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第12話 あま~い『お菓子』は好きですか?

 あれから妹ちゃんは色んな意味で大変な目に遭っていた。


 海から上がってきた妹ちゃんを、ボロボロと涙を流しながら抱きしめる古羊。


 あまりにも号泣するものだから、妹ちゃんの方が苦笑を浮かべて彼女を宥めている始末だった。


 ほんと、どっちが助けられたのか分かったものじゃない。


 よほど妹ちゃんが心配だったんだろうなぁ。


 とりあえず、妹ちゃんは念のために病院の方へと足を運ぶ流れとなった。


 もちろん付添いは姉の古羊だ。


 そして多大なトラブルに見舞われながらも、無事に地域清掃ボランティアをやり終えた翌日の月曜日。


 俺、大神士狼は――




「……反省文が書けねぇ」




 ――危険行動を学校側にとがめられ、3日間の自宅謹慎を言い渡されていた。




「女の子を救った英雄にこの扱いかよチクショウ……」




 俺は自室の机の上に広がった反省文とにらめっこしながら、愚痴るようにそう呟いた。


 そうっ、俺は双子姫を救った代償に、こっぴどく学校側に怒られ、停学を喰らっていたのだ。


 いやまぁ、学校の言い分も分かるよ?


 助けに行って二次災害になったらどうするんだ!? とか、俺も分かってはいたんだよ?


 でもさ、身体が勝手に動いちゃったんだから、しょうがないじゃん?


 しかもあのあと、何故かびしょ濡れのパンツ1丁のまま、警察に連行させられて、その後はもう……すごいぞ?


 警察署内では完全な変態扱いをされるは、婦警の皆様方からドM大歓喜の汚物を見るような目で睨まれるは、あまつさえ誤認逮捕と判明してもロクは謝罪もなく、上から目線で説教されたあげく、ヤベェ薬をキメているとしか思えない謎の人形の在庫処分をさせられるとは……人生って何が起こるか分からないよね♪


 いやぁ、マッポの皆さんに囲まれて、半裸のまま事情聴取が始まったときは「人生ォワターッ!」と北斗神拳伝承者のように声を張り上げたよね!


 なんで俺がこんな目に遭ってるんだ?


 ゴ●ゴムの仕業か?




「今ならこの溢れんばかりの殺意に身を任せ、警察署内のマッポ共を鬼神が如く千切ちぎって投げても世界は俺をゆるしてくれるんじゃないだろうか?」




 まぁもちろん、そんなことはしないんだけどね?




「ハァ……それにしても、反省文ってナニを書けばよいのやら」




 一体何を反省すればいいのか皆目見当がつかない。


 パッと机に置いてあるデジタル時計に視線を移す。


 そこには【月曜日 午後3時】とデカデカと映し出されていた。


 どうやら俺はかれこれ9時間近く反省文とにらめっこしていたらしい。




「ジーッとしててもどうにもなんねぇし、とりあえず書くか」




 よしっ! と気合を入れ直し、俺は再び反省文と睨み合った。


 ◇◇


反省文タイトル 【パンスト・ニーソは和の心】

2年A組  氏名 大神士狼


 パンスト。正式名称をパンティ&ストッキング。これほど我ら日本人の心を鷲掴みにしてならない魅惑の布きれが存在していただろうか? いやない。


 まるで名刀を収めるかのように、そのナイロンとポリウレタンで出来た漆黒の宝具に脚を通した瞬間……世界は輝きを増し、その日1日の主役は彼女たちになるであろう。


 照り返す黒と白のコントラストもさることながら、その脚のシルエットがより強調され、彼女たちの美しさをより愛でることが出来ると言っても過言ではない。


 それはオーバーニーソにも言えることである。


 ふとももにぷにっ♪ と食い込んだ絶対領域からなる造形の美しさもそうだが、何より区切られることにより脚という要素のみを抽出することに成功した、人類が持つ最古のオーパーツと言えるだろう。


 かの有名な茶人は、無駄をそぎ落とした黒の湯飲み茶碗ちゃわんを愛用していたという。


 つまり不要なモノを削ることにより、脚の本質を浮かび上がらせるパンスト・ニーソは和の心……すなわち『わびさび』の世界へと繋がっているのである。


 ◇◇


「――おいおい。これはとんでもねぇ傑作が生まれたんじゃねぇのか?」




 もう自分の才能が怖いっ! 


 今年の直木賞は俺で決まりだろ、コレ?


 改めて、今、書き終えた反省文を読み返しながら満足気に頷く。




「さてっ、ここから『パンストは下半身の髪型である』というテーマをもとに、生足を黒髪ロングと仮定し、パンストをポニーテールとする第2部が幕を開け――」




 ――ピンポーン。




「ん? 誰だこんな時間に?」




 やっと筆が乗って来たというタイミングで、運悪く我が家の呼び鈴が俺の集中を遮った。


 たくっ、誰だ?


 俺のゴッド・タイムを邪魔する愚か者は?


 ママンは現在出張中。


 パパンは普通にお仕事。


 姉ちゃんは1週間前から肉体を現世に置き去りにし、ネットの海へダイブしたっきり消息を絶っているので、今、我が家には俺しか居ない。


 つまり対応できる人間が俺しかいない。




「たく、しょうがねぇなぁ……」




 俺は玄関へと向かうべく、重い腰を上げ――




『ごめんくださぁ~い。大神士狼くんと同じクラスの古羊芽衣ですけど、誰かりませんかぁ~?』




 ――ることなく、再び反省文と向かい合った。




「な、何故ヤツがここに……っ!?」




 俺は1人ブルブル震えながら、両手で身体を抱きしめた。


 ――ピンポーン。ピンポン、ピンポーンッ!




『大神く~ん? 居るのは分かっているんですよぉ~? 無駄な抵抗はよして、大人しく出てきてくださぁ~い』

「開けちゃダメだ。開けちゃダメだ。開けちゃダメだ!」




 某ロボットアニメの初号機のパイロットのように耳を塞ぎ、玄関からの雑音をシャットアウトさせる。


 玄関を開けたが最後、俺の平穏な日常は音を立てて崩れ落ちてしま――




『あと10秒以内に開けないと、例の写真を大神くんの御両親にお見せする事になりますよぉ~?』

「はいはいはいはいっ! 今、開けまぁぁぁぁぁすっ!!」




 瞬間、弾かれたように玄関へと駆け出す俺が居た。


 頼む、俺の身体よ!


 今だけ羽より軽くなれ!




「ハァハァ……っ!? お、お待たせ?」

「たく、遅いわよ大神くん」




 玄関を開けると、そこには8時でもないのに女神さまが集合していた。


 古羊は家に俺しか居ないと確信しているらしく、猫を被ることなく素の表情で俺に接してきた。




「それにしても、今日は暑いわねぇ? あっ、お茶もらえる?」

「あの……何故ウチに?」

「『何故』とはまた、大層な言い分ね?」




 古羊が持って来ていた自分のバックを俺に見せつけながら。




「大神くんが休んでいた分のプリントと、猿野くんと三橋くんの荷物を預かったから、持って来てあげたのよ」

「あぁ、そりゃご丁寧にどうも……」




 ペコリと頭を下げながら「はて?」と心の中で首を捻る。


 この女が、たかがソレだけで我が家にやってくるだろ?


 ありえない、絶対なにか裏があるっ!




「――って、うん?」




 あれ?


 なんか古羊の後ろに、誰か居ないか?


 デビル古羊の後ろに隠れるようにして、コソコソしている亜麻色の髪をした女の子に「んん~?」と不審そうな瞳を向けると、古羊が苦笑したようにその桜の蕾のような唇を震わせた。




「ほら洋子。いつまでも隠れてないで、ちゃんと挨拶しなさい?」

「う、うん……」




 古羊に促されて、彼女の背後からおずおずと出てきたのは……双子姫の片割れである、




「おぉ、妹ちゃんっ! 元気になったのか!」

「こ、こんにちは、オオカミくん……」




 太陽に焼けたのか、頬を若干赤らめながら、膝を擦り合わせるようにモジモジしている妹ちゃん。


 その様子を見て「あぁやっぱりまだ俺、怖がられているんだなぁ」と心の中で苦笑してしまう。


 ん?


 でも何で妹ちゃんもここに居るんだ?




「あ、あのあのっ!? こ、コレっ!」




 まるで初デートに挑む男子中学生のようにガチガチに緊張している妹ちゃんが、ズイッ! と手に持っていた紙袋を俺の方へ突き出してきた。


 えっ、何コレ?


 爆弾?




「ソレは先日、海で助けて貰ったときのお礼だってさ。ねっ、洋子?」




 困惑する俺にさりげなくフォローを入れてくる古羊。


 そんな姉の横で妹ちゃんがコクコクコクコクッ! と無言で首を高速で縦に振っていた。




「ふ、フルーツタルトケーキ……ですっ。ぼ、ボク、お菓子作りには、ちょっとだけ自信があって……オオカミくんはタルト、嫌い?」

「いや大好きさ。おちこぼれフル●ツタルト」

「誰もアニメの話はしてないわよ?」




 呆れた瞳で俺を見てくる古羊と「よかったぁ~」と顏を破顔させる妹ちゃん。


 か、可愛いなコイツ?


 キスしてやろうか?




「あっ、そうだ! 立ち話も何だし、上がってけよ? 歓迎するぜ?」




 へへへっ、と爽やかな笑みをたたえる俺に促され、2人はしずしずと我が大神ハウスに足を踏み入れた。




「それじゃ、遠慮なく」

「お、お邪魔しま~す……」




 優雅に微笑みながら俺の後ろを着いてくる古羊。


 そんな姉とは対称的に、キョロキョロと物珍しそうに我が家を見渡す妹ちゃん。




「お、男の子の家に初めて入っちゃった……」




 と、おっかなビックリとした様子で俺たちの背後を着いて回る妹ちゃんが、ちょっとだけ面白く、俺は人知れず笑みを溢した。

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