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入門 8

「これが殺法としての技法の一つだよ。君が今まで経験してきたものとはずいぶん違うだろう?」

 まったくその通りだった。

 高山もこれまで腕を払われたことはずいぶんあったが、初めて味わう痛さだ。自分なりに頑張ってきた稽古で、小手もそれなりに強くなっている自負があったが、今回の様な骨の髄まで響く痛さは経験したことのないものだった。

「こういう時、技の名前を聞きたがる人がいるが、実際の戦いでは技の名前を意識することはない。マンガの世界では別だろうが、実際には臨機応変に感じたままに身体が動き、その結果、どちらかが勝ち、あるいは負けているんだよ。ただ稽古の時は、どういうふうに身体を動かし、どこを狙うか、ということを普段から意識するけどね。その時、便宜的に名前を付けて指導することはあるよ」

 伊達のこの言葉に、高山はこれまで聞いていた、あるいは理解していた世界とはまったく異質のものを感じていた。

 伊達はさらに付け加えて言った。

「で、先ほどの技の説明だけど、分りやすく言うとツボを狙ったわけだ。東洋医学では経穴と呼ばれていて、さっきのターゲットになったところは『偏歴(へんれき)』という場所だよ。いくつかの効能があるが、例えば腕が挙がらなくなった人などにも使う。同じ場所でも、使い方によって逆に作用するんだ。つまり、適度な刺激は薬として働き、今回のように過度に働くと急所になるわけだ。これが活殺自在の具体例の一つだよ」

 まさしく目から鱗だった。高山は力の強さがそのまま空手でも通用すると思っていたからだ。だからいろいろな筋力トレーニングもやっていたが、これまでの反省が一気に出てきた。

 加えて、人の身体の不思議さと奥深さ、そしてそれを武術にも応用するという智恵、いずれも高山の経験ではとても計り知れないものを感じていた。

 正直、本に書いてあることに疑問を持ったり、懐疑的な部分がないではなかった。経験がない分、当然といえば当然のことだ。だから、伊達のところに赴いた、というところもある。それが自身の身体で経験することになり、そのような意識も全て吹っ飛んでしまった。

 同時に、これまでの稽古について、恥じる気持ちも沸いていた。

 そこで伊達は言った。

「高山君。君は今、心の中で、これまでやってきた筋力トレーニングなどを否定しなかったかい? 今回経験したことは、確かに普通の感覚とは違うだろう。しかし、武道・武術をやるにも体力・筋力は必要で、そのための稽古もある。ただ、その方法がバーベルを上げたりするだけではなく、いろいろあるということなんだよ」

 心の中まで見透かされている。高山は伊達の眼力に驚いたが、同時にある決意をした。

「…先生。卒業したら、自分を内弟子として置いていただけませんか?」

 今度は伊達が少々驚いた。本のファンの一人として接していたつもりが、いきなりの内弟子志願である。

 そういうことはこれまでにも数件あった。

 だが高山の場合、まだ大学生だ。卒業までにまだ時間もあるし、一時の感情で内弟子希望の言葉が出てきたということも十分考えられる。伊達は高ぶる気持ちの高山を静かに諭した。

「君はまだ大学3年生だろう。卒業まで1年以上あるし、ご両親だって君の将来をいろいろ心配されているはずだ。内弟子のことは今、決めなくてはならないわけではないし、戻れば熱も冷めるでしょう。冷静になってもう一度将来のことをしっかり考えてごらん」

 確かにその通りだ。伊達の柔らかく、もっともな言葉に、熱くなっていた高山は自分を見つめ直していた。伊達の言う通り、ここは一旦帰って、冷静に考えてみよう、と高山は思った。同時に、自分が思っていた世界を体現している人がいたのを知った喜びは大きかった。

「先生。ありがとうございます。勉強になりました。帰って両親にも話してみます」

 高山の表情は明るかった。自分が考えていたことを実践している先生がいる、武道・武術の奥深さの一端を知った、自分の行動をきちんと諭してくれたなど、短時間ではあったが、そこで高山が得たものは非常に大きかった。

 高山は伊達からいろいろな心のお土産をもらい、事務所を後にした。

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