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選挙という戦い 24

「では、もし相手が強いと分かっていたら、やらなかったってことだね。武術ではその見極めも大切だけど、勝てるから戦う、といった考えは本当の武とは言えない。勝てるから、といった意識の裏には、勝って良い気持ちになりたいとか、優越感を感じたいといった欲の部分が関係することがあるからね。今回はそうではなかったと思うが、勝てると分かっているのなら、うまく戦いを避けるか、やんわりと相手に負けを悟らせるようにしなさい」

 今度は少し柔らかめな表情で言った。

「ちょっと先に、小さな公園がある。口で言っても分らないだろうから、そこで説明しよう」

 そう言ってみんなに公園に行くように指示した。高山は少々引き気味だが、他の内弟子は伊達が何を教えてくれるのだろうと、興味津々だった。

 公園に着くと、高山を相手に伊達が対峙した。事情を知らない人が見たら、喧嘩でも始まるのかと勘違いをしてしまいそうな感じだ。幸い、ほとんど人がいないので、そういう心配もないのだが、雰囲気的には緊迫感で一杯だった。

 その状況で伊達は、高山に攻撃をするよう言った。

 高山は自分が経験したように、右手で何か持っている感じで上から振りかぶって攻撃しようとした。伊達はその瞬間を逃さず一気に間合いを詰め、振りかぶった状態の高山の手首を左手で、下から支えるような感じで捕った。

 その時、高山の動きは静止したが、次の瞬間、伊達の右手の親指が鎖骨の内側に伸びた。触れたと同時にその部位に指が食い込んだ。高山は膝から崩れ落ちるような形になり、すっかり戦意を消失した。

 実はこの場所には、「襟下(えりした)」という急所がある。経穴名を「缺盆(ケツボン)」と言い、喉関係のトラブルや喘息、胸痛、肋間神経痛などに用いられる。急所としてここを強く押されると身体の芯に激痛が響き、一瞬動きを奪われるのだ。

「どうだい、高山君。相手の興奮状態にもよるが、場合によってはこういう技も有効なんだよ。そういうことを知っているだけでも、必要のない怪我は防げるよね、お互いに。これも活殺自在という考え方の一つになるんだ」

「…」

 高山はうずくまったまま聞いていたが、実際に体験した喜びに浸っていた。先日の時のように、相手がナイフを持っていても、ここまで身体の力が抜ければ取り上げるのも簡単だし、必要以上に心配しなくても良かったかもしれない、と改めて考えた。

 こういう技は他の内弟子も見たことがなかった。この夜は若林の当選の喜びも合わせ、すごいプレゼントをもらったように感じた内弟子一同だった。

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