わしが前線基地に戻ってきておよそ2時間。敵が北九州市を通り過ぎ、そして本州と九州をつなぐ関門橋なる大きな橋まで移動していた。
途中、国道3号の両脇にはおよそ500メートルに及ぶ緊急避難命令が下され、敵の移動に合わせてその適応地域を移動させていく。
だけど北九州市の市街地を移動中の時のみ、吉継たち3つの小隊が一斉に動き、三方から敵を囲んでいた。
国道から左右の道に逸れることを許さず、後ろからもぐいぐい追撃していく感じじゃ。
その頃には関羽たちも疲労の色を隠せず、ふらふらしながら足を進めておった。
だけどやつらの道威はやはり強力じゃ。今にも倒れそうな状態にもかかわらず吉継たちの攻撃を退け続け、結局3人揃って関門橋の入り口まで到達させてしまったわ。
まぁ、それも含めて想定の範囲内だけどさ。
その持久力……? 武威の鎧の耐久力……? それらを実際に見せつけられると、こちらとしても悔しい思いもある。
とはいえ、わしらも悔しさに耐えながらじっとしていたわけではない。
前線基地の指揮系統の装備や各種ドローンの操縦者、そして治療や休養のためにテントで寝ていた兵などを自衛隊の艦船に移動させ、そちらを作戦本部とする。
この際イージス艦を一隻、さらには駆逐艦や護衛艦を数隻という、艦隊規模の戦力を拝借することができた。
流石は利家殿。そしてそれを手配した氏直の手腕じゃな。
でもこの2時間で大きく変わったことと言えば、鬼ジジイの体調だろうな。
体調というか、疲労というか。体そのものには大きな傷など負っていなかったものの、流石に鬼ジジイにも強力な睡魔が襲ってきておる。
そしてその口から出る指示も眠そうな口調に変わり、前線で敵を追跡していた吉継たちから聞き返されることが多くなった。
なので、そろそろ鬼ジジイは交代じゃろう。
運のいいことにこの鬼ジジイの甥っ子なる者が数十分ほど前から起きており、鬼ジジイに呼び出される形でイージス艦の作戦司令室に入ってきた。
「よろしくお願いします、石田三成様。拙者、島津家久が子息、島津豊久と申します」
「あ、あぁ」
そう、鬼ジジイの弟である家久殿のご子息。島津豊久殿。
うん、そうじゃ。島津家において最も恐ろしいのは鬼ジジイなどではない。
この男……現代においても狂戦士(バーサーカー)として名高い、豊久殿じゃ。
もちろんかつての時代において、わしとこの男も多少の面識はある。あるというかこの男、伯父である鬼ジジイに付いて行動することが多かったので、大坂城内や朝鮮半島への戦役などに関連してわしと結構会っておる。
会っておるが……いや、多くは言うまい。
戦場で上げた手柄は数知れず。圧倒的な不利においてその形勢を逆転させたことも幾度となく。
もう九州においては本多忠勝レベルの猛将と言ってもいいじゃろう。
そして何を隠そう、関ヶ原の戦いにおいて島津の退き口の要となる“捨て奸”を実行し、その最中にとてつもない武勇を誇った人物としても有名じゃ。
結果、鬼ジジイはあの絶体絶命の状況から薩摩まで生き延びた。
わしその頃には敗軍の将として逃げ回ってたから実際には見ておらんけど、現世において調べ直してみるとその戦いっぷりはやはり狂乱。
うすうすは感づいておったけど、やはりこの者はあの時代においても抜きん出た武将でもあったのじゃ。
というか、わし怖い。
この子、クレイジーすぎて……しかも見た目は前世の美貌そのままに。それに見た感じの年齢は30代半ばぐらいだから、関ヶ原で戦没した30歳の頃の記憶も取り戻しておるはずじゃ。
つまり今わしの隣におるのはあの伝説じみた戦いを記憶に残す島津豊久そのものだと言っても過言ではない。
だからめっちゃ怖い。突然何を言い出し、何を始めるか。そういうのがまったく予想できないのがこの子なんじゃ。
いや、鬼ジジイと同じくこの豊久殿もわしとは西軍仲間でもあるから、味方としては信用してるんだけどさ。
「よ、よろしく頼む」
それゆえわしはこやつの挨拶に対して若干言葉を詰まらせてしまってんだけど、豊久殿はあくまで豊久殿であった。
「なんちゃって! あははッ! お久しぶりっス、三成殿! やっとゆっくり話せる機会がきたっスねぇ!
いや、今はそんな世間話してる場合じゃないってか! さてさて、追撃部隊はどうなってるっスか? あはッ!」
めっちゃフレンドリーにそう言いながらわしの肩に手をまわし、ぽんぽんと背中も叩いてくる豊久殿。
うん、こういう態度は別に嫌いじゃないからいいんだけどな。
つーかなんか雰囲気が華殿と似てるんじゃ。あと、こういうキャラは突発的におかしな言動を始めそうな不安を感じさせるんだけど、それはそれで変なテンションになったときの勇殿に似ておる。
だから……うーん、わしの本能がそう感じさせてんのかもしれんけど、やはりこの子、若干怖いな。
「う、うむ。久しぶりじゃな。元気そうで何よりじゃ。しかもその感じは……ちゃんと睡眠をたっぷりとったのだな?」
「えぇ、自分は結構早く戦線離脱してたっスから! 流石に無理しすぎたっス! くくッ!
でもその分しっかり寝て、今は元気いっぱいなんすよッ!
それより三成殿は大丈夫っスか? なんでも両腕に怪我をしたとか!?」
いや、待て。
なぜこれほどの男が早い戦線離脱を!?
いや、その原因はうっすらと分かる。
かつてない強敵、そんな関羽を前にしてこの男の血が騒がぬわけがない。
ここら辺は頼光殿と同じ習性じゃな。
戦いをこよなく愛し、そこに臆することなく突っ込んでいく。
強敵を前に、血沸き肉が躍る。まさにそんな状態の豊久殿。
おそらくこれは流石の鬼ジジイも止められまい。
んで、しかしながら関羽からしっかりと返り討ちにあい……それゆえの早期戦線離脱を余儀なくされた。
こんな感じかな?
そしてそれらの分析を踏まえて、改めて思う。
やっぱ怖い! この子、怖いって!
「だ、大丈夫じゃ。あと数時間もすればこの両腕も多少は動かせるようになろうぞ。それより作戦指揮を続けねばな」
「そうですか。それなら安心安心ッ! さてさて……んじゃ“釣り野伏せ”の第2章……行きましょうか! あははッ!」
何がそんなに楽しい?
いや、この感じなら豊久殿も今は戦場に出るのを諦め、ここでの前線指揮に注力してくれそうじゃ。
ならばとりあえずは安心しておいてもよかろう。
わしは「うむ、頼む」と短く言を返し、目の前のモニター類に視線を戻した。
今もなお空中を飛び回るドローンの映像から察するに、関羽たちは関門橋を50メートルほど進んだところ。
吉継たちはその後方200メートルほどのところで待機。
うーん。ここは下手に距離を詰めず、関羽たちが橋を渡り終えるまで動かぬ方がよいか。
と思ったけどさ。
わしの隣におる男は、やはりどこかおかしかった。
「んじゃあいつらがこの橋の真ん中ぐらいまで進んだら、橋を空爆して退路をふさぎましょうかね!
いや、3分の2ぐらいまで進んでから……? んでこっち側を空爆してもらってから、逆に山口県側も爆破して……その方がいいのかもしれないっスね……?
んで対海上用のミサイルを積んでいる船はどれでしたっけ? その船の艦長さんにお願いしないと!」
「え? なぜ?」
まずさ。この橋は本州と九州を繋ぐ重要な橋じゃ。物流というか、それを含めた経済的な視野から見ても、とてつもなく重要な橋。
それを躊躇することなく簡単に破壊すると言い出す思考回路が怖い。
あと、なぜに関羽たちの前後を爆破して壊す必要が?
「ん? なぜというと?」
「いや、とりあえずは……なぜ橋を壊す必要が?」
「はい。ただの嫌がらせっス」
はっきり言いやがったーッ!
「というのは冗談で。ふふッ!」
あ、そうなのか?
「もちろん敵を九州側に戻らせないようにするためっすね」
「んじゃ、橋の破壊はやつらの背後側だけでよかろう? なぜ本州側まで破壊する必要が?」
「えぇ。こういう場合、逆に前後を爆破した方が誘導作戦に気付かれにくいんスよ。
もうあいつらは本州を目指していますから、たとえ本州側の橋を壊されても、あいつらは何とかして本州側にたどり着こうとするはずっス。
ですのでこれはあくまで時間稼ぎ。ただの足止め程度だと認識してもらえれば」
橋の中央部にあえて3人を取り残させる。
なるほどな。後ろだけの破壊だと、それはつまり本州に行けと言っているようなもの。
逆に関羽たちの前後を破壊することで、この誘導作戦がバレないようにという、豊久殿なりのアイデアじゃ。
でも関羽たちが橋から飛び降り、泳いで本州側に移動を始めるという可能性も?
と思ったのでそれも聞いてみたが、聞いたのが間違いじゃった。
「その場合も空爆でバチコンやります。さすがにあの防御力ではこちらのミサイル類も効かないかと思うんスけど、あいつらが溺れ死ぬまで延々と空爆を仕掛けるっすよ。上手くいけば、わざわざ戦わなくても死ぬんじゃないっスかねぇ?
どんなに強くても呼吸ができなきゃ生きていられないでしょ?
ふふふ。死因の中でも溺死が一番きついと聞いたことがあります。苦しめ苦しめ! ぎゃっはっは!」
「……」
だからこの子、怖いってッ!
でもそこまでやっても懸念事項が1つある。
実はわしら、武威を使った身体強化により、水上を走ることができるんじゃ。
右足が沈む前に左足を。そんでもって左足が沈む前に右足を。
数百メートル程度ならわしらもそれで移動できるし、脚力最強の華殿ならその距離は十数キロに及ぶはず。
「いや、待て。
おぬしも試したことがあろう? わしらって水上も走ることができるぞ? その場合はどうするんじゃ?」
「もちろん考えてあるっス。艦隊を橋と平行に一列に並ばせて、その甲板から関羽たちに向けて機銃掃射・砲撃、その他もろもろを行う感じっスね。
船に備え付けてある対艦用の砲撃も連射しつつ、自衛隊員全員でやつらを狙ってもらえれば。
もちろん艦隊はやつらと十分な距離を取ったうえで。
でもまぁ、これも敵の体にダメージを与えることはできないとは思うんスけど、それで水上走行ぐらいは邪魔できるかと!
そしてバランスを崩して転んだところをさらに重点的に集中砲火で。バチクソくらわせる感じで! ふっふっふ!」
「うーん、なるほどなぁ」
執念ともいえる嫌がらせ。
でも関羽たちを簡単には本州に上陸させず、その過程でも十分に疲労させるというこの作戦の重要ポイントをこの男もしっかりと理解しておる。
なのでわしはここでやっと納得したように頷き、背後の机でこれまたずっと通信を制御してくれておった氏直に話しかけた。
「氏直? 聞こえていたであろう? 他の船の艦長殿にそのように伝えておいてくれ」
「はっ、すでにお2人の会話の要点をまとめて各艦の艦長にリアルタイムで伝えていますので、それぞれの艦も動き出しております。
とりあえずは橋と並行して400メートルの距離に一列に並ぶように移動を始めます。よーそろー!」
こっちもこっちで仕事が早すぎるぅ!
あと氏直。最後の一言はいらん。
海上自衛隊の船に乗ることができて――しかもそれがイージス艦ということで、氏直も若干テンション上がってねぇ?
まぁよいか。
その後、20分程の時間を経て、艦隊が関門橋と並列するように位置した。
甲板には隊員たちとともに、各艦に分散して乗っておるこちらの武威使い。
万が一やつらがこの艦隊に向かって、しかも船まで到達した場合の、それを迎え撃つ保険的な戦力じゃ。
そしてわしらのおる指令室のモニターにはドローンによる空撮映像とともに、でっかいモニターには艦橋から望遠カメラで撮影しておる映像も映し出された。
「ふっ、では行くっスよ! あははッ!
全艦、誘導ミサイルにて攻撃開始! まずはやつらの背後、九州側の橋を狙ってくださいっス!
打ち合わせ通り、A地点に誘導用のレーザーを当てて! んじゃ発射! はははははッ!」
とてもとても楽しそうな豊久殿の号令がマイクを通して全艦船に響き、攻撃が始まる。
まずは今現在関羽たちがいる地点と九州側の橋の終わり地点のちょうど真ん中あたり。
そこに誘導ミサイル3発にて1点集中の攻撃を行い、橋を崩落させる。
モニターから見える関羽たちの表情には少し困惑の表情が見て取れた。
この攻撃により九州への退路を塞がれる。それはつまり、関羽たちがやはり出雲への誘導をされているのかという疑念が生まれたゆえじゃな。
だけど次の攻撃目標は関羽たちの進行方向へ向けて。
「おぉー、やっぱ自衛隊の火力は凄いっスね! あはははッ!
ほいじゃお次! B地点いくっスよ! そーれ、発射ーっス!」
そろそろ豊久殿のよくわからん笑い声がウザくなってきたけど、それは我慢するとして――今度は本州側への攻撃じゃ。
この頃になると、噴煙や爆風の影響によりドローンが定点撮影できないので、映像がブレブレ。
ゆえに各艦に備え付けられておる望遠カメラによる映像でしか確認できないんだけど、この攻撃の結果、関羽たちは険しい表情をしておるようじゃ。
うむ、前後をふさぐということは、やはり出雲への移動も阻害されておるということ。
つまり先ほど一瞬だけ脳裏に浮かんだであろう誘導疑惑がこれにより払しょくされ、関羽たちはこの攻撃がただの足止めだと理解する。
隣で笑う豊久殿のチャラい雰囲気にも若干の不安を覚えておったけど、やはり敵を意図した地点へ誘導する為の心理操作はなかなかのものじゃ。
そしてその後も、やはりわしらの思惑通り。
前後をふさがれた関羽たちは、橋の上から飛び降り、海へと落下する。
やはり海上を走ることに決めたようじゃな。
「ふっふっふ! がんばれがんばれ! でもそう簡単に陸に上がらせはしないぞ? ふっふっふ!」
豊久殿、なかなかのドSじゃな。
この頃には周辺地域の駐屯地におった陸上自衛隊員が対戦車ライフルやロケットランチャー的な装備とともに、ヘリコプターにて各艦に到着。
これも例によって氏直の手配によるものなのだけど、艦艇に装備されている攻撃手段ならまだしも、海上自衛隊員の持つ個人用の銃火器では射程が届かない可能性があったので、射程距離の長い陸上自衛隊の装備を隊員ごと出動してもらったようじゃ。
うむ、こっちもなかなか有能過ぎて怖い。
だけどその効果も絶大で、海上を移動し始めた関羽たちにはさらなる攻撃が襲い掛かる。
銃弾や砲弾の嵐を浴びさせ、バランスを崩した者が水中に沈む。
もちろんその敵はしばらくすると浮かび上がって、再度水上走行を試みるが、それすらも容易にさせないようさらに激しい銃弾の雨あられ。
10数分後には関羽たちは走るのを諦め、泳ぐことに決めたようじゃ。
でもその間も攻撃は絶えない。溺れそうになりながらも泳ぎ、でも攻撃を受けては沈み。そして再度浮き上がり……。
そんな攻撃を延々と浴びつつ、1時間ほど経った頃に関羽たちがなんとか対岸へとたどり着いた。
「ちっ、結局仕留めることは無理だったっスね……」
わしの隣で血走った眼をしながら、豊久殿が悔しそうに呟いたけど、効果は十分。
関羽たちはさらに疲弊した感じで山口県の砂浜に倒れ込む。
だけどじゃ。それをモニターで確認した時の豊久殿の発言が、これまたおかしい。
というかいきなり変なことを言い出しおったんじゃ。
「よし、いい感じで疲れてるっスね。んじゃやはりここは俺たちが相討ちを」
「相討ち?」
「えぇ、『武士道というは死ぬことと見つけたり』。しっかり実現しないといけないっス」
何言い出したんじゃ、この子!?
「いや、落ち着け」
「ん? 自分、落ち着いてるっスよ?」
「じゃあなぜ相討ち? というか今から戦いに行く気か? ちょっと待ってくれ。そして説明してくれ」
わしが慌てて止めに入り、同時にいろいろと問うてみたけど、豊久殿の答えはやはりおかしなものだった。
「そもそもの話っスけど……我々島津勢はこの時代においても薩摩から全国へと勢力を広げることが目的だったんス。
しかし関東・関西はすでにあなたの手によって各勢力の同盟が成り立っていた。
まるで網の目のように複雑で、しかしながらそれゆえ全体的には堅固なつながりが……」
あっ、はい。わし、そのように活動してきました。
「そのため大きな戦などなかなか起きず、島津もその枠に入ってしまったっス。
あっ、いや、それも確かに素晴らしい功績っスよ? 流石、三成殿っス!
でもそれは自分らにとっては華々しく死ぬ場所がなくなったといってもいいっス。
だけどこの戦い。これはまさにうってつけの大戦(おおいくさ)。
ならば自分は……ここで死なないと!」
いやいやいやいや、まてまてまてまて。
怖い、怖いぃ!
必死に止める。止めるが……。
豊久殿の背後にはすでに7~8人程の手勢。おそらくは豊久殿直轄の部隊だと思われるけど、すでに戦いに出向く準備は万端じゃ。
「我々も死後のお供を!」
宗教かッ! いや、だからその考えが怖いんだってば!
「もちろんただでは死なないっスよ! そろそろあいつらも疲労困憊で武威も減ってきたはずなんで!
しっかり相討ちして、この時代でも我々の名を轟かせ……」
「ストップ!」
止めねば。
「まずじゃな。おぬしらに何かあったら、鬼ジジイに合わせる顔がない。
最終決戦においては皆に相応の覚悟を持ってもらう必要があるじゃろうが、今はそうではないんじゃ」
「何を根拠に?」
「わしの能力じゃ! おぬしも知っておろう? わしの感覚がいまだに敵の十分な武威を伝えておる!
まだじゃ! まだ最終決戦を仕掛けるには早い! それとな! さらに重要なことがあるんじゃ」
「重要なこと?」
「あぁ、この戦い……というか関羽たちを裏で操っておるものがおる。
だからおそらくこの敵3人を倒しても、戦自体はまだまだ続く。それなのにおぬしらが今あやつらと相討ちしても、それはただの戦死。大した武功にはならんのじゃ!」
「ほ、本当っスか?」
「あぁ、現時点ではそれがどこのどいつなのかは未確認なのじゃが、確実にそういう存在がおる。
そしていずれそやつと戦わねばならぬ。だから……だから今は我慢しろ」
「でも……」
「でもじゃない!」
「だけど……」
「だけどじゃない!」
「とはいえ……」
「とはいえじゃない!」
「しかしながら……」
諦め、悪いなッ!
「えい!」
もういい加減面倒になってきたので、わしは豊久殿の頭を引っ叩いた。
「いたッ! なにするんスか!?」
「いったん落ち着け! それでじゃな。おぬしの実力をわしは高く買っておる。その未来性もな。
もう一段階上の強さを手に入れる機会だってあるんじゃ。だけど今死んでしまってはそれは不可能。もったいないじゃろう!?」
「ちょっと待ってください。一段階上の強さ? なんスか、それは?」
「うむ、ここだけの話じゃ。でもおぬしには先に教えておこうぞ」
この戦いの後、全国の武威使いたちに法威を伝える。
さすれば、このような大陸からの侵略者が幾度となく襲ってこようとも、それに太刀打ちできるようになろう。
もちろん法威の技術を伝えることでわしらの優位性はなくなるが、わしらはさらに上の“道威”の技術を手に入れる。
どれだけの者が法威を会得できるかはわからんが、いや、この際道威についても各勢力の知識と知能を結集して分析し、それすら皆で会得するべきなのかもしれない。
まぁ、そこら辺の細かいことはあとで考えるとして、この計画において重要なのは各勢力に対するわしからの信頼じゃ。
でもわしもそろそろ皆を信頼してもいいのかもしれん。それだけの関係性を日ノ本全体の各勢力と築いてきた。
そしてその第1段階。この若者にも法威を授け、他の勢力にもそれを広める。
趙雲と一戦やらかしておる途中にも、わしはそういう計画を軽く思案しておった。
それゆえ今重要なのはこの戦いで少しでも戦死者を減らすこと。
今回はまぁ……最終決戦の時には法威を操れるわしの仲間たちを主力とするつもりじゃが、今余計な戦死者を出してしまっては、法威を教える人材そのものが減ってしまうのじゃ。
それは避けねばなるまい。
もちろん法威によってこれまで戦力の優位性を保ってきた出雲や京都の者がどう思うかも問題だけど、そこは頼光殿と何とか話を付けるつもりじゃ。
だからこその提案じゃな。
しかもこやつも決して向上心が低いわけではなかろう。
ならばここでさらなる成長を提示すれば、そのよくわからん“討死至上主義”も諦めてくれるじゃろう。
「それは……魅力的っスね……んじゃ仕方ないっス」
ほらな。
「それでは私の命と未来を……全て。そう私の人生の全てを、あなたに預けることにします!」
なんか言い方が怖い! そして重い!
だからこの子、怖いんじゃ!
「あ、あぁ。理解してくれてありがとう」
「いえいえ。んじゃやはり今は当初の計画通りしつこい追撃戦を……?」
「そうじゃな。よろしく頼む」
そして何とか豊久殿の説得に成功したわしは再度モニターに目を向ける。
橋の爆破とその後の激しい攻撃により発生していた水しぶきや空気の振動は収まっておったので、今度はドローンも綺麗な映像を送ってくれていた。
そこから見るに、関羽たちはやはり疲労困憊の状態で砂浜までたどり着き、しかも倒れたまま起き上がろうとはしていない。
んじゃ、どうするか?
どうせ場所は適度に広い砂浜だし、こっちには陸上・海上双方の自衛隊による集中砲火を続けるだけの装備も残っておる。
だけどここで九州側の沿岸で待機しておった吉継から無線が入った。
「三成よ、聞こえるか? ここらへんで一度敵の疲労具合を調査したい。わしらが威力偵察に行こうと思うんだがよいか?」
「ほう、それは重要じゃ。わしの武威センサーだけでは計り知れないやつらの今現在の戦闘能力。しっかりと調べておきたいな。
あいわかった。んじゃ海を渡る船をこちらで手配するから、それに乗って本州側へ行ってくれ。気を付けて戦えよ」
「ふむ、では艦艇の手配を頼む」
そして数分後――これもまた氏直による成果なんだけど、海上自衛隊の艦艇の中に強襲揚陸艦を持っていた船があったので、それを早速吉継のいる海岸へと行かせる。
世間的にはホバークラフトという、かっこいい乗り物として知られておるアレじゃ。
んで吉継たちを回収し、それらの船は本州側へと移動を始めた。