ここは私が読んでいた『ドキパラ学園』小説の世界で。たぶん、私はただのモブ。
そのモブの私が、囚われているだろう前魔王様を見つけて、事情を話して、魔王の座を退いてもらうだけでいい。モブの私が、この物語を変えるわけにいかないから、囚われたままの魔王様を放置するのは可哀想だけど……聖女が助けてくれるから大丈夫!
――よし、ママに言おう。
気合を入れて、私はママを見つめた。
「あの、ママ。この……シュノーク古城に行きたい」
そう言って、地図の上に指を置く。すると、ママはその場所を見つめて、困ったような表情になった。
「エルバ……その、シュノーク古城がある場所は“人里”よ。人間たちが多く住む場所。私たち魔法使いや魔女を――恐れている。その人達に見つかれば、ただでは済まないわ」
「そうです、エルバ様……人は、僕たちに刃を向けます!」
アール君も、思わず声をあげた。
――人間への不信感。彼の表情からも、それが伝わってくる。
人に支配された大昔のこともある。魔法都市サングリアに住む魔法使い、魔女は詠唱なしで魔法を使い、独自の術式を編み出す。人とは異なる者、それが人々には“異端”に見えるのだろう。
(……本で読んだことがある、魔女狩り?)
人に見つかったら、何が起きるかわからない。
怖い……でも、あとに引けない。パパの命がかかってる。
「で、でも……ママ。このシュノーク古城に、前魔王様が“囚われている”可能性があるとしたら……?」
「え? 前魔王サタナス様がそこに? ……どうして、そんなことがわかるの?」
「…………そ、それは……」
――ここが、私が読んでいた小説の世界だから。
「ママ……これだけは約束する。どうして私が知っているのか――それは、必ず戻ってから話す。それと、もしシュノーク古城にサタナス様がいなかったら、すぐに戻るから」
「でしたら、ママ様。僕もついて行きます。命にかえても、エルバ様をお守りします」
「アール君まで……」
そう言って深々と頭を下げるアール君の姿に、ママは言葉を詰まらせた。
パパの命がかかっていること。
娘を危険に晒したくない想い。
そして、私とアール君の決意――その間で、ママはしばらく悩み……そして、静かに息を吸い込み、目頭を押さえた。
やがて、震える声で言った。
「……わかった、話は帰ってからね。エルバ、アール君。“特別に”許可します。……特にエルバ、“変わった薬草”を見つけても食べないこと。アール君、エルバを頼むわね」
「ママ、ありがとう。ちゃんと守る」
「ママ様、かしこまりました」
「いまから話すことも、ママと二人との“大切な約束”です。けして危ないことはしない、寄り道もしない、そして……絶対、無事に帰ってくること!」
その言葉に、私たちは力強くうなずいた。
「「はい!」」
「ママとの約束は、ぜったいに守りなさい」
念を押すようにママは言い、ようやく、私とアール君の旅立ちを――許してくれた。