「ししょーっ!」
「待たせたな、よこたん。ちょっと待ってな? すぐ終わるから」
目尻に涙の粒を作りながらも、笑みを浮かべて俺を出迎えてくれた爆乳わん
乱暴に投げ捨てられた人形のように床に転がるマイ☆エンジェルから視線を切ると、佐久間の足下で
「お、大神くん……なんでここに?」
「ソコに転がっている彼に案内してもらった。ここまで来るの超大変だったわ!」
驚き目を見張る古羊の意識を誘導するように、我が足下で気を失っている大柄の男に視線を落とした。
いやぁ、もうほんと、ここまで来るの大変だったんだぞ?
いきなりコイツが後ろから襲い掛かってくるから、つい全力で右の上段回し蹴りを顔面に入れちゃってノックダウンしちゃうし、部屋の中は荒らされてるし、あとついでに足も臭いしでホント大変だった。
しかも「なんでこんな
しょうがないからキッチンからババネロを持って来て、ヤツのお口にバッテリーチャージしてエネルギー補給完了。
よほど美味しかったのか、「みじゅっ!? みじゅっ!?」と嬉しそうに跳ね起きて身体をジタバタさせる大柄の男に、文字通り
涙を流して「もう勘弁してくだしゃい……」と感謝の言葉を述べる大柄の男から大体の事情を聞き、お礼のチップ代わりとしてここまで案内させたのだ。
もちろん礼儀正しいことに定評のある俺なので、感謝の印として再び俺自らハバネロソースを大柄の男に飲ませてあげることも忘れない。
なぁに、礼はいらないよ。
当然のことをしたまでさ。
英国紳士としてはね!
「そっかぁ。やられちゃったか、タカシの奴。ウチの空手部の中では、ぼくの次に強いんだけどなぁ。……んっ? 大神……?」
何か引っかかるモノでもあったのか「はて?」と小首を傾げる佐久間。
やがて何かピンッ! とくるモノでもあったのか、佐久間はポンッ! と手を叩いた。
「あぁ、思い出した! おまえアレだろ? 喧嘩狼だろ? 2年前、たった1人の女のために当時西日本最大派閥だった喧嘩屋集団【
「……だったら何だよ?」
「いや、別に。ただ流石は喧嘩狼、腐っても西日本最強の男なんだなぁって思っただけ♪」
俺の足下に転がる大柄の男に視線をよこしながら、面白そうに顔を歪める佐久間。
その表情はどこか余裕すら感じるほどで、プカプカとタバコの煙を吐き出した。
「それで? 他の連中はどうした? 確か外で見張りをしていたハズだけど?」
「『他』って言うと、下でいきなり襲ってきた野郎共のことか? なら多分今頃『夢』の世界へ出航している所だろうよ」
「なるほど、全員
佐久間は口に
おいコラ、ポイ捨てすんな!
「まぁ雑魚が何人くたばろうが、ぼくには関係ないけど」
「いや関係あるだろ? おまえ、医者の息子で進学校に通っているクセに案外頭悪いんだな」
「……ぼくが誰だが分かってモノを言っているのかな?」
「もちろん。女に手をあげる、最低のクソ野郎だろ?」
ブチッ! と佐久間のこめかみから血管の切れる音がした。
空気が一瞬で張りつめたものへと変わる。
ゆらりと拳を構える佐久間をまっすぐ射抜きながら、事務作業のように淡々と尋ねる。
「なあ、どうして古羊に『こんなこと』をしたんだよ?」
「そんなの、ぼくの顔を傷つけたからに決まっているだろう? この女、よりにもよって、ぼくの顔を傷つけたんだよ? このぼくの顔にだよ? 本当なら一生かけても償えないことなのに、このバカ女、過去のことを忘れてのうのうと生きていこうとしていたんだよ? そんなの許せるワケがないよね? このクソ女は一生苦しみながら生きていかないと、ぼくの気が収まらないんだよ」
「……そっか。それが聞けて安心したわ」
ハァ? と
ほんと良かった。
これで良心の
「全力で、心置きなく、テメェをぶっ飛ばすことが出来る」
ゆっくりと拳を構えたその瞬間、床に転がっていた古羊が悲鳴のような声をあげた。
「だ、ダメッ! ダメよ大神くん!? 佐久間くんは空手のスペシャリストなのよ!? いくら大神くんが強くても、それは素人の中だけ! 本物の武術家には絶対に勝てない!」
はやく逃げて!? と声を荒げる古羊の言葉を尻目に、俺は静かにマイ☆エンジェルに語りかけた。
「なぁ、よこたん? 俺がこんな最低な奴に負けると思うか?」
「~~~~ッ、思わない! ししょーは負けない! ししょーはこんな男になんか絶対に負けない!」
「その通りだ」
ニヤッ! と俺が微笑むと釣られて爆乳わん娘もニパッ! と微笑んだ。
もう何を言おうが俺が止まらないと察したのだろう。
古羊は懇願するように佐久間に声をかけた。
「待って! 待って佐久間くん! お願いだから喧嘩はしないで!? 大神くんは関係ないから!」
「そんな事を言ったって、向こうが突っかかってくるんだからしょうがないよねぇ? そんなに嫌なら、芽衣が説得してみれば?」
急に元気になった古羊に、にやぁ、と意地の悪い笑みを浮かべるクソ野郎。
なんとも見ていて不愉快になる笑顔から視線を切ると、芽衣が必死で震える身体を抑えつけながら、祈るよう瞳で俺を見上げていた。
その顔は、泣いているような、怒っているような、敵意に溢れる顔だった。
それが余計に俺をイライラさせる。
こんな顔をさせている
「大神くん……。お願いだから、もう帰って。迷惑なの。分かるでしょ?」
「分からねぇ。俺にはちっとも分からねぇ」
「なんで!? どう考えても、これが正しい選択で――」
「もういい、黙ってろ」
「は、はいっ!? だ、黙ってろって……」
古羊の言葉をバッサリ切り捨てると、何故か驚くような顔をされた。
別にそんな驚くようなコトじゃないだろうに。
俺が聞きたいのは、そんな『誰か』の言葉を借りたおまえじゃない。
「俺は人当りがよくて、みんなに優しい生徒会長に聞いてるんじゃねぇ。イジワルで、でも優しい、大神士狼の友人である『古羊芽衣』に聞いてんだよ」
ビクッ!? と古羊の身体が震えた。
そんな彼女の目を、心を見るように、ただまっすぐ、純粋なまでにまっすぐ言葉を投げかけた。
「テメェが心の底から帰って欲しいって願うんなら、俺はもう止めねぇ。納得してこの場から消え去る。……でもな? もし、そうじゃねぇんなら、古羊の本当の気持ちが違うのなら――そのときは俺が何とかしてみせる」
「な、何とかって?」
「何とかは何とかだよ」
にひっ♪ と俺が笑った瞬間、古羊の瞳がゆらりと揺れた気がした。
その目の奥では建前と本能がせめぎ合っているような、複雑な色をしていた。
やがて彼女の内側で決着がついたのか、その光沢のある唇がゆっくりと開き、
「あ、アタシは――」
「あのさぁ喧嘩狼。キミ、バカなんじゃないの?」
我らが会長様のお言葉を遮るように、至極つまらなそうに佐久間のクソ野郎が話に割り込んできた。
「芽衣は『帰れ』って言ってるんだよ? それを横からピーチクパーチクと勝手に口出しして、すっごい迷惑。大体さっきからキミ、ぼくの芽衣に馴れ馴れしいんだけど? そういうの本当にムカつく――」
「おい
「……はぁ?」
一瞬何を言われたのか理解出来ないのか、ぽかんっ……と
俺はそんな頭の悪いクソ野郎にも分かるように、心底丁寧に言葉を重ねていく。
「なぁ佐久間の坊ちゃんよ? おまえ、ちゃんと歯は磨いたか? なんか、お口からドブのような臭いがプンプンするんだけど? 玄関開けたら2秒で便所だった山田くんのお家のような臭いがするんだけど?」
「ドッ!? べっ!?」
「あと俺は今、古羊と話をしているんだよ。まったく関係のねぇテメェは引っ込んでろや。話の邪魔なんだよ」
「う、ぎぎっ!? ががっ!?」
誰かをバカにすることは好きでも、バカにされることは大っ嫌いらしい佐久間のクソ野郎の顔が完熟トマトのように赤く染まっていく。
どうやらあの一瞬で怒りの沸点が超えたらしい。
煽り耐性低スギィッ!
佐久間のその醜く歪んだ顔には先ほどまでの涼しさなど微塵も感じられない。
正直、ちょっとだけスッキリしたのはナイショだ。
怒りのあまり言葉が出てこない佐久間の隙を縫うように、俺は再び古羊に問いかけた。
「なぁ古羊? おまえはナニがしたい? ナニを望みたい?」
「あ、アタシは……アタシ、は……」
彼女の白い喉が小さく震える。
それはまるで、小さな、小さな祈りのように。
吐息1つで消え去ってしまうほど、か細い声音で。
彼女はそっと、ささやかな願いを口にした。
「……嫌だ。もう過去の影に怯える毎日は送りたくない。佐久間くんの言うことなんか、聞きたくないっ!」
大粒の涙をぽろぽろ溢しながらも、強い意志を持ってハッキリとそう口にした彼女の言葉が、大音量となって俺の身体を駆け抜けた。
「ふ、ふふっ、ふざけるなっ! おまえは一生ぼくのオモチャ――」
「うるさいっ! アタシは、アタシは……アンタなんか大っ嫌いだ!」
「こ、の、メスブタがぁ……っ!? 調子に乗りやがって……っ!?」
佐久間の怒声が部屋に木霊すると同時に、落ちていた鉄パイプを握りしめ、芽衣に向かって振り下ろした。
何の躊躇いもなく振り下ろされる鉄パイプに「メイちゃん!?」とよこたんが悲鳴をあげ、古羊がギュッ! と目を
バキィッ!
鉄パイプはまっすぐ古羊の身体にめり込む……ことなく、2人の間に割って入った俺の顔面を強く叩いた。
頭が熱い、多分血が出たのだろう。
「ししょーっ!?」
「は……ハハッ! ザマァないね!
そう言って笑っていた佐久間の声が不意に固まった。
その瞳は驚きに満ち溢れたまま、立ちつくしている俺を見据えていた。
「な、なんでまだ立ってられるんだよ、おまえ!? 手応えはあったハズなのに!?」
意味が分からない! と
「アタシは生まれ変わりたい……」
「うん」
「自分の居場所を見つけたい……」
「うん」
「ちゃんと『ここに居ていいんだよ』って、みんなに認められたい!」
だから。
だからっ!
だからっ!!
「――たすけて、しろぅ……」
「分かった」
覚悟が決まった。
途端に身体の最奥からマグマのように熱い『ナニカ』が湧き上がる。
ソレは膨大なエネルギーの奔流となって、火花を散らしながら悪魔的速度で全身へと行き渡っていく。
そのエネルギーを喰らい、火が
敵は1人、ただし
普通なら逃げるところだろうが……俺の中の『喧嘩狼』が首を振っている。
『大丈夫だ』と。
『問題ない』と。
あぁ、まったくもってその通りだ。
敵は1人、救うは2人。
果たす力は――
「来いよ、三下。格の違いを見せてやる」