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第98話 先輩、ピンチに陥る

 話をかいつまんで聴けば、どうもオービルとやらは僕を探しにきたらしい。

 なんで僕? と思えば。

 単純に前回の宴でのダンスが気に入ったとかなんとか。


『ウチに来い。前回の宴では敗退を喫したが、うちの巫女も悪くはなかった。問題があるとすれば、お前が逸材すぎた。お前を奪えば、コアも戦力を大きくダウンさせる。だからお前を奪うことにした』


 くっそ自分勝手でやんの。

 正直に今のままでは勝てないから攫いにきたっていいなよ。

 だとしても僕は赴かないが。


 舐められたモノだよね。

 そんな理由で僕が出向くわけがない。

 ここに在籍してるのは卵の数をちょろまかして地上に素材として送れる環境であるからなのにさ。


 そういう意味では僕もコアパパを騙くらかしてる。

 お似合いじゃないかって?

 単純に天秤にかけたとき、どっちを優先したかって話でしょ。


 実際にお嫁さんとしての地位向上を図ったまでさ。

 竜族にこれ以上地上を侵攻させないための礎なのさ。

 それがホイホイ鞍替えして、逆上されたら目も当てられないよ?


『ちなみに拒否権は?』

『ないよ』


 毒霧が当たりを覆う。

 爆炎のコアの匂いはこれまた強烈な甘い香りだった。

 しかしこっちはムワッとした眠気を誘う香りだった。

 僕は潔くノックダウンした。

 すやぁ。


 と、そんなこんなで僕は攫われたのである。

 事後承諾なのかよ。


 襲いにきたのと攫われたのがセットとか。

 どこかの桃のお姫様かな?

 配管工のおじさんが活躍するゲームの。


「何か事情が分かりましたか?」


 後輩が紅茶を持ってきて僕の尻尾を握った。

 やめれ!


「君、僕の背後に回ると必ず尻尾を握るよね。それ変な気分になるからやめて欲しいんだけど」


 なんなら猫耳を触られるのと同じくらい「あふん」て声が出るんだからな?


「誘ってるんですよ。察しが悪いですね。今日はほど良い天気です、休憩室に行きませんか? そこでたっぷりと添い寝を」

「そっちの誘いかよ。添い寝なら昨日たっぷりしたじゃん」

「毎日でもいいですよ?」

「地下が大変だって時に、君は呑気だなぁ」

「いや、大変らしさを一切感じない情報でしたので。なんだったら穏便に他の部族の縄張りに入れて、素材ゲットできるぜヒャッハーぐらいに思ってません?」

「思ってる」


 鋭いな。

 最悪コアパパを焚き付けて共倒れしてくれないかなーまで計算済みだ。


 ただこの匂いはなかなか慣れないからな。

 対策が必要だ。


 今のうちに自分の血液で血清を作っておくのも忘れない。

 現にさっき届けられたからね。

 研究班が早速取り掛かってるよ。

 表向きには公表しないけど、対策はするってのが研究者の基本姿勢みたいなモノだし。


 こんな時もあるだろうと思って開発していた、っていうのは常々心構えているものさ。


「ですよねー? つまりは結果良ければ全て良しってやつです。そこで提案なのですが」

「しっぽこねくり回すな」

「えー、こんなに可愛い尻尾生やしてる先輩が悪いんですよー」


 あくまで自分に責はないと。

 後輩はまるで悪びれずにお誘いを続けた。


「提案とは?」

「オービルちゃんがいつ攻めてくるかわからないので、私兵を補充させておこうかなーって。私のにゃん族のスペアボディもそう言ってます。先輩との子供が欲しいって」

「あーそういう系なの? 最初は僕との子供がいいって」

「最初から最後までですけど?」


 君の僕への固執っぷりはなんなのさ。


「ちなみに、アメリアさんや他の方へのスペアボディ配布は私が子作りを終えるまで完了しません。第一子を産み落とすまでは他の方に先輩と添い寝するチャンスすら与えません」

「君、それは戦争になるよ?」

「起こした上で勝つつもりでいますけど?」


 こんな独裁者に権力与えちゃダメだよ。


「ちなみに昨日も添い寝したけど、その時は子供は作らなかったの?」

「あ、昨日は人間ボディで十分に堪能しただけなので」

「添い寝し損だ!」


 めちゃくちゃ吸われたし、もみくちゃにされた記憶が蘇る。

 あれが子供を産むための行為でなくてなんだっていうのさ。

 まさか普通に愛でられてるだけだった?

 今日はそれ以上をしてくるということか。

 生きて帰れるかな?

 後輩の欲望が止まることを知らないぜ。


「人間形態で暮らす最後の日でしたので。にゃん族のスペアボディに袖を通すのって、ちょっとだけ心配だったんですよ。でも実際、先輩もにゃん族なんだよなぁと思ったらどうでも良くなりました」

「君、僕が関わった時だけブレーキが壊れるよね。そんなんでこの先やっていけそう?」

「普段から慎重に慎重を重ねて生きてきてますからね。実際、国を興すまでは抱えきれないほどのストレスに悩まされて生きてきました。先輩を着せ替えてなんとか自我を保ててこれたんです」

「そっか、頑張ったね。添い寝する?」

「する!」


 このあとむちゃくちゃ添い寝した。

 いやさ、なんだかんだこんな後輩だからこそ、ん僕はこうしてこの立場を得られたわけだからね。

 退院して一人で暮らしてたら多分ここまで生きていけなかったと思う。

 それぐらい社会不適合者の自覚はあった。


「スーーーーハーーーースーーーハーーーー」


 このめちゃくちゃ匂いを嗅がれる行為だけは全く慣れないけど。むしろ息がこもって蒸れてくすぐったかったりもする。

 そういう時は尻尾を振って牽制するのだ。


「くすぐったいです、先輩」

「添い寝にしたって君が暴れん坊すぎる。他の子が真似したらどうするのさ」

「でも今の猫吸いで確実にお腹に卵が宿った気がしますよ! なのでもう一回!」

「一度の添い寝で何匹産むつもりなのさぁ!」

「5匹は欲しいです!」


 さっき言ってたのと話が違う。

 第一子が同の河野行ってたじゃん。

 それとも添い寝してから気持ちが変わった?

 今のボディならそれくらい産めそうな気がする! みたいな。

 なんにせよ、僕がされるがままという現実だけは変わらない。


 あとでシャワー浴びよ。


 そのあと数時間にわたる攻防の末、僕はその場でぐったりとした。おかしいなぁ、添い寝って疲れをとる行為じゃなかったっけ? めちゃくちゃ疲れたんだけど?


「ふぅ! だいぶ癒されました。また明日もお願いしますね? パーパ?」

「嘘でしょ。これを明日も? 軽く死を覚悟したんだけど?」

「えー、大袈裟すぎます。本来の行為で子供を産む方が命の危険を感じますよ?」

「そ、そうなのか」

「そうです。だからこれは全然大丈夫な方です」

「疑って悪かった。じゃあ僕はシャワー浴びてくるから」

「一緒にいきましょ」


 は? なんで着いてくるの。

 僕はリラックスしたくて一人で行きたいのに。


「お背中流してあげますよ!」

「うーん」


 確かに今の僕のスペアは女の子だ。

 だからと言って女子と一緒にお風呂は問題ないか?

 僕の心は男の子なんだぞ?

 体はもともと女の子だって?


 いや、そんな事実はさておいてだ。

 僕は生まれてこの方性自認男でやってきてるんだ。

 その精神が、それはダメだろって言っている。

 どうにかして諦めてもらえないものだろうか?


「先輩は頭を洗うのが雑なので、いつも見ていて手入れしてあげようって気持ちがおさまらなくてですね」

「それはごめん」

「それに、こうして女の子同士になったわけですし?」

「それところとは話が違う!」


 添い寝は服を着た状態だったが、お風呂は裸になるんだからな。色々見えちゃいけない部分が……ふぁー脱がされてる!


「はい、お着替えしましょうね」

「話を聞けー」

「口ではそう言いつつ、体の方は従順じゃないですか」

「くそ、こいつ話が通じない」


 僕はされるがまま、服を剥がされお風呂に二人で入った。

 そのあとめちゃくちゃ洗髪された。


 嘘だろ、女子ってこんな手間暇かけて頭洗うの?

 男ならガツンとくるトニックシャンプーだけでいいのに。

 それだと毛先がゴワゴワする?

 別に気にしたことないよ。


 ダメらしい。

 女の子はツヤツヤでふわふわ。サラサラに仕上げて、なんなら神から甘い香りをさせるのがデフォルト。一般的とまで言われた。

 そんな一般的、聞いたことがない。


「せっかく可愛いんですから。先輩はもっとおめかししてもいいと思うんです」

「僕が望んでなくてもか?」

「常々もったいないなって思ってました。このまま頭巻きますよ」

「ひゃー」


 もう自分の頭ではないような感覚。

 すごく頭が軽くなったような気がした。

 女子はこれを毎日やってるのか。

 すんごい執念。

 僕にはちょっとできそうにない。


「次はお体洗っちゃいますね。今は泡で擦り付けなくてもいいのが出てるんで」

「ゴシゴシしないと汚れ落ちてる気がしなくない?」

「それが肌のダメージ蓄積につながるんですよ。先輩はもう女の子なんですから」

「そりゃ今のスペアはそうだけど」

「今度から身も心も女の子として教育していきますからね」

「ひぇー」


 そんな日常の僕に向けて、絶賛囚われの姫である僕から労いのメッセージが入った。


『どんまい。骨は拾ってやるから』


 この、裏切り者ー!


 その日僕はこれでもかと尊厳を破壊されて、不貞寝した。

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