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第29話

(こんな所で何してるのかしら)


 ジャスティーナは気配を消し木々に身を隠しながら、ロレッタに近づいた。

 地面を掘る音だけが辺りに響く。しかし、小さなスコップでは作業は捗らず、少しずつしか掘れない。

「あー、これじゃダメだ……」

 ロレッタは呟くとスコップを横に置いた。

 両手を地面に向け、目を閉じる。手のひらに意識を集中させているようだ。


 すると、地面がボコボコッと音を立てて盛り上がった。

 それは歪な柱のように、上へ上へと伸びていく。

(あれは土魔法……そういえばロレッタ様は土属性だったわ)

 ジャスティーナは何が起こるのか興味深く見つめた。


 土はどんどん盛り上がり、ロレッタの身長と同じくらいの高さに達しようとしている。

「え、えーっと……」

 ロレッタの焦った声が聞こえ、ジャスティーナもさすがにおかしいと思い始めた。

 先ほどまで彼女は地面を掘ろうとしていたはずだ。なのに、今は魔法で真逆の現象を引き起こしている。 


(まさか、上手く使いこなせてない……?)

 その間にも、土はロレッタより高く盛り上がっていき、バランスを失いかけた土の柱が、ぐらりと大きく揺れた。

 このままではロレッタが崩れた土の下敷きになってしまう。


「ロレッタ様、魔法を解いてください! そこから離れて!」

 ジャスティーナは叫んだ。 

「えっ、だ、誰⁉」

 突然飛んで来た声に、ロレッタはさらにパニックになってしまったようだ。両手を大きく振ってはいるが、冷静に魔法解除ができなくなってしまったらしい。

「危ない!」

 ジャスティーナは木陰から飛び出すと、動けなくなっているロレッタの腕を掴んで走った。


 背後でバラバラバラと音を立てて土が崩れる音がする。

振り返ると、先ほどまでロレッタが立っていた場所に新たな土の山が出来ていた。

 再び土が盛り上がっている気配はない。ロレッタが無意識のうちに土魔法の解除に成功したのだろう。


 ジャスティーナはホッとしてロレッタの腕を離した。

「いきなり驚かせてしまってごめんなさい。腕、痛かったですよね?」

「い、いいえ……」

 ロレッタはしばらく呆然としていたが、我に返ったのか勢いよく頭を下げた。

「こ、こちらこそ、危ないところを助けていただいてありがとうございました……! もし一人だったら、土に埋もれて自力では出られなかったかもしれません……!」

「ケガがないようで良かったですわ。ところで──」

 こんな所で何を、と問いかけてようとして、思わずジャスティーナは口を噤んだ。急に現れた自分こそ、ロレッタに怪しまれていないか。ただでさえ、最近ずっと避けられているというのに。


(同じことを聞かれたらどうしよう。散歩するにしては森深いし、ましてや魔獣召喚しに来た、なんて本当のことを言えるはずもないし……)

「あれは土魔法ですよね、あんな高さまで盛り上がる過程を、私、初めて間近で拝見しました」

 ジャスティーナは当たり障りのない発言に切り替えた。


「はい……。でも、ご覧の通り私は上手く使いこなせなくて……」

 ロレッタは沈んだ様に俯いたが、ハッと顔を上げた。

 急いで土が崩れた場所に戻り、膝をつく。

「ロレッタ様?」

 ジャスティーナもロレッタの後を追いかけた。すると、埋もれた土の下からロレッタが何かを掘り起こしている。

「あ、あった……!」

 ロレッタの顔に安堵の笑みが広がった。その手には小さな図鑑らしき本がある。表面は土に覆われているのでタイトルは読めない。


 表紙から土を丁寧に払うとロレッタは立ち上がり、再びジャスティーナに頭を下げた。

「あの、私がここで土魔法を使ったことは誰にも言わないでください……!」

「ええ、それはもちろん」

「では、失礼します……!」

「あ、あの……っ」

 ジャスティーナの呼び留めにも振り返らず、ロレッタはそのまま走り去っていく。


(……話せる機会というのはなかなか巡ってこないものなのね。でも、彼女が私と距離を取りたいと思ってるのに、ここで無理に追いかけても逆効果よね)

 ロレッタにケガが無かっただけでも良しとしよう。


(そろそろルシアンとの約束の時間だわ)

 ジャスティーナもこの場から離れようとした時。

 崩れた土の山の下に、布のような茶色の切れ端が見えた。

 気になったので、しゃがんで引っ張ってみるが、すぐには抜けない。

(これは切れ端じゃないわね……)

 ジャスティーナは地面に膝をつくと、その周囲を掘り起こしてみた。


 その布らしきものは小さな麻袋だとわかり、慎重に両手で引っ張り上げる。

(ロレッタ様の忘れ物? もしそうなら届けなきゃ)

 袋の表面についた土を払うと、その拍子で袋の口から中身が飛び出てしまった。

 慌てて拾い上げる。

 それは、やや厚みのある小さな書物のようなものだった。         かなり古そうだが表紙は革製で、しっかりとした作りだ。

(図鑑か何か……?)  

 表紙には何も書かれていない。ジャスティーナは不意に中を開いてみた。

(これは……⁉)

最初のページをめくった手が止まる。


 そこには、『魔獣の研究について』という文字が並んでいた。


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