在が現れた」
<コメント>
:それがミミ先生だったわけか
:確かにゃん族なんだっけ?
:にゃん族はメスしかいないってさっき後輩ちゃんが
:もしかして先輩、自分以外の他全ての要因で女の子扱いされ始めた?
:それは草
:32年間ずっと男だと信じてきたのになぁ
:実は女の子でしたは精神持たんよな
「お前、さっきから何の話をしてるんだ?」
大塚君が怪訝な瞳を僕に向ける。
女装話から僕の苦労話になってから、気が気じゃないようだ。
「今回大塚君がりゅう族のナワバリに向かうことになった重要な話をしてるつもりだけど?」
「そうか……」
<コメント>
:急に不安そうな顔をしてて草
:実は自分がメスに染まりつつあることを恐ろしくなっちゃったかな?
:実際卵産めばな
:あれ、そういえば先輩も卵産んでね?
:そうだよ
「あれは僕のスペアなんだよね。厳密にはにゃん族で保護された父のボディなんだけど」
「お前の父親? 確か錬金術師だったって話だが」
「さっき僕が君に聞いたじゃない? りゅう族の呪いについて」
「ああ、女体化した後に徐々に肉体が変わるのかって話な」
「うちの父親、女の子になってたんだよね。顔は今の僕そっくりで、かつてコアパパのお嫁さん候補だったの」
「そうか……じゃあやっぱり?」
「卵産みすぎて精神壊しちゃってさ」
「無理もない」
<コメント>
:待って?
:父親なのにメスにされちゃったってことは?
:本当の父親じゃない?
:あー、なんかわかってきたかも
「そうだね、僕は父さんが産んだ金色の卵から生まれてきたんだって話さ」
「金色の……だからお前はあの時俺が産んだ金色の卵の話を詳細に聞いてきたのか」
「そういうこと」
<コメント>
:え、ってことは
:先輩はにゃん族どころかりゅう族だった?
:その可能性は高くなっている
:じゃあなんでにゃん族名乗ってるんだよ
「育ての親がにゃん族だったんだよ。しかもにゃん族のお姫様でさ」
「さっき言ってた漫画家の?」
「そうだね。親として優れていたかといえばあまりにも放任主義すぎたけど、小さな僕を育てて大学にまで入れてくれたことには感謝してる」
「お前さ、りゅう族の子供が生まれてすぐ15歳くらいの子供になるって真実は伏せられて育てられたろ?」
「そうなんだよね」
<コメント>
:は?
:は?
:は?
:卵割ったらもう育ってるってことぉ?
:そりゃ育てるの楽ですわ
:つまり先輩の実年齢は32歳どころか16歳ってことぉ?
:見た目通りやんけ
:これはロリ確定です
「ついてるんだよなぁ」
「どうもあの卵は親の願望を叶える効果があるらしいんだよな。俺は早く人間に戻りたいと思ったし、男社会に復帰したいと思ってたから、見た目だけはオスとして産んだ子供がいる」
<コメント>
望月ヒカリ:それがナオちゃんですね!
デデン! という効果音と共に僕が遭遇したナオの写真が配信画面に載せられる。後輩め、いい仕事をしているな!
その画像を確認した大塚君が表情を青ざめさせている。
<コメント>
:あらかわいい
:これでついてるなんてお得だなぁ
ニチャッとした笑みをつけてのコメントが加速度的に流れた。
僕が普段どんな目で見られているか知るといい。
君たち親子を引き取るというのは、今後この視線に晒され続けることを意味しているということを!
「ちなみにナオって大塚君の奥さんの名前だったよね?」
「あいつはこんなふうになった俺たちを受け入れたがらないだろうからな。せめて息子のための父親になってくれたらと」
「どう見ても女の子みたいな格好させられてるけどね」
「お前もっと彼女の手綱引けよぉ!」
「無理でーす☆」
画像に写った少女(少年)はひらひらのドレスを着させられながらどこか恥ずかしげにはにかんでいた。
それはそれでかわいい! とリスナーから大絶賛だ。
スライドショー感覚で着せ替えられたナオちゃんの画像が投下されていく。
大塚君は息子の秋生に続いてナオが生贄になっていることをとても不快そうにしていた。
ハハッバカめ!
後輩が僕の命令なんて聞くわけないだろ。
それがにゃん族の未来に関わること、または僕の身に危険が迫る以外だったら尚更だ。
僕が可愛く着せ替えられる程度は黙認する女だぞ、彼女は!
<コメント>
:これってさ
:なんだよ
:何か気づいたか?
:後輩ちゃんの後輩ちゃんによる後輩ちゃんのための
:実質公開処刑だよな
:それ思った
:先輩があまりに気にしすぎなかった不満を後輩ちゃんがぶつけてるんだ
:草
:後輩ちゃん、先輩命だもんなぁ
「俺は、なんてことをしちまったんだ。過去のお前を弱者と判断して、大変なことをしてしまった。反省してる。だからやめさせてくれ。頼むよ」
ここにきて大塚君のマジ謝罪。
だけど後輩は聞く耳を持たないと今度は秋生を可愛く着飾る画像を配信に載せた。
<コメント>
:喧嘩売る相手を間違えたな
:これは未来の俺らの可能性
:そうなの?
:えぐい報復手段やで
:何億人もいるリスナーに向けて同時配信か
:これ、国営放送でいいのか?
:だからアーカイブ化させたくないんだろ
:バッチリ切り抜きました♡
:ナイス!
:あとで舐め回すように閲覧するわ
「やめろぉおおおおおおお!」
膝から崩れ落ちて絶叫する大塚君。
君って自分がその仕打ちをされることより、家族がそういう目に遭うのが耐えられない男だったんだな。
意外だ。
「大丈夫だって、じきに慣れる。女の子同士仲良くしようぜ」
「俺は男だぁ!」
<コメント>
:先輩、ついに吹っ切れたか
:どうせなら手術してもらって
「僕のスペアって後輩の強い希望で全部ついてないんだよな。あとはわかるな?」
「お前は長年彼女からこんな仕打ちを?」
「緊急入院してチャンネルを開設した時点で女装を始めさせられたぞ?」
「そうか。これを受け入れるのが俺の報いか」
「いや、喜ぶのは後輩だけだと思う」
<コメント>
:俺たちもいるぞ!
:そう、ここにな!
:今さらっと重要情報流されなかったか?
:なんの情報?
:確実に切り抜く場所誘導させられてたろ
:そうか?
:むしろダンジョンの摩訶不思議なんて解明されなくていいやろ
:俺たちは先輩を愛でたいんだよぉ!
「視線はじきに慣れるさ。これから仲良くやっていこうぜ」
「ああ、ここで踏ん張らにゃコアに変な目で見られるからな」
「コアパパに?」
「実際、お前たちはしょっちゅう魂を変えてるだろ? コアはそういうところに敏感なんだ」
本体は替えてないのにか?
それは厄介だな。
「魂の匂いすら嗅ぎ取ると?」
「そうかもな。俺もそういう意味じゃここに長居できないんだよ」
「なるほどな。じゃああのスペアはそのまま管理する他ないか」
「それがいい。あいつは俺もそうだが、お前も気に入ってるからな」
「だったらアイドルデビューなんてするんじゃなかったな」
「似合っていたぞ? くくく」
ここでようやく大塚君がおかしそうに笑う。
そうそう、君はそういうやつだったよ。