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第28話

 それから二日後。


 その日は午前中から、魔法学院の学舎と寮、ともに閑散としていた。

 生徒達にとって待ちに待った休日である。


 王都近郊に実家がある者は、久々に家族と過ごすために朝から外出している。他にも、友人や仲間と街に出かけていく者も多い。

 もちろん、外出するかどうかは生徒本人の自由だ。実家が遠い者や特に他所に用がない者は学院内に留まり、自由な時間を満喫している生徒も少数だがいる。


 休日なので、今日は一日中制服でいる必要はない。ジャスティーナは地味な茶色のワンピースと編み上げブーツを選んで身に付けた。その上に実家から持参していた、フード付きの黒い外套も羽織る。日が出て明るいので、極力目立つのを避けるためだ。


 自室から廊下を覗いてみたが、女子寮には人の気配はない。生徒達は早めに出かけたのだろう。休日の予定が楽しみなのか、昨日から足が地についていないようなクラスメイトも多く見受けられた。


 ジャスティーナは再び部屋に戻り、転移魔法で学院の森の中へ向かう。

 目を開けると、以前魔族の森から戻ってルシアンに再会した地点に立っていた。

(ここなら多分大丈夫。学院の建物からもだいぶ離れてるし、誰かが入ってくることもなさそう)


 今日はルシアンに黒竜ヴィムを紹介する日だ。

 昨日、この提案をルシアンは快く受けてくれた。彼も、ジャスティーナから話を聞いているうちに黒竜に対する脅威が段々と薄れてきたのだろう。

 むしろ、『やっと、君の魔獣召喚を見られるんだね!』と興味津々に言われたくらいだ。


(楽しみにしてくれているみたいで良かった。ルシアンに敵意を剝き出しにしないよう、ヴィムにもちゃんと言い聞かせたし)

 今朝、前もって一度ジャスティーナは自室でヴィムを呼び出し、今日ルシアンに会わせることを伝えた。

『ヴィム、いい? ルシアンに突然襲いかかったりしてはダメよ』

 ジャスティーナの言いつけをヴィムは少し不服そうに聞いていたが、拒みはしなかったので多分大丈夫だろう。


 召喚場所は誰もいないことが必須条件なので、森の中しかない。

 自室という選択肢も一瞬頭をよぎったが、いくら人の気配がないからといって女子寮にルシアンが入るところを誰かに見られないとは言い切れない。 

 ルシアンにはわざわざここまで来てもらうことになって申し訳ないのだが。


 外套から懐中時計を取り出すと、まだ約束の時間まで余裕がある。 

 ジャスティーナは辺りを見渡しながらゆっくり歩き出した。

 二日前、ヴィムと並んで座った岩が見えてくる。

(確か、この辺りだったわよね)

 ジャスティーナには確かめたいことがあった。

 それは、ここで聞こえた『……しい』というあの声。

 気のせいだと思ったが、なぜかとても気になって頭から離れないのだ。


(もしあれが本当に誰かの声なら……とても悲しそうだった) 

 あの場に他の人間がいたとは考えにくい。だとすれば、何かに宿った思念か何か、か。

 歩みを進めていくと、少し開けた場所に出た。地面は雑草に覆われ、ほんの僅かだが緩やかな丘のようにも見える。

(この森にこんな所が……)

 ここだけ周囲と雰囲気が違うような、不思議な感覚のする場所だ。


(……ここだけ空気が澄んでいるみたい。まるで神聖な所のようだわ)


 昔、両親に連れられ、王都の神殿を訪れた時の空気に似ている。

 この場所から聞こえたのだろうか。

 ジャスティーナは意識を集中させてみたが、声は聞こえない。

(やっぱり気のせい?)

 諦めて踵を返そうとした時。


『……行かないで』


 物悲し気な声が、耳に届きジャスティーナはハッとした。

 急いで丘の中心地点に向かうと、足元が固い。

(土じゃない……石?)

 しゃがんで確認する。雑草をかき分けると、予測通り大きな楕円形の石が指先に触れた。

(ただ地面に置かれているのではなく、誰かの手によってぴったりと埋められているような……)

 何だか不自然だ。

(まるでこの下に何かを隠すように……)

 ジャスティーナは何気なく石に手を置いた。

 次の瞬間。


『わたくしはこの身を呈してあなた様をお守りしたのに、なぜこのような酷い仕打ちを……!』


 若い女性の悲痛な叫び声が頭に流れ込んできた。

 同時に、ドクンッ!と強い衝撃波が手に伝わってきて、腕全体へと広がる。


 ジャスティーナは咄嗟に石から手を離し、慌てて後ろに飛び退いた。その勢いで地面に尻もちをつく。


(い、今のは何……!)

 呆然と自分の手のひらを見つめる。ビリビリとまだ痺れている。

(さっきの声は、この石に宿る思念みたいなもの……?)

 生きている人間の声ではないと直感したのは、それは耳から聞こえたのではなく頭に流れ込んできたからだ。

 つまり、この下に生きた人間が埋められているわけでないとわかり、ジャスティーナは少しだけ安堵した。

 誰かの墓なのかもしれないと思ったが、そもそもここは学院の敷地内だ。なので、その可能性は極めて低い。


(石に思念だけが残るなんて)

 過去にここで何があったのか。

 あれは誰の声で、『あなた様』とは誰を指すのか。

 なぜその声がジャスティーナに聞こえたのか。そして、あの強い波動は何なのか。

 わからないことだらけで、気持ちが落ち着かない。


 ジャスティーナは再び石に手を置こうとした。しかし、先ほどの痺れはまだ腕に残っていて、どうしても触れるのを躊躇ってしまう。

 その時、ザクッ、ザクッという微かな音がどこからか聞こえてきた。ジャスティーナは慌てて手を引っ込めて、振り返る。

 誰の姿も見えないが、先ほどと違い明らかに人の気配はする。

(ルシアン……? でも、地面を掘ってるような音ね……)

 急いでフードを被ると、広場から離れ木々に身を隠しながら、音のする方へ近づいていく。

 しばらく進んでいると、遠くに人影のようなものが見えた。

(あれは……ロレッタ様?)


 視界の先に、小さなスコップを手にしているロレッタの姿を捉えた。


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