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第42話

 ロレッタとエノーラが一緒にいたということが事実だとしたら、誘ったのはエノーラだろう。いじめられていたロレッタの方から加害者側のエノーラに声を掛けるとは、どうしても考えにくいからだ。さらにロレッタの大人しい性格を考えると、エノーラに無理に付き従わされている可能性が大きい。 


「エノーラ様のお部屋には誰もいなかったんですか?」


 ジャスティーナの問いに、オーレリアは焦りの表情を浮かべて頷いた。


「はい……。カギがかかっていて中には入れなかったので、ドアの外から気配をうかがったんですけど、静かなままで……。ここにもいないといことは一体どこに……。ああもう、どうしたらいいの。今日の試験は二人で受けないと意味ないのに……! どこを探したら……」


 オーレリアは不安気に周囲を見る。彼女の心境はジャスティーナにも理解できた。 


 今回の試験は、二人一組で受けることが必須条件だ。もし体調不良やケガ、家族からの急な呼び出しなどで受けることが難しい場合は、試験開始一時間前までに教師へその旨を伝えなければならない。棄権扱いにはなるが欠席とはならず、次回の実技試験で挽回することも充分可能だ。

しかしそれ以外の理由で相方が欠けている場合は無断欠席となり、どのような事情があっても問答無用で大きなマイナスの点数を与えられてしまう。つまり結果として、周囲と比べて評価に大きな差がついてしまうのだ。


 入学してまだ半年も経っていないのに、今の段階でそんな憂き目にあうことだけは避けたい。


「オーレリア様、落ち着いてください」


 ジャスティーナはドアに耳をくっつけて、中に人がいないかどうか確認してみた。だが、ここも無人のようで人の気配どころか物音一つしない。


「……いないようですね。どこに行ったのかしら」

 ジャスティーナの胸中の不安の色は、さらに濃さを増していく。


(もし誰もいない場所でロレッタに危害でも加えられたりしたら……!)

 自然と思考も悪い方へと向かってしまう。

(一刻も早く見つけなきゃ……!)

 それに、棄権しようにもその届け出の刻限はとっくに過ぎてしまっている。


「とにかく探しましょう。図書室や食堂や教室など」

「それならさっき探しましたが、誰もいませんでした」

 オーレリアがきっぱりと答えた。


「もちろん学舎裏もいなくて。探し回っている私を不思議に思った人が、ロレッタの部屋の前に二人がいるところを見たと教えてくれて。それでここまで来たんですけど」

「二人はどこに向かったのか、心当たりはありませんか?」

「……さあ……あ、そういえば」


 オーレリアは考え込んだが、すぐにハッとした表情で目を開く。


「最近エノーラから話を持ち掛けられて……」

「どんな話を?」

「……ジャスティーナ様は旧学舎のことはご存じですか?」

「旧学舎……?」


 それは、老朽化に伴い使用されなくなった大昔の学舎だった建物のことだ。学院の森の中にあり、ここ数十年は手入れもされておらず荒れ放題で、辿り着くには生い茂る緑をかき分けて進まなければならないと聞く。校則でそこに近づくのは禁止されているのでジャスティーナも訪れたことはなく、生徒たちからも半分忘れ去られた存在となっている。


「ええ。緑に飲み込まれてしまった建物と言われているとか。行ったことはありませんが、そこがどうかしましたか?」

「……実は以前にエノーラがロレッタをそこに閉じ込めたら楽しそう、って冗談まじりに私に声をかけてきたことがありまして……」

「えっ⁉」


 思わずジャスティーナの眉間が寄る。するとオーレリアは慌てて首を横に振った。


「も、もちろん私は断りました! だって、そんな所に行くだけで服が汚れそうで嫌ですし、虫が出そうで気味悪いし。それに、夜になると誰かの呻き声が聞こえるとかいう噂も聞きましたし……」

 オーレリアは身を震わせた。彼女がそこに近づきたくない大きな理由はその噂なのだろう。


「エノーラ様は何度もその提案をしてきましたか?」

「いいえ……そもそも本当に冗談だったのか、私が頑なに拒否したからかは分かりませんが、それっきりです」

「次にアデラ様に声をかけた可能性は?」

「エノーラがアデラにその話をして誘ったということですか? ……どうでしょう、それは分かりませんが可能性は低いと思います。私たち最近、アデラと距離を置いているので……」

「そうですか……」


 ジャスティーナは納得した。やはり、三人の状況は以前とは違うらしい。

「……怖い気持ちはありますが、探していない場所は旧学舎だけです。お願いです、ジャスティーナ様。一緒に探してもらえませんか?」

「ええ、もちろん」

 オーレリアの懇願に、ジャスティーナは即答した。


 棄権することも出来ず時間もない以上、一刻も早く互いの相方を探し出さなければならないという切羽詰まった二人の目的は一致している。


(今はどこを探してもいなかったというオーレリア様の言葉を信じるしかないわ)

 ジャスティーナとオーレリアは急いで宿舎の出口へ向かった。



 オーレリアを先頭に、雑草や小枝を踏み分けて森の中を進む。時々服が汚れていないか気にしている素振りを見せるが、歩みを止めない様子から早くエノーラを見つけたいという気持ちが伝わってくる。


 これまで幾度となく学院の森に入ったことのあるジャスティーナも、旧学舎がある方へ行くのは初めてだ。


 しばらく歩みを進めると、ツタに覆われた高い外壁と、頑丈そうだが錆びついた鉄門が目の前に現れた。


「どうやら着いたようですね」

「ええ」


 すでに鉄門は人が一人通れるほどの幅に開かれていることに、ジャスティーナは気がついた。

「先に誰かが入って行った可能性は否定できませんね」

「もしかして、本当にエノーラとロレッタが……?」

「分かりませんわ。とにかく中に入ってみましょう」

「え、でも……やっぱりすごく不気味で……」

「ここまで来て急に何を言っているんですか。分かりました、今度は私が先に行きます」


 ジャスティーナが鉄門の中へ身体を滑り込ませると、オーレリアがびくびくしながら後に続く。

 腰の高さまで伸びた雑草をかき分けて先を急ぐ。


「ここが旧学舎……」

 ジャスティーナの目前に古い石で積み重ねられた建物の壁が見えてきた。外壁同様、ツタに覆われていて一見全体像は把握できないが、現在の学舎よりも小規模のように感じる。いつまで使用されていたのか分からないが、現役だった時代はここで学べる人数は今と比べてうんと少なかったのかもしれない。


 ジャスティーナが辺りを見渡すと、朽ちかけた大きな木の扉が視界に入った。

(この扉もわずかに開いてる……まるでさっき誰かが入ったみたいに)


 迷うことなく扉の中に入ろうとすると、オーレリアがジャスティーナの袖を引っ張った。


「え、ここに入るのですか?」

「もちろん。中にいるかもしれませんもの」

「でも……怖いです」

「じゃあ、ここで待っていてください。私が見てきますので」

「そんな……こんな所に一人で待つ方がよっぽど怖いですよぉ……」


 オーレリアは弱々しく声を出しながらも、ちゃんと後からついてきた。


 明かりがないため内部は薄暗い。窓を覆うツタの隙間から射し込むかすかな日光を頼りに、歩く度に軋む古い廊下を進む。


「ロレッタ、エノーラ様、いたら返事をしてください!」


 何度か呼びかけるが、ジャスティーナの声が広い空間に響いては消えてくだけ。

 すると廊下を半分ほど進んだところで、オーレリアが斜め前のドア指差した。


「ジャスティーナ様……今あそこのドアの中から、何か聞こえてきませんでした?」

「え?」


 ジャスティーナは耳を澄ませてみたが、何も聞こえない。

「何も聞こえないようですけど……一応調べてみましょう」


 床の木の板が抜けないよう気にかけながら、ゆっくりと指摘されたドアの前まで進む。


 ジャスティーナはそっとドアノブに手をかけて開けてみた。

 ギギ……と鈍い音を立ててドアが開く。


 中は窓がなく、ぽっかりと穴が空いたように真っ暗な空間が広がっている。

廊下の窓からわずかに差し込んだ光で足元がぼんやりと照らされると、正面下に向かって延びる階段が確認できた。


 どうやら地下へと続く階段のようだ。一歩足を伸ばせば、木の板がギシッと嫌な音を立てる。

 木製の階段はかなり古そうで足場は悪く、下りることを一瞬躊躇してしまう。


「音というのはこの下からでしょうか──」

 そう言いながらジャスティーナがオーレリアを振り返ろうとした瞬間。


 突然、ドンッ!と背中に強い衝撃を受けた。


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