午後からは整体術の稽古になった。今回の特別稽古は空手道だけでなく整体術も入り、これまでとは異なった視点からの内容になる。稽古の最初に、伊達から今日の稽古の趣旨の説明があった。
「さあ、午後は座学で固くなった頭や肩、首をほぐすため、整体術をやる。活殺自在のうち、『活』の部分に関係することだ。これまでも整体術を教えてきたが、具体的な症例に対する対処法が中心だった。ここではもう少し武道の稽古に関係する、柔軟性アップのための方法をやってみよう」
いわゆる、柔軟体操のようなものか。全員、そういう表情になった。
でも、柔軟体操ならば稽古でもやっているし、整体術を施すならば関節の可動域が改善するため、身体の柔軟性が向上する可能性があることは理解できる。そういうことならば、あえて特別稽古という形式でなくても、これまでも学んできた、という意識があったのだ。
「今、普段やっている柔軟体操のようなことを想像しただろう? でも、それはいつものことだから改めて行なうものではない。せっかく整体術を学んでいるのだから、その知識や技術を応用して身体を柔らかくしよう、ということだ。つまり、いつも整体術のところで説明している経絡調整を活用するわけだ」
伊達が説明した。しかし、今一つピンときていない。経絡調整という言葉から、ツボを活用するのかといったことは想像できたが、それで本当に身体が柔らかくなるのかは、理解できなかったのだ。
そこで伊達は普段の稽古の状況から、身体の柔軟性が乏しい松池をモデルに指名した。
「松池君。稽古を見ていると、前屈が弱いみたいだけど…」
その指摘に松池はドキッとした。柔軟はやっているつもりではあるが、なかなか結果が出ていない。そして、いつも苦痛を感じながら行っている。そういう様子をしっかり見られていたのだ。
「はい、そうなんです。昔から固くて、無理して曲げてやっと指先が床に着くくらいなんです。だから、稽古前には前屈をしっかりやってはいるんですが、その時はともかく、すぐに戻ります。背中から押されていると、結構受けるほうとしても辛いものがあります」
まさか自分に話が振られるとは想像していなかったため、少々驚きの表情で答えた。
「そうか。では、ツボ一つで身体が柔らかくなる、と言ったら?」
伊達は笑顔で言った。
「えっ、そんなことができるんですか。もしできるなら、ぜひ教えてください」
松池は驚きの表情で答えたが、自身ありげに言う伊達の様子に、大きな期待感が芽生えた。
そういう身体の柔軟性をアップする方法というのは、松池に限らず誰でも知りたいことだ。
伊達は続けて説明した。
「もちろん、それにはいくつか条件がある。骨や関節そのものに問題がある場合とか、長年それが継続していて身体の他の部分まで悪影響が出ている、などのケースではなかなか結果が出ない。また、自分では固いと思っていても、実際はそれほどでもないから柔らかくなったという実感を持ちにくい、という人もいる。松池君の場合、そういう条件には当てはまらないようなので、モデルになってもらう。まず、みんなの前で前屈してみよう」
松池が立った状態で前屈した。最初に話していた通り、頑張ってやっと指先が床に着くくらいの状態だ。
伊達が活法、整体術について教える時、よくビフォー・アフターの違いを実証する。それが技術の効果を端的に示すからだ。内弟子たちはそのことを知っているため、松池のこの時点での様子はしっかり頭の中に刻んだ。