「んん、……ふ」
二人の吐息がまじりあう距離で、見つめあう。
クローディアの目に涙がにじんでいる。上気した顔はぼんやりとしていて、とても可愛い。触れる肌がするするとしていたのが、じんわりと汗ばんでいる。
「るしうすさま……」
甘く甘く響く、声に我慢ができない。
もう一度キスをして、ぎゅっと抱きしめる。ああ、どうしてこんなに可愛いのだろう。
クローディアが来てから、すっかりと感情が乱される。
そして、それが心地よく、愛しい。
彼女を護りたい。
抱きしめたい。
一日彼女をただ抱きしめ、甘やかして、ベッドの上で過ごすのだ。
この後もずっと、自分の腕の中から逃がさずに……
「……っ」
苦しそうな声が聞こえ、ルシウスははっとした。
驚くほどに、クローディアのことを強く抱きしめていた。
するりと腕の力を抜くと、ルシウスが抱きしめていたクローディアの肌が、赤くなっていた。
白い肌に、ルシウスの腕の跡がついている。
……今、何を考えていた?
クローディアに魔力について試したいことがあると言われ、一緒に試していたところだ。
半裸どころではない彼女は、驚くべきことにそのままくっついて魔力を流してみたいと言い出した。
ルシウスは驚くべき自制心をもって、それを承諾した。
そして、それは出来ていたはずだった。クローディアの魔力が流れてくるまでは。
けれど、魔力が流れてきた途端に一変した。
……彼女の力の使い方が、わかった気がした。
身体的な接触。
これが彼女の力を発揮させるための、答えだとしたら。
身体への負担があるという記述も頷ける。その、濁した書き方。……濁すしかないだろう、聖女とうたう教会の少女のことをそんな風に使っていたなど。
吐き気がする。
……けれど、今の自分と何が違う?
その答えは、彼女を傷つけるかもしれないという一点で全く同じで、それ以外は全く意味のない事だった。
「クローディア、痛かったよな、ごめん」
「えっ、あ……だ、い、じょうぶ、です」
自分を取り戻したルシウスが謝ると、クローディアは慌てた様子で目を伏せた。
ルシウスに回していた手を所在なさげに、自分の身体に寄せた。
その戸惑った様子に、また抱きしめたくなってしまう。
けれど、駄目だ。
……俺は、クローディアを求める資格はない。
彼女の負担になるのは、間違いない。
ただの人間でさえ、きっとかなりの負担をかける。それなのに、自分は魔物付きだ。
それは大きな負担になるに違いない。
父の呪いは、大きかった。
ルシウスはビアライド家の為に、どう生きるのか決めなくてはならなかった。
父と向き合い、獣と向き合い……そして、クローディアを護っていける存在になりうるのかどうか、考えねばならなかった。
*****
次の朝。朝食後に伝えられたルシウス様の言葉に、私は目を丸くした。
「えっ。しばらくお休みですか?」
驚きのあまり、私は思わず言葉を繰り返してしまう。ルシウス様と言えば激務だ。ルシウス様が休むだなんて、考えたこともなかった。
だって、彼はいつだって忙しくしている。夜遅くまで執務をして、朝は誰よりも早く起きている。それが当たり前だったのに。
しばらくお休みとは何があったのだろう。大きな問題なのか。それは私も何か力を貸した方がいいのではないか。
そう思っていたら、ルシウス様は苦笑いをした。
「ああ、魔物寄せを使われたんだ。当然しばらく休みだろう」
「当然……? 今のところ、問題なく思えます」
ルシウス様は、今はすっかり落ち着いているように見える。それとも、どこかまだ良くないのだろうか。私が心配になっていると、ルシウス様は首を振った。
「この件は、カリアンが関与しているはずだ。……魔獣化して理性を失ったということはないということは伝わってはいるだろうが、情報をできるだけ与えないでおきたい」
「それは確かにそうです。じゃあ、ゆっくりですね」
「……ああ」
一緒になにかできるのかもしれない、と嬉しくなったが、ルシウス様は言葉に詰まった。
ルシウス様とはちょっとだけ距離がある。
……また、逃げられるのかもしれない。
わかってきた、ルシウス様は傷つけたくなくて距離を取る。それは彼の優しさだ。
けれど、遠ざけられた方がよっぽど傷つくのだと知ってほしい。
それに私はルシウス様と一緒に居たい。
わがままなのは知っている。自分よがりなことだとも。
けれど、母は私に力をくれた。自分が思い通りに生きられなかった分の願いを込めて。
私は……だから、もう少しわがままになろうと決めた。
すこし強引に距離を詰めることにした。
「それは良かったです! しばらく一緒に何かをして過ごしましょう。せっかくのお休みですし」
「……いや、やることが」
「えっ。お休みなんですよね」
「……執務は、する」
「普段よりはしないということですよね、お休みですもの」
「……いや、それは……」
ルシウス様は僅かに視線をそらした。ほんの少し困ったように眉を寄せるその表情が、なぜか子供のように見えてしまう。
私がじっと彼を見つめると、ルシウス様はゆっくりとため息をついた。
「……そうだな、俺の負けだ」
ルシウス様は両手をあげて敗北を示した。私はにっこりと笑った。
ルシウス様との一日を勝ち取ったのだ。