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第十五話 『勇者スージグル』


海賊島──。


ユナバハリはバネ仕掛けの玩具のように跳ね起きた。


そこが見知らぬ部屋の寝具の上だったので状況把握に時間を要する。


「…………」


顔面は腫れ上がり、カラダ中に色濃くのこった疲労と痛みが激戦のあとを自覚させる。


──ここはどこだ、なにが起きた?


奴隷階級である呪術師の子に産まれ、大王になるべく邁進し、候補筆頭のマルブスを蹴落とした。


続けて決闘では最強との呼び声もたかい勇者ガドィに勝利し磐石の評価を得た。


もっとも優れた戦士が王に選ばれる、今日までそれは順調だった──。


あと一歩、候補者をあと一人でも倒せていれば誰にも異論をはさませずに即位できていたところだ。


寒気と目眩がユナバハリを襲う。


──オレは負けたのか?


自身の状態をみればあきらかだが前後の記憶が曖昧だ。


叫ぶ。


「ああっ! ちくしょう!」


積み上げてきたものがすべて台無しになった気分だった。


たかだか一敗といえど無敗とのあいだには圧倒的な隔たりがある。


無敗とは無限の期待感であり、さながら神にも等しい求心力を持つものだ。


一敗した時点でユナバハリの評価は神から強者にまで落ち、議論の余地が生まれる。


「あと一歩のところで!」


受け入れがたい現実に絶望していると、その声をききつけた人物が入室してくる。


「起きたか」


声の主は勇者スージグル、故マルブスに次いで期待される大王候補だ。


「──ダメージがあるはずだ、しばらく安静にしておけ」


ユナバハリはその顔を見て確信する。


自分はこのスージグルと正式に決闘し完膚なきまでに叩きのめされた──。


ガドィを倒し最強の称号を得た直後、決闘を申し込んだのはスージグルの方だった。


勢いがついていたユナバハリは、強敵だが体格的にはガドィより容易い相手と見定めた。


一度の勝利ではまぐれとの評価が付きまとう、実績のある相手に連勝してはじめて評価は固定される。


舐めていたわけではない、強敵であるほど勝利の価値は高い。


反対派を黙らせるのに最適な相手として最大の敬意をはらって臨んだ。


そしてあっけなく敗れた。


──なぜ、こんなことになった?


スージグルのことは入念に研究していた。ガドィ同様、型にはめられるはずだった。


しかし普段の姿は擬態だったとでも言わんばかりに、スージグルは大幅なスタイルチェンジをして挑んできた。


一の手を封じられたら二の手を使うまでとベテランは多彩な技を繰り出し、想定をくつがえされたビギナーは対応が追いつかずに飲み込まれた。


ユナバハリは叫ぶ。


「くそッ!!」


最強のメッキは即日剥がれた。


前回勝てたのは準備の差によるものであり、今回は順当に負けた。


先日の決闘でユナバハリはいたるところを骨折し高熱をだして寝込むことになったが、一方のガドィは数刻後には元気に出歩いていた。


マルブスとも正々堂々勝負していたら分が悪かったと言わざるを得ない。


最上位の勇者たちとユナバハリの実力にはまだ開きがあるというのが実情だ。


しかし呪術師の子という因果を背負ったユナバハリはメッキをまとってでも挑戦しなくてはならなかった。


そして奇跡を成し遂げかけた。


そのためにしたすべての努力はこの敗北によって水泡に帰したと言える。


「──ああッ!! クソォォォォッ!!」


敗北者に発言権は無い、ましてや呪術師の子に耳を貸す者はいない。


生まれたときから被ってきた理不尽な差別に対する怒り、くつがえすために積み重ねてきたすべてが台無しになった事実に気が狂いそうだ。


「外はお祭り騒ぎだ」


スージグルの一言からなにがあったかは想像できる。


調子づく呪術師の子をうとましく感じていた女たちを中心に、生意気な若造が制裁されたことにおおいに湧き上がっているのだろう。


実力以上にいきがった代償だ。


「んなことはわかってんだよッ!」


今日まで大王が空位であることは異例の事態、ひとえに呪術師の子を自分たちの上に立たせたくないという差別意識によるものだ。


ユナバハリを大王にしたくはないが、部族で最高の戦士でないことを証明しないかぎり脱落させることもできない。


それがスージグルのおかげでめでたく達成された。


「そうふてくされるな、命さえあれば次がある」


「黙れって!」


今回もひきつづき素手での決闘だった、それでもその気になれば命を奪うことはできた。


傍若無人のかぎりを尽くしたユナバハリへの断罪を周囲は望んだだろうし、そうしなかったのはスージグルの決定だ。


戦士にとっては恩着せがましく屈辱的な采配だった。


「決闘をしろと女たちは容易く言ってくれるが、それは片方に死ねと言っているのと同じことだ」


男はみな戦士であり戦って散るのが華という認識だが、それが部族にとっての損失であることも事実。


スージグルほどになればユナバハリの実力が正確に測れた。


まだ及ばないがすでに頂点に迫っており、このままいけば到達する見込みもあると確信している。


失うには惜しい、そう感じられた。


肩を並べて戦うことのない女たちにはそれが理解できていない。


「オレを哀れに思ったのか?」


「俺の前に立てた戦士はみな尊敬することにしている」


ユナバハリは首をひねる。


命を懸けて決闘に挑むことは偉くもなんともない、ダラク戦士にとっては当然の選択だ。


「立たない選択肢は無い、決闘を受けなければ臆病者との誹りを受ける」


「俺はガドィと違って誰とでもは闘わない、資格を認めた相手だけだ」


現実問題、大王の座を争うには早かったとしか言いようがない。


明日再戦を挑んでくつがえる差ではなかった。


スージグルが受けて立つ必要も、実力がともなうまで王位を空けておく理由もない。


ユナバハリは重い溜息とともに観念する。


「次期大王はあんたで決まりだ──」


今後の焦点は時期大王をスージグルで確定するかどうか、そうなれば儀式はすみやかに執り行われるだろう。


──この男が不幸にでも見舞われない限りチャンスが巡ってくることはない。


ユナバハリの脳裏にマルブスをだまし討ちにした夜の光景がよぎる。


「……」


そうでもしなければ現状は覆らない。


しかし再び候補の筆頭がいなくなるようなことがあれば、どれほど巧妙にやったところで疑惑が生じる。


当然、真っ先に追求を受けるだろう。


──考えろ、どうすれば状況を打開できるかを。


落ち込んでいる時間も惜しいと思考を巡らせる若者に、シーズグルの口から予期せぬ言葉がかけられる。


「オレは大王の座を辞退するつもりだ」


耳を疑って聞き返す。


「なんだって?」


「大王になる気はない」


言葉通りに受け取っていいものか戸惑う。


ダラク族における大王の地位は戦士における名誉の頂点だ。


この島にそれ以上の価値は存在しない。


「馬鹿いえ、すべて思いのままなんだぞ!」


「目標にしていたこともあったが、戦士のあり方は人それぞれだ」


見込みのない者が挫折したのならば理解もできる、しかしすでに掴みかけている者が手放す意味がわからない。


分からないが、それはそれで好都合だ。


満場一致でスージグルを王にする流れも本人が辞退するというのならば話は変わる。


自分の評価は変わらないが時間稼ぎはできる。


「だったら、なんで決闘を挑んできた?」


当然、点数稼ぎの為だろうと思っていた。


王になる気が無いのであれば評価を上げるような行動はつつしむべきだった。


「将来有望な若造を勝てるうちに叩きのめしておこうと思った」


「なんで?」


決闘は命懸けの行為、軽々しく扱うべきではないと本人が言ったばかりだ。


「今後おまえが勝利するたび、俺は勝ったと自慢することができる」


いまは勝てるが成長著しい若者相手に来年はわからない、まんまと勝ち逃げしてやったというところだ。


「悪趣味だな……」


しかし、それはむしろ高い評価の表れだ。


「どんなに順調なやつも必ずどこかで蹴つまづく、勝ち続けている人間は浮かれて足もとが見えなくなるもんだ」


勝者は誰もが自分を特別だと錯覚する、現在の躍進がどれほど運の要素に助けられているかも知らずに浮き足立つ。


そして失敗するまで同じ行動を繰り返す。


取り返しがつかなくなるまえにそれを知っておいたほうがいい。


これはスージグルなりの手向けでもある。


「──いま転んでも一人で立ち上がれるが、王になった後では国が亡びかねないからな」


そういう意味でこの敗北はまだ軽症だといえる。


──高所で転べば命にかかわるってことか。


敗北するには良い相手、良いタイミングだったことをユナバハリは理解できた。


これまでは助言をしてくれる者などいなかった、叩きのめされなければ聞く耳を持つこともなかっただろう。


「オレが大王を目指すことに反対はしないのか?」


被差別階級にある呪術師、その血を引くユナバハリは誰からも見下されている。


結果をだしても認められることはなく、特に年寄りや女たちからは徹底的な拒絶を受けている。


しかしスージグルは好意的とまでは言わないまでも公平な評価を下した。


それは彼が強者だから。


ユナバハリが現在の強さを手に入れるためにどれほどの努力を要したか、それを正確に理解しているからだ。


努力の足りていない弱者、戦場に身を投じない女たち、どの世界でも主流を決めるのは正当な評価を下せない大勢だ。


なぜなら、ほとんどの者は境地に辿り着くことがなく知見のある者ほど少数派だからだ。


提供するのは専門家でもそれを享受する者は素人ということだ。


極端な話、毒を盛って勝った素人と、毒を盛られて負けた達人のどちらが優れた剣士だったかの見分けがつかない。


それゆえに多くの優れた戦士が正当な評価を得ることなく人生を終える。


そんな現状に絶望しているが、それがこの世の不文律であることを彼はよく理解している。


不完全なルールを順守する、それは彼らなりの紳士協定というわけだ。


「本音を言えば誰が王になろうと構わない、一族の末路は知れているからな」


王国に喧嘩を売った時点ではじめから勝ち目はない、ダラク族は悪目立ちした結果粛清されるのが目に見えている。


彼が大王を目指さないのはひどく消極的な理由からだった。


「説教するために命を取らなかったのか?」


ユナバハリはルブレ商会の船を襲撃したことを咎められていると思った。


「支援が続いていたところでアシュハ国に勝ちきる未来はないだろう、敗戦処理は御免こうむるってところだ」


ルブレ商会から武器を提供されたことでダラク戦士たちは勢いづいた、港の警備隊を蹂躙し大国アシュハの軍隊とも渡り合った。


漁村や貨物船を襲ったり怪物退治などで報酬を得ていた頃は問題なかったが、これは明らかに身の丈に合っていない。


勇敢さを崇める文化が災いし、そそのかされるままに開戦、歯止めが効かずに突き進み、行き止まりに突き当たった。


急速な躍進に湧き上がった同胞たちは気付かずに余韻を引きずっている。


「──マウ国の使いにたぶらかされたのがそもそもの間違いだった」


王座を争う相手でないことを確信するとユナバハリは閃いた。


「だったら、あんたがオレを王にしてくれ!」


競合相手である勇者の称号を持ったうえで中立な立ち位置、それだけで希少な存在だ。


──こいつを味方に引き入れることができれば十分巻き返せる。


現在の序列一位、これ以上に心強い味方はいない。


スージグルはその勧誘を断る。


「立場上、肩入れするという訳にもいかない」


気まぐれに説教をしてはみたが、候補者争いで特定の人物を贔屓する気はない。


助言くらいはともかく推薦するとなれば立ち位置が大きく揺らぐ、そこまでしてやる義理はない。


ユナバハリは熱を帯びて説得を続ける。


「あんたが未来を悲観していると言うなら、なおさらオレを祭り上げるべきだ」


「それでどうなる?」


勝ち筋を示さなければならない、個人的な功名心などではなく全体に与える利益の話だ。


それは手の内を明かすということであり、ダラクの勇者として不名誉な選択も含まれる。


だが、この男にはその価値がある。


「オレがすでに部族を存続させるためのプランに沿って動いていると言ったらどうする?」


ルブレ商会の船を襲ったのはマルブスに対する挑発目的だけじゃなかった。


それこそが大きな計画への足掛かりだ。


ユナバハリはその計画のすべてをスージグルに打ち明けた──。



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