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第27話 自分が『自分』であるために

 鉄パイプを構えたまま、俺から数歩距離をとった佐久間が、ぎこちない笑みを顔に張り付け「ハッ!」と小バカにするように鼻で笑った。




「三文芝居は終わったかい? まったく、人の人生のハッピーエンドを邪魔するだなんて、キミはとんだ悪役だね?」




 死ねばいいのに、とせせら笑う佐久間の鉄パイプが脳天めがけて振り下ろされる。


 それをバックステップで避ける。


 が、すぐさま佐久間が1歩踏み込んで俺の心臓に鉄パイプを突き出す。


 ドスッ! という鈍い音と共に俺の胸に鉄パイプが食い込んだ。




「はい終わりぃ~♪ ハンッ! 『西日本最強の男』と言っても、所詮しょせんはこの程度――ッ!?」




 ――グッ。


 佐久間が引こうとした鉄パイプを片手でしっかりと握りしめ、固定する。




「んなっ!? は、離せ!? 離せよコラッ!?」




 力の限り鉄パイプを引っ張る佐久間。


 だが俺の腕力の方が強いらしく、鉄パイプはピクリとも動かない。


 俺はタイミングを見計らって、佐久間が思いっきり鉄パイプを引っ張った瞬間、パッ! と手を離した。


 途端にその場で尻もちをつくクソ野郎。


 女たらしクソ野郎は一瞬だけポカンッとした表情を浮かべたが、すぐさまその瞳に烈火の如き怒りのほむら宿やどらせた。




「お、おちょくってんのかテメェ!?」

「俺はさ、誰かの犠牲の上で成り立つ『ハッピーエンド』ってヤツが大っ嫌いなんだよ」

「ハァ?」




 いきなりナニ言ってんだコイツ? と怪訝けげんそうな視線を向けてくる佐久間を無視して、俺はつぶやいた。




「小娘1人を犠牲にしなけりゃ辿たどり着けない『ハッピーエンド』なんざ、俺はいらない。女の子の涙で出来た完全無欠の『ハッピーエンド』なんざ、俺はいらない。たった1人の女の子が笑顔で過ごせる、心の底から笑っていられる『バッドエンド』が俺は欲しい」




 だから。




「見せてやるよ。最高の『バッドエンド』ってヤツをよ」

「は、ハァ~ッ? ナニ言ってんだよ、おまえ? 日本語喋れや。頭悪すぎ! これだから山猿との会話はイライラするんだよ」




 ゆっくり立ち上がった佐久間が鉄パイプを捨て、ここから先は本気だ! と言わんばかりに拳を構える。


 それに応えるようにジャリッ! と足を鳴らす。




「もういいからさ……死んどけ、おまえっ!」



 瞬間、間髪入れずに佐久間が俺の間合いに踏み込んだ。


 放たれる左の鋭い突きが、まるで大蛇のように俺の顔へと迫る。


 ソレを軽く首を横にズラして、紙一重で躱す。


 それも想定内だったのか、すぐさま二の矢として俺の鳩尾めがけて右のボディーブローを放り込もうとする佐久間。


 それでも、この距離なら、俺の方が速い。


 俺は佐久間のどてっぱらに足刀を叩きこんで壁際へと追い込んだ。




「うぐぅっ!? テメェ!?」

「テメェを倒さなきゃ誰も守れないって言うのなら、上等だ……」




 壁に背を預けた佐久間が拳を振りかぶるよりも速く、俺の右足はゆるやかに可動していた。




「今っ! ここでっ! 俺はテメェを超えていくっ!」




 一撃。

 俺のありったけの力を乗せた蹴りが奴の端整な顔にめり込んだ。




「ぶぅっ!? こ、この程度!」

「まだだっ!」




 二撃。三撃。四撃。五撃。六撃。七撃――ッ!


 蹴る、蹴る、とにかく蹴る。


 嵐のように。


 五月雨のごとく。


 ヤツの顔面へと蹴りを叩きこむ。




「まだまだぁぁぁっ!」




 八撃。九撃。十撃。十一撃。十二撃。十三撃。十四撃――ッッ!


 足りない、コレじゃ足りない。


 もっと、もっとだ。


 ありったけのエネルギーを脚に乗せて叩きこめ。


 これが最初で最後の好機チャンスだ。


 ここを逃せば、もう後はないと思え。


 いのちを燃やせ。


 この好機に残った力を全て注ぎ込め!




「まだまだまだまだぁぁぁぁぁっっっ!」




 十五撃。十六撃。十七撃。十八撃。十九撃。二十撃――ッッッ!


 反撃するヒマを与えるな。


 思考をさせるな。


 蹴りを止めるなっ!


 撃て、撃て、撃て、撃てっ! 




「ちょっ、待って!? し、死ぬ!? こ、このままじゃ、ぼく――ッ!?」

「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだぁぁぁああァァァァァァ――ッッッ!!!」




 二十一撃。二十二撃。二十三撃。二十四撃。二十五撃。二十六撃。二十七撃。二十八撃。二十九撃。三十撃――ッッッッ!


 息が苦しい。


 身体が重い。


 もう脚の感覚さえ曖昧だ。


 気を抜いたら、今にも意識が飛んでしまいそうだ。


 必死になって意識の糸を握り締めながら、寿命を削るように蹴りをり出す。


 あぁチクショウ……一撃放つだけで全身が悲鳴をあげやがる。


 蹴り抜く勢いだけで身体が引きちぎれそうだ。


 それでもまだ、身体は動く。


 心はまだ……死んじゃいない。


 立ちはだかり、覆いかぶさる敵の影。


 おまえが、おまえらが居ると、アイツが上手く笑えねぇんだ。


 だから――




「――邪魔すんじゃねぇぇぇぇええェェェェェェェェッッッ!!!」




 身体中に残った力を、酸素を、エネルギーを右の脚に乗せ、全力全開で顔面を蹴り抜いた。


 瞬間、2階の部屋の壁が抜け、打ち捨てられた人形のように佐久間の身体が外へと消えていった。


 数秒遅れて。


 ――ドチャッ。


 と粘土が地面に叩きつけられる音と共に、静寂が辺り一帯を支配した。




「す、すごっ……」




 ポツリと溢した古羊の声が静寂を切り裂くのと同時に双子姫の時間が動き始める。




「さ、佐久間くんはどうなったの? もしかして……あわわっ!?」

「大丈夫だろ? この高さから落ちても死にはしない。せいぜい打ち身かその程度だろうよ」




 よこたんの後ろに回り込み、手足の結束バンドを力づくで解いてやりながら小さく吐息を溢した。




「よしっ、次は古羊だな。佐久間のクソ野郎共もしばらくの間は気を失ってるだろうし、さっさと警察でも呼んでトンズラしようぜ?」




 そう言って今度は我らが会長閣下の結束バンドを無理やり引きちぎりにかかる。


 それにしても、身体を動かしたせいか妙にポカポカするなぁ?


 久しぶりに暴れたせいで、身体がまだ興奮しているのかな?


 なんて思っていると、古羊が強ばった表情で「お、大神くん……」と俺の名を呼んできた。




「もうちょっと待ってろ。あとちょいで引きちぎれるから」

「そ、そうじゃなくてっ!? 後ろ、後ろッ!」

「後ろ? 俺の後ろに誰か居んの? なぁ古羊、俺の後ろどうなってるの?」

「し、ししょー……。ど、どうしよう? た、大変なことになっちゃったよ……」




 あばばばばばばばばっ!?!? と好きな女の子の座席に頬ずりしているのをヤマキティーチャーに見つかり職員会議にかけられた我が親友のような声をあげるマイ☆エンジェル。


 なにをそんなに焦っているんだコイツ?




「まぁ落ち着けって。とりあえず落ち着いて深呼吸でもしてな」

「そんな悠長なコトを言っているヒマなんて無いんだよぉっ!?」

「後ろっ! とにかく後ろを見て大神くんっ!」




 古羊の結束バンドも無事に解け、晴れて2人を解放することに成功した俺はゆったりとした口調で口をひらいた。




「わ、分かった、分かった! 分かったからそう怖い顔すんなよ、泣いちゃうぞ?」




 まったく、後ろがなんだってんだよ?


 必死の形相を浮かべる2人に気圧けおされながら、彼女たちの視線を追うように背後に振り返ると、そこには。


 ――ボウボウとたける火の柱が、部屋をおおくそうとしていた。

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