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72 我慢するルシウス

「はい?」


「それが、どれだけ無防備な行為かわかっているのか?」


 何の話かよくわからずに、首を傾げる。


「ルシウス様となら、大丈夫です。私は信じていますから」


 その言葉に、ルシウス様が大きくため息をついた。まるで降参したかのように、そうだなとつぶやきながらゆっくりと私の隣までやってきた。


「……もう好きにしろ」


「よかった! 何かしらの糸口があるといいですよね」


 このひらめきに嬉しくなって、私はルシウス様の腕を引いて、ベッドの中へと引き込んだ。


「うわっ……!?」


 不意を突かれたルシウス様は、崩れるように私の横に倒れ込んできた。私はすぐにルシウスの体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。

 ふわふわの毛の中に、ルシウス様の身体。半獣の姿はいつもより大きいから、ぎゅっとしてもぜんぜん後ろまで手が回りきらない。


 泥棒だとしたら、あっという間に逃げられてしまう。


「……あったかいですね」


「……本当に、君は……」


 ルシウス様はその言葉の続きは、何故か言わなかった。でも、きっとそんな悪い事じゃないだろう。言葉の響きが優しいから。

 目的も忘れて、安心して彼の胸に顔を埋める。


「こら」


 ルシウス様が私の頭を小突く。


「おっと」


 すっかり、ただただルシウス様の体温を感じるだけになってしまった。


「じゃあ、よろしくお願いします」


「無理はするな。何かおかしいところがあったら、すぐやめるように」


「はい。ルシウス様も痛くなったら教えてくださいね」


 とはいえ、今ルシウス様の色はほとんど見えない。

 私は、くっついたまま魔力について考えてみた。


 魔力が通るのは何となく手を通して、と思っていた。魔法を使う時も手をかざす。そして、魔力の方向を決めている。

 けれど、くっついた方が色には効いた気がする。


 ……感情は体の奥から出てくるものだから、もっともっと出来るだけ近づいた方がいいのかもしれない。


 それに、回復魔法というくくりも邪魔だ。……きっと、色を変えるということは、かなり直接的な働きかけ、なのだ。原始的な。


 私は少しだけルシウス様から離れてから試してみることにした。


 ゆっくりと魔力を身体にまとわせるようにイメージする。それに呼応するように、じわり、と魔力が体の中から染み出るような気がした。


 そもそも魔力だけで、ということがあまりわからない。

 魔力や魔法自体ダルバード先生に教わるまではほとんど触れてこなかったのだ。


「……出来てる、かなあ」


 自分としては出来ていそうな感じはするが、目に見えないのでよくわからない。


 まずはくっついてみよう。

 身体をぎゅっと密着させルシウス様を見ると、何かをこらえるようにぎゅっと目をつむっていた。


「ルシウス様? 大丈夫ですか?」


「大丈夫だ……」


「ええと、なにか、感じますか? 不快感があるならやめます」


「あたたかくて、これは……なんというか、気持ち、いい、かもしれない」


 どうやら大丈夫のようだ。


「わかりました。もう少しやってみます」


 今度はもう少しだけ魔力を増やす。少しずつ魔力がルシウス様に浸透するように、ゆっくり、ゆっくりと。

 色を見ると、少しだけ残っていた赤紫の色が、ゆっくりと青っぽい色に変わったきがする。


「……え?」


 ほんの少しだけど、確かに変わっている気がする。

 嘘じゃないか、見間違いかもしれない。私は疑いつつも、魔力の量が増えないように気をつけつつ、流していく


「……わ! やっぱり、変わっている気がする……!」


 私は夢中になってぎゅうぎゅうと抱きしめる。糸口がつかめた気がしてうれしくて、だから徐々に魔力量が増えてしまった事に気が付かなかった。


「クローディア……!」


 焦ったようなルシウス様の声で、私ははっと我に返った。


「あれ、あっ、ごめんなさい、つい、夢中に……! って、え?」


 魔力を止め、慌ててルシウス様から離れようとするが、ルシウス様に抱き留められ全く動けない。

 ルシウス様がじっと私を見ている。


「ルシウス様……?」


「クローディア。ちょっと」


 何だろう。ルシウス様はまったく私の事を話してくれそうもない。

 ただただじっと私の事を見ながら、名前を呼ぶだけ。


「もしかして、我慢してました……?」


「……ああ、凄く」


「! 大変! 魔力が不快だったのなら、すぐに止めたのに……!」


 ルシウス様は軍人であり、高位の貴族でもある。圧倒的な精神力と自制心を持っているはずだ。

 実際、色が見えないほどに感情を成業するのが得意なのだ。


 ああ、まったく気が付かず、ルシウス様に負担をかけてしまった。


「本当にごめんなさい! すぐに離れますから……」


 少しでも魔力が残っているかもしれないので離れたいのに、話したいはずのルシウス様の腕は全く動かない。


「全然、違う……」


「え……?」


「ルシウス様?」


 呼びかけると、彼は一瞬だけ目を伏せた。そして、迷うような仕草をして——次の瞬間、私の肩をつかみ、ぐっと引き寄せた。


「っ……」


 思わぬ動きに、ぎゅっと目をつむってしまう。


 恐る恐る目を開ければ、ルシウス様の顔が、すごくすごく近くにあった。

 けれど、それよりも……唇に、何か柔らかいものが触れた、気がする。


 今のは……。

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