堀田か誰かが警察に電話をしただろうということは想像がついた。
「警察が到着するまで待つか。でも、この状況で見逃せば捕まらないかもしれない」
この思いが高山に退く行動を取らせなかった。
不審者はナイフで威嚇してきた。遠間なので切られたり刺されたりする恐れはない。そんな時、高山の脳裏にあることが浮かんだ。
「昔だったら、こんな場合どうだろうな。何とかしたいという気持ちはあっても、実際には手足が震えて動かないんじゃないのか」
学生時代、粋がっていた頃の自分を思い出した。
しかし、今は不思議と落ち着いている。昔のことを思い出して比較していることも、よく考えてみれば気持ちに余裕があるからだ。
そう思うと、相手の動きがとてもスローモーに見えてきた。
「動きが分かる。ナイフも恐くない。ここに一発入れれば、相手はダウンする」
そんなことが頭の中でしっかり映像となって現れる。
だが、周囲はざわめいている。やはり周りはナイフに対する恐怖で一杯なのだ。
「今、この男は俺しか見ていないが、もし他の人に危害を加えるようであったらまずい」
高山はそう思い、行動に出た。
徐々に間合を詰める高山。その気迫に押されて不審者は少しずつ後退する。
不審者の緊張の糸が切れ、ナイフを振り上げた。その瞬間、高山は一気に飛び込んだ。そして、動きを押さえるため、左手で相手の右手首を掴んだ。
ナイフが振り下ろせない。その時、高山の下段回し蹴りが、不審者の右足の膝の内側にヒットした。
ただ、この時の間合いは大変近いので、下段回し蹴りといっても、実際には膝蹴りに近く、その分威力も強烈なものになった。不審者は足元から崩れるというよりも、膝を両手で押さえ、痛みのためにわめきながら転げまわっている。もちろん、ナイフも手放しているので、もう危害を加えられる心配はなかった。
下段蹴りがヒットした場所には「血海(ケッカイ)」というツボがあり、そこは急所でもある。だからここにうまく当たった場合、まず一発で足が動かなくなる。しかも今回は回し蹴りというより、ほぼ膝蹴りだ。鋭く急所に膝が食い込むような状態になったため、これを鍛練していない普通の人がもろに受ければ、尋常ではない威力となる。痛みのために転げまわるのも当然な状態だっのだ。
高山が不審者を取り押さえようとした時、警察が到着した。到着した警官は、不審者があまりにも痛がっているため、大怪我をしているのではと逆に心配するほどの状態だった。
だが、その様子を一部始終見ていた周囲の人から、高山は膝に一回蹴りを入れただけと聞かされ、警官の緊張も解けた様子だった。
不審者はそのまま現行犯で逮捕され、痛めた足を引きずりながらパトカーに連行された。高山も事情聴取のため警察に行くことになったが、周囲の人の証言もあり、また、若林の関係者ということで午後の予定が一通り終了してからとなった。