事前に店の場所を地図で確認していた高山だが、初めての場所なのですぐには見つからなかった。
目立たない場所でお店をやって大丈夫なのかなと心配したが、実は自分の探し方が悪かっただけで、歩いている人に尋ねたらすぐに見つかった。実際は、ちゃんとした通りにあり、看板も出していたのだが、会社員時代の永井のイメージからは想像できないようなおしゃれな感じの店だったため、自分の思い込みが災いして見つけられなかったのだ。
高山は「準備中」の札がかかっているドアの取っ手に手をかけ、中に入っていった。
永井は笑顔で出迎えた。
「高山君、久しぶり。よく来てくれたね」
「永井さん、お久しぶりです。お店のほう、すごくおしゃれじゃないですが。会社員の時の永井さんのイメージとは全然違ったので、ちょっと探しました。でも、順調なようで、良かったですね」
高山も笑顔で答えた。
「ありがとう。まあ、やっと商売の見通しがついたってところかな。これからがもっと大変だと思うよ。ますます性根を入れて頑張らなければね。ゆっくり座って話そうか」
永井に促され、ちょっと奥まった、店内では一番落ち着けそうなテーブルのほうに行った。
10分ほど開業時の話をしていると、奥さんが厨房から顔を出した。
「あら、久しぶり、高山さん。お元気?」
「はい、おかげさまで。商売、順調なようで結構ですね」
「まだまだ大変なのよ。でも永井の好きなことだったし、自分の人生だものね。私はこの人についていくと決めてたから、永井の好きなことだったら、一緒に苦労しようと思ったわ。それが良かったかどうかというのは他人が決めるものでなくて、自分が決めることだから…」
この言葉は、悶々としていた高山に響いた。高山は永井本人にも、このことを確認したかった。
「永井さん、自分で商売を始めるにあたって心配はありませんでしたか?」
「まったく無いと言えば嘘になるな。でも、やりたいことをやらずに一生を終わったら、死ぬ時に後悔するんじゃないかな。無難に一生を終わるというのも人生だろうけど、やりたいことをやるのも人生だと思う。もちろん、やりたいことなら何でもいいということはないよね。人に迷惑をかけることは良くないし…。俺の場合は、カミさんがサポートしてくれているのでありがたいね。高山君は独身だろう? だったらもっと気が楽だよね。俺達も子供がいれば独立なんかしなかったかもしれないが、2人だけだったというのが基本にあるのかもしれないな」
永井の心の中の言葉を聞いたような気がした。やりたいことがあっても条件次第では諦めなければならないこともある、しかしこの条件だったらやろう、という決断のタイミングの具体例を見たと高山は思った。
この時、もし自分が伊達のもとに入門すれば、という想像が頭に浮かんだ。現在自分が置かれている環境の中ではどこまでのことが許されるのか、自分の思いを遂げられる可能性はあるのか、ということが目まぐるしく飛び交い、再び内弟子入門の夢が頭を持ち上げることになった。