「分かりやすく言うと、武道の周辺知識を学ぶための座学を入れようということだ。つまり、みんなが好きな『お勉強』だ」
伊達が冗談っぽく答えた。真っ先に反応したのは龍田だった。
「えっー。勉強ですか? 俺、昔から勉強、駄目なんだよなー。それが嫌で族に入ってバイク乗っていたのに、ここで勉強は辛いです~」
さっきまでの表情が一変した。本当に勉強が嫌い、といった顔になっている。全体的な雰囲気も逃げ腰になっている。この場から去りたい、といった感じにも取れる状態だ。
「龍田君、それじゃ内弟子辞めるか?」
龍田の顔を見ながら伊達が言った。
「嫌です。でも勉強もな~」
龍田は即答した。否定の時はキリッとした表情だったが、その後の台詞の時は表情が暗くなり、俯き加減になった。勉強嫌いというのは、かなり強いらしい。
「おいおい、それじゃ駄目だよ。ここでの修行は頭の中も鍛える、といった意識でいなさい。もちろん、武道や整体の実技も、これまでより応用技法を増やす。龍田君もそのつもりで頑張って」
伊達は勉強嫌いの龍田も、ちゃんとした意識で参加できるようフォローしたつもりだった。実際、座学も行なうが、この期間は活殺の部分も強化しようと思っていたのだ。ただ、技術やそれに関することだけでは偏った若者を作っていく可能性がある。伊達が考える武道家・武術家の理想像は単なる技術だけでなく、知性・品格も備わっている者なのだ。
だが、龍田にはその真意はなかなか伝わらない。
「はい。では身体を動かすほうで頑張ります」
せっかく龍田のために言ったことが、都合の良いところだけで返事する有様だ。
「コラ。頭もしっかり鍛えていくぞ。そちらは、特に龍田君を中心に行なうか」
伊達も負けてはいない。そのような考えこそきちんと正さなければならない。表情こそ半分笑いながらだったが、半分は本気なのだ。その証拠に、顔は笑いながら、目は真剣だった。
しかし、伊達と龍田のやりとりに一同、大爆笑となった。
「龍田、お前、もう覚悟を決めろ。内弟子でやっていきたいなら、ちゃんと先生の言うことを聞かないと…」
御岳が古株らしく注意した。龍田も内弟子の最古参、御岳には頭が上がらない。伊達と御岳の2人から言われれば、たとえ嫌いなことでも従わなければならない。龍田の場合、暴走族時代の上下関係の意識を持っている分、上から言われれば、多少の反抗はしても聞き入れるだけの要素は持っていた。今回の場合、この要素が活きた。
「ところで、先生。座学って何を教えてもらえるんですか?」
場が落ち着いたところで、高山が尋ねた。
高山と松池は共に大学出身だからだろうか、勉強という言葉に対して龍田のような反応はしない。
堀田は高校卒業だが、進学校だったため勉強に対する意識は高山や松池とあまり変わらない。御岳は大人だし、最初の頃に少し勉強しており、今回は復習といった意識でいるため、座学と聞いても特別な反応はない。
だから、龍田を除いて、他の内弟子はどんな知識を座学で教わるのか、ということのほうに興味を示した。高山も、まさか内弟子で座学といった言葉が出て、実際に武道や活法以外の分野で講義を受けることがあろうとは、夢にも思わなかった。そういう意味では、高山にとってはまさにラッキー、という気持ちだった。
「龍田君を除いて、何を学べるか興味が出てきたようだが具体的には武道史、武道哲学、武道と社会との関係、これは特に法律との関係で解説する。他には武道教育論、国際交流論といったところかな。今回は時間の関係でどこまで話せるか分からないが、それぞれの分野をとりあえず一通り講義し、今後の特別稽古の時、それを更に深くしていく、といった予定で考えている。つまり、今後も特別稽古月間という機会を随時設けていく、というわけだ」
伊達は特に龍田に目線を合わせ、説明した。龍田は少しばつが悪そうな顔をしながらも、伊達が話すことだからおもしろいのかな、とちょっとだけ期待するようになっていた。