目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話

 そして竹村警部補の暴言に頷いてみたが沈丁花の垣根に待機すればその度に真昼さんの姿を一目見たいと心は騒ついた。


「・・・・あ」


 けれどそのような機会はそうそう訪れず、警部補が顔を出す度に落胆した。


「なんだ、不満でもあるのか」

「いいえ」

「辛気臭ぇツラしやがって」

「申し訳ありません」

「ほれ、行くぞ行くぞ!」

「はい」





 沈丁花の花が茶色く散り始める6月の初めの事だ。通常は緊急無線が入る事もあり滅多な事で運転席から降りる事はなかったが、私は警察車両から離れた。


(竹村警部補が出て来る、出て来ない)


 私は呪文のように繰り返した。


(真昼さんが出て来る、出て来ない)


 それは少女が指先で花弁を摘む花占いのようでもあった。


(警部補より先に真昼さんが出て来たら、告白しよう!)


 出会ったあの日以来、真昼さんとは一言二言挨拶を交わした程度だが彼女の事が気になって落ち着かなかった。


(言おう、言わなければ何も始まらない)


 私と真昼さんは9歳も歳が離れている、しかも前科者、いや離婚歴あり。然し乍ら芽生えた恋情を抑える事が難しくなっていた。


(昨夜も真昼さんの夢を見た)


 抱き締めたい。


(・・・・!)


 けれどその日、真昼さんは珍しくフレアスカートのワンピースを着ていた。いつも目にするボーイッシュな服装ではない事から気軽な外出ではない事が窺えた。


(男性と会うのかもしれないな)


 それは想定内だった。けれど告白すると決意したからにはもう後戻りは出来ない。


(今しかない!)

「あれ、久我さんが車の外にいる!」

「は、はい」

「珍しいね、どうしたの、腰でも痛いの?」


 あぁ、真昼さんから見れば30代男性は既にの域に達しているのだ。しかも私は良く言えば落ち着き、悪く言えば老けて見える。この時点で足元から崩れ落ちそうだった。

「真昼さん」

「なに」

「私とお付き合いして下さいませんか?」

「ん?」


 頬が赤らむのを感じた。


「お願いします」


 すると真昼さんは深々とお辞儀をした。もう駄目だ。


「私、お見合いしたの!」

「そうなんですか」

「多分、結婚すると思う」


「こ、これから会われるのですか」

「えへへへ」

「そう、ですか」


 真昼さんは私の顔を覗き込んで悪戯めいた微笑みを浮かべた。


「もっと良い人いるって!」

(いや、私はあなたが良いのですが)


「離婚して三年でしょ?お見合いでもしたら?」

「離婚して四年です」

「細かいな!」

「はい」

「お見合いって良いよ!」

(私はあなたと恋愛がしたいです)


 真昼さんとその男性は丁度一ヶ月前に見合いの席に着いたという。もう少し早く勇気を出して告白していればなにか変わっていたかもしれない。


(・・・・いや)


 私の事を「30代の前科持ち」と竹村警部補が真昼さんの耳元で囁いた時点で他の男性と競う以前に恋愛相手として失格なのだ。


「じゃあ、またね!」


 真昼さんはワンピースの裾をひるがえして大通りに向かって走り去った。そこにのんびりとおにぎりを手にした竹村警部補が現れた。


「ほれ、食うか」

「はい、頂きます」


「真昼さん、お見合いされるんですか」

「おう、聞いたのか」

「はい」

「これがなかなかの男前なんだ」

「そう、ですか」


 竹村警部補はアルミホイルをペリペリと剥がしながら拳骨ほどの大きさのおにぎりを頬張った。


「おまえと同じ9歳年上だ」

「ーーーーえっ」

「おまえは前科持ちだからな」

「そ」


 私は愕然とした。


「なんだ、祝ってくれんのか」

「おめでとうございます」

(呪っています)

「辛気臭い顔すんなよ、腹でも痛ぇのか」


「腰も腹も痛くありません」

「なんだそりゃ」


 ため息が出た。あの黒星はどこまで私に着いてまわるのか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?