高山はそのことについて永井に意見を尋ねようと思った。
「永井さん、実は学生時代からやりたいことがあったんです。自分が空手をやっていたことはご存じですよね。それで3年生の時に本で読んだ先生のところに行って、内弟子入門をお願いしたんですが、そのままになっていて、それがずっと心に引っかかって…」
自分の心の後押しを期待する気持ちを心のどこかに持ちながら、永井に学生時代から考えていることを吐露した。
「そう、仕事を見ていて思っていたけど、たまに気持ちが入ってない時があったよね。あれはそういうことがあったからなのか。他の社員とは違うところがあるとは思っていたが、高山君にはやりたいことがあったんだね。俺たちがやっている商売といった類じゃないけど、やりたいことだったらもう一度、実際にできるかどうか考えてもいいんじゃないかな」
そういう永井の言葉に、奥さんが口をはさんだ。
「でもね、高山君。私たちは商売をやるということで少なくとも生活面での見通しは立つけれど、内弟子というのは就職ではないんでしょう? 将来食べていけるの?」
当然の心配だ。しかし、高山はきちんと説明した。
「はい、それは心配していません。空手だけでなく整体の技術も学びますし、そうすれば自分で整体院を開業することもできます。永井さんたちと同じようにお店を持つことができるんです。そしてそれだけではなく、整体は自分のやりたい空手を続けるためにも必要なことなので…」
単なる空手好きが高じてのことではなく、将来の生活も踏まえた上での考えであることを強調した。
「そう、それが分かっているのなら大丈夫かしらね。まあ、学生の期間が伸びた、といった感じかしら」
高山の真剣な話しぶりに、永井の奥さんも一定の理解を示した。
しかし今度は永井本人が、社会人としての意識の立場から、現実の話をした。会社員から自分の夢のほうに転職した永井としては、物事をきちんと見つめ、大人としての対応の仕方を教えなければと思ったのだ。
夢を理解し、その実現のために苦労した永井ならではの心配りだった。
「高山君、君の気持ちは分かったが、やはりご両親や会社のこともある。俺の場合もいろいろな人に相談し、一つ一つ解決していった。もし、君が本気ならば、同じことをやらなければいけないよ。それが大人としてのけじめになるから」
永井の言葉には、自分の道を自分で切り開いた重みがあった。高山にとって永井のこの言葉は、涙が出るほど嬉しかった。同時に自分の夢のことを理解してくれたことにも、大変感激した。
高山は声を詰まらせながら答えた。
「…はい、よく考えて、どうするのか決めます。今日はいろいろありがとうございました」
「さあ、難しい話はこれくらいにして、これから料理を楽しんでくれ」
永井はそう言うと、奥さんに高山用に準備していた料理を持って来るよう言った。
「はい、いただきます」
高山の中では、心の中につかえていたものが無くなった感じがした。