ドバイからおよそ18時間。
小型のジェット機をチャーターし、わしと勇殿は日本へと戻ってきた。
戻ってきたといっても、今は九州の西の領空をやっと超えたぐらいじゃ。
ちなみに冥界四天王は代表チームの要であるからそのままドバイに留まらせ、怪我から復帰間近の浅山殿を無理やり代表メンバーに正式登録させることで、この大会を乗り切らせることにしておる。
浅山殿自身は
「いや、まだ怪我の影響が……」
などと言っておったが、転生者社会における一大事件――そして今後わしらから多大な恩を受ける立場であるゆえ、わしの要求には応えざるを得なかったともいえよう。
でもそんなことは今はどうでもよい。
機内で何とか体を休め、ついでに数時間の睡眠をとることにも成功したが、やはりわしらの心のざわつきは抑えられん。
華殿とまともにやり合える敵。
そんなやつが3人も?
しかもその相手は中国からの来襲だという。
日中の関係にも影響しそうなこの侵略。そのきっかけや相手の目的はわからん。
それを現時点で知っておきたいという気持ちもあるが、戦場で指揮を執っているっぽいあかねっち殿はいっぱいいっぱいの様子だったので、余計な負担はかけられない。
なので今わしらにできることは、この機内でただ待つのみ。
と座席に座って心の焦りを抑えておったら、待ちに待った機長殿の機内アナウンスが入ってきた。
「もうすぐ福岡の博多上空を通過します。ですが……ほ、本当に大丈夫ですか?」
ちなみにこの機体は民間のチャーター機じゃ。
ゆえに空中から落下する際のパラシュートなどは装備しておらん。
だけどわしらは武威を用いて足を強化すれば、自然落下の速度でも怪我無く地面に着地できる。
なので機長殿には福岡市にプロ野球チームのドーム型球場を目指す感じで、機体から飛び降りるということを伝えておる。
もちろんそれには他言無用という条件とともに、スマートフォンを用いることですでに機長殿の個人口座に300万ほど入金済みじゃ。
「うむ、大丈夫じゃ。機長殿はこのことを忘れてくれ。よいな?」
「はい。それはもちろん……」
わしは座席の近くに備え付けられておった受話器を手に取り、コックピットへと通話を返す。
機長殿に念を押しつつ、わしと勇殿は視線を合わせて軽くうなづいた。
「よし! 光君、行こうか!」
「うん。気合入れてくよ! 吉継も!」
「おうよ!」
わしと勇殿、そして勇殿と一瞬だけ意識を交換した吉継が力強く言を交わし、さて扉をオープンじゃ!
「ではお気をつけて! はいッ! 今です!」
機体の移動速度とわしらの落下速度。または空気抵抗。
それらをなんとなくのレベルで計算してくださった機長殿が飛び出しのタイミングを指示し、わしらは即座に飛行機から飛び出す。
眼下には九州福岡市の街並み。
その中に白く巨大な丸い建造物の屋根を確認し、そこへ目指して落下した。
んで10数秒後にはドーム型球場の脇のあたりに、ドンピシャで着地することができた。
着地の瞬間に地面のアスファルトが径3メートルほどのクレーターを作ってしまったけど、まぁ、これはしょうがあるまい。
周りには人気がなく、ここから見るだけでも東西南北あらゆるところから煙が上がっておる。
でもここでゆっくりしておる場合ではないのじゃ。
「勇君! こっち!」
落下中に武威センサーを発動しておったわしは、あかねっち殿がいると思われる地点に向かって走り出す。
勇殿もすぐさまわしの後を追い、走っておる最中にもわしはあかねっち殿へと通話を試みた。
ところが相手はなかなか電話に出ようとはしない。それから察するにどうやらあかねっち殿は今も秒単位で各部隊に指示を出しておるようじゃ。
かつてのわしのようにな。
ならば1秒でも早くあかねっち殿のいる場所へ。
移動しながら周囲の光景を見ることで、わしはまたしても少しの苛立ちを感じてしまった。
「くっそ……」
この戦。都市部での武威による戦闘行為。
移動しながら視界に入ってくるこの街の光景は予想以上の破壊に見舞われておる。
それゆえについつい口から出た言と、いらだった表情。
隣を見れば勇殿も似たような心境を表情に出しておった。
こちら側がこれだけの戦力を投入しておるにもかかわらず、敵がこれほどまでに暴れ放題だったということなのか?
いや、でも……。
空中落下中の武威センサーの反応においても、あかねっち殿は島津や毛利、長宗我部といった西日本の大勢力と連携して敵との戦闘に入っているようじゃ。
同時に三原や、頼光殿を中心とした出雲勢力も各戦場に展開しておる。
空から見渡す博多の街は酷いぐらいに荒廃しておったけど、戦闘区域はやはり3つだけ。
もちろん敵の奇襲による突発的な戦いゆえ戦場は混乱し、戦線なんてものはない。
いや、敵がたった3人ということで戦線を形成する必要がなく、それぞれをこちら側の十分な兵力で囲むのが自然な流れじゃ。
でも戦闘開始当初に多少の混乱が生じるのも至極当然なんじゃ。
それゆえのこの街並み……といったところか……?
とはいえここまでこの戦を指揮してくれたあかねっち殿の行動も評価せねばなるまい。
こういう場合は有能な指揮官が――そして各勢力から信頼のある人物が指揮を執るべきじゃ。
ところが頼光殿は出雲勢力のトップとして各地に諜報員を送る側の人物。三原は現世において単独で動くことが多かった。
もちろんこの2人は実際に戦場で戦ってもらわねばならないという戦力でもあるし、現に今も敵と戦っておる。
そして前世の記憶を持ち、指揮官としての経験もある石田三成たるわしと、大谷吉継たる勇殿は今戦場に到着したばかり。
ゆえにこれまではすべての戦場を統率するに最適な人材が見当たらん状況ではあった。
にもかかわらず戦国大名を指揮する立場として、直江兼続たるあかねっち殿がそれを実行してくれたのが助かる。
あかねっち殿、いつもいつもバカ扱いしてごめんなさい。
と心の中で謝罪をしつつ、わしらは足を進める。
「勇君、あそこ! あのテントにあかねっちとよみよみが!」
壊された街並みと、所々に倒れておる死傷者の存在。
それらを嫌というほど見せつけられながらもわしらは移動を続け、ほどなくしてあかねっち殿の元へと到着する。
そこにはこの戦いにおける本陣――というか屋根だけの簡易的なテントが設置されており、その下には長机が並べられておった。
机上には無線機やドローンの映像を映すノートパソコンが並んでいて、もはやどこかの軍の前線基地のようになっておったけど、混乱が混乱を呼び、本陣を固めるその他のつわものたちも武威が揺らいでおる。
よみよみ殿もいたが、似たような感じじゃ。
「光君! やっと来た! 助かったぁ……」
わしらの姿を確認するや、あかねっち殿は安心したように膝から崩れ落ちた。それをよみよみ殿が支えつつ、さて作戦会議じゃ。
「うん、お疲れ。それで……状況は!?」
あかねっち殿の報告によると、今は華殿が毛利の兵とともに敵の1人と。同様に三原が島津や長宗我部の兵とともに敵と戦い、最後の1人には頼光殿たちが200を超える部下とともに当たっているらしい。
あかねっち殿が采配したと思われるそこら辺の戦力分担に間違いはないけど――いや、まずさ。そもそもの話だけど、華殿が簡単に勝てない相手ってどんな化け物やねん。
いや、わしの武威センサーにはおかしな気配を放つ敵の反応。これ、何かあるな。
「んで、相手は……? どういう人物なのか、調べはついてるの?」
もちろん敵の素性などどうでもいい。
あくまで敵は敵。外国からの敵。
その相手がどこの誰であっても、こちらは全力をもって潰さなくてならない。
それが今回の戦いじゃ。
と思ったんだけどさ。
会話のきっかけを作る程度でちょっとした疑問を投げてみたんだけど、そんなわしの軽い問いに対して、あかねっち殿からはとんでもない答えが返ってきた。
「うん、敵は三国志時代の蜀の将軍。光君も無双ゲーやってたからわかると思うけど、関羽と張飛、そして趙雲と名乗る武将が……」
おぉいいぃぃぃ! やば過ぎじゃろ!
いや、中国のそういう将軍たちがどれだけの武威を持っておるのかなんとなくは想像してたけど、まさかこんな……華殿に匹敵するレベルだなんて……?
あれか? 古代中国の戦はそんなにも激しい戦いを……? これほどまでに武威を高められるほどに?
「うーん……」
いや、一概にそうとは言えまい。
わしの武威センサーから感じ取れる敵の反応にはやはり違和感がある。
「あかねっち?」
「ん?」
「この敵……三国志の将軍たちって……それはわかったけど……もちろん武威の強さもすごい。
でも武威だけじゃなくて、他にも何かあるよね?」
その問いに対し、あかねっち殿の瞳がきらーんって光った。
「うん。よくわかったね」
「僕の武威センサーに違和感あるんだよね。なんというか、こう……不自然な武威の放出が……」
「さすが光君。にしてもその能力、相変わらず便利だねぇ」
「今さら褒められても……んで、敵の戦い方になんかあるの?」
「えぇ。この敵、どうも変な術を使ってるっぽいの。ここに映ってる現地の映像からも、実際に戦ってる現場からの報告にも。
なんというか、魔法……? みたいな?」
魔法……か。
うむ。現代っ子にとって、その表現は十分なほどにわかりやすい。
そして毎期の深夜アニメを細かくチェックし、ゲームにおいても結構な数のRPGをこなしてきたわしにとっても。
というか、それなんじゃ。
どうにもわしの武威センサーが3人の敵からそのような武威の放出……? うーん、『魔法』のように作用しておるという以外に、説明するのがむしろ困難な武威の動きを伝えてきておる。
敵の体から放出された武威の塊が、形状や移動速度に何らかの意思を持っておるような動きをして味方の兵に襲いかかっておる。
端的に言えばそんな感じじゃな。
「なるほどね」
あかねっち殿の言に腕を組みながら頷き、そして長机の上に並んでおるモニターに注目する。
各戦場に展開されたドローンから送られてくる映像には、やはりそれを思わせる敵の攻撃と味方の回避行動が見て取れた。
うん。明らかに法威とは違う怪しい技術。
これ、実際に現場に行ってみないことにはその詳細はわからないけど、この技術により三原や頼光殿、果てはあの華殿ですら苦戦を強いられておる。
でもなんでじゃろうな。
中国は……基本的にあの国はわしらのように仏教が広く伝わった地のはず。
いや、その他の宗教が過去数千年において、幾多の宗教文化が栄えてきたであろうことも理解できる。
でもそれは地域に密着した小規模な宗教であり、やはり大規模に広まったのは仏教じゃ。
さすればわしらのように武威を基本とし、そこに法威の技術を応用するのが、自然な戦い方の……いや、待て。
道教じゃな?
道教――正確には道術というファンタジーじみた技術が中国にあるのは、以前から知っておった。
まぁ、そんな技術が実際にあるかどうかは別として、そういうファンタジー的な概念が中国の映画や物語の類にちょいちょい登場してくるのは知っておったのじゃ
わしらの武威や法威もファンタジーじみておるがそれはいまさらとして、やはりわしらの操る武威や法威――特に法威の代わりに敵が道教の技術を用いておるとなれば、この不可解な武威反応や戦場で今戦っておる味方たちの苦戦も納得がいく。
しかし、それもやはり実際に目にしてみないことには、わしとしても何とも言えん。
やはり……わしも出るか?
でもその前に……
「馬超、黄忠は?」
三国志時代の蜀と言えば、有名なのが五虎大将軍。そのうちの3人が攻めてきたとして、気がかりなのが残る2人じゃ。
そしてわしはあらためてノートパソコンのモニターを見る。
その隣からあかねっち殿が答えてきた。
「いないわ。今回の敵はこの3人だけ。でも……見てわかるでしょ? 強すぎるのよ」
ドローンから送られてくる映像でもわかる。あの華殿が味方と連携しながら攻めておるのに、敵に押されているほどの状況。これ、周りの味方が全員やられたら、サポートを失った華殿も負けるんじゃ? ってほどに強い。
でもたった今あかねっち殿が言ったように、敵は3人だけのようじゃ。
ならばわしもすぐさま戦場へ行こうぞ。
……と思ったんだけどさ。
「華ちゃんが戦っているのが趙雲。三原コーチの相手が関羽。そして頼光さんたち出雲チームの相手が張飛よ」
待て。そういえば、なんで相手の名が判明しておる?
相手が名乗ったのか?
でもそれは古代中国語のはず。なぜそれを聞き取れたのじゃ?
「え? ちょっと待って。そういえばこの相手、自分から名乗ったの? 中国語を? よくわかったね」
「いえ、違うの。相手が話していた言葉は日本語なのよ。おかしくない? 中国の将軍なのに……」
「え? なんでじゃ? おかしいじゃろ? 中国の将軍なのに!?」
おっと。言葉がぶれた。まぁよいか。
「知らないわよ! でもそう言ったんだもん!」
あと、あかねっち殿の疑問にそのまま疑問で返してしまったため、若干あかねっち殿の声が荒ぶったけどそれもいいとして……うーむ。これにも裏がありそうじゃな。
でもここでじっとしているのもそろそろ限界じゃ。
とりあえずはわしも戦場に行って、そしていろいろと調査をせねばな。
それと、さすがのあかねっち殿も限界のようじゃ。
というより記憶残しではないあかねっち殿が、その若さでむしろよくここまで頑張ったというもの。
ここから先は前世の記憶を持ち、戦場の指揮経験に富んだわしか吉継が総大将の役を引き継ぐべきじゃろう。
そしてもちろん、現場に行くのはわしじゃ。
「よし、わしが華殿のところへ行く。吉継よ、ここをまかせてよいか?」
「うむ。兼続と左近の2人は?」
「それじゃ私たちは三原コーチのところへ」
「こ、この国を守る熱き……こ……こぶし……に博多ラーメンのおも、想いを乗せて」
よくわからんよみよみ殿のセリフはスルーするとして、わしらは会話を進めながらそれぞれの武器とイヤフォン型無線機を装備する。
わしはもちろん金属バットと、こっそり拳銃を懐に忍ばせて。んであかねっち殿はきらりと輝く日本刀を腰に携え、よみよみ殿は総合格闘技的な四肢の武具を装着した。
「あっ、あと吉継は源平同盟と相甲駿の三国、それと上杉にも救援要請を頼む。氏直に連絡すれば即座に各勢力が動いてくれるはず」
「あいわかった。でも三成よ? 家康はどうする? あやつを守るべき配下の者共が世界の果てでサッカーの大会中だが?」
もろもろの指示を吉継に伝え、対する吉継からもこれといった反論はなかったので、追加の戦力については問題なし。
唯一、徳川家康たる康高について吉継が聞き返してきたけど、その問いに対してわしはにやりと笑みを浮かべる。
「康高も呼んでくれ。ふっ。もはやあやつも立派な戦力。徳川の4人がおらんでも、この戦いに投入するに十分じゃ」
ふっふっふ。
わし直伝のスタッドレス武威。あと、わし同様に金属バットを用いた接近戦。
そこら辺をしっかりと教え込んだ康高は、本来持っていた家康としての武威も含めて、十分なほど力になる。
ついでに言うと、冥界四天王の過保護とも言えるほどの扱いはむしろ邪魔だったので、それがあの4人をドバイにおいてきた理由でもあるのじゃ。
そしてわしがスタッドレス武威を授けたのは康高と綱殿だけではない。
今しがた話題に挙がった後北条家の氏直。
くっくっく。あやつと康高にコンビを組ませ……いや、そこにわしと綱殿を加えれば、長年の夢じゃった4輪駆動が完成する。
地を這う機動戦闘部隊の初陣じゃ!
「光君、何にやついてんの? そんな状況じゃないでしょ!」
「いや、別に……でもこの戦い、ここから反撃開始だよ!」
「そうね。気合入れていきましょう! よみよみも準備オッケー?」
「う、うん。だ……大丈夫……!」
なにはともあれ、それぞれの戦闘準備は万端。
「よし、行きましょ!」
あかねっち殿の掛け声にわしとよみよみ殿が頷き、各々戦場へと向かって跳躍を開始した。
福岡にあるドーム型球場から東へ一直線、跳躍やスタッドレス武威を駆使し、わしはすぐに福岡空港とやらの滑走路へと到着する。
途中眼下にはおびただしい数の民草が倒れ、そのほとんどが動かずにおった。
圧倒的な破壊を受け、街そのものが悲劇に包まれておるようじゃ。
「ちっ……!」
またしても生まれた苛立ちを無理やり心にとどめつつ、わしは滑走路の中心に視線を向ける。
華殿と毛利勢が敵と激しい戦いを繰り広げ、しかしながら周りは大型の旅客機が離発着できるほどに広い。
大都市にこれほどの土地があればわしらも思う存分暴れられるし、むしろ華殿は――そして華殿を指揮しておったあかねっち殿は敵をわざとこの場所に誘導させながら戦っておったのじゃろう。
そこらへんにうっすらと気づき、しかしながら華殿たちを褒めている場合でもないので、わしは着地とともに周囲に下知を出した。
「石田三成じゃ! ここからはわしと、わしの妻が受け持つ。毛利の者は敵の周りに包囲を敷いてくれ!」
「お前様ッ! くっ! やっと……」
まずわしの大声に反応したのは50メートルほど離れたところで戦っておる華殿。
一瞬遅れて周囲の毛利勢から声が返ってきたが、それを認識する前にわしは敵との距離を詰める。
相手は趙雲。三国志に名を残す強兵にして、それにふさわしい武威を放っておる。
とはいえ体躯はそれほど大きくなく、180に達するか否かといったところ。顔も面長の優男で後頭部に束ねた艶髪は腰まで届いておる。
年齢は20代後半といったところか。一見するとそこらのモデルか俳優でもいけそうな外見じゃが、両の手で操る薙刀(なぎなた)? いや、あれは矛(ほこ)というべきか……?
槍でもなく、薙刀でもなく――古代中国にて用いられたであろう武器を持つ姿はやはり武将の類じゃ。
そして訓練されたしなやかな体つきは、華殿の蹴りをかわす身のこなしとともに、わしの瞳にその危険さを伝えておる。
「せい!」
とまぁ、相手の姿を実際に確認しつつも、わしはさらに距離を詰めることにした。
ちょうど蹴りを放っていた華殿の体が宙に浮いていたため、その下をくぐるようにスタッドレス武威を駆使し、と同時に左手に持ったリボルバー式の拳銃からあいさつ代わりとばかりに一発お見舞いじゃ。
「ぐっ!」
いや、こやつ! わしのとっておきの1発を腹部に受けながら、それに耐えやがった!
まじか……!
……いや、そうじゃろうな。
この男、華殿の蹴りを何発か受けておる形跡がある。ノースリーブのゆるいTシャツから伸びた腕の各所に軽い青あざが確認できるのじゃ。
それはつまり華殿の破壊的な蹴りを回避だけではなく、実際に両の手で受けながらもそれに何度か耐えたということ。
にわかには信じられんが、そう理解するしかあるまい。
「げほっ……新手か……?」
わしの一発を受け、敵は苦しそうな表情を浮かべつつも、矛をぶんぶんと振り回した。
その頃にはわしも華殿も敵から10メートルほど離れておったので、意味はない。
と思ったけど趙雲が矛を振り回すたびに、武威の塊が攻撃的な刃となり迫ってくる。
「くっ……これが例の……!」
これこそが道術による特異な攻撃なのじゃろう。
武威は体から自然に放出できるもの。法威はその量や質、放出速度などを制御できるもの。
それらと比較し、明らかに特殊過ぎるこの武威の動き。
この際、これを“道威”とでも名付けようか。
んで、名前などどうでもいい。
ではその道威とはいったいどのようなものなのか?
それについてはわしはすでに分析を終えていた。
あかねっち殿から伝えられていた“魔法みたい”という感想。
それに加え、現世においてわしが新たに会得しておる――というか父上の仕事の手伝い的なこと――というか幼き頃にわしの貧しい懐事情を改善するために当時会得したパソコン関係の知識が効果を発揮し、割と早く道威の仕組みを解明することができたんじゃ。
つまりこれは、“武威にプログラム的な指示”を付随させる技術じゃ。
もちろんその効果がどれほど複雑なのかはわからん。
しかし体から発する武威に何らかの効果を付与することができ、それはつまり武威にプログラムを埋め込んでおるということじゃ。
たとえばこやつは矛の振りによって武威の塊を放出し、その武威には“切れ味”という効果をプログラムさせておる。
これを“飛ぶ斬撃”と認識すれば、理解しやすかろう。
加え、体を守る武威にも“鎧”としての効果を付与しているのじゃろうな。
実際に敵と相対することでわしの武威センサーがさらに精度を高め、敵の体に一回り大きな武威の層ができておることも認識しておった。
体を包むようなその武威の層は密度的にもかなり凝縮されており、各関節の部分だけ若干その武威反応が弱い。
視覚で確認出来たら、それこそ鎧をまとっているように見えるのじゃろうな。
しかも厄介なことに、その武威の鎧は体から常に“放出”されているわけではなく、体の周りに長く“存在”しておる感じじゃ。
武威の放出はこの術を発動する最初の時か、またはこちらの攻撃により破損した部分の修復に当てるときのみ。
武威の放出を常に続けなくてよいという点では、持久力的にも多大な効果をもたらす可能性がある。
「ほんとやっかいじゃな……」
うーむ。弱点はおそらく関節部分。
でもそこを守る武威も決して弱くはない。
と敵の“飛ぶ斬撃”を少し距離をとりながら回避しつつ、同時に武威センサーにて観察しておったら、今度は今までとはまた違う違和感を発する武威の塊が迫ってきた。
なんか嫌じゃな。大きく回避しようぞ。
「華ちゃん! 大きく避けて!」
「えっ? あっ、うん!」
そしてお互い迫りくる武威の塊から大きく回避。その武威は一瞬前までわしらがいたところで大きく爆発した。
「ちっ!」
敵が悔しそうに短く言を発するけど、わしも同じように言うわ!
「ちっ!」
今度は時限爆弾的な武威の放出じゃと?
ぐぬぅ……これもこれでめっちゃ面倒じゃ。
わしは武威センサーでなんとかその違いを感じ取れるけど、さらに追尾型とかの機能が付随されておる武威の塊を放ることができるならば、もはやまともには近づけん。
といっても、そこはわし。
先も言ったように武威センサーの違和感でそこらへんの違いをなんとなく感じ取れるし、なんといってもこちらの拳銃だってある意味“とてつもない破壊と貫通”というプログラムを仕組んだ武器と言えよう。
というか今気づいた。わしの拳銃とそこから発射される弾丸の桁違いな威力。これってそういう仕組みだったのかもしれんな。
わし、気づかぬうちに道威とやらを利用しておったということか……?
んで、そんな敵の多種多様な斬撃にもふっつーに応戦してきた華殿。こっちはこっちでレベルの違う武威を操っておるゆえ、こんな強敵と互角の戦いを続けてきた。
うーむ。さすれば、ここはさらにもう少しの時間を敵の分析に充てるとするか。
敵の攻撃パターンについてはなんとなくわかった。んで今度は防御力の調査じゃ。
他の戦場が気がかりじゃが、あっちはあっちで三原と頼光殿がおるんじゃ。百戦錬磨の分析力で何とかしてるじゃろう。
まずは適度に距離をあけつつ、こっちも中距離攻撃じゃ。
ぱんッ!
ぱんッ!
ぱんッ!
ぱんッ!
ふっふっふ。今のわしは拳銃の細部に武威を送り込み、それを精密に制御するまでの時間を限りなくゼロに近づけることができるようになったのじゃよ。
ゆえの連射なのじゃが、これには敵も警戒し、武威の充満したぶっとい矛で弾丸を綺麗に受け流した。
うーむ。いや、普通に驚くべきなのじゃが、華殿の蹴りにも匹敵するであろうわしの弾丸をここまで見事に防御しきるとなると……こっちもこっちで若干凹むな……。
と少しのしかめっ面でスタッドレス武威を発動し、左に展開した華殿とは逆――つまり敵を挟む形でわしは右へと移動する。
「くそっ、また厄介なのが出てきやがったな……!」
左右を挟まれたことで敵が警戒を上げつつも口を開いたので、わしはここぞとばかりに問いかけることにした。
「なぜこの国の言葉を操れる?」
「この体はこの国で生まれたからな」
”この体”?
なんじゃその表現は?
そこにも違和感があるぞ?
「貴様、本当に趙雲か?」
「あぁ、そうだが?」
じゃあ趙雲がこの国の赤子として転生して? いや、その感覚もなんか違和感じゃ。
「そもそもおぬしの見た目は20代後半といったところ。なぜ今まで表舞台に出てこなかった?」
「この体に入ったのは最近だからな。それまでこの体は普通の民として生きていた……はずだ」
「なぜこの土地の民を殺す?」
「くっくっく。知れたことを……この国を我が蜀の手中に収めるため……」
転生ではない。憑依? 降臨? よくわからんな。でもそんな技術を新田殿から聞いたことはない。
くそ。新田殿が存命なら何らかのヒントを得られそうなもんじゃがそれは叶わぬ。
でもこの短い会話で確実にわかったこと。結局は外国勢力からの侵略者じゃ。
それを再認識し、わしは趙雲のさらに向こう側にいる華殿に向かって大きく叫ぶ。
「中距離攻撃に注意して!」
「そんなことわかってるわよ。つーか、それが邪魔でなかなか間合いが……」
そうじゃろうな。基本華殿の攻撃は超接近戦のみに有効じゃ。というかこの国の武威使いのほとんどはそういう戦い方じゃ。
距離をおいてなお、敵に有効な攻撃を仕掛けられるのは、わしと……あと人間以外の生物を……特に昆虫の類などを操れるカロン殿ぐらいか……?
でもそのカロン殿ははるか遠くの地で大事なサッカーの大会中。今現在、冥界四天王を戦力として考えられないのは仕方ない。
うーむ。
こうなってくると、さすがになかなか――いや、かなりの苦戦と言えよう。
さすれば……考えることは1つ。
作戦変更じゃ。