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第13話 冴えない彼女の躾けかたFine

 双子姫が我が家に襲来して10分後のリビングにて。


 俺は妹ちゃんが作ってくれたらしいフルーツタルトに舌鼓を打ちながら、驚愕の事実に身体を震わせていた。




「うっま!? えっ、何コレ!? 本当に手作り? お店で買ったモノじゃなくて!?」

「ほんと洋子はお菓子を作るが上手よねぇ」

「そ、そんなことないよぉ~っ!? でも……えへへっ。気に入ってもらえてよかったよぉ~」




 ふにゃん、と見る者を脱力させるような笑みで、思わず俺の口元も緩んでしまう。


 てっきり料理が出来ない美少女にありがちな暗黒物質ダークマターでも出てくるのかと思ったら、メチャクチャ上等なケーキが出てきてビックリしたよね。


 どうやら妹ちゃんは料理が出来る美少女らしい。


 おいおい、おまえは一体ナニ色パティシエールなんだい?




「実はね、そのタルトケーキには秘密があってね? シナモンの他にもちょこっとだけバニラエッセンスなんかも入れててね? 他にも――」




 と、喜々としてフルーツタルトの作り方を説明してくる妹ちゃん。


 チクショウ、可愛いじゃねぇか。


 告白してやろうか、コイツ?




「――って、コラコラ洋子。お菓子の話もいいけど、大神くんに大切な話があるんじゃなかったの?」

「あっ、そうだった……」

「うん? 大切な話? 俺に?」




 なんだろう?


 プロポーズかな? 


 ハネムーンは熱海でいいよ?




「その……ね? こ、この前は、助けてくれてありがとう」




 ぺこっ、と頭を下げる妹ちゃん。


 多分普段から頭を下げることが多いんだろうな、妙にその頭を下げる姿には貫録がある。


 妹ちゃんは必死に頭のなかで言葉を組み立てているのか、たどたどしい口調で、何度も喉を詰まらせながら声を震わせた。




「ぼ、ボク、その……海で溺れたのは初めてで……。と、突然のことだったから、思った以上にパニックになって」




 そりゃ誰でもいきなり海に落ちればパニックになるだろうよ。


 と、口を挟むことなく、彼女の言葉に黙って耳を傾ける。




「で、でもオオカミくんが助けにきてくれて……。あんなヒドイことを言ったあとなのに、それでも助けてくれて……。す、すごく嬉しかった……」




 だから、と妹ちゃんが続けた。




「だ、だからっ! オオカミくんには、ぼ、ボクの! きょ、教育係になってほしいのっ!」




 思いのたけを全て言い切った妹ちゃんが、「はふぅ~」と満足そうな吐息をこぼした。


 ……うん?


 あ、あれ?


 なんか、話しがおかしな方向に進んでないですか?




「えっ? なに? どういうこと?」

「だ、だからね? お、オオカミくんには、ボクのきょ、教育係……になってほしいの!」




 ……お、おやおやぁ~?


 なんでそうなった?




「妹ちゃんが俺の教育係になるんじゃなくて? 俺が妹ちゃんの教育係になるの!? なんで?」

「むぅ……。『妹ちゃん』じゃない」

「へっ?」




 妹ちゃんは、何故かちょっと拗ねたように唇を尖らせて、俺を睨んできた。




「オオカミくんは、ボクの先生になるんだから、その……よ、『洋子』って呼んでほしいな」




 そう言って頬を赤らめながら、ぷいっ! そっぽを向く妹ちゃん。


 可愛い。


 けど待ってほしい。


 女というモノを母親と姉ちゃんしか知らない、この腐れ雑草ゴミムシである俺様に、同世代の、しかも双子姫さまの名前を呼び捨てにするなど、恐れ多すぎてゲボが出そうなんですけど?




「ぼ、ボクもオオカミくんのように……。ううん、『ししょー』のように誰かを――メイちゃんを護れる人になりたくて。……ダメ、かな?」

「いや、ダメってわけじゃないけど……」




 ど、どうしようコレ?


 確かに当初の予定通り、妹ちゃんが自分の意思でモノを言ってくるようにはなった。


 なったが……どういうわけか、当初予定していた結末とは、大きく異なってきているわけで。


 しかもいつの間にか俺への呼び方が「オオカミくん」から「ししょー」にクラスアップしてるし。


 このままじゃ、生徒会関係なく妹ちゃんが俺の舎弟になってしまう!?


 と、そこで天命のような閃きが俺に降りてきた。




「――よし、わかった。引き受けてもいいけどさ、1つ俺からも条件がある」

「じょ、条件? も、もしかして……えっちなこと……?」

「じゃないから安心してね♪」




 その豊満な胸を抱きかかえ、潤んだ瞳で俺を見上げる。


『いじめないで……』と目が語っているかのようだ。


 不覚にも息子がS極に目覚めかけるも、古羊が「大神くん?」と何だか恐ろしい笑顔を向けてきたので、気を取り直す。




「簡単なことだよ。俺が妹ちゃん……【よこたん】の教育係になる代わりに、よこたんも俺の教育係になるんだよ」

「そ、それって……っ!」




 妹ちゃん、もとい【よこたん】の蒼い瞳が大きく見開かれる。


 そう俺の出した結末は至極単純なもの。


 お互いがお互いの教育係になるということだった。




「俺はおまえに、喧嘩の仕方だろうがなんだろうが教えてやる。代わりに、よこたんも俺に生徒会のことを教えてくれよ」

「ッ! う、うん、ししょーっ!」




 こうして俺は教育係と舎弟を1度に手に入れることになった。


 思っていた結末とは大分違うが、これはこれでアリな終わり方かもしれない。




「さてっと! これにて1件落着ね。それじゃ洋子、そろそろ帰るわよ? スーパーの特売に間に合わなくなっちゃう」

「あっ、メイちゃん。サルノくんとミツハシくんから預かった荷物は?」

「おっと、そうだった」




 よこたんに促されて、古羊がガサゴソと自分のバックの中を漁り始めた。


 古羊のバックから現れたのは……なんか小さいランタンというか、ベルというか、なんかよく分からない代物だった。




「これがサルノくんから預かった物だよ」

「なにこれ? 珍百景?」

「違うわよ。猿野くんが言うには、半径10メートル以内に居る人間の嘘を感知すると『チーン♪』と鳴る仕組みになっている科学アイテム、その名も『4月はYOUの嘘』だってさ」

「つまり嘘発見器ってヤツか」




 どうやら元気のヤツ、またロクでもないものを発明したから、俺で実験するべくこのアイテムを送りつけてきたらしい。


 さてさて、今度はどんなポンコツアイテムを作ったことやら。




「『後ほど使用感を教えてほしい』って、猿野くんが言ってたわよ。それでもう1つが」

「はいっ! これがミツハシくんから預かった荷物だよ」




 そう言って、よこたんはバックからA4サイズの茶封筒を取り出した。


 俺は「おう、あんがと」と口にしながらソレを受け取ろうとして、


 ――ビリっ。


 と茶封筒の底が破れて、中身が机の上にまき散らかされた。




「あぁっ!? ご、ごめんね!? ごめんね!?」

「いや大丈夫、気にすんな。袋自体が弱かったみたいだし、よこたんのせいじゃねぇよ」

「う、うん。ありが……へっ?」




 音からして何かのDVDだったのだろう。


 よこたんはオロオロしながらアマゾンの荷物を拾うべく、そのお餅のように真っ白な指先を机の上に這わせ……ようとした瞬間、ほうけた声をあげ、ピタリと停止した。


 その姿を不審に思った古羊が「洋子?」と彼女の名前を呼ぶが、よこたんは絶頂直後の女の子のように口をパクパクさせるだけで、何も答えない。


 その瞳は一心に机の上に巻き散らかされたアマゾンの荷物を凝視していた。




「よこたん? どったよ?」

「あばっ!? あばばばばばばばばっ!?」




 壊れたラジオのように同じ言葉しか吐かない妹ちゃんを不思議に思いつつも、俺と古羊は彼女の視線を追うように机の上へと視線を向けた。


 そこには。




『爆乳美人な双子ちゃんの、ちょっとエッチな秘密の個人授業レッスン♪ ~カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆~』




「「…………」」

「あばっ!? あばばばばばばばばっ!?」




 よこたんの感電したような声がやけに耳に残った。


 えっ、何コレ?


 意味が分からない。


 北海道産【夕張メロン】の箱から、ゴ●ルデンカムイ(全31巻)が出てくるくらい、意味が分からない。


 分かることと言えば、コレはこの間、俺がアマゾンに貸したDVDということだけ。


 瞬間、会長閣下の声音が2度ほど下がった。




「……おい犬? なんだコレは?」




 えぇっ、もう余裕で正座っすよ。




「DVDです」

「タイトルは?」

「『爆乳美人な双子ちゃんの、ちょっとエッチな秘密の個人授業レッスン♪ ~カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆~』です」




 瞬間、よこたんの方から沸き起こる悲鳴のようなざわめき。


 そしてあふれ出る俺の脇汗。


 もうぬぐい去れない『爆乳美人な双子ちゃんの、ちょっとエッチな秘密の個人授業レッスン♪』


 いやぁ、もうビビるよね?


 本物の爆乳美人(笑)な双子が居る手前で披露される『秘密の個人授業レッスン』。


 しかも『カノジョのお乳でロイヤルミルクティー☆』ときたもんだ。


 ……一体前世でどれだけの悪行を重ねれば、こんな事態を招くことが出来るのだろうか? 


 神様はそんなに俺のことが嫌いなのだろうか?


 というか、ふざけんなよアマゾン?


 おまえ何てモノを女の子に手渡しているんだ?


 もうコレ、ちょっとしたテロリズムだぞ?


 あの野郎、世界中の誰よりもテロリストじゃないか!


 心の中で罵詈雑言を浴びせていると、笑顔のまま若干頬を引きつらせた古羊が、確認するかのようにアマゾンが持ってきたDVDを持ち上げた。 




「これは、エッチなDVDよね?」

「違うよ?」




 チーン♪




「……猿野くんの作った嘘発見器が反応しているようだけど?」

「誤作動だよ?(チーン♪)」




 俺は顔面にありったけの力をこめながら、真っ直ぐ古羊の瞳を見据えて言ってやった。




「どうやら誤解があったようだね。これは変なDVDじゃないんだ(チーン♪)。確かにパッケージはエッチに見えるかもしれない。でも中身は至って健全な教育動画なんだ(チンチーン♪)。だからこれは断じてエッチなDVDでは(チンチンチンチンチンチンチンチーン♪)――うるせぇぇぇぇぇぇっ!?」




 たまらず元気の作った嘘発見器を睨みつける。


 チンチンチンチンと、なんだこの猥褻アイテムは!?


 ぶっ壊すぞテメェ!?




「……どうやら猿野くんの作った道具は、正常に作動しているようね」




 にっこり♪ と微笑む古羊。


 その見る者すべてを幸せする笑みは、いつも俺に明日を生きる活力を与えてくれるのだが、どういうワケか今日の笑顔はすっごく怖い。超怖い。あと怖い。




「し、信じてくれ古羊っ! それはエッチなDVDじゃないんだっ!(チーン♪)」

「べ、ベルが鳴ってるよ、ししょー?」




 ようやく我を取り戻したらしい妹ちゃんが、恥ずかしそうに目を逸らしながら、チラチラと俺とDVDを交互に見返していた。


 俺は藁にもすがる気持ちで、よこたんに泣きついた。




「よ、よこたん! 信じてくれっ! これは決してやましいDVDじゃないんだっ!(チーン♪)」

「そ、そうなの? そ、それじゃ――」




 よこたんは、古羊が持っているDVDの裏面に描かれている写真を指さしながら。




「こ、この女の人はその……お、男の人の股の間に裸ん坊でしゃがみこんで、いったいナニをしてるの?」

「それはね、ソーセージをモグモグしているんだよ♪」




 俺はその日、双子姫の本気の叫び声を聞いた。

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