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121 遠征の伍




 さて、サッカーU-22オリンピック、アジア最終予選の初戦じゃ。

 いやその前にわしの認識を改めなければいかん。改めるというか、これも騙されていたというか。

 なんというか……そう。これから始まる数試合は正確にはアジアカップのU-23の本選も兼ねておるということじゃ!


 しかも来年行われるオリンピックに関してはオーバーエイジ枠を除外しつつの23歳以下が出場できるから、今はU-22だけど来年にはU-23になるとか!


 めんどくさい!


 いや、年齢なんぞこの際どうでもよかろう!

 ここ数週間テレビをつければどのチャンネルもわしらのことばかりでうんざりしておったからあんまり注視しておらんかったけど、華殿がテレビを見ておる時にチラ見したら、なーんか画面の端っこに『アジア杯』とか表示されておったのは覚えておる!

 そしてその下にちっちゃく『オリンピック予選』の表記も! ちっちゃくな!


 んでそんな文字バランスに違和感を感じておったのは覚えておるけど、そのテレビにはU-22とU-23が混在しておったから、U-23の方は別のチームじゃと認識しておった!

 でもそれが実はこのチームのことで、わしらこれからアジアカップに行くとか!


 これじゃどっちかっていうとアジアカップの方がメインやんけ!

 なんでみんなしてそれ教えてくれんかったのじゃ!?


 とドーハの宿舎にてジャッカル殿たちに問い詰めたら、

「え? 嘘でしょ? いまさらそんなこと……?」

 って言われたわ。


 知らんちゅーに!

 ただでさえこういう国際試合は年齢制限やら国籍の所属国などで面倒なのに、挙句は大会の重複じゃと!?

 もうそれ、詐欺やんけ!

 みんなしてわしを騙しておったのか? アジアカップだって重要な大会じゃ!

 なんだったら経済だって政治だって今の時代はアジアを侮るなかれ、じゃ!


「くっそ……」


 そういえばこの大会に参加するにあたって、あの事件の後に契約書を再度確認しておったけど、そこにもちらっとアジア杯なる文字があったような気もする。

 でもその契約書を結ばされたあの状況がトラウマとなって甦り、あと例によって契約書の類にありがちな「これ読ませる気ないだろ?」ぐらいのめっちゃ小さい文字で長々と契約内容が書かれておったから、途中からそれを読むのを諦めてしまってはいた。



 だけどじゃ!

 さすがにこの件はしっかり認識させるべきだし!

 いくらわしが(ゆーてもこの4人も幼い頃からの仲間だし、わしらを無理矢理日本代表に入れたとしても、悪く扱うことなんてなかろう)などと信用しておったとはいえ……あっ、このせいか。


「ぐぅー」


 なんか“酷い詐欺”にあったような気持ちが今更ながらによみがえり、わしはスタジアムの選手専用ロッカー室で低く唸る。

 あっ、“酷くない方の詐欺”は頼光殿たちの都内暴走事件の件な。


 んでそれはいいとして、今現在少し離れたところではこのチームの監督殿やコーチの皆さんがジャッカル殿たち含め、元々選ばれておった選手たちと試合前のミーティングを行っておる。

 わしと勇殿は「逆に混乱させちゃうから」との理由で、ミーティングの輪から少し離れたところ待機するよう指示され、集中力を高めるようにも言われておった。

 それゆえの思考時間。

 だけど試合に向けて集中力を上げるどころか色々な雑念が脳内を飛び回り、とてもじゃないがまともなパフォーマンスなど発揮できる気が起きない。



 なのでわしは気を紛らわすため、ミノス殿からいただいた小さなメモ用紙を手に取り、それを確認する。

 これは試合当日の流れなどを羅列して記されており、わしや勇殿にとってとてもわかりやすく重要なメモなのだけれど、再度その記載された内容を頭に詰め込むことにした。


『スタジアムに着いたら着替えてアップ。その際グラウンドのコンディションも確認しておくこと。晴れていても水をまかれてびしょびしょになっている場合あり。スパイクの中に水が入るとびちょびちょして気持ち悪い。

 その後、ミーティング。

 ロッカールームを出たらグラウンドの入り口付近で待機。

 子供と手をつないで入場。カメラが自分に向いてると思ったら子供の肩に手を置いたり、頭をなでたりするのもよし。好感度アップにつながる。

 並んで国歌斉唱。この時子供を前に立たせる。音痴な光君は口パクで。』

 などなど。


 ほらな。こういうのがわしらにとって非常にためになるんじゃ。最後の方に聞き捨てならん文言も見受けられたけど。

 でもこれほどまでにわかりやすいメモを作ってくれるなら……だから……だからこそ事前にこの大会の重要さを……。

 どう考えてもそこが肝心じゃろう?


 と、わしがメモを読み終えふと頭を上げると、勇殿はリラックスした様子でスポーツドリンクなど口に含み、その勇殿の向こう側では試合前のミーティングが終わろうとしていた。


「よーし。んじゃみんなで気合の掛け声を!」


 センターバックにてこのチームを支えるキャプテン殿の声でわしらは輪になり、大声で気合を入れなおす。

 ここらへんは野球と一緒じゃな。


 んでお互いハグをしたり、ハイタッチなどしたりして、いざグラウンドへ。

 メモの通りに各種イベントを無事にこなしていき、グラウンドでも円陣を組みつつ、その後各ポジションに展開。

 いざキックオフじゃ。


 ぴぃーっと甲高いレフェリー殿の笛がスタジアムに鳴り響き、わしは勇殿とともに前線を押し上げる。

 キックオフは相手ボールから始まったので、その敵どもが軽くパスを回しておるのを横目に、ディフェンスラインぎりぎりまで突っ走った。

 んで敵の最終ラインから1~2メートルほど後ずさりし、ここで待機じゃ。


 ふっふっふ。ここらへんは素人のわしでもわかるサッカーの基本的な動きじゃな。

 オフサイドにならんよう、敵のディフェンスラインより少し下がって待つのが重要なんじゃ。

 と思ってにやついていたら、いつの間にか悪魔の中盤が敵からボールを奪い、一気に中盤を押し上げてきおった。


「はい! 光君! とりあえず挨拶がてらの1発よろ!」


 うぉーい。もう少しここでゆっくりさせろよ。

 わし今、異国の戦士とポジション争いなどしてて、当たりの強さなど確認しつつも結構楽しんでおったにぃ!

 あと、挨拶がてらってなんじゃ? 本気で足振り抜いちゃダメなのか!?


「え? あ、え?」


 でもそんなことを考えておる場合じゃない。

 わしらフォワード勢のすぐ後ろ下に位置しておるクロノス殿からわしと敵ゴールキーパーのど真ん中に落ちるようなロングパスが入り、わしはそれを必死に追いかける。

 ほぼ背中側からのパスだったので途中からボールは見ないことにしつつ、予測した落下地点のあたりに近づいたところでちょろっとボールを確認。ついでにこちらに迫りくる敵ゴールキーパーの移動速度も把握しながら、ぶつからない程度に足を伸ばした。


 んで、そんな感じで足を伸ばしたわしのつま先あたりにボールがちょこんって当たり、それはそのままゴールキーパーの頭上をふわりと通り過ぎてゴールネットへと。


「あっ、入った」


 中東まで遠路はるばる応援に来た日本サポーターたちが歓喜に沸き、んでもってチームメイト達もわしの元へ走り寄ってくる。

 でもわしはというといくらか冷めた態度。

 これは野球選手独特の価値観かもしれんが、ホームランを打った後は大げさなパフォーマンスなどせず、淡々とダイヤモンドを一周するのがかっこいいのじゃ。


 というわしの考えもあり、あと割と簡単にゴールを決めちゃったあっけなさも感じていたので、わしは軽く手を挙げてクロノス殿にあいさつしたんだけど、その相手……いや、冥界四天王揃ってわしに襲い掛かり、もみくちゃにされてしまったわ。


「ナイスゴール! 開始1分で早速すげぇ!」

「ふっふっふ。やっぱ俺らの目に狂いはなかった!」

「てゆーか、嘘だろ? 背中からのロングパスを走りながらダイレクトに枠内シュートするとか!? ループで!? しかも決めちゃったし!」

「光君、ここはもっと喜んで! 嘘でもいいから喜ぶ振りして! その方がテレビ的に!」


 なんかまぁ、わしをもみくちゃにしながら4人それぞれ言いたい放題だけど、それはいいとして。

 ジャッカル殿が視聴率とか商業的なこと言い始めてるけど、それも今に始まったことじゃないのでいいとして。

 勇殿も近づいてきていたので、そっちは軽くグータッチなどしつつ……


「よーし! みんなでセンターサークルまで光君を運ぼう!」

「おーいぇー! わっしょい♪ わっしょい♪」

「いやーーー、それ止めてーーーッ!! あの時のこと思い出すから!」

「ふふふ。もう遅い! それ、わっしょい♪ わっしょい♪」


 サッカーってなんか嫌じゃな。

 さっき相手ディフェンスを置いてけぼりにする瞬間、めっちゃユニフォーム引っ張られたし。

 よくわからんけど嘘でも喜ばなきゃいけないらしいし。

 しかもわしのトラウマがよみがえ……いやそれ、この4人のせいじゃ!


「はぁはぁはぁはぁ……」


 結局、わしは世界中のカメラが向けられる中で神輿のごとく輸送され、敵味方それぞれがポジションに戻ったところでゲームが再開される。

 でもわしの呼吸の乱れは戻らない。

 走ったことによる疲労というよりは、4人にわっしょいされたことで壮行会の記憶がよみがえり、心臓がばっくんばっくんいい始めたんじゃ。


 でもサッカーとは常に移動し続けるもの。

 わしが息を切らしながらよたよたと前線を押し上げておると、後ろの方でまたしても悪魔の中盤が機能した。

 今度はミノス殿じゃ。

 左サイドで敵からさらりとボールを奪い、そのままドリブルで前進。今度は右トップにおるわしとは反対側に位置する勇殿に早いクロスを入れてきよった。


 そしてここは勇殿の技術の見せ所。

 ミノス殿が蹴った高速パスを、速度そのままに振り返りながらわしに向かってパス。その際わしがシュートしやすいようにちょこっと角度を微調整してくれたんだけど、明らかに素人が素人に向けて出すパスの精度ではない。

 とはいえ、それすらも決めてしまうのがわしの悪いところじゃ。


 つーか左打者だったわしにとって、左サイドからとん、とん、と軌道を変えながら飛んでくるボールは角度的に右ピッチャーの外角低めに決まるスライダー。狙うべきゴールポストはライトスタンドの方向。

 んでわしの左足をバットと想定すると、意外と簡単にゴールまでのボールの軌道がイメージできてしまったんじゃ。


 なので勇殿のパスを左足でそのまま思いっきり振り抜き、今度も敵ゴールポストの右端へ。


「ウォーーーーッ!」


 ほとんどアウェイ状態の中東ドバイにて、日本サポーターが数多く陣取っておる一角から雄たけびが発せられ、またしてもチームメイトの皆がわしの元へと駆け寄る。

 んでひとしきりもみくちゃにされた後は、本当に嫌がっておるわしの意思を無視してわっしょいわっしょい、と。

 レフェリー殿、頼むからこの4人にはしゃぎ過ぎのイエローカードなど出してくれないかと視線を向けてみたけど、異国のレフェリー殿にはその思いは通じなかった。


 胴上げのごとく何度も宙を舞いながらセンターサークルに戻り、ここでやっとわしは再度解放される。

 異常に高鳴る心の臓を右手で抑えながら心を落ち着かせ、そんなことをしておる間にもゲームリスタートじゃ。


 こんちくしょう。サッカーは野球と違ってせわしないな!

 だけどそれも仕方なし。

 わしは再度よろよろした足取りで前線を上げ、敵ディフェンスのちょい手前でポジションをとる。


 さて、2点も取ったし、そろそろここらへんでゆっくりしてようぞ。


 と思ったらここで敵が動き出した。

 動き出したというより、わしのマークが3人になったのじゃ。

 敵の中盤から2人。そして本来のディフェンスが1人、わしに付いたという感じじゃな。


 まぁ、そういうこともあろう。

 ぴっちりマークが若干ウザくて、審判殿が見ていないときにちょいちょい足を踏まれたり、またはふくらはぎのあたりに蹴りを入れられたり……って、やっぱりサッカーって嫌じゃな。絶対に必要ないタイミングでもユニフォームを引っ張られ、わし自身も若干気に入っておった代表ユニフォームがすでにビヨンビヨンに伸びてしまった。


 だけど敵のこの戦術の変化がこちら側のチームの戦略、または戦術的にどう影響するのかは知らん。どうすべきかも知らん。

 わしも心臓バックンバックンが収まったらちょこちょこ動くのを始めようかとも思ったけど、それすらも自由にさせてもらえないんじゃ。


 なのでわしはそれらのこざかしい攻撃に耐えながら、味方のボール奪取を待つ。

 やはりこちら側の中盤はすぐさま敵のボールを奪い、今度はジャッカル殿がセンターサークルのあたりから駆け上がってきた。


 んでそれはそれで、敵の悪質なスライディングタックルの餌食になる、と。

 だけどそのスライディングは流石に悪質過ぎて、審判殿は即座に笛を鳴らした。


 あっ、イエローカードが出た!

 これ、間近で見ると結構新鮮なシーンじゃな!


 じゃなくて!


「おーい、ジャッカルくーん! 大丈夫?」


 痛そうに地面を転がるジャッカル殿を心配し、わしもその事件現場に駆け寄る。

 ジャッカル殿の背中に手を当て、「担架いる?」などと聞いてみようとしたけど……


「あっ、全然痛くないから大丈夫。でももうちょっと痛がる振りしとくね。光君ももう少しだけ俺の演技に付き合って!

 ほら、心配そうに俺のこと介抱して!」


 ジャッカル殿がわしの存在に気付き、ひきつった顔をしながらもそんなこと言ってきやがった。


 でたよ、オーバーリアクション!

 それじゃ! それがサッカーの卑怯な面で、わしが最も嫌いなやつじゃ!


 いや、これも重要な戦術。

 灼熱極まるアラブの地にて行われるこの試合。もちろんグラウンドレベルでもかなりの熱が地面から沸き立ち、この時間を利用して敵味方は水分補給などしておる。

 例によってジャッカル殿以外の冥界四天王もフィールドの端に移動し、スタッフさんからペットボトルなど受け取っておった。

 それゆえの時間稼ぎじゃ。


「う、うん。わかった……」


 ならばこれもサッカー文化の1つ――ということでわしも納得することにしたんだけど、こういう時間に行われる各チームの暗躍は、水分補給だけではない。

 フィールドプレイヤーはこういう時間に監督殿からいろいろと指示を受けたりするんじゃ。

 もちろん今この瞬間もあの白田殿がミノス殿たちに何かを伝えておる。


 ふむ。なんか戦略に変更があるのじゃろうか?


「おーい。光くーん! あっ、あと勇君も! 作戦変更だー!」


 やっぱりな。

 水分補給を終えたミノス殿が監督殿の伝言を伝えるべく、わしらの方へ向かって走ってきた。


「ん? 選手交代?」

「いやいやいや、光君!? そんなわけないじゃん! なんでそうなるのさ!?」

「いや僕、今めっちゃマークされてるから。あんなに囲まれたらもうなんにもできないよ?」


 もちろんじゃ。わしはドリブル下手だからな。

 だから中盤から上がってくるボールをわしを囲む3人でカットされたら、それこそ本当に何もできんのじゃ。


 と思ったけどさ。


 ここからが伝説の始まりじゃ。

 いや、わしにとって特別なシーンがこの瞬間から始まったといってもいいんだけど、最前線でコンビを組む勇殿の伝説がここから始まったんじゃ。


 まずは監督殿から受けたミノスの殿の指示。


「しばらくフィニッシャーを勇君に変更で」

「え? 僕? ……僕?」

「そう、今光君に敵が張り付いてるから、勇君の方が手薄だって」


 ほうほう。監督殿、早速動いたか?

 やはりその手腕は本物というわけか。飛行機の中ではこっそり殺してやろうかとも思ったけど……。


「でも……? 僕?」


 もちろん勇殿が疑問を感じるのも理解できる。

 勇殿は勇殿でワンタッチパスが得意なだけ。わし同様ドリブルはそこらの小学生選手以下だし、シュートもあまり得意ではない。

 でもそんなわしらの意識すら変えるのが、名将というものなのじゃろう。


「うん、勇君。んで監督から伝言。ゴールポストの四隅に味方がいると仮定して、そこにパス出してみろ、って」


 おぉ。それはいい感じのアドバイスじゃ!

 その意図はわしにもわかるし、勇殿も理解しやすい!


「あぁー。なるほどぉ。とりあえずやってみる」


 勇殿もそれを即座に理解し、納得した感じで元居た場所に戻ろうと走り出した。

 走り出したのはいいんだけどさ。その直前になんか小さく呟いたんじゃ。


「待っていろよ、世界……」


 え? なに? 世界?

 勇殿、急に何言い出したんじゃ?


 でもじゃ。こっからが本番じゃ。わしをして“勇殿の覚醒”または“わし的に伝説の一夜”と言わしめる勇殿の活躍じゃ。


 まずはすぐさま行われるフリーキックとやら。

 こちらの中盤を固めるジャッカル殿とクロノス殿がキッカーっぽく並び、どちらが蹴るのかを敵に迷わせる。

 でも今回はジャッカル殿がキッカーになるようじゃ。


 んでわしはジャッカル殿がボールを入れる前まで敵ゴールの前をうろちょろし、敵ディフェンスを混乱させる役に回ってみた。

 多分、ジャッカル殿は勇殿を狙ってボールを入れてくるだろうからな。

 それゆえわしは錯乱係なんじゃ。


 そして審判殿の笛が鳴り、クロノス殿の偽りの助走の後にジャッカル殿がキック。

 わしにマークが集中し、しかもそれらがわしのちょこまか作戦で混乱しておる間に、勇殿がボールの着地点でオーバーヘッドを――って、おい! オーバーヘッド!?


 なんでやねん! めっちゃかっこいいシュートやんけ!


「ウォーーーーーッ!」


 結果、勇殿はすんなりとゴールの左上にシュートを決めてしまった。

 そして湧き上がる歓声と、迫りくる冥界四天王。


 ふっふっふ。勇殿も神輿のごとく輸送されればいいんじゃ。

 と思ってにやついておったら、なんか今度はハイタッチやハグなどする程度でそれぞれがあっさり自陣へと戻っていった。


 おいっ! と。

 なんでやねん! と。

 勇殿もわっしょいわっしょいしろや! と。


 わしが憤りを覚えるのも無理はない。

 だけど試合開始直後から得点を重ね、15分もたたずに3点目を取ったとなると、皆のリアクションはこんなもんなのかもしれんな。


 唯一、わしもハーフウェイラインまで戻るときに勇殿に近づき、軽くグータッチなどしたんだけどさ。


「光君?」

「ん? なに?」

「僕は戦場(フィールド)の創造主になる。見ててね?」


 えーとぉ……フィールドの……そうぞう、しゅ?

 どういうことじゃ?

 なんか勇殿のテンションがおかしいような気が……?

 あれか? 走りすぎてランナーズハイになったとか、試合にのめり込み過ぎて興奮が収まらなくなってしまったとか?

 またの場合、この暑さで意識がやられた?



 いや、何を隠そう、勇殿はあの真夏の甲子園で決勝までを1人で投げ抜いた男じゃ。

 しかもそれを3度。

 いくらドーハの暑さが厳しいといっても、熱気と湿気の混ざるあの球場で投げ抜いた勇殿が、これしきの暑さでへばるわけがない。


 ではやはり、何らかの影響で心がハイになっておるとしか――いや、原因はどうでもよいな。

 いずれにせよ勇殿のキャラが完全におかしくなっていることは間違いない。

 なので一度フィールドの外に出し、吉継とも話し合って勇殿の状態を確かめた方が……


 と思案しておったらいつの間にかゲームは再開。

 しかしながらわしは突っ立ったまま思考しておったので、その脇をジャッカル殿とカロン殿が通り過ぎて行った。


「おっ、光君、今度は中盤で敵を誘い出す気? それもなかなか!」

「やっぱり光君は順応性が高い!」


 という2人のお褒めの言葉も頂いたけど、そのつもりはないのでわしは慌てて2人を追う。

 だけど、わしらの逆サイドではすでにミノス殿とクロノス殿が敵からボールを奪い、カウンター攻撃を始めていた。


 そしてまたしてもいち早く前線で待ち構えていた勇殿がミノス殿からのクロスをボレーで。


「ワーーーーッ! ウォーーーーッ!」


 そしてそのシュートは相手のゴールキーパー殿の股下を抜いてゴールネットど真ん中へと突き刺さる。

 いや、それもはや四隅とか関係なくなってるんだけどォ!


「いぇーい! 勇君、ストライカー!」

「おーいぇー! もうあれだ! 勇君は立派なフォワードだ!」


 ゴール前で歓喜に沸く勇殿と冥界四天王たちの元へ少し遅れて到着し、そんな会話が聞こえてきた。

 だけど勇殿はさっきよりもぎらついた目つき。

 いや、そんな表情甲子園でも見せたことなかったじゃん。


「ナ、ナイスゴール……」


 わしが少し怯えながらも勇殿にグータッチすると、勇殿は一瞬でにこやかな表情に戻る。

 あぁ、わしの前では笑顔でいてくれるんだ――と、わしが少し安堵しておったら……


「はじめまして世界…僕が小谷勇多だ……!」


 またしてもよくわからんセリフをつぶやき、勇殿はハーフウェイラインへと戻っていった。


 うん、だからそのかっこいいセリフはなに?


「……」


 さて、ここはどうするべきか?

 やはり勇殿を一度取り押さえて、冷静さを取り戻させ……


 と、またしてもわしはゲーム再開の笛を無視して思案しておったのだけど、さらなる事件じゃ。


「みーつーくーん! 今度は勇君がー!」


 ジャッカル殿の叫びに気づき、顔を上げてみれば最前線の方で勇殿が激しいマークにあっておる。

 どうやら敵のハードなマークの対象がわしから勇殿に移ったらしい。


 でも……ならばどうするか?

 それぐらいは素人のわしでもわかる。


「了解。今度は僕だね?」


 わしは前線に向かってダッシュを始め、ジャッカル殿を通り過ぎるときにそのように伝える。


「そゆことー! よろー!」


 ジャッカル殿からも短い返事が返り、わしが前線に戻ったあたりで右サイドのカロン殿から地面を這うようなパスが迫ってきた。

 もちろんわしはマークが甘くなっていたので、そのパスをいつも通りにゴール枠内へと蹴るのみ。

 相手ゴールキーパー殿も勇殿に気を取られていたらしく、わしのシュートは無事にゴールネットへと吸い込まれていった。


「イーーーーエーーーーッ!」


 そしてサポーター席の方から雄たけびが上がり、遅れて冥界四天王がわしの元に――ってこれ、今日何回目じゃ?

 まぁよいか。今回はわしもクールに皆とハイタッチなどしつつ、喜びもわずかに……


 ってはずだったんだけど、おかしい!


「おーっ! さすが光君! ハットトリック!」

「すげぇ! すげぇ! すげぇ! まさかハット決めるなんて!」


 最初のゴールの時のテンションと同じく、冥界四天王はわしを囲んでもみくちゃにし始めたんじゃ!

 しかもじゃ! その後は例の流れへ!


「そーれ、わっしょいわっしょい♪」

「わっしょい♪ わっしょい♪」


「おいぃぃぃぃいいいぃぃ! なんで? なんで? いや、これ止めてー! つーかなんで僕のときだけ!?」


 勇殿のときはクールにハイタッチなど。でもわしの時は祭りのごとくわっしょいわっしょい。


 これは絶対に嫌がらせじゃ。

 4人で事前に打ち合わせていやがる。そうに決まっておる。


「はぁはぁはぁ……くそ……」


 神輿の儀式が終わり、わしはその儀式から解放された後にセンターサークルの近くで呟く。

 けどその後も3回ほどのわっしょいを強制され、この日のゲームはわしらの圧勝で幕を閉じた。


 いや、日本ではこのわっしょいがどのように中継されてるのかを知るのが非常に怖いんだけどさ。

 絶対に……そう、絶対に皆に笑われておる。

 特に寺川殿や頼光殿、そして華殿あたりの悪意に満ちた笑顔が脳裏に浮かんだわ。



 あと勇殿。

 勇殿もあの後4得点を重ねたんだけど、そのたびによくわからん言をわしだけに残して去っていった。

 この時の勇殿、いったいどうしたんじゃろうな……?

 しかも試合後にそれについて聞いてみたら、勇殿はその発言をした記憶が全くないらしい。

 怖いわ!




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