結局次に目が覚めたのは、日がすっかり高くなった頃だった。
「本当にお昼だわ……」
「こんなにのんびり過ごすのはいつ以来だろう……」
私が驚いて呟くと、隣のルシウス様の目もあいていた。しかし、寝起きだということがわかる目だ。
思わず笑ってしまう。
いつも完璧に見えるルシウス様の、気が抜けている表情。見れるのが、凄くすごく嬉しい。
「おはようございます、ルシウス様」
「二度目のおはようだな。早くないけど」
ルシウス様の腕から抜け出し、大きく伸びをする。頭の身体も、スッキリとしている。
ルシウス様の体温は名残惜しいけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「……ルシウス様、そろそろ起きませんか?」
「そうだな……」
未だにシーツにくるまったままのルシウス様は、再び私の方へ腕を伸ばしてきた。力強い腕に、私はあっという間にルシウス様の腕の中に戻った。
「クローディア……もう今日はこのままここにいないか?」
甘く囁く声は魅惑的で、あっという間に誘いに乗ってしまいそうになる。その誘惑をぎゅっと目をつむり耐える。
「えっ、もうお昼近いですよ。ルシウス様午後から執務をすると……」
「……それが何だというのだ」
全然勝てそうもない。
「ほ、ほら、お腹もすきますし!」
「それなら、部屋に食事を運ばせよう。クローディアはお腹がすいていたんだな。気が付かなくて済まない」
「ち、ちがいます……!」
「くく、クローディアはすぐ顔が赤くなるな」
「ううう」
私はどうにか彼の腕を振りほどき、急いでベッドから抜け出すように試みる。
その時、突然、扉を叩く音が響いた。
「クローディアお姉様! いるんでしょう!? 開けなさいよ!」
聞き覚えがありすぎる、そして、この幸せの時間をあっという間に塗り替えてしまいそうな高圧的な声。
私は驚いて、扉の方を見た。
「……フラウ?」
私が呟くと、ルシウス様はいつの間にか起き上がっていて、私の手を握った。
人間の姿に戻っている。
「そうよ! 早く開けなさいよ、お姉様!」
身体がこわばっていくのを感じる。ああ、何故部屋まで来てしまったのか。
もう少しだけ、この時間を楽しみたかった……。
しかし理由はわかっていた。フラウは貴族だ。
公爵家の執事やメイドとはいえ、彼らは平民でしかない。フラウが通せと言えば、彼らは従うしかないのだ。
「大丈夫か」
「……はい。開けてもいいでしょうか」
「クローディアが望むなら。だが、今は君も公爵夫人だ、彼女の面会など断れる立場にいると、忘れないでほしい」
ルシウス様の言葉に、私の心は少し軽くなった。
フラウと会わなくてもいい。選択権はこちらにある。
とはいえ、彼女と会わないわけにはいかないだろう。彼女の憎しみを募らせるだけで、余計にルシウス様に迷惑をかけてしまう。
「ありがとうございます。出ます」
「……まあ、様子を見よう。後ろには俺がいるから」
私は震えそうになる手を抑え、ルシウス様を見上げる。私と目が合うと、ルシウス様は目だけで微笑む。
……きっと、大丈夫。
震えなくなった手で、私は扉を開けた。
「フラウ、こんにちは」
「お姉様………開けるのが遅すぎよ。こんなに私の事を待たせるなんて」
そこに立っていたのは、明らかに機嫌が悪そうなフラウだった。
「相変わらず、何もできないのね」
フラウは腰に手を当てながら、まるで自分が女王であるかのような態度で言った。
「私室まで来て、何の用なのかしら」
私はできるだけ冷静に尋ねたが、フラウは馬鹿にしたようにため息をついた。
「実家の事業の援助をしてほしいのよ」
……やっぱりそういう話だったのね。
私は無表情のまま、扉の縁に手を置いた。
「断るわ」
「はぁ!? 何を言っているの?」
フラウは驚いたように目を見開き、そしてすぐに苛立ちの色を濃くした。
前回もそうだったけれど、断られることをまるで想定していない行動は不思議すぎる。
……私とフラウは、良好な関係だったとはいえないのに。
それとも、彼女の中で私は一生奴隷のような存在なのだろうか。
「この間あんなにドレスを買っていたでしょう? この間も全く役に立たなかったし、生家の事を助けようとは思わないの? そんなに恩知らずだなんて、信じられないわ」
「私は今はビアライド公爵夫人なのよ」
「だから援助できるのでしょう? カリアン様と私が幸せになる手伝いをしたいと思わないの?」
「どうしてここに、カリアン様の名前が……」
あの時、確実にルシウス様に悪意を持っていた第二王子。驚いていると、フラウが馬鹿にしたようにつづけた。
「我が家と共同で事業をしようと言ってくれたのよ。資金が不足しているから、そこを出してほしいのよ。当然しばらくしたら軌道に乗るわ」
嬉しそうに、恋する乙女の顔をしたフラウに、思わず戸惑ってしまった。
彼女も、ただの少女なのだろうか。
「フラウ嬢。私に挨拶がないようだが」
動揺していると、肩に手がかかり上からルシウス様の冷えた声が聞こえた。
一瞬にして、空気が張り詰めた。
そのまま護るように私とフラウの間に割りいる。ルシウス様と目が合ったフラウは、動揺したように笑顔を作った。
「び、ビアライド公爵、いらっしゃったのですね」
ルシウス様は、ドートン伯爵家とは比べ物にならないほど高位の貴族だ。その威圧感は、たとえ言葉を荒げずとも相手に畏怖を与えるのに十分だった。
「見えなかった、と言い訳するつもりか」