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71 試したい事

「おはよう、クローディア」


 目を開けると、微笑んだルシウス様がいた。


「わ! ど、どうして!?」


 私が慌てて飛び上がると、ルシウス様は呆れたような顔をした。


「君はいつも、俺を翻弄してばかりだ」


「えっ。とんだ言いがかり」


「……どこが言いがかりなんだ」


 翻弄されているのはいつも私だと思う。

 私の言葉に、ルシウス様は眉をひそめた。その姿は獣人だ。


 ……だんだん、というか、すでにはっきり思い出していた。昨日はフラウがルシウス様に魔物寄せをかけたのだ。


「妹が、本当にごめんなさい」


「昨日も謝っていた。だが、君と妹は全く関係ないのだから。だが、俺からはもう一度お礼を言わせてくれ」


「そんな」


「本当にありがとう。クローディアが居てくれてよかった」


「……ありがとうございます」


 ルシウス様のまなざしを感じ、じんわりと嬉しさが湧き出てくる。まずは、危機は去ったのだ。そして、ルシウス様の自我を、保つことができたのだ。


 ……今はそれで、良しとしようと思う。


 必ず、色を変える方法は探すけれど。


「お身体はおかしいところはありませんか?」


「半獣の姿になっているが、自我を侵されるような感じはない」


 色も、確かにほとんど見られない。赤紫はかなり薄くなっていたし、獣化しているために多少黒く見えるだけで、安定しているのが見て取れた。


 見えたことによって、私もすっかり安心できた。

 ルシウス様の胸に触れる。


 ふわりとした感触。


「……服、着ていないですね」


「流石に下は着ている。それにこの姿の時はいつもこうだろう」


「そう、なんですが」


 昨日の事を思い出し、恥ずかしくなる。そこまで思い出して、ハッとする。


「きゃっ」


 私は昨日の姿のままだった! ほぼ裸の姿だ。

 慌ててベッドの中に滑り込む。


「ふ、服を持ってきてください!」


「どうして?」


「え、ど、どうしてもです!」


「俺も同じような感じだからいいんじゃないかな、と思う」


 ルシウス様はとぼけた素振りで自分の肌を撫でた。


「ルシウス様は毛を着ているようなものです……!」


 もじゃもじゃだ。ずるい。

 それにルシウス様は裸だとしても、筋肉が適度に憑いていてとてもかっこいい姿なのだ。人間だとしても半獣だとしても、誰もが見とれる姿なのは間違いない。


 比べないでもらいたい。


「なんだその理屈は……」


 ルシウス様はくすくすと笑う。私は恨めしい気持ちでルシウス様をにらんだ。


「元気なら食事にでもしようか。魔力切れだっただろう、今は魔力はどうだ?」


「ええと、……ん、問題なさそうです」


 確かに魔力は全回復! とは言えないが戻ってきている。

 魔力がないと動けないなんて、人間不思議だ。でも、今なら普通に走ったりもジャンプしたりもできる。


 きっと。


 服さえ着れば。


 でもルシウス様がまったく持ってきてくれそうもないので、私はベッドから動けない。


「あ! そうだ」


 ルシウス様の意地悪に、私は一つひらめいたことがあった。

 どうしてこんな格好でいたのかと。


 私はベッドの中で丸くなりながら、ちらりとルシウスを見上げた。ルシウス様は私の視線に気づいて、不思議そうに眉を上げた。


「どうした?」


「……ええと、昨日のことを考えていたんです。ただ回復魔法をかけるだけじゃ足りな息がして、ルシウス様にくっついて魔法をかけたら、効きが良かったような気がしたんです」


 ルシウス様は少し驚いたように目を細めた。

 私は昨日の事を思い出しながら、ゆっくりと話した。


「それで、魔力について試したいことがあるんです」


「試したいこと?」


 私は意を決して、そっとルシウス様をベッドの中に手招きした。


「ルシウス様、こっちに来てください」


「……何をするつもりだ?」


「くっつきながら、魔力を動かしてみたいんです。今は回復魔法を使っていますが、くっついて魔力そのものを使うのはどうなのかな、と思って」


 一瞬の沈黙の後、ルシウス様の大きな耳がピクリと動いた。彼は見たこともないような顔でまじまじと私の事をを見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……くっつく、とは?」


「そのままの意味ですよ。ぎゅっと抱き合うんです。そしたら、魔力がうまく流れるかもしれません」


 昨日は必死だったから、新しい方法なんて思いつかなかった。

 けれど、何も回復にこだわる必要はない気がする。色は、私の魔力に反応しているのかもしれない。


 もしかしたらうまくいくかも。期待感のまま、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。

 しかし、ルシウス様はその場に固まったままだった。


 全然近づいてこない。


「ルシウス様?」


「……えっ、な、なんだ」


 普段冷静な彼が、こんなにもわかりやすく戸惑うとは思わなかった。


「ええと、大丈夫ですか?」


「……まさかとは思うが、本気か?」


「もちろんです! というかまさかってなんでですか」


 ルシウス様が驚いているからすっかり面白くなって笑ってしまう。ルシウス様は驚いた顔を一瞬そらして、結局片手で顔を覆った。


「……あのな」

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