「え?」
ロレッタは驚いて手を引っ込めようとしたが、ジャスティーナは手に込めた力を緩めなかった。
「もちろん同情ではありません。あなたの芯の強さに感服したんです。私に出来ることは限られているかもしれませんが、もし困ったことが起こったら相談してください。何かお力になれるかもしれません」
ロレッタはジャスティーナをじっと見つめていたが、次第にその目に涙を溜めていく。
「あ、ごめんなさい、困らせるつもりはなくて……」
今度はジャスティーナが驚いて、慌てて手を離した。
するとロレッタが涙を手で拭いながら、首を左右に振る。
「違うんです……母の死後、伯爵家に引き取られてから、そんなこと誰かに言われたのは初めてで……とても嬉しいんです」
「ロレッタ様……」
ジャスティーナは椅子から立ち上がるとロレッタのそばへ行き、彼女の背中を優しくさすった。
「すみません、急に泣いたりして……」
「謝る必要はありませんよ。泣きたい時は思いきり泣いた方がいいに決まってます」
ジャスティーナの言葉に従うようにロレッタの目から涙が溢れていく。
それからしばらく小さな嗚咽が部屋に響いた。
「もう大丈夫です、泣いたらスッキリしました」
数分後。
落ち着きを取り戻したロレッタが微笑んだ。それを見て、ジャスティーナも安堵する。少し前まで頑なな雰囲気を纏っていた彼女は、もうここにはいない。心の距離が近くなった表れだろう。
「あの、ジャスティーナ様……もしよろしければお願いがあるんですが」
「ええ、何でもおっしゃってください」
「では、その……私とお友達になってくださいませんか?」
「ええ、もちろん!」
ジャスティーナは満面の笑みで応えた。
「私もロレッタ様とお友達になりたかったんです」
「嬉しい……! あの、もう一つお願いがあるんですけど」
「何でしょう?」
「……出来れば、敬語と敬称無しでお願い出来ませんか?」
(ああ、そうよね。お友達だもの)
ジャスティーナは即、頷いた。
「ええ、わかったわ。じゃあ、あなたも私をジャスティーナと呼んで」
「いえ、それは出来ません」
「え……?」
「私、誰かに敬語で話されたり敬称をつけて呼ばれたりすることに慣れていないんです。何だか、妙に身構えてしまって素が出せないというか……」
「でも、それでは対等ではないでしょう?」
「いいえ、その方が私は落ち着くんです。あ、もちろんジャスティーナ様に距離を感じているとかではないので、お気を悪くされないでください。何と言いますか、私の性分なので……」
「その方が、あなたは落ち着くの……?」
「はい」
はっきりと答えるロレッタの顔からは、是非そうしてほしいという懇願の色が見て取れる。
(彼女がそうしたいと言っているのだから、ここで押し問答するより、素直に受け入れるのも友達の心得かもしれないわね)
それにロレッタの育って来た環境を考えれば、彼女の意見にも納得がいく。
「わかったわ。でも、もし少しずつ今の環境に慣れてきたら、私のことも敬語や敬称無しにしてね」
「はい……!」
二人は微笑み合った。
「ロレッタ、その本をこれからどうするの? また埋めてしまうの?」
「……わかりません。この他に、祖父からもらった本は幾つかあるんですけど、私、ここでの生活に慣れなくて独りぼっちで、ついこれらの本を持ち歩いてしまうんです。持っているだけで、温かい気持ちになれるので……。でも、それをアデラに見つかって、取り上げられそうになって」
「それで土に隠そうとしたのね」
「自分でも子供みたいなことをしているとわかってます。でも、土の中なら自分で掘り返そうとしない限り、ずっとそのままなので」
「そう……じゃあ、私の部屋に置くのはどう?」
「え?」
「ここでなら誰の目にも触れないし、もちろん好きな時に訪ねてらして」
「いいん……ですか?」
「ええ」
「あ、ありがとうございます!」
ロレッタは安心したように肩の力を抜く。
「じゃあ、あとで他の本も持ってきます。あ、ジャスティーナ様ももし興味がおありでしたら、お好きに読んでください」
「いいの? ありがとう!」
今度はジャスティーナが喜ぶ番だった。
「ロレッタ、さっき独りぼっちって言ってたけど、それは違うと思うわ。あなたを気にかけてくれる人はいるわよ」
「え……? でも、私、入学してからあまり誰とも接することがなくて……」
「少し前、クラスメイトのライナスと話をする機会があったの。あなたのことを気にかけていたわ」
ライナスという言葉を聞いた途端、ロレッタの表情が強張った。
「……ライナス様が?」
「昔からの知り合いなの?」
「……はい。でも、私はあの方に気にかけていただく資格はないんです」
「どういう意味? 向こうはとても気にしていたようだけど」
「……私はあの方をひどく傷つけたんです。母が亡くなった時に」
ロレッタは虚ろな目で、ポツリと呟いた。