「おはよう、クローディア」
目を開けると、微笑んだルシウス様がいた。
「わ! ど、どうして!?」
私が慌てて飛び上がると、ルシウス様は呆れたような顔をした。
「君はいつも、俺を翻弄してばかりだ」
「えっ。とんだ言いがかり」
「……どこが言いがかりなんだ」
翻弄されているのはいつも私だと思う。
私の言葉に、ルシウス様は眉をひそめた。その姿は獣人だ。
……だんだん、というか、すでにはっきり思い出していた。昨日はフラウがルシウス様に魔物寄せをかけたのだ。
「妹が、本当にごめんなさい」
「昨日も謝っていた。だが、君と妹は全く関係ないのだから。だが、俺からはもう一度お礼を言わせてくれ」
「そんな」
「本当にありがとう。クローディアが居てくれてよかった」
「……ありがとうございます」
ルシウス様のまなざしを感じ、じんわりと嬉しさが湧き出てくる。まずは、危機は去ったのだ。そして、ルシウス様の自我を、保つことができたのだ。
……今はそれで、良しとしようと思う。
必ず、色を変える方法は探すけれど。
「お身体はおかしいところはありませんか?」
「半獣の姿になっているが、自我を侵されるような感じはない」
色も、確かにほとんど見られない。赤紫はかなり薄くなっていたし、獣化しているために多少黒く見えるだけで、安定しているのが見て取れた。
見えたことによって、私もすっかり安心できた。
ルシウス様の胸に触れる。
ふわりとした感触。
「……服、着ていないですね」
「流石に下は着ている。それにこの姿の時はいつもこうだろう」
「そう、なんですが」
昨日の事を思い出し、恥ずかしくなる。そこまで思い出して、ハッとする。
「きゃっ」
私は昨日の姿のままだった! ほぼ裸の姿だ。
慌ててベッドの中に滑り込む。
「ふ、服を持ってきてください!」
「どうして?」
「え、ど、どうしてもです!」
「俺も同じような感じだからいいんじゃないかな、と思う」
ルシウス様はとぼけた素振りで自分の肌を撫でた。
「ルシウス様は毛を着ているようなものです……!」
もじゃもじゃだ。ずるい。
それにルシウス様は裸だとしても、筋肉が適度に憑いていてとてもかっこいい姿なのだ。人間だとしても半獣だとしても、誰もが見とれる姿なのは間違いない。
比べないでもらいたい。
「なんだその理屈は……」
ルシウス様はくすくすと笑う。私は恨めしい気持ちでルシウス様をにらんだ。
「元気なら食事にでもしようか。魔力切れだっただろう、今は魔力はどうだ?」
「ええと、……ん、問題なさそうです」
確かに魔力は全回復! とは言えないが戻ってきている。
魔力がないと動けないなんて、人間不思議だ。でも、今なら普通に走ったりもジャンプしたりもできる。
きっと。
服さえ着れば。
でもルシウス様がまったく持ってきてくれそうもないので、私はベッドから動けない。
「あ! そうだ」
ルシウス様の意地悪に、私は一つひらめいたことがあった。
どうしてこんな格好でいたのかと。
私はベッドの中で丸くなりながら、ちらりとルシウスを見上げた。ルシウス様は私の視線に気づいて、不思議そうに眉を上げた。
「どうした?」
「……ええと、昨日のことを考えていたんです。ただ回復魔法をかけるだけじゃ足りな息がして、ルシウス様にくっついて魔法をかけたら、効きが良かったような気がしたんです」
ルシウス様は少し驚いたように目を細めた。
私は昨日の事を思い出しながら、ゆっくりと話した。
「それで、魔力について試したいことがあるんです」
「試したいこと?」
私は意を決して、そっとルシウス様をベッドの中に手招きした。
「ルシウス様、こっちに来てください」
「……何をするつもりだ?」
「くっつきながら、魔力を動かしてみたいんです。今は回復魔法を使っていますが、くっついて魔力そのものを使うのはどうなのかな、と思って」
一瞬の沈黙の後、ルシウス様の大きな耳がピクリと動いた。彼は見たこともないような顔でまじまじと私の事をを見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「……くっつく、とは?」
「そのままの意味ですよ。ぎゅっと抱き合うんです。そしたら、魔力がうまく流れるかもしれません」
昨日は必死だったから、新しい方法なんて思いつかなかった。
けれど、何も回復にこだわる必要はない気がする。色は、私の魔力に反応しているのかもしれない。
もしかしたらうまくいくかも。期待感のまま、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。
しかし、ルシウス様はその場に固まったままだった。
全然近づいてこない。
「ルシウス様?」
「……えっ、な、なんだ」
普段冷静な彼が、こんなにもわかりやすく戸惑うとは思わなかった。
「ええと、大丈夫ですか?」
「……まさかとは思うが、本気か?」
「もちろんです! というかまさかってなんでですか」
ルシウス様が驚いているからすっかり面白くなって笑ってしまう。ルシウス様は驚いた顔を一瞬そらして、結局片手で顔を覆った。
「……あのな」