「はい?」
「それが、どれだけ無防備な行為かわかっているのか?」
何の話かよくわからずに、首を傾げる。
「ルシウス様となら、大丈夫です。私は信じていますから」
その言葉に、ルシウス様が大きくため息をついた。まるで降参したかのように、そうだなとつぶやきながらゆっくりと私の隣までやってきた。
「……もう好きにしろ」
「よかった! 何かしらの糸口があるといいですよね」
このひらめきに嬉しくなって、私はルシウス様の腕を引いて、ベッドの中へと引き込んだ。
「うわっ……!?」
不意を突かれたルシウス様は、崩れるように私の横に倒れ込んできた。私はすぐにルシウスの体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
ふわふわの毛の中に、ルシウス様の身体。半獣の姿はいつもより大きいから、ぎゅっとしてもぜんぜん後ろまで手が回りきらない。
泥棒だとしたら、あっという間に逃げられてしまう。
「……あったかいですね」
「……本当に、君は……」
ルシウス様はその言葉の続きは、何故か言わなかった。でも、きっとそんな悪い事じゃないだろう。言葉の響きが優しいから。
目的も忘れて、安心して彼の胸に顔を埋める。
「こら」
ルシウス様が私の頭を小突く。
「おっと」
すっかり、ただただルシウス様の体温を感じるだけになってしまった。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「無理はするな。何かおかしいところがあったら、すぐやめるように」
「はい。ルシウス様も痛くなったら教えてくださいね」
とはいえ、今ルシウス様の色はほとんど見えない。
私は、くっついたまま魔力について考えてみた。
魔力が通るのは何となく手を通して、と思っていた。魔法を使う時も手をかざす。そして、魔力の方向を決めている。
けれど、くっついた方が色には効いた気がする。
……感情は体の奥から出てくるものだから、もっともっと出来るだけ近づいた方がいいのかもしれない。
それに、回復魔法というくくりも邪魔だ。……きっと、色を変えるということは、かなり直接的な働きかけ、なのだ。原始的な。
私は少しだけルシウス様から離れてから試してみることにした。
ゆっくりと魔力を身体にまとわせるようにイメージする。それに呼応するように、じわり、と魔力が体の中から染み出るような気がした。
そもそも魔力だけで、ということがあまりわからない。
魔力や魔法自体ダルバード先生に教わるまではほとんど触れてこなかったのだ。
「……出来てる、かなあ」
自分としては出来ていそうな感じはするが、目に見えないのでよくわからない。
まずはくっついてみよう。
身体をぎゅっと密着させルシウス様を見ると、何かをこらえるようにぎゅっと目をつむっていた。
「ルシウス様? 大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……」
「ええと、なにか、感じますか? 不快感があるならやめます」
「あたたかくて、これは……なんというか、気持ち、いい、かもしれない」
どうやら大丈夫のようだ。
「わかりました。もう少しやってみます」
今度はもう少しだけ魔力を増やす。少しずつ魔力がルシウス様に浸透するように、ゆっくり、ゆっくりと。
色を見ると、少しだけ残っていた赤紫の色が、ゆっくりと青っぽい色に変わったきがする。
「……え?」
ほんの少しだけど、確かに変わっている気がする。
嘘じゃないか、見間違いかもしれない。私は疑いつつも、魔力の量が増えないように気をつけつつ、流していく
「……わ! やっぱり、変わっている気がする……!」
私は夢中になってぎゅうぎゅうと抱きしめる。糸口がつかめた気がしてうれしくて、だから徐々に魔力量が増えてしまった事に気が付かなかった。
「クローディア……!」
焦ったようなルシウス様の声で、私ははっと我に返った。
「あれ、あっ、ごめんなさい、つい、夢中に……! って、え?」
魔力を止め、慌ててルシウス様から離れようとするが、ルシウス様に抱き留められ全く動けない。
ルシウス様がじっと私を見ている。
「ルシウス様……?」
「クローディア。ちょっと」
何だろう。ルシウス様はまったく私の事を話してくれそうもない。
ただただじっと私の事を見ながら、名前を呼ぶだけ。
「もしかして、我慢してました……?」
「……ああ、凄く」
「! 大変! 魔力が不快だったのなら、すぐに止めたのに……!」
ルシウス様は軍人であり、高位の貴族でもある。圧倒的な精神力と自制心を持っているはずだ。
実際、色が見えないほどに感情を成業するのが得意なのだ。
ああ、まったく気が付かず、ルシウス様に負担をかけてしまった。
「本当にごめんなさい! すぐに離れますから……」
少しでも魔力が残っているかもしれないので離れたいのに、話したいはずのルシウス様の腕は全く動かない。
「全然、違う……」
「え……?」
「ルシウス様?」
呼びかけると、彼は一瞬だけ目を伏せた。そして、迷うような仕草をして——次の瞬間、私の肩をつかみ、ぐっと引き寄せた。
「っ……」
思わぬ動きに、ぎゅっと目をつむってしまう。
恐る恐る目を開ければ、ルシウス様の顔が、すごくすごく近くにあった。
けれど、それよりも……唇に、何か柔らかいものが触れた、気がする。
今のは……。