目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

122 遠征の陸




 中2日をおき、2試合目が行われた。


 しかしこの試合も1試合目同様に快勝。

 わしのダイレクトボレーが幾度となく炸裂し、反対側のフィールドでは勇殿が華麗なプレーをし放題。

 結果は……まぁ、うん。自慢になるからそこに言及するのはやめておこう。


 ……


 ……


 12対0の快勝じゃ!



 ふっふっふ! わしら大活躍じゃ!

 もちろんこれだけ活躍すれば、監督殿もわしらを無下にはできまい。

 案の定……いや、すでに1試合目を終えた時点で監督殿からは「やればできるじゃないか」との言を頂いておる。

 やるも何もわしら事前の練習自体参加させてもらってないし、公式戦そのものが初めてだから“やらなかった”ことがないんじゃが?

 もっと素直に褒めろよ、と。

 監督殿、いい歳してツンデレか?


 まぁよい。

 今日の2試合目もわしや勇殿に的確な指示を――もちろんサッカーの素人であるわしらにも理解しやすいように指示をくれたため、わしらも色々とプレースタイルを変えながら90分間戦い続けることができた。


 なにより1試合目で受けた絶対に必要のない足の擦り傷や切り傷を申し出たら、かかとから足首、そしてふくらはぎのちょい下ぐらいまで緩くテーピングを重ね巻きしておけばいいとの助言を頂いておる。

 んでそれががめちゃくちゃ有効じゃった。

 おかげでこの試合はそういう嫌がらせによる痛みとは無縁でプレーできたし、どちらかというと走り過ぎによる疲労のせいで両足がパンパンな感じじゃな。



 でもプロ野球と違い、サッカーの試合が間に3~6日の休養を入れる意味が分かったわ。

 これ、とてもじゃないけど毎日なんて無理じゃ。

 回復力豊かな20歳の体をもってしても――そして甲子園のあの過酷なスケジュールを乗り切ったわしらの体をもってしても、筋肉の回復には2~3日の休養を必要としておった。

 まぁ、わしらは最後の夏の大会を終えるや否や高校野球をすぐさま引退しておったし、その後はまともな運動などしておらんかったから、仕方ないのかもしれんけど……。

 でもあの頃ピッチャーとして毎日しっかり走り込みをしておった勇殿が、今このロッカールームで力尽きる感じでぐったりしておるのがいい証拠じゃろう。


 なにはともあれ、サッカーというスポーツ。いと侮りがたし。

 そして2試合目もわしだけをゴールのたびにわっしょいわっしょいしやがった冥界四天王と、ついにそれに参加し始めた他のメンバーは後で一列に正座をさせて説教したい。


 まぁ、それはいいとして。


 今現在、試合が終わり選手やチームのスタッフさんたちがロッカールームをテンション高く行き来するのを脇目に、わしと勇殿は椅子の背もたれにぐったりともたれかかっていた。わしに至っては天井を仰ぎながら額のあたりに冷たいタオルをかぶせておる。

 体中が疲労と熱でやばい感じじゃ。


「はぁはぁ……こ、呼吸が戻らない……」

「うん、そうだね……はぁはぁ……ふーぅ、ふーぅ……しかも暑い……勇君でもやっぱきつい?」

「きついね……1試合目よりも、もっと……光君は?」

「うん、僕も……甲子園の方がまだ楽だった……」

「そうだね。光君だって1球ごとに立ち上がって僕にボールを返してた。それを何試合も……。

 僕だって予選から終わりまで、全部で千球以上投げたのに……ふーふー」

「やっぱり動きのタイプが違うと……はぁはぁ……こんなにも疲労が……」


 よくわからんけど試合中にギラギラした目つきをしつつ、わしにだけよくわからんセリフを言い続けたあの本当によくわからん勇殿の現象はなりを潜めておる。

 まぁ、それはそのうち解明するとして、わしらの会話はスポーツ科学的な筋肉の話へと移っておった。

 おそらくこれは速筋と遅筋の違い。

 とはいえピッチャーである勇殿は速球を投げるための筋肉。そして延々と続くその動きを維持するための筋肉も備えているはず。

 だけど瞬発的なスプリントを幾度となくこなすこのサッカーというスポーツは、なにか他にも必要な能力とかあるのじゃろう。


 うむ、これはこれで勉強になった。

 なんというか政治家としては必要ない知識だとは思うけど、この疲労感を実際に体験しつつ後日分析することで、武威の戦いにも効果をもたらす。に違いない。はず。多分。


「まぁ、とりあえずこれでうちらはしばらく休みっぽいから……明日からはゆっくり休もうね。 観光もしっかり楽しんで……?」


 実のところ、次の3戦目は得失点の関係で――てゆうかわしと勇殿でこれまでめっちゃ得点稼いだから、もう予選リーグとやらは突破決定らしい。

 んで決勝トーナメントまでしばらく日が空くから、それまでの間わしらはドーハの街並みを観光などしてもいいとのことじゃ。

 ということを2試合目の試合終了直後に白田監督から言われた。

 お前たちの実力は本物だ、とも。

 いや、経緯が経緯だけにぜっんぜん嬉しくないんだけどさ。

 だけどその観光にはこのチームの通訳さんも同行してくれるし、買い物もし放題。今回の件に関して迷惑をかけた関係各所にぜひともお土産をとも思っておる。


 思っておるけど……くっそ! 迷惑をかけられておるのはわし本人だけどな!

 あと“関係各所”といっても、思いつく人物たちがむしろこの状況にわしを追い込んだ実行犯たちなんだが……!

 でもお土産選びイベントも楽しいし、そういうとこに気を使ってしまうわしがいと憎い!


 ふーう、ふーう。


 それで……予算は……50万ぐらいにしておくか? 久々に豪遊してやろうぞ。

 まぁ、やつらへのお土産は適当に部屋に飾る系の小さなインテリアなどを選べばいいじゃろう。

 暁光だけには全力でいいお土産を選ぶけどな!


「そうだね。ふーぅ……それ考えたら、元気戻ってきた!」


 わしの提案に勇殿が同意し、そしてその言の途中から勇殿が体勢を起こす。

 わしもだいぶ体が楽になってきたし、汗でびしょびしょのこのユニフォームを洗濯物用のかごに投げ入れつつ、シャワーでも浴びようかと思っておったら、ここで1人のスタッフさんがわしらに話しかけてきた。


 いや、違う。

 この方はたしか、飛行機の中でちらっと話題に上がっておった人物。

 この代表チームにサポートメンバーとして同行しておる若者じゃ。

 名は、“浅山”と言ったか?


「おつかれさん。体は大丈夫か?」


 まずはわしらに対して当たり障りのない言。

 わしらも特に警戒などするわけもなく、わしは気軽な感じで返事を返す。

 この浅山という男、じっくり正面から見てみると、とてつもないイケメンじゃな。

 千年に一度の逸材……そのレベルの顔立ちじゃ。

 いっそ顔面をボコボコにしてその美貌を……いや、やめておこう。ただの嫉妬になってしまう。

 それはそうと、ここは無難に言を返しておかないと。


「いや、なかなかヤバいです。まぁだいぶ回復してきたんで、これからシャワーなど浴びようかと?」

「そうか。それは邪魔してすまない。しかもうちらケガ人メンバーの代わりに……」

「いえ、浅山さんが謝ることじゃ。謝ってほしいのはむしろあの4人。それにアスリートには怪我がつきものといいますしね」


 わしの返しに浅山殿が笑顔を浮かべ……


 そして平和な会話は一気に不穏な気配へと変わる。



「それで……あとで石田三成殿と大谷吉継殿にお話がある。あの4人にはバレないように。

 ぜひとも後で話を……? できれば我々3人のみで」



 いや、突如わしらの前世の名を出したため、わしと勇殿が椅子からガバッと起きたけど、そこまで不穏な気配ではない。

 まず相手がわしらのことを敬称で呼んだこと。そして武威を発動しておらんこと。

 椅子にだらりともたれておったわしが勢いよく体を起こしたときに、それを制するかのように両手を前に出した相手の所作。


 それらの条件から、ここでは荒事を起こす気はないという相手の思いが見て取れたし、それはわしも勇殿も――そして勇殿の意識の中におる吉継も即座に理解したじゃろう。

 もしかすると警戒態勢に入ろうとした勇殿においては、意識レベルで吉継が止めておったのかもしれんな。



 なのでわしらは上半身の姿勢を正すのみ。

 その際、この男の肩越しの向こう側に冥界四天王が見えたけど、わしらの異変には気づいておらんようじゃ。他のメンバーと試合後の反省会的な会話を緩い雰囲気でしておるのでそこへの警戒は緩めつつ、わしらは会話を続けた。


「ほう。わしらの正体を知っておるということは、おぬしも転生者なのだな?」

「うむ。だけどあの4人にはとてもじゃないけど前世の名を明かせないので、このお2人だけで是非とも。もちろん敵意などは皆無」


 あぁ、なるほど。

 こやつはおそらく徳川に敵対しておった人物じゃな。

 それならばわしらだけに会合を申し出てくるのもわかるし、そういう人物に会う機会もここ数年幾度となく訪れてきた。


 なのでわしは深く考えることもせずに、隣の勇殿の顔を伺う。

 勇殿もわしの視線に小さく頷き、これで決まりじゃな。


「わかった。場所と日時は……?」

「うーん。今日はお2人が疲れておられるだろうから、明日の夜遅く。場所は宿舎となっているホテルの談話用スィートルームにて」


 ちなみにサッカーだけに限らんとは思うけど、こういう日本の代表チームなどが海外へ赴く場合、ホテルのワンフロアを丸ごと借りることが多い。

 そしてその階へ入るエレベーターや、ホテルの入り口には警備の者。

 チームの遠征に付いてくる人数が多かったり、1つのフロアでは部屋数が足りなかったりした時はさらに別の階も丸ごと借りることがあるけど、それが1番選手の安全を守りやすいのじゃ。


 んで今回わしらが宿泊しておるホテルは各部屋を選手やスタッフさんたちの個室として使用し、そして大きなスィートルームは常時解放されておる。それぞれが自由に出入りできる談話室的な使い方じゃ。

 とはいえ夜中は皆それぞれの部屋に戻るだろうし、人気がなく、かつわしらがなんらかの話し合いをしておっても特段怪しまれることもない。


 うむ。場所も時間も問題はないな。


「あいわかった。では明日の夜中にあの部屋で。わしら明日からオフだから夜遅くまで起きていることも可能――だから、12時……いや、一応2時にしておこうか。それならばなおのこと人気はあるまい」

「うむ、助かる。では明日の……いや、日付変わって明後日の午前2時で」


 そしてお互い小さく頷く。

 でもここでわしの悪い癖な。

 癖というか、こやつの前世の人物がわからん状況を、これから丸1日以上も我慢できるはずがない。

 というか今知りたいんじゃ!


「でも、名ぐらいは教えてくれてもよかろう? おぬしがもしもわしらと縁遠い者だった場合、話し合いの時刻までに下調べなどしておきたいんじゃ。まぁ、下調べと言ってもネットでおぬしの経歴等を確認するだけなんじゃが?」


 しかし、わしのこの言に関しては、相手は少し戸惑った様子を見せてきた。

 見せてきたけど、それも1~2秒ほど。

 一瞬だけ背後の冥界四天王の方に振り返り、あやつらがまだ離れたところで談笑などを続けておるのを確認しつつ、そやつは顔をわしと勇殿の間まで近づけてきた。



「それがし、浅井……浅井長政と申す」



 あぁ……


 絶対に徳川の連中、そして当時徳川と同盟関係にあった織田家の連中にはバレちゃまずい人物じゃ。

 そりゃそうなるよな。このひそひそした感じも無理もない。


 というか、よくわしらに声をかけてきたなぁ!

 わしあの頃はまだ戦場に出ておらんかったから、こやつが織田家を裏切って織田軍を追い詰めたあの戦いには参戦しておらんかったけど、織田家の家臣だった当時の殿下――あの頃は木下藤吉郎秀吉と名乗っておったのじゃが、その戦いで殿(しんがり)を務めた殿下の軍に壮絶な撤退戦を強い、壊滅寸前まで追い詰めた裏切り者じゃ!

 そしてその戦いには織田の同盟相手である徳川の軍もおったから、絶対に冥界四天王に教えちゃダメな人物じゃ!


 まぁ、わしらが豊臣家の家臣だと知りつつも、でもあの戦いには参陣しておらんことを知りつつ、だからこそ話を聞いてもらえる余地もそこにあると踏まえて話しかけてきたのじゃろう。

 そういう点ではこの接触がしっかり配慮されておるっぽいからいいけど……うわぁ……これ、この会合……信長様に知られたらマジでブチギレもんじゃ。


「あ、あぁ。あの、浅井殿か……わ、わかった」


 相手もわしらのこの反応を予測しておったのじゃろうな。

 それでも話をしたいことがある。


 ならば、それは仕方ないけど……


 まーじーかーぁ……。


「是非ともよろしくお願いいたす!」


 わしらが再度力ない感じで椅子の背もたれに倒れこみ、その心境を察した浅井殿が念を押す感じで言ってきた。

 隣を見れば勇殿もわしと似たような反応。いつの間にか勇殿と意識を交代したのじゃろう。


「そうきたか……」


 吉継っぽい発言も呟くように聞こえ、わしらはなんかどっと疲れがぶり返してきた。


 だけどここで救世主じゃ。

 救世主っていうか、この状況ではむしろ危険人物じゃな。


「光君、勇君、おっつー。どう? 疲れた? 歩ける?」


 どうやらチームメイトとの反省会を終えたらしい冥界四天王がこちらに向かって歩いてきていて、ミノス殿が軽い感じで言ってきた。

 ついでにわしらに話しかける“浅山”殿にもちょっと違和感を感じたっぽいけど、その違和感を払拭すべく、浅山殿がさらなる爆弾発言じゃ。


「おぉー。お前たち、おつかれーい」

「うぃーす。お疲れ様でーす」

「それにしてもやっぱ中東は暑いっすね」

「あっはっは。でもお前たち、今日も見事な連携だったぞ」

「ふっふっふ。それが自分らの持ち味ですんで!」

「でもこの2人も……どうです? うちらが連れてきたこの2人? いい働きだったでしょ?」

「あぁ、マジで神がかっている。同世代にこんな選手が2人もいたらこえーよ。俺もう代表のレギュラー無理じゃん」

「大丈夫っすよ。この2人は期間限定。本来は浅山さんワントップで。んでうちらのパスをキープしてもらえたら……!」


 などなど。最初は浅山殿と冥界四天王のなんでもない会話。

 一応浅山殿の方が1歳年上なので、その上下関係もしっかりした感じで冥界四天王の各々が返事を返す。


「んで、何話してたんですか? この2人にサッカーのことを?」


 冥界四天王がわしらを囲む感じで位置し、それぞれ上半身のストレッチや水分補給などしながら、気だるい会話を続ける。

 だけど最後に発したジャッカル殿の言に対し、浅山殿は予期せぬ答えを口にした。


「いや、この2人……俺のこと覚えているかなぁって?」


 覚えて……いる?

 ん? 前世では会ったことがないはずじゃ。

 だけど……? ん?


「え? 覚えて……? ん?」


 会話の流れが読めずわしが首をかしげていると、さらに不可解なことに冥界四天王が何やら笑いをこらえる感じで口を押えておる。

 いや、本当に何? 覚えて……?



「あのさ。石家に小谷。本当に俺のこと覚えて……いや、無理もないかぁ」



「幼稚園の頃の話だもんなぁ……」



「俺だよ。浅山由香の兄の篤弘……喧嘩しただろ?」



 ……



 ……



 沈黙が多いな。

 いや、これは沈黙ではない。

 ただのパニックじゃ。


 ……


 およそ5秒。

 わしと勇殿の思考が停止し、その後ほぼ同時に大声で叫んだ。



「あぁーーーーーッ!」

「あの時のクソガキ-ーーッ!」



 ちなみに口が悪い方の叫びはわしな。

 じゃなくて!


 えぇー! マジか!

 あの時のクソガキがよくぞここまで立派に育った!

 じゃなくて!


 え? じゃあ浅井長政殿がこの浅山殿で?

 そういえばこの男は私立の小学校に入学するや否や月謝の高い地域の野球チームに入ったとかで!

 でも当時、わしと勇殿のバッテリーでこてんぱんに打ち砕いてやった記憶が!

 それなのにいつの間にサッカーへ?

 じゃなくて!


 そしてこやつの妹たる由香殿も中・高の学生時代に近所でたまに見かけたりしたけど、いかにもお嬢様でありつつ、あいかわらず男に媚びるようなあまったれたしゃべり方をしてて!

 たまに話しかけられたりしたときは(あぁ、これが将来サークルクラッシャーになるタイプのおなごか)などと思ったりしてたけど!

 じゃなくて!


 ……


 今までものの見事にこやつの正体に気付かんかった自分に若干傷心し、わしは1度立ち上がったもののそのまま力なく膝をつく。

 対する勇殿は座っておった椅子ごと後ろにひっくり返っておった。


「あははははッ!」

「流石のリアクション!」

「すげぇ! この2人のリアクション! ある意味ベタ過ぎて、本当にすげぇ!」

「あはははッ! でもついに……いや、やっと知るときが来たね!」


 そんなわしらの反応を冥界四天王は爆笑しやがって……危うくそのまま勢いでわしがわっしょいわっしょいされそうになったので、それは近くのテーブルの脚にしがみつくことで回避しつつ……


 いやいやいやいや。

 ここは冷静に……そう、冷静に……!


「ふーぅ」


 いまだ爆笑鳴りやまない冥界四天王は放っておくことにし、わしは浅山殿の顔を見つめながら思考を始める。


 こやつがいつの間にか野球からサッカーに鞍替えしたことはこの際よかろう。

 幼き頃、わしと勇殿からコテンパンにやられたんじゃ。

 その心境がどういう選択肢を生んだのかは、今のこの状況を考えればわかる。


 んでサッカーに情熱を注ぎ、世代別の日本代表まで上りつめたこともよかろう。

 転生者による武威操作は禁止または自重するのがスポーツ界の暗黙のルールだけど、わしら同様日々の戦闘訓練も欠かさずにおったのならば、やはりこやつの身体能力もトップアスリートのそれには成りうる。


 あと……そうじゃな。

 こやつの祖父――あの事件のときのラスボスとなったあのじじいはすでに他界しておるらしいけど、その後釜を継いだこやつの父親が区議会議員を経由して、今は国会議員になっておるらしい。

 相変わらず親子揃ってわしの父上の奴隷……じゃなかった。父上の会社と官民の連携を上手く回して、結果父上の会社も順調に大きくなり、もちろんこやつの父親の国会進出には父上の協力もあり……あっ、そういうことか!


 以前、白田監督殿がよくわからん言を発しておったけど、それはつまりこやつの代表加入にはこやつの父親の介入があったということか。

 相変わらず職権の乱用をしておるようじゃな。

 まぁ、そこらへんはわしの父上も了承済みじゃろうし、何より冥界四天王がこやつの実力を評価しておる雰囲気も感じられた。

 そこから考えうるに、こやつは父親の余計な干渉などなくても、実力でこのチームに呼ばれるだけの選手なのじゃろう。

 むしろそこに干渉してきたこやつの父親を改めて説教したい気持ちも湧いて出てきたけど、それはそれ。


「時が流れるのが……速い……速すぎる……」


 もろもろを考え、目の前に立つ立派なサッカー選手を見て得たわしの感想は結局それだけ。

 その反応にまたしても冥界四天王が爆笑を始めたけど、もうやつらは無視じゃ。

 目の前のめっちゃイケメンボーイ。こんなにも立派に育った若者が、あの由香殿の兄だったとは。


「あぁ、シャワー浴びてくる……」


「ぼ、僕も……」


 結局、わしと勇殿はそれだけを言い残し、その場から離れることにした。



 んで次の日の深夜。日付が変わりもうすぐ深夜2時になろうかという時間帯じゃ。

 わしと勇殿は、中東の夜の暗闇と窓の外に見えるドーハの夜景。そんなコントラストをホテルのスィートルームから楽しんでおった。

 思惑通り、他の選手やスタッフさんたちはすでに各部屋に戻り、30畳ほどもあるこの部屋にはわしら2人だけ。

 部屋の電気も若干薄暗く調整し、秘密の会合っぽい準備はばっちしじゃ。


 それにしても……浅井長政殿。いや、今は浅山殿というべきか……?

 かつての時代に信長様の妹君であるお市の方と結婚し、しかしながら織田・徳川連合軍が越前――今でいう福井県のあたりに勢力を置いておった朝倉義景を攻めようとした時に突如裏切りって織田方に敵対した。

 その後、結局浅井家は信長様に滅ぼされることとなるけど、あの時の裏切りは信長様の心に抑えきれないほどの怒りを植え付けることとなった。

 最終的に浅井殿の頭蓋骨は織田方の戦勝を祝う宴にて……いや、これについて言及するのは止めておこう。今の時代じゃR指定に引っかかる。



 んで、それゆえ現世における浅山殿は織田方――そして当時織田家と固い同盟を結んでおった徳川家の者に恐怖と警戒心を抱いておる。

 抱いておる……はずなんだけど、冥界四天王がウロチョロするこの遠征の最中によくもまぁわしらに接触してきたな。

 これもいい機会と言えばいい機会なんだけど、さすがに度胸あり過ぎじゃ。


 そして重要なこと。

 この者が支配しておったのが、滋賀県の北の方。つまりわしの佐和山城があった地域なんじゃ。

 というか浅井家を滅ぼした後に信長様が殿下にその地域を領土として与え、そこを拠点とした殿下が鷹狩りの最中にわしと出会った、みたいな。

 そう考えるとあの地域におけるあの時期は、それぞれの運命が複雑に絡み合った歴史上の重要なポイントでもあるといえるのだけど、流石にこの人物がわしらに直接接触を試みてくるとは思わなかった。


 でもそれも現世における運命、ということにしておこうぞ。

 約束の時間に近づき、ほぼ時間通りに背後に気配を感じたわしらは同時にふり返る。

 そこにはもちろん浅山殿がおり、こちらに向かってゆっくりと歩いてきておった。


 でも問題はわしらの立場の関係じゃ。

 前世で言ったら浅井長政殿はわしらより年上。でもこの人物はわしらにとって大いなる裏切りをしおった大名じゃ。

 そして現世ではわしらの1個上。でもいわくつきとはいえ、昨日今日出会ったという関係でもない。

 なので……そうじゃな。

 わしはいつも通りの態度でいこうぞ。


「本当にすまない。でも、この会合を受けてくれて助かる」

「いや、構わぬ。こういうのもわしらの活動のうちの1つと言えるからな」

「あぁ、まさか浅井長政殿が接触してくるとは思わなかったが、それもこの世のあや……」


 現代風の言葉で挨拶してきた浅井殿に対し、わしはまぁこんな感じじゃ。

 んでわしに続いて勇殿が口を開いたけど、勇殿は今吉継と意識を入れ替えておるようじゃな。


 軽く挨拶を交わし、それぞれがテーブルを囲む形でこの部屋に備えられておったソファに適当に座る。

 ついでにテーブルの上にあった飲み物類などを軽く飲み、会合は始まった。


 始まったんだけどさ。


「先に言っておく。今の妹……つまりは由香のことなんだけど……」

「ん? 由香殿がどうしたのじゃ? たまに近所で見かけたりするけど?」

「あぁ、その由香が……」



「前世では俺の娘だった茶々の転生者だ。お前たちにとっては“淀殿”と言った方がしっくりくるか?」



 ぶしょーッ!

 ぶしょーッ!


 わしと吉継が口に含んでおった飲み物を同時に噴き出した。



 しかも武将だけに“ぶしょーッ!”って……いや、なんでもない。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?