高山が伊達のもとに入門して2ヶ月が過ぎた。
内弟子生活にも慣れてきたある日、伊達に1本の電話が入った。たまたま事務所にいた高山が電話を取った。
「若林と申しますが、伊達先生はいらっしゃいますか?」
高山にとっては初めて聞く名前だった。受話器を手で押さえ、伊達に言った。
「先生、若林という方から電話ですが…」
伊達は手を差し出し、電話を渡すように目で合図した。
「もしもし、伊達です」
「先生、お久しぶりです。若林です」
「やあ、若林先生、こちらこそご無沙汰しております。お元気ですか」
ごく普通の挨拶が交わされたが、高山には何となくこれまでとは様子が違うように感じられた。
「おかげさまで…」
伊達も若林も互いに忙しい身なので、普段からしょっちゅう連絡したりはできない。その引け目からか、あるいは他に何かあるのか、今回の若林の言葉は今一つ、間が悪い。
若林は続けて言った。
「…ちょっとお願いがあってお電話したのですが…」
若林は都下のK市で市議会議員を務め、普段はしっかりした口調で話をする。だが、今日の電話は声の感じや話し方にいつものキレがない。伊達は心の中に、何とも言えない違和感を感じていた。
「何でしょう」
「再来月、K市で市長選挙があるのはご存じですか?」
「ええ、知っています。出馬されるんですか?」
「はい、今度は出ます。まだ正式に出馬を表明している人はいませんが、内々には大体分かっておりまして、その中には
K市ではこれまで公共事業に絡んで良くない話が飛び交っており、今度市長選に立候補すると見られる候補者の中に、若林が言う質の悪い者がいるのだ。
これまでなかなか不正の証拠が見つけられず、その追求を免れていた。不正追求の急先鋒に立っていた若林は、そういう人物が間違って市長に当選すれば、K市は市民を裏切ることになると強く思い、今度の市長選の立候補を決意させていたのだ。
伊達も若林の口からそういう人物がK市を食い物にしている、という話を再三聞かされていた。今度はその人物が市長選に出るのかと、K市民でなくても不安が生じていた。
「あまり評判の良くない人物だけに、どんな手を使ってくるか分らず、場合によっては身の危険も考えられます。勝つためには、直接的にいろいろ妨害してくるかもしれません。そこで先生へのお願いですが、選挙期間中の警備をお頼みできないかと思いまして…」
伊達はかねてから若林の熱血漢ぶりには一目おいていた。その若林が意を決して出馬し、市長選の際に警護を依頼するというのは、よほどのことが考えられるからだろうと思った。
「分かりました。私にお手伝いできることであれば、何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
いつもは気丈な若林が警備を依頼するという気持ちになった心を汲み取り、伊達は内弟子に集合をかけた。