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73 欲望に抗えない

 何が起こったのか理解できないまま、目を瞬かせる。今この瞬間も、ルシウス様の顔がすぐそこにある。温かい吐息が触れる距離に。


「……クローディア」


 眉を顰め苦しそうな顔をしたルシウス様は、そっと私の身体を離してくれた。

 ゆっくりと離れていくルシウス様の唇を、私は呆然と見つめる。


 彼の表情は苦しそうで、けれど、どこか熱を帯びている。


「……ごめん、もう、我慢できなかった」


 ルシウス様の声が、耳元で低く響く。

 我慢、できなかった?

 ルシウス様の手が頬に添えられる。その指先が私の方を優しくなでる。そのまま、首に、肩に、そして背中を撫でていく。

 はだけたままの私の肌を、ルシウス様の手が降りていく。


「クローディア、俺……は、……嫌だったよな、ごめん」


 ルシウス様の声が小さく揺れる。

 嫌だった……のだろうか。

 私は自分の気持ちを確かめるように、そっと唇に触れた。確かに急な出来事だった。

 だけど、嫌なはずがなかった。


 私はルシウス様の事が好きなのだから。

 けれど、嬉しいと感じるよりも疑問が大きいだけだ。


「……発情期なのかも、しれないですね」


「クローディアの魔力は、確かにすごく……気持ちがいい」


「魔力は……」


 もしかしたら色を変える行為は、魅了のようなものなのかもしれない。

 密着に、気持ちよさ。そうして相手の心を開き、変えていく。


 そういうものだったのかもしれない。

 それなら、今のルシウス様の状態にも説明がつく。


「もう一度していいか?」


 ルシウス様が吐息交じりに、耳元で囁いてくる。甘い響きのそれは、きっと私の魔力が作り出したものだ。


「……はい」


 ぽつりと呟いた私の言葉に、ルシウス様は息を飲んだ、気がした。そして今度は、はっきりと私を求めるように、もう一度唇を重ねてきた。


 さっきよりも深く、そして、熱を持って。


 逃がさないとでもいうように腰を抱かれ、深く口づけられ、どうしたらいいかわからない。ただ、されるがままに身を預けることしかできない。


 けれど、ルシウス様の腕が私を抱きしめる力を強めるたびに、胸の奥がぎゅっとなる。


 もっと……もっと近づきたい。


 気づけば、私もルシウス様の背中にそっと手を回していた。そうすると、彼は一瞬だけ驚いたように体を強張らせ、さらに深く私を抱きしめた。


 唇が重なったまま、互いの温度が混ざり合う。


 心臓の音が、どちらのものかわからなくなるほどに、溶け合っていくようだった。夢のようなことに、私の胸はどきどきと大きく鳴り、頭がぼんやりとしてくる。


 抱きしめて、抱きしめられて、唇が重なる。好きな人がそばに居て、私の事を求めている。


 なんて、信じられないほどに、嬉しい時間。そして、信じられないほどに苦しい時間。


 ……私は、私の欲望に逆らえなかった。


 ルシウス様とキスをする。


 魔力のせいだとわかっていても、ただ、もう一度したかった。

 この求められている事自体が、私の力のせいだとしても。


 ……ルシウス様の感情を、私が、魔力で誘導した。

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